004話-05 乖離
【王型輸送機《天馬》専用 大型ドッグ】
換装用のスーツに着替え終わった軍学徒達は更衣室から細い通路を抜けてすぐそばの出撃ドッグへと移動する。立地的にはネブルの西端、クロムシェルに埋め込まれる形で存在する軍事区画のその更に西奥に位置しており、ネブル領土の中でも最も居住区から離れた最西端の地だ。
このドッグを抜けて先に進めば、もうそこにはアルマへの登竜門──王型大規模輸送機《天馬》しか存在しない。
黒い鋼鉄の網で出来た道の左右に、様々な兵器が立ち並ぶ。ガニビラと呼ばれた旧式四脚式歩行夬衣守から始まって奥には第三世代夬衣守の多種多様な機体が並んでおり、多数のエンジニアの手によって最終点検、及び搭乗試験が行われていた。
着替えを終えた軍学徒から順次準備に入っており、今のところ人数は60人程。
「皆、目が怖いな」
「そういうシーエちゃんこそ、尖った目してるぞ」
男子更衣室から出て来た吏人は、肌があらわになった両腕を腰に当てた。白い肌から勝手に細身かと思いきや、兵役訓練を経てみっちりと鍛えられた美しい筋肉が男性軍人であるという事実を主張している。エロい。
「搭乗が終われば奥の天馬でアルマへ輸送されて、即実習開始だ。──実習の結果が即換装士になれるのかの成績につながるんだから目も怖くなる。まぁ、一部はアルマへの緊張もあるんだろうけどな」
(ウチは後者だな)
搭乗が終われば即アルマ……目の前に迫る逃げられない事実に恐怖心が掻き立てられる。先日の夜思い出した穴からは「出るな」「行くな」と声が漏れ出ていた。
ウチは緊張を紛らわす目的で、吏人に話を振る。
「……てか吏人、その恰好」
先ほどもエロいと思ったが、やはりバニ様、男子軍学徒にも同じスーツ配ってたか。腹筋も二の腕も太ももも丸出しのそのスーツを纏う正統血種の男子は、健康的なエロさに満ち満ちている。橙子は……あちょっと顔赤い。
「なんだ? ぶっちゃけ、似合ってるだろ?」
「似合いすぎだろ。くっそエロい。真屡丹研究室長グッジョブだな」
くるくる回ってスーツを見せつける吏人。男子でそのスーツはもしかしたら女子より恥ずかしいとも思うのだが、吏人に羞恥心は無いのか堂々とした振る舞いだった。
他の男子軍学徒はというと……
「クソが……」
「ぷっ……ぷぷぷ……アラギくん……ちょその恰好」
「ハルカてめぇ……覚えてやがれよ……」
「くぷぷぷぅ―……む、むしろ忘れられないよ……」
「……」
……アラギ、どんまい。アラギに限らずどこもかしこも似た様な状況である。バニ様は面白空間メーカーなのか、やっぱ嵐を呼ぶオカマだなぁ。
しかしアラギ、めっちゃ口悪くてウチやミカヌーへの暴言が凄かったから前は嫌いだったけど、慕われてるなぁ。アラギをからかうハルカさん、楽しそうだ。彼に好意を寄せているであろうヒナリアさんはアラギのあられもない姿を見て赤面してるし。
誰だって、好きな人がいて、誰かに好かれていて。そうやって人は繋がり、集落を築いて行って。
『こんな凄い集落は見たことが無い』
穴から、声が聞こえる。
『私の集落は生きるだけで限界で、アルマを目指すしか無かった』
『俺の集落は、回帰機構から逃げ続ける日々だった』
『ワシの集落はアルマに近く、常にヱレームに怯えていた』
『『『こんな集落見た事無い。私俺ワシも、こんな集落に住みたかった』』』
「……」
ここが天国なんじゃないか? アルマではなく、ここが。ここを守るべきなのではないか? 守るって、何様だよウチは。
「──ほら、ぼさっと立ってないで急ぎなさい」
大好きな声が思考を遮る。入り口で止まっていたウチと吏人を見かねたバニ様が、背後から急かす。
「出撃前はハリーハリー、出撃時間まであと一時間もないのよ」
急かされるままにウチらは足を進める。もっと、もっとバニ様の声を聴いていたいのに。
目の前には本日使用する夬衣守がセッティングされていた。アルマ攻略用の寄生兵器、識別企画名称、夬衣守。
胴体の存在しない2m程の巨大な鳥脚型逆関節脚部と、二本の補助アーム、二基の拡散銃、生身の方の腕に装備する外装切断用の超振動ブレードと端末破壊用のパイルバンカー、そして換装者の脊髄に埋め込まれたニューロンデバイスとリンクさせるリンカーを備えたパワードスーツ。これが夬衣守の全てだ。
機動性を重視した夬衣守に防御プロテクトは存在しない。ガニビラ時代は防御型も存在したらしいが、どんなに厚い装甲をもってしてもヱレームの攻撃には耐えられなかったらしい。先日出会ったヱレームが不発に終えた荷電粒子砲、あんなもの食らったらいくら装甲を詰めど、人の体にくっついた程度のものでは防ぎようが無い。しかも先日のムシ式はあれで小型。小型ヱレームはアルマにうじゃうじゃいると聞く、そのため、夬衣守の設計は『攻撃に当たらない事』を重視して高速型へと進化していった。
(攻撃くらえば即死亡、の世界だもんな)
目の前に鎮座した夬衣守は、鉄の棺桶に見える。これに乗って死ねと、言われている様で……
「これが夬衣守……」
「──正確には第三世代夬衣守、量産型試用機《代替》だね」
先にドッグで整備を開始していた女性が声をかけてくる。
「さあ、よく来た訓練兵第九班の諸君。今日もいい朝かい?」
すすに汚れた作業服を纏う女性は、多目的スパナを握る手で帽子を脱ぎ、額の汗をぬぐった。長い尻尾は御劔学長と同じネアンディル種のものだろう。
「おはようございます。テレス整備士さん」
「ああ、ミカイヌ。おはようだ。他の皆も概ねおはようってとこだね」
人当たりの良いテレス整備士は軍学徒からも人気者だ。人見知りが激しいミカヌーも自分から挨拶に行けるほどに。……セロルちゃんはどうやろなぁ?
テレス整備士は一人一人に挨拶をして周る。あ、セロルちゃんが声かけられた。お、機械的に挨拶返してる。そういえば授業の時も普通に回答してたし、発言そのものを恐れるタイプの娘じゃないのだろう。
「さぁ吏人、橙子、セロルティア、ミカイヌ、シーエ。早速ですまないが時間が無い。君達第九班も夬衣守と同期するから、準備準備。同期が終われば──」
テレス整備士は作業着のポケットに手を突っ込み
「──直ぐにアルマへ出発だ」
そう、死刑宣告を渡してきた。
* * *
「夬衣守22、23、24、25、26全機同期開始」
あっ、と第九班の面々は吐息を漏らす。夬衣守は脊髄ユニットを通し、換装者のニューロンデバイスを介する事で脳に直接情報領域を構築していく。本来ならあるはずの無い感覚領域を大脳に仮想で構築し、夬衣守が受ける衝撃や感覚の全てを自分の身体の様に感じ取らせる状態にし、また動作させられるようにする行為が同期だ。
「読み込み、始めちゃって頂戴」
腕を組むテレス整備士の指示を受け、サブエンジニアは「誤差同期記録接続、読み込み開始」と手元のパネルを操作する。
(お、おぉ……)
仮想訓練にて同期の訓練は今まで何度も受けて来たが、本機と接続するのは今日は初体験だ。背筋から発した微弱な電流がちくりと全身を駆け巡り、刺激して周る。
(この感覚は嫌いじゃないな)
平時ならば、これからアルマ行きを控えてないのならば快楽へ変わるであろう刺激。これ、換装士向けにニューロンデバイス自慰グッズとして刺激だけ味わえる機器を発売したら売れるのでは??
ただ今のところそういうグッズを見ない所を鑑みるに、恐らくこれを快感に感じるには少し訓練が必要なのだろう。それこそ日頃暴力受けまくってるウチみたいに。
(皆気持ち悪そうな顔してるしな)
第九班の仲間の顔を確認するも良い気持ちではないらしい。日頃の暴力のおかげか、多少の不快感を味わっても周りを確認出来る余裕が備わってるのは良い事か。
同期は更に進み、脳の視覚処理領域に補助領域の増設を開始する。これによって、生態網膜が捉える実際の映像と夬衣守が生み出す『残弾数やレーダー』等の情報パネルを重ねられるようになり、換装者はあたかも視界に様々なフリップや照準器を表示出来る様になる。バニ様が開発した強化網膜という夬衣守換装技術の一つだ。
ウチの視界にも半透明のフリップが表示されては消えを繰り返し、同期のパーセントを知らせてくる。そして数秒後、『第三世代夬衣守、量産機《代替》25号機──正常機動』の表示が。
「五名ともクリアです。バイタル振れ幅は正常域内です」
笑顔を浮かべるサブエンジニアを見て、テレス整備士も胸をなでおろした。夬衣守の同期は脳や全身に干渉する作業のため、誤差同期記録がいかにうまく行っていようと、登場時の本人の外的、内的要因にて失敗する事もある不確定要素の多い作業だ。
故にどんな状況でも正常に同期出来る者がより良い換装士になって行くワケだが──
(ウチにはその要素だけは、多分にあるみたいだなぁ)
こんなにメンタルボロボロなのに同期うまく行くわ、バイタルは正常だわ、どうなってるんだろうね?
「動作チェックしますか?」 と、サブエンジニアはテレス整備士に尋ねる。
「ほいさ、一応そうしようか。皆、同期の調子はどうだい?」
「……今動かしても大丈夫ですか?」
アルマが不安でしかたないウチとしては細部まで調子を見ておきたい。先日の仮想訓練ではメンタルに反し夬衣守の駆動はうまく行ったが、仮想世界と現実では違いもあるだろう。
ウチの質問に対してサブエンジニアは両手を広げ「拡散銃やパイルバンカー等、兵器の接続は切っております」と微笑み返した。そうだよな。ここで誤射して誰か死にましたとか洒落にならん。
「誤射の心配はない。テストしてみな」
「かしこまりました」
ウチは瞳を閉じ、感覚を研ぎ澄ます。まずは補助アームを動かそう。大丈夫、仮想訓練と同じ、出来る。
夬衣守の操縦は重機等と違い、レバーやボタンで行う訳ではない。脳からの命令で、本物の手足の様に動かすシステムだ。今換装してる夬衣守は補助アームが背中から二本生えてるから、腕が四本になった様なイメージだな。
夬衣守の背中ユニットは用途に合わせて色々とカスタマイズが可能だ。街抗も任務ごとに変更していると聞く。この補助アームは生身の腕よりも非常に長く馬力が有り、アルマでの資源回収や塹壕等の設備建設の際にとても力を発揮する。
「……動く」
「そりゃ夬衣守だからね」
得意げに笑うテレス整備士。ミカヌー達も次々とアームを動かし始め、カシャカシャと金属が擦れる音がドッグ内に響く。
「凄い! 私のも動いた!!」
「いざ本物操ると凄いな」
ミカヌーと吏人が感動している。ウチは屈伸したり、脚部のローラーを回転させたりして節々の動きをチェックする。
──よし、仮想訓練の時とほぼ同じ動きが出来る。
その場で超信地旋回をするも問題無くグルグル回転。室内を滑走してみたかったがドッグ内では邪魔になるだろうからしない。
「すっごいなシーエちゃん!」
グルグル回ってると吏人が駆け寄ってくる。
「そんな回ってもこけないどころか目も回さないとか、どうなってんだ?」
「無駄に実技だけは成績良いからねウチ。仮想訓練だけどアクロバティックな動きは色々試してる」
楽しくてやってただけだけど。まぁ遊びが実生活の役にたつ場面は多々あるので、これに関しては頭痛前のウチグッジョブと言っておこう。
ウチは回転を止め、アームに取り付けられた指の動きを確認する。よしよし、細部も問題無いな。
「凄い兵器だな本当に」
寸分の狂いなくイメージ通りに動く夬衣守にウチは素直な感想を漏らした、とそこに「あったりまえでしょ」と声をかけられる。丁度通りかかったバニ様だ。各班の夬衣守の調子を見て回ってるのだろう。
「メイドイン、アタシよ? 訓練すれば裁縫だって肩もみだって出来るわよ」
「真屡丹研究室長って凄いんですね」
「何か腹立つわねアンタ」
ホントならもっと軽口言ってじゃれ合いたいけど、今は他の軍学徒もいるのでこれで我慢だ。バニ様が凄いのは知ってる。凄いのに、優しいのも。
バニ様は軍学徒の面々に声をかけ、大規模輸送昇降機、天馬へと導く。皆夬衣守を稼働させ、その巨大な脚で地面を鳴らす。
(同期は全員うまくいったみたいだな)
夬衣守の操縦も今のところ問題無し。今日の実習は大丈夫、大丈夫だ。
移動すること十分弱、ウチは初めて見る巨大な装置の威容に息をのんだ。
「王型大規模輸送昇降機、天馬……」
人類をアルマまで運ぶ、ネブルが保有する唯一の昇降機。クロムシェルの最上部まで一気に持ち上げる、天へ駆ける馬……。重い扉が開かれ、その全容が映し出される。
アルマでの敗北を喫し続けるネブル史において、重大な分岐点となる着想や発明はいくつもあった。ではアルマでの活動時間に最も貢献した発明は何か? と聞かれれば百人が百人、この天馬の名を上げるだろう。
約400年前、ネブル創生よりさかのぼって中間期、ようやくネブルがヱレームについての素性を近くし始めたくらいの時代の発明。時の軍部に一人の天才が生まれていた。彼は『もし神を殺すなら、雲にはしごをかけろ。神殺しの武器は後に回せ、まずは道を作るのだ』と、右も左もわからぬ時代に、後世を見越してこの輸送昇降機の建造を決断したと言われている。
工期約170年、構造は至ってシンプル。構造外郭で覆われたクロムシェルを兎にも角にも上へ上へと打ち抜き、一片50mほどもある正方形上の鉄板を遥か上空4km強まで上昇させるだけのものだ。一回の駆動にネブルを12時間運営出来るほどの電力を消費するために頻繁には使用出来ないが、その効果は絶大。これにより、ヒトリディアムにとっていよいよアルマが天の上の存在では無くなったのだ。未踏の地が、未開の地へと。
「天井が見えない……」
天へと続く四角い空間を見上げ、ウチは呟く。天馬には天井は無い。あるのは床のみ。この床がそのままアルマに打ち出されるのだ。
天へと延々に続く四角い空間は、死を連想させた。それこそ、本物の『天』へといざなう様に。
「……っ」
マイナスな事ばかり考えていてもしょうがない。前を見よう。守るべき大切な人を。そう思い視線をミカヌーに戻した時点で、違和感を覚える。
(……軍人?)
先ほどまではいなかった五人の軍人が天馬に入った軍学徒達の前に立っていた。その中でもひときわ異様なオーラを放つ女性軍人……この女性軍人が換装している夬衣守……これは、街抗換装士?
ウチらが換装している量産機とも、正規軍人が乾燥している第三世代夬衣守とも違う、特注品の『固有機』、名を《想像堕胎》。不勉強なウチでも流石に知っている。固有機を操る街抗換装士は今のところネブルに13人しかいない。《想像堕胎》を操るこの女性の名は──ペレットルミナス第五街抗換装士だ。
(街抗換装士が……なんでこんなところに?)
街抗換装士──簡単に言うととてつもなく強い換装士で、戦場で好成績をはじき出したものに与えられる名だ。その圧倒的戦力から街抗内での地位もトップクラスに高く、一階の軍学徒がお目にかかれる機会はまずない。彼らの換装する夬衣守『固有機』、名前の通り一人一人にカスタムして作られた特注夬衣守で、それぞれに大層な名前が付いているため固有機を見ただけで誰なのか判断できるしろものだ。
名前のせいで選ばれた者しか換装出来ない様に感じるが、換装自体は誤差同期記録をすれば誰でも可能。しかし、操れるとは限らない。固有機はどれも人間としての動きの限界の上を行く様な癖のあるカスタムがなされているため、一階の軍人が換装したら逆に危険度が増してしまう。
例えばペレットルミナス第五街抗換装士の《想像堕胎》、これは超重量型の脚部に馬力高すぎるローラーを装備したしろもので、一般軍人が使おうものなら速度とそこに加わる重量で少しでも操縦をミスれば下半身がねじ切れる。
それを使いこなしてこその街抗換装士。大型ヱレームを一人で撃破できるほどの化け物。彼女はこの重量級夬衣守で華麗に空を舞い、その重量でヱレームを粉砕すると聞いている。
そんな化け物の街抗換装士が、軍学徒のアルマ実習に付き添った例など聞いたことが無い。正規軍人は毎年安全と採点のために付き添うが、街抗のトップが……何故?
軍学徒達は彼女達の姿に気が付くや──急ぎ整列し敬礼で迎えた。異様な存在を観察して続けていたウチは少し遅れて──
「所属と名前を言え、軍学徒」
と目を付けられてしまう。でも何か不自然だ。彼女、ペレットルミナス第五街抗換装士は先ほどから舐める様に軍学徒を観察しており、ウチの敬礼が遅れる前からウチに視線を固定していた。
「第九班所属、シーエ・エレメチアです」
「貴様がそうか──シーエ軍学徒」
ウチの考えは外れてないみたいで、彼女は元々ウチを知っていた様だ。何故? 周囲からは「あのバカごときが街抗換装士様に名前をおぼえてもらってるだと?」と小声で困惑が聞こえてくる。大丈夫、ウチも困惑してる。が──
「身勝手な軍学徒がいるから気を付けろ、と、今日の実習にあたり私の耳まで届いている」
と不名誉な名前の覚えられ方をしていたと知るや、周囲は安堵した。ウチは全く安堵出来ないが。
ウチを知っている点には合点がいったが、なぜ街抗換装士が実習に同席するのかは相変わらず不明だ。何か、何かとてつもなく嫌な予感がする。街抗換装士が同席しなくてはいけない程の何かが。
「軍学徒でありながら軍機違反の三度違法奪階層をしたらしいな。なぜ免罪をうけ、貴様が五体満足でここで呼吸をしているのか、あたしゃ御劔学長のご判断を理解しかねる」
思考する間もペレットルミナス第五街抗換装士は話を続ける。……学長、奪階層の事実事無かった事にしてくれた訳じゃなかったのか。
「さて、シーエ軍学徒」
「何でしょうか」
「──もしここをカボチャの馬車と勘違いしてるなら、スカートまくって回れ右だ。この馬車は舞踏会の会場にゃ行かねぇよ、地獄の際まで直行便だ。もちろん、踊りは見れるが生憎、私は踊るのぁ嫌いでね。地獄で踊り出すのは死人と相場が決まってんで、見るのもゴメンだ」
(回れ右が許されるなら、今すぐしたいさ。ミカヌーっと一緒にね)
無理な事は解っている。
「……」
ペレットルミナス第五街抗換装士はいぶかしげな視線でウチを観察している。そりゃ、頭痛前の思考のウチがそのままアルマに飛び出して行ったらマジで死人が出ても不思議じゃないもんな。不出来な軍学徒を観察しておく気持ちはわかる。
前日に無断奪階層とかする頭おかしい軍学徒だしね。
(しかしこの街抗換装士、ウチの恐怖心をとことん突いてくるねぇ)
地獄までの直行便、そんな事、言われなくても解ってるさ。解ってるから恐怖に震えない様に視線を戻したってのに。
ペレットルミナス第五街抗換装士はウチに飽きたのか、全員の方を向き「いいか貴様ら!」と声を張り上げる。
「私はペレットルミナス、病床のニナ教官に変わり、急遽本日の作戦の現場指揮を取って代わることになった、貴様らの上官だ。貴様らが換装士になれるか否かは、私の裁量にかかってる事、肝に銘じ、行動し、発言しろ」
街抗換装士が実習の教官──異例中の異例の事態に、緊張を走らせる者、憧れの街抗換装士に襲われると胸を躍らせる者、と軍学徒は様々な反応を見せた。もちろんウチは──
(一介の教官に変わって街抗換装士が?)
懐疑的なまなざしだ。代わりの教官くらいいくらでもいるだろうに。
「さて、早速だが今日まで残ったクソッタレな貴様らに、あたしから餞別代わりに良い事を教えてやる。今日貴様らは実習を受けにこの昇降機に乗ってんじゃねぇ。座学だ訓練だ実技だ、そんなママゴトの延長線上にいるつもりなら、とっととお家に帰って自慰でもして寝てろ! この昇降機がたどり着く場所は実習会場なんかじゃねぇ──鉛弾以外に価値がねぇ、アルマというクソみてぇな地獄だよ」
(だから簡単に家に帰れるなら苦労はしないって)
ペレットルミナス第五街抗換装士の気迫こもる怒号に軍学徒の空気が引き締まる中、ウチは恐怖心だけを倍増させていく。
「だから皆胸に刻みこめ、ここにいるのは死地に赴く同士だという事を──仲間に敬意を表せ。これが死地における『いろは』の『い』だ。わかったか」
「「「はい!」」」
「声が小さいッ」
「「「はいっ!!!」」」
よし、とペレットルミナス第五街抗換装士は腕を組んだ。
『ゲート閉鎖──警告、注意』
その後、一通りの指示が終わるや、サイレン音と共に岩を削るような音をたてながら、昇降機の扉は閉鎖を開始した。
(ガス室に閉じ込められていく囚人って、こんな気持ちなのかな)
縁起でもない感覚だが、扉の向こうで閉鎖作業をしている作業員たちが、どこか別世界の住人に感じられてしまう。ウチらは既に、そちら側の住人ではない、死者であると──。
手汗が止まらない。動悸が止まらない。街抗換装士に、戦場を切り抜けてきた者にこれから向かう先を『死地』と呼ばれ、恐怖心が膨れに膨れる。
ガガガ、ガガガ、ガガガ……
天馬の入り口が閉まっていく。この扉が閉ざされれば、もう数十分で死地だ。後戻りは出来ない。
大丈夫。大丈夫なはずだ。最初のアルマ訓練ではヱレームは毎年ほぼ出ない。出てもウチが倒せばいいんだ。街抗換装士もいる。死人は出ない。出ないはずなんだ。
ウチは自分で自分に言い聞かせる。しかし思考とは裏腹に、不安はどんどん強くなって──
『地獄への直行便』
先ほどのペレットルミナス第五街抗換装士の言葉が脳内で再生される。
『馬鹿野郎くクククククるなッ!』
ボロボロになりながらもウチを守ってくれた最愛のロボットの声が、脳内で再生される。
『きゃ!』
仮想訓練で散った親友の姿が脳内で再生される。
ウチが、死ぬかもしれない。エムジが取り残されるかもしれない。
大切な人が死ぬかもしれない。ミカヌーが、ウチの前で、死ぬかもしれない。
ミカヌーには母親がいる。まだ生きている。ウチと違って、まだ生きてる。家族の仲は良いようだ。母親の事をニコニコと話すミカヌーの顔、幸せそうだった。ウチと違って、幸せそうだった。
大丈夫なはずだろ。大丈夫……なのに、ウチの先日の記憶と、心に空いた穴が「逃げろ」と主張してくる。まるで穴から無数の腕が伸び、ウチを天馬の外へ引き出そうとしてるみたいだ。
逃げるったってどうすりゃいんだよ。ミカヌーを置いてウチだけ逃げたってしょうがないだろうが。行くしか無いんだよ、アルマに。それ以外の選択肢なんて……
そんな時だった。先日のミカヌーのある言葉が頭をよぎったのは。
『アルマ実習は私達換装士科の必須科目だよ? 受けられなかったら正規換装士になれないんだよ??』
「シーエちゃん!?」
とっさの出来事だった。誰もウチらに反応する事が出来ず、あまりの出来事に、街抗換装士ですら固まって──
飛び出していた。ミカヌーの手を引いて、ミカヌーと一緒に、ウチは天馬から飛び出していた。完全に無意識の行動。後先も考えて無いし、何ならウチ自身が動いた後に困惑するような。そんな意図しない行動。
ハッとして我に返り、後ろを見ると……驚いた顔をした第九班のメンバーと、一年を共にした軍学徒達と目が合う。向こう側に置いて来てしまった、彼らと。
穴が、穴が彼らと、重なる──
「待って!」
叫んだウチの声は、閉まる扉の轟音でかき消される。
天馬の扉が、閉じた。
まるで火葬場の扉の様に、重厚で分厚い鉄の扉が──閉じた。
ゼロマキナIF──本格始動
■ネブル政府発刊「ゼロマキナ大辞典」
・土
はるか昔、各集落の広範囲にわたって用いられてた、床に敷き詰める緩衝材。文献が古ければ古いほど当然の様に床に敷かれており、かなりオーソドックスな緩衝材だったと思われる。
衛生状態が悪い上、植物が勝手に育ってしまう、また緩衝材としても効果が弱い等デメリットが多いため、恐らく採用されなくなったのであろう。
枯れた葉や生物の死骸などを元に精製するため、儀式的な意味合いがあったという説も存在する。
・誤差同期記録
寄生兵器《夬衣守》と人体を同期させる際に生じる誤差を解消するために、換装者の脳に保存するデータバンクの事。
夬衣守を換装するための演算において生じる誤差を過去の『蓄積された記憶』からパターン認識処理で解析し、各種状況に応じた最適解を最速で生み出す装置を用いて行う。
有機生命体が思考の際に行う脳の電気信号等の処理に限りなく近い処理を疑似的に再現している。
開発者は真屡丹羽咲であり、換装システムの一環である。
・ガニビラ
第一次世代夬衣守。
換装システムの動作確認、及びアルマにおける駆動確認用として生み出され、未だホイールさえ装着されていない足のみであり、実用性は極めて低かった。
第一次世代の教訓を活かし、すぐに第二世代《歩然》が制作され、今の夬衣守に極めて近い形まで進化した。
・王型大規模輸送昇降機《天馬》
街歴(ネブルの歴)321年より二世紀近い年月をかけて構造された、アルマとネブルを直通で結ぶ超大型の輸送昇降機。
この天馬の建造により、アルマ攻略は極めて実現的となり、アルマでの生存時間に最も貢献した発明とされている。
・《想像堕胎》
現在ネブルが保有する《固有機》が一つ。第三世代夬衣守にして、最重量の《斬込手》専用機。
六連振動ブレイドと呼ばれる3m級の巨大兵装が特徴的であり、ネットワーク端末を保護する特殊装甲以外であれば、ほぼ全ての装甲を破壊できると囁かれている。
制造が固有機の中でも古く、基本兵装概念は第三世代となっている。しかし動力部には試験的に第四世代機用の《イドラデバイス》を詰んであるため、第四世代同等のポテンシャルを発揮する。
現換装者はペレットルミナス=エーデルワイス・アイデンクロウケン。
・《イドラデバイス》
第参世代機以降の機生兵装《夬衣守》の動力源となっている主動力装置。
『魔祇』と呼ばれるレアメタルによって精製した核を高速回転させることで、動力を生み出している。
その圧倒的軽量さはアルマで活動を全体とした夬衣守にとっては革命的であり、既存の動力装置論を覆す高性能さではあるが、しかし『カーネルイデアが長時間駆動に耐えられない』『限界駆動値が低い』等、いまだ未完成段階だと開発者は語る。
開発者は愉那・ヴァギネッタ・イデア。
・魔祇
クロムシェル内で極稀に採取ができる、高い発電性を秘めたレアメタル。
しかしネブルは、千階層上部に位置する巨大な結合階層区域にて、大量に埋められている採掘場を発見した。
以来、軍用として研究が進められている。




