004話-02 安寧の地
「空腹機能とかいらねぇだろ本当に……うぜぇ」
セロルちゃんと別れた後、ウチは猛ダッシュでエムジに追いついた。したら開口一番このグチである。
【外壁上層部通路】
「いいじゃんかさー、どうせ充電したんだろ? 外骨格もバッチリ修理されてるし、あの短時間で元通りとか、流石バニ様。万事問題無いじゃん」
「論点がずれてるっての。空腹機能のせいで充電しても微妙に腹が減る感覚が残るんだよ……エネルギー不足とかアラートでいいだろ……あぁー怒る気力もわかねぇ」
(バニ様……罰として満腹中枢に信号入れなかったな)
午前の無断奪階層は完全にウチ主導の罪であり、エムジは巻き込まれた形だが……バニ様視点では自作の外骨格をボロボロにされた恨みはエムジに向くのだろう。マジですまん、エムジ。
謝罪がてら背中をよしよししてみたら普通に殴られた。殴りのキレが落ちてねぇ。
「痛ぅ……さっきの腕固めといい、まったく容赦ないな」
「なんだ、俺に容赦して欲しいのか?」
「当たり前ですけど?! ウチはMだけど好きなのは性的快楽であり、痛みを快感に変えるほどの癖はまだ手に入れられてないんだよ!」
あれこれ逆に考えれば、それを手に入れれば毎日がパラダイスなのでは?
「そうか容赦がほしいのか。だったらこうべを地につけ、全裸で失禁しながら頼んで見せろ」
「全裸土下座で失禁しても良いんですか?!」
「何でそこで喜ぶんだよお前ホント……お前……あーやりづらい」
だからウチは性的な攻撃は好きだって言ったじゃん。でもやりづらいか……確かに今朝までのウチならこの条件は嫌がっていた気がするな。何だろ、頭痛と共に変態性も上がった??
しかしエムジ、なんだろ? 心なしか嬉しそう? 空腹紛らわす相手が出来たからかな? エムジの気を紛らわせられるならウチも殴られるのやぶさかでもないかな?
「と言う事で」
「脱ぐなや!!!」
「ぐふっ?! だって今全裸になれって」
「例え話だよ! 実行に移すな!」
「えー」
「えーじゃねぇし」
雑な会話をしながらウチらは通路を歩く。諸事情あってウチらの寝床は軍学徒の兵寮と離れており、今二人がいるのは軍事区画の離れ。この時間には人っ子一人いない。
(なら全裸になっても良いのでは……)
まぁ見つかって懲罰でもくらい、明日の実習に参加できなかったら最悪なのでやらないが。行きたくはないけど、ミカヌー守らんと。
ウチらが向かう先はネブルの西端──外壁上層部にある旧探索管理施設だ。つまり、両親が使っていた施設。ここを寝床としてかれこれ十年だ。
「んじゃ、俺はここまで」
エムジはドアの前で止まる。ドア上には『探索浙江機 充電室』と書かれてある。エムジの寝床だ。
「えー、ウチの部屋まで送っててよー。寂しいじゃんかー」
「ふざけ、ほざけ、爆ぜろ。何で俺がそんなしちめんどくさい事をせにゃならん。図に乗るのも大概にしろ脊髄引きずり出すぞ」
「内臓とか脊髄とか内側への攻撃欲望が高いなお前は……」
暴言はいつもの事である。でも、でも今日は、明日アルマに行かなくてはいけない今日は、もう少しエムジと一緒にいたい。
「じゃあせめて、一緒に寝ようぜ?」
とエムジの上着の裾を引っ張ってみせた──瞬間、流れる様に華麗な動作で腕を掴まれ容赦なく背負い投げされた。背中のジッパーが金属の床にたたきつけられ、激しい音が響く。
「なんでやん」
「今のツッコミだったの?! こんな実践向けのツッコミ初めて見たぞ?!」
「は? どこが実践向きなんだよ。腕はちゃんと繋がってるだろ?」
「貴様ボケのたびに相方の背骨へし折る気か?!」
(なんやかんや、エムジってノリ良いよな)
その攻撃的反応に隠されてしまいがちだが、エムジがウチの行動を無視した事は一度も無い。この程度の攻撃ではウチが止まらない事は知ってるだろうに、毎度適度な攻撃でリアクションをくれる。
「なんだ── 一緒に寝ようなんざ、やっぱりボケてたんじゃねぇか」
「いや……本気でしたけど……」
彼がそうしてくれるなら、ウチはどれだけ嬉しいか。
「なら──」
エムジは立ち上がりかけたウチの腕をつかみ、引っ張り上げ顎に指を這わせる。そしてそのまま自身の顔へとウチの顔を引き寄せ──ってちょちょちょ?! エムジ???!
互いの顔は距離にして約2cm。息がかかるほどの、距離。
待って、待って目見れない! 何が起きてるの?! 何??! え、キス??! 嘘ウソ絶対無い! あぁでも顔が近い! ふぁああああ ぺっ!! ……ぺ?
「──なおさらお前と寝るなど、反吐がでる」
エムジのセリフで気が付く。どうやらツバを吐きかけられたようだ。そのための至近距離か。
のでウチは
「有難うございます!」
と全身全霊で礼を言う。
「何でそこでお礼なんだよ?!」
「エムジから排出された液体だろ? うわぁ貴重ですペロペロ」
「きめぇぇぇぇ!!」
「ごふ?!」
本日二度目の背負い投げをくらって再び地面にたたきつけられるウチ。あぁ、ずっと、ずっとこうしていたい。ウチが馬鹿な事言って、エムジが突っ込んで、またウチが馬鹿な事言って……こんな時間がずっと続けばいいのに。
恋心もあるし性的興奮もある。だからエムジともっと進展した関係になりたいとは思っている。思っているが、今の関係に不満がある訳では決してない。
ウチは、ただ、エムジと触れ合うだけで満たされる。安心できる。暖かくなれる。
エムジだけではない。ミカヌーやバニ様。もしかしたら今後第九班のメンバーも、好きな人達は増えて行って……。
この時間がずっと続けばいいのに。アルマなんて無くて、ネブルでの一生が穏やかに終わってくれればいいのに。
誰も失わず、失わせず、穏やかに、穏やかに……
鼻を突く苦い香り……離れたくない、この安寧の地から離れたくない。誰も離したくない。
だって、こんな立派な集落、見た事無い。ウチの心に空いた穴の所有者達は皆、もっと過酷な環境で怯えていて……
「なあエムジ、ウチ、アルマに行って大丈夫かな?」
床に、ネブルの床に寝転がりながら、ウチはエムジに問う。
「何がだ」
「アルマって危ない場所らしいじゃん。ウチ死んじゃうかも」
「……バーカ。お前がそう簡単に死ぬかよ。今朝も生き残ったろ?」
「エムジ?」
一瞬、エムジが動揺した気がした。ウチが発した「死」という言葉に。午前中、エムジの「鉄くずになる」発言を聞いた時のウチの様に。
「ウチが死んだらさ、エムジは悲しむ?」
「……お前がいなくなったら、せいせいするよ」
ウチは見逃さなかった。粗暴なセリフの前に一瞬のぞかせた、エムジの表情を。
(死ねないなぁ、こりゃ)
エムジから大切に想われてる。その大切はウチが思う大切とは違うかもしれないが、少なくともエムジはウチを失う事は嫌みたいだ。あんな顔、エムジにさせてたまるか、二度と。
二度と──午前に浮かんだこの良く解らない感情にも、今なら、二度目の頭痛を経たウチならある種の確信が持てる。ウチは過去に一度、エムジに寂しい想いをさせた事が、ある……たぶん。
「じゃ、大好きなエムジのためにも、ウチは寝るよお休みー」
「どこが俺の為なんだよ」
「体調を万全にして、生存確率を上げるためにさ」
そう言ってウチは部屋に戻った。ホントなら、もっとお話したかったけど、出来れば一緒に寝たかったけど。
でも明日を乗り切れば、そんな時間はまた取れるだろう。街抗志望……の件は様子見ながら答え出してかなきゃいけないけども。
出来てしまった親友の身を、とにかく安全に、出来るだけ安全に。
(板挟みがすぎるな、こりゃ)
解決の道など全く見えないけど、時間は進む。まずは一日一日をしっかり生き残る事に全力を上げよう。明日も、アルマから帰ったらまたエムジの声が聞けるんだし。
* * *
「……死なせるかよ。今度こそ、俺がお前を、守る。何に変えても」
去る少女の背中を見ながら呟かれた青年の一言は、彼女に届く事は無かった。
噛み合う事の無い歯車は、少しずつ、少しずつ、ズレていく──




