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ゼロマキナIF -始まらない物語-  作者: Deino
003話 軍学徒校の日常
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003話-05 穴

 さてさて、バニ様ブンも大量に吸収しましたし、次のお客にお邪魔なのでウチはそろそろ帰りますか。


「あ待ってシーエちゃん」


 おーい。アンタが呼び止めるんかーい。


「これ、ミカイヌちゃんに」


 と、ウチが先ほど受け取ったのと同じ袋を渡される。ってことは中身はスーツ?


「一杯作ったからね。アンタの親友にも渡してあげなさい」


「……なあバニ様、このスーツとイデオの最新のスーツ、どっちの方が性能良い?」


 このまま渡したらスーツ被りが発生する。そしてプレッシャーに弱いミカヌーは『真屡丹技術局長』からもらったという物の重みに耐えられず、家族からのプレゼントを着れないかもしれない。それは嫌だったのでウチは全力で回避を試みる。


「イデオ? そりゃあそこには敵わないわよ。かけてるお金が違うもの。てかイデオなんて高級メーカー、街抗になって無い軍学徒が着る様な代物じゃないわ」


「……ウチの親友は、そのスーツを持っております。家族からのプレゼントで」


「……」


「……」


 二人の間には嫌な沈黙が発生した。



「金かけて作る事が全てじゃないわ!! アタシの新型スーツは低予算、高性能だもの!!」


「つまりイデオのスーツの方が性能良いと」


「……値段的に重宝されるのはアタシのスーツのはずで」


「負け惜しみすな」


「ミカイヌちゃんにはこのスーツはあげません!!!」


「ミカヌーに八つ当たりすな!!」


「そんな個人的な感情で未来ある軍学徒の妨害はしないわよ。代わりにシーエちゃんの成績を下げる」


「ウチに八つ当たりすな!!」


 それさっきも言ってたやろ!!



 まったく、めちゃくちゃ偉くてすっごい人なのに、妙に子供っぽいところあるよなバニ様。まぁだからこそ親しみやすいんだけどさ。

 そういえば前に自分で自分の事ナルシストって言ってたっけ? こじらせてんなぁ。


 いやーしかし、イデオのスーツがバニ様のスーツより性能良くて良かった良かった。違う場合はミカヌーにスーツ渡さない理由つくるの地味にめんどかったからね。渡したら最後、ミカヌー着ちゃうだろうし。何ならバニ様も「アタシのスーツの方が良い」とか言って圧かけて来そうだし。



 さーもう用事も終わったし帰るか。次の客そろそろキレるだろこの遅延。などと考えていると──


「おいまだか真屡丹!!」


(やっぱキレてるー!)


 遅れすぎたな、申し訳無い……しかしバニ様相手に「真屡丹」と呼び捨てできる人なんてネブル中探しても少なそうだが……それにこの声、もしかして……


「おーい、エムジかーい!!」


「げ、シーエ」


「げ、とは何だげとは!!」



 おなじみの暴力亭主がそこにはいた。


挿絵(By みてみん)


「待ってたのエムジだったのか」


「何でお前がいるんだ糞虫」


「糞にたかる虫もウチは好きだぜエムジ。あとスカトロもそこそこ行けるわ」


「死ね」


 エムジを見ると手足は直ったようだが、皮膚が付いてない。なるほど、エムジの修理をする予定だったのか。

 でもなら何で、ウチに隠すようなことを? 別に今ここにはガッチガチの身内しかいないし、隠さなくてもいいのでは?


「さっさと出てなさい」


 と、バニ様からも退出要請を出される。なにゆえ?


「えーウチエムジの修理見たい」


「一分ごとに臓器を一つ提供するなら許す」


「対価重すぎじゃない?!」


 ともかくエムジがめっちゃ嫌がるのでウチは外で待つことにした。別に待てと指示された訳じゃないが、居住棟まで一緒に帰りたいし、待とう。



【軍学徒校 廊下】


挿絵(By みてみん)


 時刻は既に22:30を周り、《黎》仕様の銀色の廊下にはほとんど人の影は無く、薄っすら暗く静けさが漂っていた。


(帰って早く寝た方がいいんだろうけど、エムジと話せるなら別だな)


 換装士科にしてみれば明日は緊張のアルマ実習。寝れるか寝れないかはともかくとしても、万全のコンディションで迎えられる様に就寝に励んだ方が良いのだろう。


(23時まで待って出てこなかったら、流石に帰るか)


 右腕と左足に皮膚をつけるとなるとまぁまぁ時間はかかるだろう。30分で行けるかどうか怪しいところだ。が、待つこと十数分、エムジは思いの外早く出て来た。バニ様の技術力どうなってるんだ?


「……」


「露骨に嫌な顔すんなや!! 待ってたって良いやろ!」


 と、いつも通りのやり取りを繰り広げるや否や、


「──ぅがっ?!」


 ウチはまたもや、激しい頭痛に襲われた。


   * * *


 頭部を襲う激しい痛み。午前中にクロムシェル内で味わったのと同じ痛みだ。何だいったい──

 ウチは頭を押さえ、その場に倒れ込む。エムジが「どうした?!」と駆け寄ってくる。ああ、やっぱちょっとは心配してくれるんだな。嬉しいな。でもそんな思考も吹き飛ぶほどに


(痛い痛い痛い……! 何かが飛び出そうだ!!)


 午前中の頭痛が『何かが侵入してくるような、孕むような痛み』なら、この痛みは『産声をあげるような痛み』だ。その差が何なのか良く解らないが、ともかく脳みそが熱くなる。



『──ぅ属させ──。──接──は満た──』



(また……幻聴がする……)


 明滅する世界の真下、微かに響く声。



 数秒後、遠くで声が鳴り響き続けて後、緩やかに痛みは沈静化していった。



(あぁ……何だろう……この感じ)


「──エ! おいシーエ!」


 顔を上げると大好きなお世話ロボットが、ほりの深い顔を険しくしてウチを見下ろしていた。「真屡丹の所に戻るか」と提案されるが、ウチはそれを断った。




 これは普通の頭痛とは違う。バニ様に治してもらうような、病気とかの類ではない。ウチの中の何かが目覚めようとしてる。だって



 ──あの声、ウチの声だろ。



 何を言ってるのかは、解らなかったけどさ。


 そして頭痛と共に、緩和しかけてた不安が強まる。頭痛と不安、この二つには明確な関係性がある。うまく言葉に出来ないけど、そう思えた。そして



(ウチには、忘れてる何かがある)



 だって、だってこんなにも埋まらない穴が、胸にぽっかりと、いくつも、いくつも、いくつも。


 穴。


 穴。


 穴。


 穴。



 頭痛前のウチには一切無かった、一回目の頭痛の後はぼやけてた穴が、今はハッキリと……。



 とてつもない喪失感と虚無感、それに伴う悲しみと恐怖がウチを包む。この穴を増やさない様に動くんだ。最悪の事態を回避するんだ。

 増やさない様にしたところで、穴が埋まる事は無いんだけど。穴にピッタリはまる形なんて、彼ら以外無いんだけど。



 彼ら、彼ら、彼らって誰だ……何の記憶だ?



 顔も、名前も、声も、温もりも、何もかも思い出せないけど……でも、あなた達はいた。ウチはそれを覚えてる。


 この悲しみが、


 この空しさが、


 その、証拠。



 この穴がウチの人生のどのタイミングで生じたものかは全く解らないけど……。もしかしたらただ脳が壊れただけで、海馬にためられた記憶がバグってるだけかもしれないけど……。

 でも『今』のウチの心には無数の穴が開いている。ハチの巣なんかじゃ足りないくらいの……。その想いだけで思考は変わる。



 今までのままじゃいられない。先日までのシーエ・エレメチアではいられない。



 守りたかった。別れたくなかった。ずっと一緒にいたかった。そのために頑張ったのに、全て叶わなくて……。

 だから今度こそ、今回こそ、守るんだ。それがウチの役目だろ? 



 脳に下される意味不明な命令。でも不思議と、それに従うのが正しいのだと、今のウチには思えた。思えてしまった。


■ネブル政府発刊「ゼロマキナ大辞典」


・《陸羽りくう

ネブルが有する正規軍隊。

主な目的はネブルの安全保障であり、他種族との抗戦やネブル内での犯罪の抑止など。軍であり、その反面は警察機関である。

全14分司令で構成され、分司令ごとに割り当てられている業務が僅かに異なる。

中でも第二分司令は軍内部調査室を有し、《街抗》を含み全軍部の内部監査までも行う事が出来る。

対有機生命体において、クロムシェル内でも最強の軍隊と言えよう。


・《街抗がいこう

《陸羽》と対比して、ネブルが有する対アルマ実働軍隊。

長期的な目的は『アルマの獲得』であり、電子汚染がはびこるアルマにおいてヱレームと戦闘するためだけに訓練を重ねている。その他にもアルマのみで採取できる資源の調達なども任務に含まれるが、もっぱら昨今は資源調達が主な任務となっている。

夬衣守えぐもと呼ばれる独自の寄生兵器を操る換装士で構成されており、少数精鋭の組織である。

アルマで活動する事が常のため死亡率は軒並み高く、五年軍属として活動した場合の平均生存率は40%である。


・《統合生殖》

ネブルが誇る、三年を一サイクルで行う計画循環繁殖。

三年に一度だけ繁殖期を設け、『三年後のネブルにどのような人種がどれだけ必要か』を《繁殖委員会》が《出生目標値》として定め、また同時に『三年後のネブルではどれだけの人数を限られた資源で生かす事が可能か』を《出産数限界値》として定め、目標と限界の間になるよう、遺伝子や母体を《繁殖委員会》が吟味選出し、繁殖を行う。

精子は《遺伝子バンク》か現存する雄より選ばれ、母体者は受精器具を性器に装着し、一定期間指定された精子を流し込み受精を行う。

また二年目の段階で《出産限界値》を超えていた場合、《繁殖委員会》の管轄の元、《摘果》される個体を選出する。


・《摘果てきか

《統合生殖》の一環で、産まれ過ぎた個体を満二歳の段階で土に返す営み。

資源と空間が限られたネブルにおいて生きる上で、不可欠であり、また崇高な行為である。

基本的には《腐葉培養土化溶鉱炉》に投下し、培養土に変換し、農作物の生産に土として貢献してもらう。


・《繁殖委員会》

有機生命体にとって最も重要な繁殖の管理、および行使の全権を有する委員会。十七委員会の内の一つ。

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