004話-01 花咲く少女
閑散とした廊下を、ウチはエムジと並んで歩く。時間は22:45。あと二時間ちょっとして25時になれば、日付が変わり、初のアルマ実習が始まってしまう。
一日に二度も頭痛があったからか、エムジは割と心配そうに隣を歩いてくれてる。……これ手つなげるんじゃないかな? ちょっと試してみぃ──ぎゃああああ!
「痛い痛い痛い!!」
「油断も隙もありゃしねぇ」
そのまま伸ばした右腕を掴まれぐるりと回転。背中側でホールドされる。ほ、骨が外れる!!
苦痛から逃れる様に体をよじり、先ほどエムジがいた方と反対、左側を向く。と、庭園が目に入った。
【開拓係管軸庭園】
そこには一人の少女の姿があった。
第二セクターへの連絡通路に差し掛かる手前に、廊下に接続する形で小さな庭園がある。ウチらは今丁度その前で格闘技ごっこをしてるワケだ。
ネブルでも珍しい土を足元に敷き詰める特殊な床概念を採用しており、ブロックで区切られた壇にはファジーなどの花が植えられている。ヒトリディアムは遥か昔、床に土を敷き詰める文化があったと悠久文献に記されていたため、それを再現した区画がこの庭園だった。
土は上を歩くと汚いという感覚から、人はほどんど寄り付かないが。そもそもネブルでは土って農作物の栽培に使うものだしな。花壇のゾーンはわかるにせよ、ただ敷き詰めて何になるのかはよく解らん。でも不思議と、ウチはあまり嫌いじゃない。
まぁ、そんな庭園の中に見知った顔がいた訳だ。
「あれは、セロルティアさん?」
「知り合いか?」
「うん。同じ代の軍学徒で、明日一緒にアルマに行く同じ班のメンバー。……つかエムジさんそろそろウチの腕解放してくれません?」
「何で?」
「そこで疑問おかしくない?! あでもこれ技かけられてるとはいえエムジと触れ合ってるしもしかしてご褒美ではってぎゃあああああ!」
関節が外れるギリギリまで腕を絞められたあと、ウチの右腕は解放された。おま、腕動かなくなったら明日どうすんだマジで!
「いたた……チョット話してくるから待ってて。すぐ戻る」
「いや帰るが?」
「帰るなや!! あぉもう! とにかく行ってくる!」
食事の場では結局セルティアさんとは一言も話せなかった。交遊を深めるチャンス、ここは少しでも話しておきたい。
……しかし、至近距離で今のウチとエムジのやり取りを聞いてても、相変わらずノンリアクションだ。何だ? 人間が嫌いとかそういうタイプか?
少女は花壇に向かった小さなベンチに腰かけていた。食事の場と同じく、読書にふけりながら。
「その本、好きなんですね」
「……」
声をかけてみるも、無反応。まぁ予想はしていたさ。でもここでめげるウチではない。
「あ、あのー、その本、好きなんですね?」
テイクツー。
今度は無視出来ない様に、ベンチの真横に立ち、本を覗き込みながら言ってみた。読書に夢中だった場合はさぞウザいだろう。
「……」
しかし無視である。あ、うめげそう。ウチの心。
助けが欲しくてエムジを見るも……いねぇし! マジで帰ったアイツ!! 早くこの場を切り上げて追いつかないと。
リアクションが無いのでしょうがなく、ウチはセロルティアさんが読んでる本の表紙を見た。『ヱレーム構造分類学』。これは確か、学者でも頭を悩ますほどの高度な科学分野の書物だ。もし彼女が理解して読み進めてるのだとしたら……頭がいいなんてもんじゃない。座学トップの未納さんとタメをはるか、それ以上の可能性すらある。
(そういえばメトローナ教官の講義でも、ノータイムで回答してたな)
となればとてつもなく頼もしい人材だ。本当に第九班はミカヌーを守る上で理想のメンバー。……心を開いてくれればの話だが。
(ミカヌー守りたいのはウチ個人の目的だけど、そうでなくても街抗目指す上でかなり良いパーティだよな、第九班)
座学トップ、実技第二位の未納さん、リーダーシップ抜群で、座学実技共に優秀な吏人(成績は別れ際のどさくさに聞いた)、座学トップレベルであろうセロルティアさん、座学はクソだが実技はトップのウチ。……そしてミカヌー。
(ミカヌーだけ浮いてないか?)
御劔学長のセンスが謎。まぁ優等生も劣等生もまぜこぜで班分けは行われるワケだから、バランス良いっちゃ良いのかもしれん。
吏人程ではないにしろ、人当たりの良さはウチ、未納さん、セロルティアさんよりも上だしなミカヌー。
……しかしセロルティアさんは進展が無い。さっきから無視しづらい位置取りをし続け、ウザいプレッシャーを放ちまくってるウチだが、いっこうに反応してくれる気配が無い。諦めてエムジの所戻るか。明日のアルマ実習の前に、少しでも大切な人といたいし。
「あの、まさか……私に、話しかけてるんでしょうか?」
と、諦めかけたころ、ようやっとセロルティアさんから声が発せられた。いや、アナタに話しかける以外に何が?! この至近距離で独り言呟いてたらヤベー奴だぞウチ。
「も、もちろんですよ。その、たまたま庭園を通りかかったらセロルティアさんがいたんで」
「……私が庭園にいたから? 声をかけたんですか?」
「え、えぇ……」
むしろそれ以外に何があるというのだよ。
「あ、ご、ごめんなさい。私が邪魔でベンチに座れなかったんですね。すぐにどきますので、少々お待ちを」
「なんて?! ちょ、違いますよ? 違いますよ?!」
「え、違うんですか……? あ、ご、ごご、ごめんさ、私が庭園にいるのが邪魔だったんですね、ごめんなさい、すぐに出て行きますので、ごめんなさい」
「何でそうなる?! 違う違うそうじゃない!」
「え! 違うんですか……? あ。ごめんなさい……でも……流石に生きてるのが邪魔とか言われましても……死にたくは」
「そんな簡単に死ぬなんて言うな!」
びくっ。と、少女の身体は震えた。しまった、過剰反応しすぎた。
「ご、ごめんなさい……が、頑張って光合成はするんで……酸素吐くんで……命だけは……」
「命を軽く扱うな!! とにかく落ち着け!!」
ウチもな。会話のドッヂボール過ぎてウチも焦っている。
変わった、娘だなぁ。
何が凄いって、震えて涙声なのにも関わらず、表情は一切の無表情。表情筋を換装手術で除去でもされたのか?
ともかく、なんとなくわかった。これはあれだ。人見知りの最強版。あと自己肯定力もめっちゃ低い。コミュ障オブコミュ障の極みがこの戒那・セロルティア・イデアという軍学徒なのだ。
「ウチら同じ班になったんだし、折角だから仲良くしたいなって。ただそれだけですから、良かったらお話しません?」
「お話?」
「そ」
セロルティアさんは口を驚きのあまりあんぐり開き、固まっている。マジで会話に誘われたことが無いか、誘われてても自己肯定力の低さから「私に言ってる訳ではない」と切り捨ててしまっていたのだろう。学食での態度もそれだ。
「ごめんなさい……そ、その、話しかけられる事があまり無くて……不快にさせてしまいましたら謝ります、本当にごめんなさい……」
「不快なワケ無いじゃないですか」
「え。不快……じゃないんですか?」
不快というか不可解である。話しかけられた事あまり無いて……ウチ夕食の時にめっちゃ話しかけたよ?!
「その……シーエさんは……その……ど、どど、どのようなご用件で、こ、こんな時間に……ごめんなさい、何でもないです」
「いや言えよそこまで来たら」
右目に花を咲かせた少女はしゅんとなり、そのまま体育座りに移行したため「ああ、ベンチに座って座って」と促す。セロルティアさんは数秒迷った後、ようやくウチの隣に座ってくれた。
「んで、何でこんな時間に庭園にウチがいるかでしたっけ?」
こくり、とセロルティアさんはうなづく。
「いやぁ、お恥ずかしい話、ウチ午前の最終調整を忘れちゃってまして……真屡丹研究室長に懇願して、さっきまで調整やってもらってたんですよ」
「そうですか」
「……」
「……」
終わっちゃったよ!!!! 怖い。この空間が怖いよウチ。助けてエムジ。あぁいなかったわ。
「おほん、えーじゃぁ、セロルティアさんは、こんな時間に庭園で何してたんです?」
読書ですとか帰ってきたらもう会話不可能である。誰か助けて……
「……友達に」
が、違う答えが返って来た。
「お水を、あげておりました」
友達……周囲を観察すると、ベンチの脇には水の入ったジョウロが置いてあり、花壇の花は濡れていた。
(花が好きなのか、それとも花に仲間意識を持っているのか)
右目から花を咲かせた彼女の事だ。不思議ではない。彼女の種族……正直わからん。ウチが不勉強なのもあるだろうが、目に花を咲かせた種族なんてセロルティアさん以外見たことが無い。
(光合成する、酸素吐くとか言ってたしな)
花に似た性質を持つ種族なのだろうか? 酸素吐くという事は二酸化炭素を吸っている? でもそれじゃあ細胞活動の燃焼の助けにならず、動物としては効率が悪そうだが……彼女の動きがゆっくりなのはそれが原因かな?
(でも光がほぼ無いクロムシェルで、光合成する種族なぁ)
ネブルには多種多様な種族がいるが、みなクロムシェルでの暮らしに適応進化した種族達だ。吏人達アリゴル種は草食で、余すところなくエネルギーを吸収するために胃が複数あるし。絶滅した有機生命体『牛』に似た構造だと聞く。
動物性たんぱく質はほぼ手に入らないクロムシェル内部でも、たまにコケや小さい植物は発生する。それらを食べて生きながらえて来た種族なんだろう。肌が白いのも納得だ。
しかしセロルティアさんは何というか、本人もだが種族も謎だ。仲良くなって色々聞きたいな。
「花壇の花って、いつもセロルティアさんが水、あげてるんです?」
「そうですね」
仲良くなるためにウチは話題を振る。
「本当は開拓係の担当がいるはずなんですけど、去年から一度も水やりにいらっしゃらないので」
開拓係、とは『文化新規開拓係』の略称で、他集落の情報基体や一部悠久文献などを参考にし、様々な文化の再興に挑戦する軍学徒の内部組織である。
……ネブルもなんだかんだで、この広くて狭い箱庭の中で、少しでも生活を豊かにしようと努力してるんだよな。
ただ、この庭園に関しては悠久文献を参考に作ったはいいものの、手入れがめんどくさくなり放置という状態なのだろう。皆土嫌がるし。ウチは何故かけっこう好きだけど……何か懐かしい感じがするんだよね、土。頭痛と関係あるかもなぁ。
確かこの庭園が作られたのは去年、ウチらが軍学徒になったタイミングだから、花が枯れてない所を見るとかれこれ一年もの間、セロルティアさんが毎晩水やりをやっていたという事になる。
「そりゃ災難ですね……開拓係の担当って誰なんです?」
「アラギ・マスナルと、名簿には書かれてありました」
あーアラギならすっぽかすわ。納得納得。
「大変じゃないです?」
「もちろん……だってお水をあげないと、お花、死んじゃいますし」
花は友達、か。命に上も下もないよな。そんなの個々の主観で変わるんだ。
『就寝時間、五分前です──軍学徒は速やかに寮へ戻って下さい』
二人の会話に軍学徒校放送が割り込む。
「そろそろ……お部屋に、帰らないとですね」
「待って」
帰ろうとするセロルティアさんを、ウチは呼び止める。
「セロルティアさん……セロルさんて呼ばせてもらいますね。セロルさん、ウチも明日から一緒に水やりしてもいいかな?」
大切な命を守りたい。その想いは誰だって同じだ。アラギがダメなら、ウチが力になりたいと、そう思えた。
それにウチ、土嫌いじゃないし。
「……」
セロルさんはしばらく花壇を眺めた後、ウチを見据えて
「愛称はセロルちゃん、でお願いします」
と答えた。いやそこじゃねぇよ。
でもまぁ、これは肯定ととらえて良いかな? この空間は嫌いじゃない。心が落ち着く。




