003話-02 陸羽志望の軍学徒
「おいおいおいおい聞いたかお前達! しまいにゃ《救世主》とか……ひひははっ、人類に味方するヱレームとかのたまい出しやがったぜ! 頭がお花畑にもほどがあんだろうが! ひぃー腹が痛い」
下卑た笑い声はウチの背後のテーブルから聞こえてきた。
第九班の席から、通路挟まず向かいに陣取っていた男性軍学徒の集団。中でも筆頭に偉そうな男から。
真っ黒い肌に赤いミドルヘアー、頭部から生える尖った耳に左右三本の長いひげ、野生を秘めた瞳にも関わらず、顔立ちはどこか知性漂う独特の風貌の軍学徒だ。服装から判断して彼は恐らく《街抗》志望の換装士科ではなく、正規軍《陸羽》を目指すあくまで大多数側の軍学徒だろう。
『しまいにゃ』……この言葉から察するに、彼は、いや隣の集団はウチらの会話に聞き耳を立てていたという事だ。そしてついに先ほどのウチのセリフがトドメとなり、笑いをこらえきれなくなってしまったのだろう。
えー? そんなにヤバイ発言なん? 救世主探したいって。割と複数の集落から発見されてるし、両親もそれ探して死んだくらいだし、吏人の『アルマにある秘密を知りたい!』と同じレベルだと思ってたんだが……。でもそれはこの笑ってる男に限らず、第九班の凍った空気からも違うんだろうなと認識せざるをえない。
男は続ける。
「そりゃ《街抗》なんて『集団自殺チーム』に志願するワケだぜ! 何が《街抗換装士》になるのが目的だよ、ただの客寄せパンダじゃねーか! 動物園に入団希望ですかぁ? 希望動機は檻の中の景色が見たいからですかぁ?! あー笑った笑った、まずい飯がちったぁ美味くなったな」
糞猿が、と殺気立ち、立ち上がりかけた未納さんを吏人が「関わるな」と方に手を当てて制した。もし今日ここで問題を起こし、間違っても謹慎などをくらって明日の実習を待ち受けられなくなれば、今までの努力が全て水の泡になってしまう。
班員は皆嫌そうな顔をしている。しかしその中でウチだけは、彼の言葉をかみしめていた。
(『集団自殺チーム』……)
間違ってない。彼の言葉は何も間違ってない。軍平を目指す人間でも、街抗志望は人数が少ない。そりゃそうだ、だって死にに行くようなものだ。あのヱレーム達が闊歩するアルマに行きたいと、のたうち回る連中だ。滑稽にも映るだろう。
それに陸羽と街抗は仲が悪いとも聞く。資金面? の問題が多いのかな? 特に成果を出せずに税金を無駄遣いする街抗を、陸羽は嫌っているとか。
……この辺のバランス、今後生きる上で必要だろうから色々落ち着いたらガッツリ勉強しておこう。民衆的にはどうなんだろうね? 街抗の存在って。お荷物なのか、希望なのか。
(昼の式典を見る限り、民衆からはお荷物感は感じられなかったが)
それに黒い彼も客寄せパンダと言った。パンダもはるか昔に絶滅した動物だが、大層人気のあった有機生命体だと聞く。つまり街抗は見世物としては人気なのだろう。目指す人間は気が狂って見えても、街抗自体はネブルに必要な存在。うん。たぶんそれで間違い無い。
さてさて、ではそれらの推測を元に、この場を納めますかね。少しは活躍して、ウチも役に立つんだという所を班員に見てもらわないと。特に未納さんに。
ウチは立ち上がり、黒い彼を注視する。あえて鋭い眼光で。
「へぇ、ごめんごめん。君達があまりに愉快なおとぎ話を語ってるからさ、演目として賛辞を送りたくなっただけだよ。ブラーヴァ。他意は無いからさ、座りなよ」
男は嫌味な調子で、ふざける様にウチに言う。のでウチは
「いやぁすみません。ちょっと声を張り上げすぎましたよ。でも喜んでもらえたなら良かった。てかウチの発言で場が凍り付いてたので、ある意味助かってもいますよ。……で、どの辺がおとぎ話だと?」
とふざけた調子で返してみた。男は少し驚いた様子で「どごか? って。アルマは夢の世界だーとか、可能性の世界だーとか、全部だよ」答えた。彼の論点を少し探りたいな。
「総司令様の演説を聞いてませんでしたの、そこのクローン」
と、未納さんはテーブルに頬杖をつきながら、気高い調子で割り込んだ。おいおい、喧嘩はするなよ?
クローンとはアリゴル種がネアンディル種を馬鹿にするときの差別用語だ。
そう、この男はネアンディル種。《御三家》と対をなすもうひとつの正統血種、《クロマタクト》の男性だ。……正統血種二種は仲が悪いのだろうか? それもと個人間の問題か? 差別用語があるくらいだから隔たりは大きそうだが。
「クローンとは未納の令嬢は品が無いね。僕にはアルヴィス・トナーカッターって名前がある。アルって呼んでくれていいよ」
未納さんはアルヴィスの道化じみた口ぶりに舌打ちで返す。
「んで、演説だっけ? あれだよね、金が、名誉が、経験がどうのとかいうヤツ? 聞いてるよ。名誉に金に経験に、はっ、付加価値を与えてはやし立てて、励ましてあげないとやってらんない仕事だって事が、よーく伝わってくる名演説だったね。あれ? そういう意味じゃなかったのかな?」
アルヴィスの口調はこちらの気持ちを逆なでするようなものだが、主張自体は的を得ているなとウチは思った。実際付加価値でも無ければ街抗など目指す人間は少ないだろう。
吏人は「くだらねぇよ橙子、本当にくだらねぇ。時間の無駄だ」と会話を打ち切らせようと未納さんを人差し指で手招きする。
「おいそこの浮沈のオス、時間の無駄なのは君達《街抗》の行いだろう? 現実から逃避して夢に逃げるにゃ、大義名分が必要だった。その先に何があるんだいシロアリさん」
街抗が無駄とは思わないが……無謀だとは思うな。しかしこの男……保守派だな。
ネブルの中にはアルマに対しいくつもの考えを持った派閥が存在するが、中でも正統血種の《クロマタクト》を筆頭に強い勢力、ほぼ全てを統括する意思、それが保守派だろう。もちろん、ここに市民は含まれてない。市民がどう思ってるかは昼間の演説から察せれる。そこから導かれる街抗の必要性も。
アルヴィスは演技がかった調子で続ける。
「プロバカンダに踊らされて換装士なんて自殺屋開業しちゃってさ、滑稽すぎるだろ普通に考えて。君達がいつまでも夢の続きを語ってる間に、僕達はネブルの未来を考える事で必死なんだよ。せめて食事中くらい静かにして、つつましやかにして欲しいね──恥ずかしいだろう?」
何故アルヴィスはここまで絡んでくるのか、理由は明白だ。明日が必須のアルマ実習であるという事は、すなわち、もし喧嘩にでもなり、ともに二日以上の謹慎を受ける事にでもなってしまえば、換装士科側に限っては全てが終わってしまうのだ。
換装士科は今宵、正規軍科の軍学徒に手が出せない。空前の弱みを握られている状態だった。
無論、普通の感覚であれば、そんな弱みに付け込んで嫌がらせをしようなどとは考え付きもしないし、考え付いても悪質すぎて実行になど絶対移さない。実行に移し、もし本当にアルマ実習を受けさせ無くしてしまえば、殺されかねない程の殺意を買う事は避けて通れないからだ。
しかしこの、アルヴィスと言う男には、この概念が通用しないらしい。正統血種という立場からなのか、彼個人の性格に由来するかは不明だが。
(だからこそ、ここはウチの出番だろうなぁ)
特に未納さんが殺気立ってるし、争いになる前に何とかしようじゃないの。……喧嘩になって第九班全員が街抗への権利はく奪されればそれはそれで万々歳だけど、普通罰せられるのは喧嘩した人だけだからねぇ。ミカヌーが街抗目指せちゃうなら意味無いわな。
「いやぁお恥ずかしいお話すみません。でも笑って頂けたのも事実。折角ならその面白い話の続きをそっちのテーブルでさせて頂いても宜しいですか?」
「シーエちゃん!」
ミカヌーが制止するが、ウチは振り返りウィンクで答えた。吏人も止めに入るが、ウチは親指を立てて応対する。なんとなく、うまく行く気がするのだ。この正当血種とは。
という事でウチは席を離れた。ウチらの班は四人で楽しくやってもらおう。
「へぇ、君は《救世主》を信じてるだっけか? あんなもん、老害が唱えた口伝だろ口伝。今は亡き穏健派、《元探索委員会》が起こした30年前の事故から何も学んでないんだね。ありもしない偶像を信じて、正気の沙汰じゃない」
と、こちらを小馬鹿にするアルヴィスの横に移動し、「ウチもそう思いますよ」と小声で告げた。彼は再び少し驚いたような顔をする。
そうだ、ウチは何も学んでいない。《探索委員会》の消滅から、両親の死から、何も。
……でも、ん? 30年前?? ウチは今17で、両親はウチが五歳くらいまで生きてたから、事故は12、3年前では?? それともデカい事故があった後も細々と続けて、両親の死のタイミングで消滅したのだろうか? でもそれだと両親の口調が変だな。いや、子供に不安を与えないため、探索委員会の不調を隠してた可能性はあるか……。まぁ今はいいか。
「あ、隣座らせて頂いても?」
「ああ、いいよ?」
虚を突かれたのか、意外とすんなり席を譲ってくれるアルヴィス。追い返されないかとヒヤヒヤしたが、横に着ければこっちのものだ。
だってこいつは、性格は悪いだろうが──頭は良い。なら、ウチの説得は通じる。というか……
(さっきの口ぶりからして、こいつは恐らく陸羽の中枢に入り込む人間だろう。使える)
是非とも仲良くなっておきたかった。陸羽側の人間と。
「まず、あなたの意見。全面的に賛成です。集団自殺チーム、おとぎ話、まさしくその通りです」
「へぇ」
ウチは小声で話す。第九班には聞かれたくない。
「その上で一つ。街抗候補の指揮を下げない方が良い。あなたの、ひいては陸羽の得が減りますよ」
だからあなたも小声でお願いしますと念を押しつつ。ここで「アンタらの仲間も自殺チームだって言ってるぜ!」と声を大にするようなアホなら、こいつに価値はない。もっと頭のキレる陸羽候補を探して仲良くなればいいだけだ。だた、このアルヴィスと言う男は──
「ほぉう。俺の得が減るって、具体的には?」
と小声で応対してきた。やっぱり、換装士科の弱点を突いてくるあたり、性格は悪いが頭は悪く無い様だ。損得の話をすればしっかりと食いついてくれる。
「昼間の演説を見てたなら分かるでしょう。あれは民衆へのガス抜きです。『アルマ目指してるから、今は皆の生活苦しいかもしれないけど我慢してね』って。客寄せパンダ、大いに結構。ネブルを運営する上ではそういった見世物も必要なんですよ」
「……」
アルヴィスは黙って聞いている。
「んでその見世物が街抗だ。ここを目指す人の数、なる人の数が減ると見世物すら成り立たなくなる。金、経験、栄誉、これらで釣るのも納得です。だって必要なんだから。無いと民衆の不満が上がるから。その街抗志望の軍学徒の士気を下げる発言は、あなたの目指す陸羽にとっても不都合だ。合理的な発言じゃない。たかが一斑、されど一斑。ウチら五人がそろってあなたの発言を教官に報告したらさ、教官が陸羽ともつながってる人だったらさ、内申点に響いたって不思議じゃないですよね?」
アルヴィスの顔を覗き込みながら、ウチはゆっくりと言い聞かせる。多分今、悪い顔してんだろうなぁ。
「……面白いな、君。びっくりだよ。さっきまで救世主がーとか言ってたヤツと同一人物とは思えない。凄い凄い。意外に話が分かるじゃあないか。僕に対する反論も、的を得ている」
「あー話通じて良かった! 聞く耳持たずに喚き散らされたらどうしようかと思ってましたよー。頭良い人は話聞いてくれて素敵ですね」
「何君、もしかしてこの僕を品定めでもしてたの?」
「はい。ぶっちゃけ使えないアホなら帰る所でした」
おいおい、と。アルヴィスのテーブルから若干引いた空気が流れだす。ただこの男は恐らくむしろ──
「あはははは! いいねいいね! 君みたいな自殺志願者もいるんだね! 外来種のくせにやるじゃない」
と気に入ってくれた。
「んで、そんな頭のキレる君に聞きたい。君はさっき《救世主》がどうのとかのたまってたよね? アレ何? とても今僕を諭した女の発言じゃないよ?」
「おお、ウチを女と思ってくれるんですね。それは嬉しい──ではなく。《救世主》ですね。まぁぶっちゃけ、それくらいしか無いかなぁってのが理由ですね」
理由は今考えたけど。本当は両親が好きだからなんだけどねー。しかし口から出まかせうまくなったなぁウチ。頭痛で脳が覚醒するとかあるんかね? ……何か、いくつもの修羅場をくぐってきた気がするんだよな。肉体も、精神も、頭脳も、良く解んないけどさ。
「それくらいしか無い?」
「はい。街抗が長い年月をかけても、アルマ攻略に大した成果を出せてないのはご存知ですよね? それこそアルの言った通り……あぁ、アルと呼んでも?」
「いいよ。それより続けてよ。興味ある」
「それは良かった。んで、アルの言った通り今はただ自殺しに行ってるようなものです。もちろん街抗にはアルマからの資源採集という任務もあるし、さっき言ったガス抜きもあるので不必要とは思わないのですが、事態はこう着してます」
「そうだねぇ」
「ので、突破口が必要なんですよ。とういか、もうそれくらいしか道が無い。一発逆転の夢くらいしか。まあ皆に笑われたから正直街抗の志願者内でも信憑性無いけど……。演説遮ってくれて助かりましたわ。あの凍った空気ウチには耐えられん」
「そりゃどうも。感謝されたのなら僕が笑ったかいもあったってものだよ。しかし、突破口ねぇ」
「ええ。限りなく低い、どころか無に等しいとは解ってますが、一応、救世主伝説、または類似した記述は過去様々な集落、色んな階層から出土した基底記録に山ほど上がってるんです。まぁ大半は妄想、願望なんでしょうけど……でも『アルマを手に入れる』ではなく『人の心を持ったヱレームが味方する』という部分が共通するのは何か違和感があると思うんですよね」
「ほぉ、どんな?」
ちなみにこの違和感は今喋りながら思ったことだ。マジで今日のウチは口がくるくる回る。さもそれっぽい事を適当にでっちあげる能力が何か凄いな。面白いほどにポロポロと言葉が出るよ。薄っぺらい言葉が。
「ヱレームって敵じゃないですか。憎むべき対象のはずでしょ? それが味方になるって妄想、そんな多くの集落から出て来ますかね? 何か事例があったんじゃないかなぁと踏んでるんですよ。そして、そんな事例にでも縋らないとアルマ攻略なんて不可能だろうなって」
まぁ今のウチ、アルマ攻略したいとか微塵も思って無いけどね? だから陸羽関連の友人増やしたいと思ってるワケだし。
「街抗志望の軍学徒には、本気でアルマ攻略を目指してる人間が多数います。ウチもその一人"でした"。ので、その中でも最も現実的な攻略手段はこれじゃないかなぁと。つか普通にやっても100%無理でしょ、アルマ攻略なんて」
「なぁるほどねー」
「ばかばかしいとはウチも思ってますよ。でもそこそこ納得できる理由だったでしょう?」
「まぁね。君の話、とっても面白かったよ。まあ救世主なんていないと僕は思うけど」
ウチも今やほぼ信じられてないので「同感ですわ」と返しておく。
「しかし面白いと言ってもらえたなら良かった。あ、良かったら連絡先交換しても良いです? ウチ、こんな見た目ですけど実は夬衣守の実技学年トップなんです。もし街抗行ったらそこそこのポジション付くはずなんで、繋がっとけば役に立つ自信ありますよ」
「へえ! それは有り難いね。陸羽側の視点でものを観られる街抗か、それは是非交換させて欲しいねマドモアゼル?」
「ウチの女としての各がめっちゃ上がっとる……」
道化っぽい物言いを崩さないまま、アルヴィスは続ける。
「でも気になるね。そこまで街抗の絶望的現状を理解して尚、何で君は街抗を目指してるんだい?」
「──さぁ、何ででしょうねぇ?」
ウチも悪戯っぽい笑みで返す。というか今はそうやってごまかす事しか出来ない。
だって、ウチは今、街抗なんて行きたいと思ってないんだから。
「連絡先交換有り難うございます。今後も仲良くして下さい。──ウチが生きてたら」
そう言って、ウチはアルヴィス達のテーブルを後にする。
(ウチが生きてたら……か)
まるで人生をアルマに捧げている様な、街抗らしい言葉が出たものだ。死にたい訳、無いのにな。




