003話-04 育ての親
ミカヌーからスーツを見せてもらった後、ウチは《黎》に静まる第一居住区内を、バニ様の研究室に向かった。何故かミカヌーも付いてくると主張したが、失態のしりぬぐいをして貰ったのだ。これ以上迷惑はかけれまい。
(それとも、バニ様に顔を売っておきたかったのかな?)
ミカヌーにそんな打算的な考えがあるかは解らないが……いやありそうだな。意外と腹黒っぽい一面あるしな。
ただ、失態を犯した軍学徒のために『名誉研究室長』の貴重な時間を奪ったとなればそれはむしろ加点というより減点だ。バニ様は根は良い人だからミカヌーを叱責する事は無いだろうが、一旦ウチ一人で謝罪しつつ夬衣守の誤差同期記録を行わせてもらった方が良いだろう。
(場合によってはエムジがいるからな……)
暴力亭主はバニ様の元で修理中だ。研究室で待機してても不思議ではない。……班決め前のミカヌーの反応を見るに、何故か会わせない方が良い気がする。いつかは紹介したいけど、アルマ実習を控えた前日に起こすイベントではないだろう。
(あと、つもる話もあるしな)
午前中の出来事について、少し詳しく話をしたい。昼に怒られた時は時間もなかったし、最低限の話しかできなかったから。
ミカヌーがいても午前の件を聞く事は出来るだろうが、どうしても他人行儀になる。ウチとバニ様、二人の時は遠慮のない会話が出来るし、今回はそうさせてもらいたい。
(家族としてのバニ様と触れ合いたいって気持ちも、多分にあるけどね)
だってさっきのミカヌーさ──
『どれどれ、はやくみせてーみせてー』
『もーシーエちゃん、期待するほど凄いもんじゃないよー』
『ほー……え、いやいや凄いじゃん! これがイデオのスーツ……うわぁウチのスーツとは大違いだ……超軽い……動きやすそう……』
『そ、そうかな~。えへへ』
『お、これが排尿機関かな?』
『すぐそういうとこ確認するー。……うわ』
『ミカヌーこれ大丈夫かー?』
『だ、大丈夫! お母さんが買ってくれたんだし!!!』
と、数分前の幸せな会話を思い出す。
(お母さんが買ってくれた、か)
幸せそうに笑う親友を見て、幸福九割、嫉妬一割。お母さんが生きてるって、良いよなぁ。
ウチは胸元のダイヤを握りしめ、バニ様の待つ仮想接続室へ向かう。ウチの家族の元へ。
(……スーツは中々画期的だったな)
排尿機関、おしめやナプキン的な方向かと思ったらおもっクソ尿道入るタイプだった。ミカヌー大丈夫だろうか? 以前ウチが尿道自慰を試みた際にはめっちゃ痛くてリタイアしたものだ。熟練者いわく慣れると痛みも無く快感だけらしいが……イデオ程のメーカーだ、痛み無く挿入は出来るのだろう。
(って事はスーツ着る度に気持ち良いのか?)
それは羨ましい。羨ましいが、スーツを着る快感にはまってそこからアルマ中毒になられるのも怖い。
……どの程度気持ち良いのだろうか。ミカヌーの気持ちを理解するためにも正直是非知りたい。昼のバニ様『穴と言う穴を開発』とか言ってたから、もしかしたら尿道開発してもらえるか?
(身内に開発されるのシュールすぎるけど)
ともかく、思考にふけながら歩く事数分、ウチはバニ様と待ち合わせしている部屋にたどり着いた。
と、接続室の扉を開こうとしたところで──
「遅ぉぉぉぉい!!!!」
「ごはっ?!」
頭部に激しい痛みを感じ、ウチはその場にうずくまる。後ろを見るとウサギ頭のオカマが立っていた。
「ウチ今朝頭痛でうずくまったんだぞ?! 頭殴るか普通??!」
「CTで問題は出なかったじゃない」
「そういう問題?!」
これだから技術者は。あと問答の間にゲシゲシ踏まれてるけどコレはあんま痛く無いからご褒美です有り難うございます。
「はぁ、立ち上がんなさい、もう」
「その前に足をどけるべきでは?」
バニ様といいエムジといい、とりあえずウチを弄っておけ的な空気どうにかならんか? あ、昼間クロムシェルの昇降機で『エムジはどうやってこんな暴力ロボットに育ったんだ?』的な疑問を持ってたけど、これバニ様の影響じゃないかね? エムジの開発者だしね、バニ様。
「……なんで足どけたら残念そうな顔するのよアンタは」
「バニ様の足気持ちよかったなって」
「まったく、お母さんに似すぎよね、ホント」
と、バニ様はすらっと長い腕をウチに差し出し、引き起こしてくれる。バニ様といるとさらっと両親の話が出てくるから好きだ。
……だが待って欲しい。ウチの性癖が母似だという事は今知ったぞ。5歳ほどの娘にその変態性を見せる事は無かったようだが、17年生きて初めて知った事実だ。
そうか、ウチのこの性癖はお母さん似なのか。そうか。
「何ニヤケてんのよ?」
「別に、ありがと、バニ様」
「はぁ?」
世間では親の性事情と言うのはあまり聞きたくない情報らしいが、思春期を迎えた際に両親が共に他界していたウチにはその感覚は解らない。
反抗期になってもそれをぶつける相手がいなかった。……多くの場合では少女は父親に対して生理的嫌悪を抱くらしいから、父を悲しませなかったのは救いだろうか。
(出産は統合生殖から行われるから、『父』という存在が身近にいるのは珍しいと思うけど)
精子の判別は《生殖委員会》によって決められる。その精子の持ち主と母体がたまたま仲の良い人間だったというのは奇跡なんだろう。
奇跡……だからこそ、二人で夢を追い、二人でアルマに旅立ってしまった。ウチを置いて。
恨んではいない。恨んでないからこそ、ただ、悲しくて寂しいのだ。
【仮想接続室】
「はい到着。誰かさんのせいで余計な時間を取られたわ。さっさと同期始めちゃうわよ」
「うい。ホント手間取らせてごめんなバニ様」
「アンタが謝るなんで珍しいじゃない」
「友人にも迷惑かけちゃってるからねー。バニ様だけの迷惑なら別に良かったんだけどさー」
「アタシの時間はどうでもいいって言うの?!」
「あはは、ウソウソ」
軽口の応酬をしながら、バニ様は接続室の奥へと向かい、ボルトで構成された様な椅子へとウチを案内する。
仮想研究室は軍研究室管理の夬衣守兵器にまつわる技術室であり、訓令兵は訓練の時のみ使用を許可される特別室だ。20畳ほどの空間に夬衣守を模した簡易ハリボテが二台、特殊な同期椅子が五台並んでおり、仮想空間において五人一組のフォーメーション訓練まで可能だった。
「スーツに着替えるのも時間の無駄だから、アタシらだけだしもう服脱いで座っちゃって」
「りょ」
ウチはさっさと全裸になり、待機する。異性に裸を見られると興奮するのがウチだが、流石に長年一緒にいたバニ様相手では難しい。そもそもコイツオカマだし、女性に興奮するのかどうかも怪しいし。
「自分でデバイス露出させられる?」
「もちろん」
ウチは背中に手をまわし、巨大なジッパー型の突起に手をかける。夬衣守換装士を目指す者はみな、ニューロンデバイスを背中に埋め込む換装手術を受けている。
ニューロンデバイス。夬衣守との神経接続に必要なその装置は、強化アルミニウムで出来た四つの接続端子である。手術の際に背中を切り開き、この装置を背骨に埋め込むという中々にグロテスクな手術だ。夬衣守が神経と接続する寄生兵器なので、この手術は必須中の必須。現換装士やウチら換装士の卵は皆このグロい手術を受けているのだ。
ウチはエロ以外にもグロ方面への興味も多分に持っているのでこの手術光景は大好きだが、これが無理で換装士科を諦めた人も多い。
手術受けた軍学徒も、術後に初めて鏡で自分の背中を見て卒倒するというのが毎年の恒例行事と聞く。ウチ? もちろん興奮したよ?
なお背骨には重要な神経が通っており、少しでも損傷すると全身マヒとか平気で起こる重要機関なのだが……その辺失敗が起きないのは流石ネブルの技術力と言えよう。夬衣守の開発をしたのはバニ様だが、理論的に出来ると技術的に出来るは別問題。手術を担当する軍医の腕が良いのだ。
と、いうことでウチは背中のジッパーを下ろす。背中の肉が割れ、縦に一本、直接背骨が触れるところまで露出する。
「背骨を露出するとか……くぱぁレベル100だな濡れる!」
「馬鹿言ってないでこっち来なさい」
「え、でも解らない? この興奮」
「……わかる」
「でしょでしょ?」
「何でアンタがドヤ顔なのよ。この技術提唱したのアタシよ?」
はたから聞いたら最悪な会話だろうが、バニ様は変態だし、ウチも変態だから無問題だ。
しかし、ジッパーを下げると筋肉が左右に割れるので腕の稼働域が普段と違って違和感が凄いな。これは別に気持ちよくないので早く接続を済まそう。
ちなみに当たり前だがジッパーを開いた後の背骨や筋肉にはちゃんと保護が施されており、ここから感染症になる事は無いし痛みも無い。
ウチはボルトの集合体の様な椅子に腰を下ろし、背もたれに身体を預け、露出した背骨に埋め込まれた銀色の四つの接続端子を、椅子の端末に接続させる。
「んじゃ、同期を始めるわね」
「はーい」
ホログラムが幾重にも浮かび上がる立体映像を眺め、バニ様は手元のパネルの操作を開始する。
(この瞬間、ちょっと緊張するんだよな……あっ)
ぴくん、と、ウチの身体が少し跳ねた。
電流とは微妙に違う、生態電流がニューロンデバイスから神経に直接流れ、脳からつま先に至るまで、穴の裏側から皮膚の内側まで、内部をつついて回るような感触がほとばしる。
「おぉん……」
「変な声出さないの。うん──バイタルも正常値、仮想脳の構築も問題無し。《誤差同期記録》も負荷無く開放されてるわ。明日アナタが使う夬衣守機体の情報をリンクするから、ちょっと我慢してね」
(この精神状態でバイタル正常とかウチの身体タフすぎるだろ。しかし我慢とは? お、おぉ……)
脳みそを舐めまわす様な感触が、背骨から這い上がってくる。気持ち悪すぎてむしろ気持ち良い感触に、次第に息が荒くなる。
「ベロ出して喘ぐな、わざとでしょ、アタシにどんなリアクション求めてるのよ」
「反応してくれるだけで幸せなシーエですこんばんは」
「……このアタシを弄ぶ事が出来る人間、ネブル中探してもアンタくらいよ」
「愛してるぜバニ様」
「死ね」
「辛辣?!」
などと会話してる内に『夬衣守第三世代量産型試験用機《代替》代25機──御意》と網膜に情報がちらつき、脳内に『ヘロウ』と発音が響いた。
(……このヘロウ、やらバイタルやらリアクションやら、確かどこかのタイミングでどこかの種族が持ち込んだ言葉が崩れたものだよな、アナルと同じく。それぞれカタカナで表記しない別の同じ意味の単語があるし。……これって、今朝であったヱレームが発してた音に似てないか?)
この辺の掘り下げを行いたい。もちろんウチのへまが原因で今行ってる誤差同期記録が終わってからだが。
「凄いわね。同期率──70%」
(このパーセントとかいう言葉もそうだよねー。七割っていう同じ意味の単語が別にあるのに)
同期率とは寄生兵器である夬衣守と、換装士側の意思を接続した際のシンクロ率を現した数値だ。高ければ高いほど夬衣守が電子汚染を受けにくくなり、最大値スペックを引き出しやすくなる。夬衣守の個体ごとにも換装者との相性があるため一概には言い切れないが、一般訓練兵の平均同期率はおおよそ30%程、首席の未納さんですら確か最大時で42%だ。同期率が戦闘力とイコールでは全く無いが、ウチの潜在値の高さだけはまさに──天才レベルだ。
(その才能に溺れて、実りの少ない一年を過ごしたワケだけど)
才能は努力して磨いて初めて活きる。才能を使いこなせなければ──ヱレーム一機からすら親友を守れない様では宝の持ち腐れである。
磨こう。折角持って生まれた才能だ。これからは磨いて磨いて磨いて、大切な人とウチの命を守るための力にする。
「はい終了。アンタの誤差同期記録に機体情報、ちゃーんと書きこんでおいたから。後は明日頑張るだけよ」
「明日」
「そ、夢だったんでしょ?」
バニ様は被ったマスクでウィンクし、ウチに笑顔を向ける。夢に向かって頑張る家族を、心から応援してる──そんな優しい笑顔だった。
「夢……なぁバニ様ウチ……っ」
「はいはいさっさとデバイスから降りなさい。次のお客がもう一人待ってるのよ」
ウチの独白は中断された。しかし、次?
「ウチの他にもすっぽかした軍学徒がいるのか?」
まぁいても不思議ではない。不真面目な生徒はウチだけではないのだから。彼等は、今後の街抗活動で生き残れるのだろうか?
「んなアホいないわよ。──軍学徒じゃなくて、まぁ、色々よ」
なんだよかった。アホはウチだけらしい。いや、それはそれでよくねぇんだけどさ。
しかし流石名誉研究室長。バニ様の技術を頼ってくる人間の数は多いのだろう。ただ、どうしても少し共有しておきたい情報と、聞いておきたい事がある。
「なぁバニ様、少しだけ時間いいかな? 今朝のヱレームに関してちょっと聞きたい。あと共有したい情報も少し」
「何よ」
ヱレームと聞いてバニ様の動きは止まる。今朝のクロムシェル内でのヱレーム遭遇、イレギュラー中のイレギュラー。流石にネブル技術者のトップはこの話題に食いつくわな。
「昼間怒られまくってたからじっくり聞けなかったけど、クロムシェル内で動いてたヱレームってどういう事なん?」
「それはアタシにもまだ解らないわ」
ネブル一の技術者といえど、答えは持ってないか。
「クロムシェルはネットワーク端子を遮断するはずなんだよ。いやまだネットワーク端子が何かわかってないから、100%とは言えないけど、なんでアレは機動したんだ?」
「シーエちゃんの言ってた、回帰機構の影響でアルマから流れ込んだとか……かしらね。何しろ調べてみないと。大まかな位置は聞いたから、忙しく無くなったらクロムシェルに出向いて調査してみるわ」
「ウチにも解ったら色々教えて」
「はいはい」
バニ様は雑にウチをあしらう。クロムシェル内のヱレーム機動、正直今までの定説を覆す現象なんだけど、なんだろうか、バニ様はあまり慌ててないし、何か、いつも通りだ。妙な違和感を感じる。
「あぁそうそう、その映像だけど今御劔学長が持ってるから、バニ様も確認してみて」
「そうね。近いうちに見せてもらうわ」
うーん……何か食いつきが悪い。別の質問にするか。
「……正直、ネブルって安全か?」
「微妙な所ね……景織子ちゃんから映像見せてもらわないと詳しい事は言えないけど、ネブルの安全神話も覆るかもしれないわね」
「そうか……」
「でも安心して。今のところ創生以来約900年、ネブルにヱレームが侵入した事は無いし、シーエちゃんから聞いたレベルのヱレーム一機なら街抗がネブル内で対処すれば良いだけだから、直ぐに大変な事になるとは思えないの。未知式だけど小型だったかしら? 街抗が数人ネブル内で戦えばすぐに鎮静化出来るわ」
「それはそうか……」
確かに夬衣守さえ装備してれば、街抗ならあのムシ式程度は簡単に撃破できそうではある。ムシ式との遭遇も4kmも上の集落だったし、ネブルまで潜ってくるのはそうとう時間がかかるか。ウチも夬衣守あればそこそこは戦えるだろうし。
「あ、あとどうせ映像は後で見てもらう事になるんだけど、ウチからもう一個発見」
「電子汚染の件?」
「もちろんそれも意味不明だからよく観察して欲しいんだけど、ヱレームが言語っぽいものを喋ってた」
「え?!」
ここに来てバニ様は劇的な反応を見せる。まあ昼間は報告してなかった情報だけど、この温度差は何だ?
「ヱレームって知能無いって教わって来たけど、怪しいかも。発音した音の数が少ないから言語かどうかは判断しにくいけど、奴らに知能がある可能性もある」
「最悪ね……」
「印象に残った単語は『アムオスサーバー』と『イリーガルターミナル』。サーバー、ターミナルはウチらも使う言語だ。ただなんか、発音がウチらとは違ったからもしかしたら違う意味かもしれんけど」
スゥーヴァ、トゥーミナッ、みたいな発音だったから、同じ単語かは正直自信がない。
「サーバー、ターミナル……気になるわね。確かにアタシたちが使う言語にも同じ発音の単語がある」
「そうなんだよ。発音がだいぶ違ったから違う単語かもしれないけど、何か引っかかるんだ。ともかくエムジが記録した映像にその音源が入ってるから、聞いてみて」
「解ったわ」
「あと識別名。アロイジウスだったか……第二居住区にあるバニ様のラボ、そこにある文献にのってた基底文字列と同じだとエムジが言ってたから、照合してみて」
「……アタシが持ってる文献? エムジちゃんが言ってたの?」
「え、うん」
何だ? 何か間があるな。バニ様はウサギ頭巾のアゴに手をあて、考え込んでいる。
「バニ様?」
「あーごめん。解ったわ。ともかく映像見て見ないと話始まらないから、景織子ちゃんに話してみる」
「うい」
とりあえず情報共有はこんなところか。クロムシェルで動くヱレームを見たからネブルの安全性が不安だったけど、直ぐにどうこうなる問題ではないみたいだ。
午前中に発見した集落とちがい、ネブルはアルマでヱレームと戦う術まで持っている高水準の集落だ。数機侵入された所で街抗によって鎮圧可能だ。まぁ多少の被害は出るだろうが。
(ネブルとクロムシェルの出入り口、無数にあるからいくつか塞いでおいた方が良いのでは?)
ネブルがクロムシェル内を改造して作られた集落なので、端の部分はそのまま生のクロムシェルにつながっている。どこもかしこも穴だらけだ。
誰もヱレームが入って来る事など警戒してないからそのままにされてるが、あの映像をしかるべき場所、それこそ十七委員会にでも見せれば保守派の委員長達は各種穴をふさぐ作業をするかもしれない。
あ、そういえば十七委員会……
「なぁバニ様、エムジって十七委員会と何か関わりがあるのか?」
「え? そんな事無いけど……流石にアタシはあるけど、エムジちゃんには特に政治的介入はさせて無いわね」
「だよなー。昼間気になる一軒があって」
ウチは昼間の御劔学長室でのひと悶着を報告した。エムジの発言を御劔学長が疑問に思って無かった点も含めて
「……」
バニ様はまた渋い顔してる。何か小声で言ったが、ウチには聞き取れなかった。
「バニ様?」
「んーアタシにも解らないわ。それよりシーエちゃん、今日はやけに頭が回るわね」
「ウチも疑問なんだけど、今朝の頭痛以来なんか変なんだよね」
頭が回るというか、回さないといけないというか……不安ありきで、とにかく思考する癖がついてる。
「ま、今ここで話してても決着しないし、とにかく景織子ちゃんの映像を見せてもらうわ。解る事があったらおしえてあげる」
「サンキュ。助かるよ」
会話しながら着替えも終わったので、ウチは退出の準備をする。もうちょっとバニ様と雑談したかったけど、次の客がいるならしょうがないわな。
……あ、尿道開発の件相談しわすれた。これも今日はタイミングが悪いな。
「んじゃ、ありがとうバニ様。貴重な時間取らせてすまんね」
「ホントよまったく……あぁそうだ、帰る前にこれ受け取りなさい」
と、バニ様から袋を手渡される。軽い。何だ?
「明日の餞別にアタシからの特別プレゼントよ。中身は帰ってからのお楽しみ……っておい!」
「え、あ、ごめん。開けちゃった」
バニ様に頭をホールドされて締められる。え、握力つよ?! んで肝心の中身は──
「……布?」
「スーツよスーツ。アタシ開発の新型のスーツ。さっき出来た所なの」
「マジか! 普通に嬉しい!」
旧式のスーツ着なくて良いのは有り難いな。あ、スーツと言えば。
「そうそうバニ様、最後に一つだけ」
「何よもう」
「ウチの誤差同期記録を頼んでくれた娘いたでしょ、ハリガネ種のミカイヌ・ゾゾって娘なんだけど、彼女の評価下がんないよね?」
「下がんないわよ。何で?」
「いやバニ様ってこんなだけど、一応ネブルの重要人物だし、不出来な軍学徒を庇ったことで評価下がったらイヤだなーって」
「失礼すぎでしょアンタ!! アンタの評価下げるわよ?! 全く、ミカイヌちゃん? の事は安心しなさい。むしろ軍学徒の身で目上の人間に必要な情報共有が出来るって事で、評価上げておくわ」
「さんきゅーバニ様!!」
「……友達なの?」
そうウチに問うバニ様の声は、とても優しくて。
「……親友だよ」
ウチはにっこり笑って答えた。
「良かったわね」
そう言いながら、バニ様は頭をなでてくれる。さっき大打撃を食らったからちょっと痛いけど……でも優しい手つき。長年親しんだ、家族の腕。
それに安心したからか、ウチは思わず
「……どうしたのよ」
「ちょっと、明日が怖くなっちゃって」
バニ様に抱き着いた。
「アンタなら大丈夫よ。毎年大した敵は出てこない。それにシーエちゃん、実技の成績トップでしょ? 自信もって行ってらっしゃい」
「そうだな」
優しくバニ様は抱きしめ返しててくれた。少しだけ、自信を持てた気がする。




