IF5話-02 アルマ
何でだよ。
『お前が死んだあと、俺は悠々自適に過ごすつもりだよ』
何でだよ。
『お前がいなくなったら、せいせいするよ』
あんなに、あんなにウチを煙たがってたじゃないか。雑に扱ってたじゃないか。何で、何でウチを守りに……
知ってる。知ってるよ。エムジがウチを守ってくれるって事。きのうもそうだったもんな。ずっとウチを守ってくれたもんな。今日も、そのつもりだったのか? ウチに言わずに、こっそり守るつもりだったのか?
天馬には街抗をアルマに押し上げる機能の他にも物資を輸送する役割もある。今回も荷物がいくつか見られたが、そこに入っていたのだろうか。
血の気が引く。バランスを失い地面に倒れる。バニ様とミカヌーが心配して駆け寄る。
エムジが死ぬかもしれない。きのうの探索でも汚染されていた。通常の、例年通りの任務ならヱレームは出ても小型だ。ウチがアホしてピンチになった際、きのうみたいに助ける事も出来たろう。それが目的で天馬に乗ったのか?
でも、でも今回は……今は……
サイレンが鳴り響き続けている。エンジニアの怒号が聞こえる。通信先の指令室からも、多くのオペレーターの悲鳴じみた声が途切れない。
アルマの状況は未だ解らない。すべての通信が途絶えている。
ヱレームが、規格外のヱレームが襲ってきている。解る、ウチは知ってる。このヱレームに、エムジは耐えられない……!!!
時間は刻一刻と過ぎていく。天馬は、まだ機動しないのか。そう、思た矢先だった。モニター越しに御劔学長の音声が飛んで来たのは。
『第二分司令の許可を下ろさせた! 天馬を下降させるぞ!』
『景織子ちゃん、大丈夫なの?!』
『一か八かだ。待機期中の街抗には既に連絡済み。天馬が下降しきる前にはドッグに間に合うはずだ。街抗換装士も来る。仮にヱレームがいたとして、対処可能なはずだ』
先日バニ様がウチに言っていた話だ。ヱレームが来ても街抗が何とかする。天馬が下りてきてくれれば、状況が解る。天馬に乗っていたというエムジも、安否が。しかし──
『糞が!!』
御劔学長の怒号がドッグ内に響き渡る。
『天馬が、動かない……!!』
最悪の状況は、簡単に重なるものだ。
だから、ウチは──
「助けに、行か、ない、と……」
「シーエちゃん?」
ふらふらと立ち上がるウチをミカヌーが心配そうに見ている。ごめんね、ミカヌー。ウチ、ミカヌーに寂しい想いをさせちゃうかも。
「ねぇ、ミカヌー。毎日さ、開拓係管軸庭園にある花壇に、水、あげてくれる?」
「……シーエちゃん?」
「セロルちゃんと約束したんだ。水一緒にあげようって。ホントは、ウチがやんないといけないんだけど」
「何で今、そんな話……」
「花はさ、水あげないと死んじゃうんだって。セロルちゃんの友達なんだって」
「シーエちゃん? ねぇ、何考えてるの? シーエちゃん!」
ウチは顔を上げ、脚に力を籠める。バニ様はウチだけに構ってられない。事態を収拾するためにオペレーターと言葉を交わしてる。ウチから距離がある、今がチャンスだ。
(でも、最期に……)
「ミカヌー、バニ様!」
ウチは大声で叫ぶ。二人はぎょっとしてその場に固まり──
「大好きだよ!」
そう叫び駆け出すウチを、止めることができなかった。泣き叫ぶミカヌーを置き去りにして……
* * *
【《クロムシェル》内部 5361階層】
夬衣守を装着したままだったのが功をそうした。生身の足でウチの速度に追いつける者はいない。ウチはドッグを滑走し、軍事区画通路へ。そのまま壁面伝いに移動し、クロムシェルに突入した。
(クロムシェルに入れば、陸羽は追って来ない)
とてつもなく複雑な構造を持つクロムシェル。仮に追ってきても追う側が迷子になってしまい、普通なら入った時点で自殺扱いとなる。
普通なら。でもウチは、何度もクロムシェルに入ってるウチは、その限りではない。
「エムジ!!!」
最愛の人の名前を叫び、一人鉄の塊の中を疾走する。目指すは先日使用した昇降機。
「お前がいない生活なんてウチ、無理だからな!!」
考えられない。考えたくない。
「またウチがバカ言って、お前が突っ込んで、そうやって一緒に暮らして行こうよ! なあ!!」
昨日の夜みたいに、暖かい夜みたいに。
「明日は来るよな? ウチにもお前にも。また話せるよな?!」
きのうの夜、ウチは『また明日話そう』と考えていた。話せると思っていた。来るよな? 明日は。もう終わりなんて事無いよな? あれが最後の会話だなんて事、無いよな?
「エムジ……」
頼むよ、生きててくれ。生きてて、生きててよ……
涙があふれだす。ダメだ、視界を確保しないと。まだ決まって無い。エムジが死ぬとは決まって無い!! エムジは機械だ。人間よりも丈夫だ。もし電子汚染されてたって、きのう回復する現象を見たんだ。大丈夫だ。大丈夫なはずなんだ。
ウチは目的の昇降機に向かう。あと少しのはずだ。
「きのうの集落は、ネブルの上4km弱だ、アルマに近い……」
アルマはネブルの上4km強。先日使った昇降機はそのアルマに近い集落まで一本道だった。
「あった!!」
不安からなのか、周囲に人がいないからなのか、ウチは思った事を言葉に垂れ流す。確か人間は考えるだけよりも、口にした方が脳にその情報が届く様に出来てたはずだ。
「エムジがいないから、昇降機のハッキングは出来ない。となったら……」
ウチは昇降機の上を見上げる。
「登るしか、ない……!」
4kmのクライミングの始まりだ。
* * *
「……不思議だ」
黙々と昇降機のレールを登り続けて五日間程。ウチは疑問を口にする。……五日程と、正確に日時を把握できないのはネブルと違い《明》、《黎》の概念がクロムシェルには無いからある。
クライミング、通常なら激しく体力を使う運動だが、夬衣守にくっついた補助アームには疲労という概念は無い。電力さえあればいつまでも稼働するため、ウチはかなりの高速でレールを登って行った。
しかし流石に昇降機の速度とは比べ物にならず、六日前の朝には二時間ほどで到着した距離に五日を要した。でも、あと少しで最上部。
「電力は、問題無かったけどな」
クロムシェル内には回帰機構をはじめ電力で動く設備が至る所に存在する。その辺のケーブルをうまい事つないでやれば、夬衣守の電力はまかなえた。問題は、人体の方。
「食事なしで五日間、動く事は可能だろうけど……水なしで何で生きてられるのかね?」
詳しくは無いが、たしか水なしでは三日ほどで脱水症状が深刻化したはずだ。しかし今のウチは五日間、飲まず食わずである。その上、
「五日間寝ないで動いても平気ってのも、なんだかな」
眠いし腹は死にそうなほど減ってるし喉もからっからだが、体は問題無く動いた。脳も、若干の機能低下はあるものの今のところ問題は無い。もちろん眠気や水分不足で苦痛を感じてはいるが、気が散るだけで夬衣守の操縦は十全だ。
「行ける気がしたんだよな。なんとなく」
レールを登ってアルマを目指す時点で数日かかるのは覚悟の上。水分も持たずに決行するのは自殺行為なのだが、不思議と行ける気がしたのだ。実際行けてるので、予感は正しかったことになるのだが……。ウチは何なんだろうか?
「ユーラニア種じゃないのかもしれんね」
ネブルに住まう人間には様々な種族がいて、みな構造も特性も異なる。三日で脱水症状というのも平均的な話で、種族によってはその限りではない。
変わり種として植物しか食べられず胃が複数ある吏人達アリゴル種や、種族名不明だが二酸化炭素を吸って酸素を吐くであろうセロルちゃんの種。また学長や街抗のトップの様に他の種族に無い稼働部位を持っている種族もいる。
「学長は確かマニョン種だったか。尻尾があるな。街抗トップは……ヤバイ名前も種族も思い出せない。元々興味が薄かったのもあるけど、脳の回転が悪くなってはいるな。ともかく、腕が六本ある」
といった具合に多種多様な人種が暮らすのがネブルだ。ウチの両親の記憶に何かズレがあるし、両親が何かを秘密にしていても不思議ではない。ウチが五日間飲まず食わず寝ずでも活動出来る種である可能性は十分ありゆる。
「回帰機構から逃げ続けてた種族とかなら、そういう進化してても不思議じゃないもんな」
そんな種族も、何かウチは知ってる気がする。ネブルにはいなかったと思うのだが……
ともかく、持ち前のバイタルの異様な高さを利用し、ウチは昇降機の最上部へと到達する。ここから少しすればあのヱレームとの戦闘跡であり、それを発見した集落である。
【《クロムシェル》内部 戯級階層】
「ここからは、ただひたすらに、上へ」
登ってきた昇降機と天馬の位置関係はなんとなく把握している。天馬の位置を見失わないように意識ながら、上へ上へと、ひたすら登ろう。
「探索家の才能の、活用のしどころだ」
六日前は使うか解らんと思ってた探索家の才能が、さっそく発揮される。あと数百mでアルマのはずだ。
「待っててな、エムジ」
しかし、ウチはアルマについてどうするのだろうか。ウチ一人で、戦えるワケ無いのに。
ヱレームはまだいるだろうか?
天馬が音信不通になるなど前代未聞。ウチは勝手にヱレームの仕業と確信を得ているが、とするならとてつもない数値の電子汚染だろう。実際天馬は起動しなかった。天馬ごと電子汚染を受けたのだろう。ただの動力故障なら通信機は生きてるだろうし、天馬付近の全電子機器が一斉に故障するなど、電子汚染以外には考えにくい。とてつもなく巨大なヱレームが来たか、大量のヱレームが来たか、どちらか。どっちにしろ、ウチが生きて帰れる保証はない。
「会いたいんだ。エムジにまた、会いたいんだ」
ウチを動かしてる気持ちはただこれだけだ。勝てる勝てないなんて関係無い。エムジに会いに行く手段が自力でアルマに到達する事以外ないなら、それを選ぶだけだ。
「それに、不測の事態とは言えウチの罪が消えるワケでも無し」
敵前逃亡の罪は残ったままだ。御劔学長が「エムジに会いたいから」というだけのウチの理由を通し、街抗の防衛を付けてくれるとも思えない。罪が無くともこんな急にゴリ押しでアルマへ向かう案に乗ってくれるわけはないだろう。
事態の収拾に街抗が出動するのなら、きちんと準備をして、戦力を整え、出発するだろう。
「街抗が動く場合、ルートは天馬のレールかな?」
ウチと同じくクライミングで……。物資を持ったうえで大人数で行い、道中休憩を挟めばアルマまで迎えるだろう。蓋をしてる天馬が邪魔だろうが、クロムシェルは穴だらけだ。横道はある。
「としても出発までに1日はかかるだろうし、重ね重ね、罪人のウチが同行を許される訳が無いよな。罪無くても正規換装士ですらない軍学徒が行ける訳が無い」
とっさに飛び出てしまったが、色々考えてみてもこの道がエムジに会うには最適解なのだろう。
……エムジに、会う。会うんだ。会うんだ。
エムジは機械だ。汚染されてるかもしれないが、汚染が解除される現象は見た。二度の頭痛を経験し、何故かあれはウチ由来の現象なのではと若干の確信がある。だから、大丈夫。エムジがいれば、汚染されてても大丈夫。
大丈夫。
大丈夫なんだ。
大丈夫なはずなんだ。
両親は帰ってこなかった。二度と会えなくなってしまった。もう、あんな思いは沢山だ。会いたいんだ。エムジに、会いたいんだ。
だから、だから神様、お願いだよ……エムジを、助けてよ。無事でいさせてよ。神様……
その前に、アルマでの自分の心配をするべきなんだろうけど……もうそんな事どうでもいいくらいにウチはエムジにただ会いたかった。
ごめんなミカヌー、バニ様。ウチって自分勝手だな。
「……あ」
上へ、上へと上がって行ったウチの前に、天井の扉が見えた。ハッキングは出来ないので、夬衣守のアームで力づくで開けると……光が差し込む。
隙間から体をねじ込み、扉の外へ……そこには
「……夕焼け」
真っ赤に染まる『空』が広がっていた。
夕焼けも空も、始めて見る。なのにウチはこれを知っている。懐かしい空間だ。
「クロムシェルは、地下だったのか?」
地上に、地球の上に、ウチは立っていた。
* * *
【アルマ】
.
..
...
....
.....
......
『俺はノーブラ派だっての。ばーか』
見慣れた顔がそこにはいた。白い皮膚に赤い角……。判別できるのは顔だけだ。生首が転がっていた。体はどこに行ってしまったのか。周囲に存在する肉塊の一部と化しているのだろう。
乾いた血が、もう彼女がこの世にいないと主張してくる。
「玲ちゃん……」
そこら中に転がる友人の顔、腕、脚……。故障し、未だ炎上するクロムシェルの表層。大規模な戦闘があったのだろう。天馬付近は、正に地獄と言える様相だった。
アルマに到着して後、ウチは持ち前の探索家スキルに頼り、おおよその天馬の方角へと突き進んだ。ここはアルマ、いつヱレームに遭遇してもおかしくない。
しかし幸いにも一機にも遭遇する事無く、無事、地獄へとたどり着いた。ウチだけが生きている地獄へと……
親友と呼べるのはミカヌーくらいのものだった。しかし、友人と呼べる人間はそこそこいた。もう、過去形だ。皆、皆、過去の人だ。
「みんな……」
心地よい時間だった。休み時間、昼食、放課後、たわいもない話をして、夢を語って、バカ騒ぎして。
ウチはそんな時間が好きだった。一緒にいると心地よい連中だった。
そんな同学年の軍学徒達が、ミンチになり、そこらかしこに散らばっていた。大量のヱレームの死骸と共に……
「どうして……」
どうして、どうして、どうして。
どうしてアルマなんて、目指したんだ。
命は一つしかないんだ。失ってしまったらもう戻らない。取りこぼしたものは帰ってこない。ウチの両親の様に。
ウチと同じで、彼等にも家族がいたろう。兄弟がいたろう。友人がいたろう。
ここにいる軍学徒達の帰りを待つ者は、今、どんな気持ちで過ごしているだろう。
「ウプ」
胃はすっからかんなのに、胃液だけは出る。水分なんて全く補充してなかったのにな。
ウチから出た汚物は玲ちゃんの顔にかかる。綺麗だった白い肌は、自身の血とウチの汚物で見るも無残な姿になった。
「ごめん、ごめんね」
ウチだけ、逃げ出して。
ウチがいてどうにかなったとは思えない。これほどの惨状、一人増えたところで……
周囲を見るとペレットルミナス第五街抗換装士の遺体も見つかった。同席していた彼女の部下に背負われたまま、部下ごと亡くなっている。彼女が先に攻撃に合い、部下が助けようとしたのだろうか。
街抗換装士も死んでるんだ。ウチがいた所でどうにもならなかった。
理屈ではそうなのだ。そうやって正当化して、心を保とうとするけど。でも。
「ウチは、逃げた」
一緒に、死ぬべきだったのではないだろうか? ウチだけ生き残っていてはいけないではないだろうか?
だって結局エムジは……
「エムジ……!」
目的を思い出した。もう絶望的だろうが、それでも見つけないと。見届けないと。死ぬなら、彼のそばが良い。軍学徒の後を追うにしても、エムジを見つけてからだ。
「エムジ! エムジ!!」
名前を呼ぶも反応は無い。広大な空の下、ウチの声は空しく響く。
どこもかしこも肉片と機械の部品だらけ。エムジが見つからない。天馬は……まだ機動していない。このヱレームの量、やはり大規模電子汚染だろう。
肉片と残骸がかなりの広範囲にわたって存在している。それに巨大な砲撃の跡や、地面が削れた傷も。何が、起きたのだ、ここで。
「あ……」
周辺を滑走する内に、何故か懐かしいフォルムをしたヱレームを見つけた。いや、これはヱレームじゃない。ネットワーク端子が無い。見た事ないはずなのに、でもどこか懐かしい。懐かしくて優しい、形……
「エム……ジ?」
あぁ。
「エムジぃ……」
これはエムジだ。バニ様が言っていた、攻撃用の外骨格。そのエムジが──
「あぁぁ……ぅぅぅぁぁぁ……」
バラバラになって、転がっていた。
あたまに着いたゴキブリのブローチが、この残骸が彼なのだと物語っていた。




