003話-01 第九班の食事風景
【軍学徒校 共同学食堂】
学食の肉料理は軍学徒最大の敵だ──これは恐らく軍学徒の共通認識と言ってもおおむね問題無いだろう。調理が壊滅的に下手なのか、はたまた材料調達を怠けているのかはしらないが、まぁ前者なのだろう。
訓練に着かれた軍学徒を恐怖のどん底に突き落とすためだけに、その肉料理はお盆に上に並ぶのだ。
肉自体は遺伝子調整種『ポルボル』と呼ばれる庶民派食用有機生命体の肉を使っているため、素材表示に偽りが無ければ特筆すべき点は無い。ならば、きっと調理が尋常じゃないほど下手なのだろう。いや、むしろこの改悪を調理と呼ぶべきか??
もちろん献立は学食長を務めるお姉さんが独断で決めているため軍学徒側に決定権は無く、肉料理の日は全軍学徒はなす術なく、ただただ意気消沈するしか無かった。
大げさだ、と思う人がいるかもしれないが、一度食べてみれば解る。犯罪的に不味い。トイレに落ちたゴムパッキンを噛んだ方がまだ芳醇なレベルだ。
(……何でウチ、トイレのゴムパッキンの味知ってるん??)
性癖開拓には積極的なウチだが、今のところそれを噛んだ経験は無い。のに、不思議と正確に味が想像出来た。
(???)
まぁ良い。本題はそこではない。ただでさえ午前中の出来事のせいで食欲がないというのに、この料理はないだろう。食欲は地に落ちるし、しかも肉が固いのなんの。消化にも良くないのではないだろうか?
しかし、出てしまった夕食に文句を言っても仕方がない。昼飯も食べてないウチとしては、何とかして栄養補強して明日に備えなければならないことだし。
それに、飯以上に今は片付けないといけないミッションがある。
「……」「……」「……」「……」
(会話が……ない!!!!)
まさにお通夜レベルだ。……いや、それは言い過ぎだな。両親の通夜に比べればこんなもの屁でもない。しかし明らか暗いのは確か。
ウチは30分ほど前に同じ第九班になった面々を、スープをすすりながら観察した。うむ、スープは消化に良くて素晴らしいね。
(未納さんがヤバイ)
空気を重くしている筆頭格、未納橙子といえば一人仏頂面で、『異議申し立てあり』との拒絶の雰囲気をまとい、黙々と食事をとってるし……。
(ついでセロルティアさんが何も解らん)
もう一人の少女、戒那・セロルティア・イデアにしても協調性を質屋に入れてしまったのか『我関せず』で読書にふけっている有様。こちらは機嫌が良いのか悪いのかすら解らん。
(極めつけは浮沈吏人……)
班長であるはずの浮沈さんに至っては『座学で居残り』などの理由で、もはや学食に顔さえ出していない。
第九班のテーブルはアホでも解るほどの不和っぷり、ギスギスだった。個々の能力は良いはずなんだ。この食事の場で出来る限り絆を深めたい、が……
(ぜ、前途多難すぎる……)
特に未納さんがウチの事をめっちゃ避けてる。心当たりは……ありすぎるな。頭痛前のウチはともかくふざけた劣等生で、よく授業妨害をしていた。優等生で勉強熱心だった未納さんから見れば鬱陶しくてたまらない存在だろう。
実技の成績はたしかウチが一位で未納さんが二位だったから、そこんとこの実力で一目置いてほしいところだが……むしろその事実も彼女のプライドを傷つけているのかもしれない。
ウチの実技は真面目に努力した結果では無く、天性の才能みたいなものだ。自分で言うとうぬぼれて見えるが……実際頭痛前のウチはうぬぼれていた。ただ遊んでるだけの様なヤツに成績抜かれたら、そりゃ腹も立つわなぁ。でもさぁ
(同じ学年なんていう狭い世界で実力争いしたところで、正規街抗に入っちまえばドングリの背比べだろうに)
もっと多角的な視点で実力争いをした方がウチは良いと思う。ただプライド云々の推測はあくまでウチの勝手な決めつけなので、ウチが嫌われてる理由は別にあるかもしれないが。
と、班の状態を心の中で分析していたら──
「妹たちよ! 共に祝杯をあげじょうじゃないか!」「まだ実習前なのにお祝いですか?! 流石ですお姉さま!」「未来を生きてるお姉さまはお美しいです!」
他のテーブルから新たな仲間(一部旧知)との出会いに祝杯し、肉料理の悲しみもぶっ飛ばすほどの盛り上がりが聞こえてくる。
「ぷはっ。おい見ろよ、あのテーブル、変人大サーカスじゃねぇか。ぷぷ」「やめなよアラギくん、聞こえてるよ」「くくっ、だって露出狂にその金魚の糞に、植物令嬢に高飛車天才お嬢様だろ、御劔学長センスありすぎだろ」「アラギくんっ!」
と、ウチらをあざ笑う声も聞こえてくる。アラギ、正解です。
(ぶっちゃけアラギとは一緒の班になりたいと思ってたんだよな。能力値高いし)
口は悪いがアレで成績は高く、実技もそこそこだ。以前のウチはアラギの事大っ嫌いだったが、不思議と今のウチはあまり気にならない。
アラギは口は悪いが意外と正論しか言わないんだよな。
どんな人間にも良い所と悪い所があり、誰かがその人間を愛している。現にアラギの隣で彼を制するヒナリアは、アラギに好意を抱いてそうだし。
とはいえ、この状況を続けるわけにはいかない。何か話題を振って交遊を深めなければ。
「はいと言う訳でウチから皆さんに話題提供でーす」
突然話し出したウチに二人はギョっと注目する。……この状況でも無視ですかセロルティアさん。まぁいい、ウチに悪感情を抱いてるであろう未納さんが話を聞いてくれそうな雰囲気だし。いいぞいいぞ。
「ちょ、シーエちゃん何?!」
「まぁ良いから良いから。えーこほん、恐らく皆さん、特に未納さんには残念な結果になってしまったと思うのですが、明日はアルマ実習です。んでこの実習での活躍が、今後の軍学徒としての評価、しいては街抗への配属時の評価につながる事は、皆さんご存知だと思います」
とりあえず正論で攻めよう。皆街抗を目指す同士。成績良くしたいのは共通の目的のハズだ。しかし
「だから?」
未納さんに取り付く島もない返答をされる。まぁ、答えてくれただけ良しとしよう。
「チームワークを、上げておこうってお話。本心は気に食わなくても良い。でも表面上の連携位は取れる様、会話はスムーズにしておきたいんだよね。……生き残るためにも」
ウチはフォークでポルボル肉を刺し、一気に口に放り込む。尋常じゃないまずさが広がるが、我慢して咀嚼、胃に流し込む。
「皆、死にたくないでしょう?」
生きる意志を、食事によって示した。
「死にたくない?」
「そ」
未納さんは食いついてくれる。よしよし。
「アルマは戦場だ、と教官も言ってたけど……戦場では何があるか解らない。思わぬミスを起こさないためにも、少しはお互いの心を開いておきたいワケ。……ミスが死につながる事だってあるでしょ?」
未納さんはいぶかしげな目線でウチを見ているが……少なくとも無視されてはいない。だってウチ、正論しか言ってないしな。でも
「そんな軟弱な考えで、アルマに行くんですの?」
(未納さんには届きそうにないなこれ)
アプローチ方法を、間違えたらしい。
* * *
冷静に考えればそりゃそうだ。街抗を目指す時点で皆ある程度は死を覚悟しているだろう。ウチは今朝の恐怖から無意識に「怖いだろ?」と同調して貰う形のアプローチを試みたが……単に未納さんに軟弱もの認定されただけの結果に終わった。
(成績良くして、スパッと街抗になろうぜ! 作戦の方が良かったかな)
優等生の未納さんだし、ウチら劣等生が足を引っ張らない様に、相手のメリットになる様に説得をするべきだったか。
今から説得方法を変えても何か言い訳っぽくなるし、刺さらんかね?
──などと色々試行していたが、それらの心配は特に問題無くなった。たった一人の人物の登場によって。
「──それで。皆はどうして夬衣守換装士を目指してるんだ?」
浮沈吏人──白い短髪に白い肌、銀の瞳に桃色の角、未納さんと同じアリゴル種の彼は、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
先ほどのアプローチ失敗から15分程前、さて次はどうしようかとウチが思考していたら『わりぃわりぃ、遅れちまった。橙子よ、お前はまた問題を起こしているのか』と乱入してきた彼、浮沈吏人が、第九班を救ったのは疑いようが無かった。颯爽登場、吏人班長である。
ウチに敵意を剥き出す未納さんや、わざわざ『皆はどうして』と話題を振ったにも関わらず顔を上げようとさえせず無言で本を読み続けるセロルティアさんと比べ、浮沈さんは大変フレンドリーで社交的で、会話は実に盛り上がった。ホントどうなるかと思ったけど、班長がこの人柄なら明日はダメでも長い目で見れば班の結束力は上がっていく事だろう。
ウチらはもとより経歴を正せば、多くの軍学徒が正規軍《陸羽》を目指す中で共にアルマへの夢を抱き《街抗》への入隊を志すヒトリディアムだ。話が合わないはずがない。
「んじゃ、まずはミカイヌちゃんから行ってみようか。ズバリ、正規換装士になる目的は何だ?」
浮沈さんは仕切る様に気さくな態度でミカヌーへ振った。同じアリゴル種とはいえ、高飛車お嬢様然とした未納さんと比べ、浮沈さんはどこか悪戯王子様然とした挑発的な空気が漂っていた。無作法にも椅子に片膝を立てる姿はおうへいに映ったが、しかし、見た目ほど内面は怖くはなく、むしろ優しく接してくれている。班長の責任感からというより根っからの仕切りやっぽいな。
だがこの二人、子供であろうとアリゴル種。高飛車お嬢様だろうと悪戯王子様だとしても──王は王だ。共に『神にして王にして祖』の素質を備えた種、《正統血種》の出生だけあって、他を制し、他と一線を画す風格が漂っていた。
ましてや二人並んだその風格は、圧巻と言わしめるものがある。
二人共、もし軍学徒にならなければ、平民が一生お目にかかることせえない神格種なのだから。
「わ、私ですか。え、えとですね」
浮沈さんからの質問に緊張してか、ミカヌーは口ごもる。やはり軍に《種礼序列》が適応されてないとはいえ、アリゴル種二人を前にして平然とする器量はミカヌーには無い様だ。
「えと、えと……」
ずっともごもごしてて話しづらそうだったので、ウチは「家族のためですよ」と付け加えてあげた。
「あ、そ、そうなんです……私が街抗になれれば、家族にお金が……す、すみません志低い理由ですみません!!」
何故か謝るミカヌー。いや立派な理由だと思うけどな? すると
「──はん、金も立派な理由だろう」
と。浮沈さんが同調してくれた。笑いながら、優しく。
「総軍団長は行った。夬衣守換装士には三つの財産が与えられると。一に名誉、二に金、三に経験だ。いずれを渇望するかは個人の自由だ。一族を養うため《街抗》に丁稚奉公するのも、ひとつの立派な選択だな。違ったか?」
どうやら浮沈さんは粗暴な外見とは裏腹に気の回る人らしい。ミカヌーは恥ずかしそうに「あ、はい。ハリガネ種は貧乏が多くて、立派な換装士になってお母さん達に楽させたくて」と後頭部をかいた。
(……金銭的な生活の楽さと、一緒にいる幸せと、どっちの方が幸せなんだろうか)
親を失い、その上で極度の貧困を経験したことの無いウチには双方を比較する事は困難だ。命の方が絶対に大切だ、とはまだ言い切れない。その資格もない。
「はん、ミカイヌちゃんは母がいるんだ。俺とか橙子は大423期《統合生殖》のフラストベビーだからよ、本当の母がいるだけで羨ましいね」
嫌味じゃなく、本気で羨ましそうに浮沈さんは言った。ネブルにおいて母がいないのは決して珍しい事ではない。あぁ、ウチの様に死別したケースが多いという訳ではなくな?
2パターンある繁殖ルートのうち、受精器具を装着し母体妊娠させる方が一般的ではあるものの、名家などにおいては先祖の同一精子を用いて人工子宮で繁殖させた赤子も少なくはなかった。
前者は丁度、この学食の給仕長のお姉さんが今行っている繁殖方法。昼前、クロムシェルの昇降機でエムジに教えてもらったヤツだな。
有機生命体の繁殖は確率に大きく左右される上、出産の際に死の危険を伴う大変難儀なシステムだ。クロムシェル内のどの集落も繁殖に苦労しているのは、この会話の中からも伺える。
今朝見つけた別の集落も繁殖には苦労していた様だし。
(エロ本見っけ♪ じゃねぇぞウチ)
と、本題と逸れた思考をウチがする中、第九班の会話は良い感じに盛り上がっていく。
「じゃ、じゃあ吏人さんはどうして換装士に?」
お、普段相づちワンパタ娘のミカヌー、頑張るやん。いいぞいいぞ。
「なぁ、ミカイヌちゃん」
が、どうも浮沈さんは何か気になる事があるらしく
「てかシーエちゃんも。さっきから気になってたけどよ、二人共敬語は無し、『さん』もいらない。吏人でいい。俺らは同年代だろ?」
と、笑いながら片目を閉じた。何このコミュ力の塊。めっちゃ良い奴じゃん。
「ならお言葉に甘えて。わかったよ吏人」
「オッケー、そう来なくっちゃ」
ミカヌーは頬を染めてモジモジしている。まぁ正統血種に、そうでなくともあまり話した事無い異性にいきなりため口は緊張するわな。ウチも基本全方位敬語だから少し違和感あるけど……でも、第九班が長く続くなら、皆とミカヌーみたいな関係になれるなら、いずれ敬語は無くなる。なら早い方が良いだろう。
よし、ウチがバシバシ喋って、ミカヌーの緊張解いたろ。
「んじゃぁウチからも提案。ウチとミカヌーへのちゃんづけも無しでいいよ。対等で行こうぜ?」
何故か隣のミカヌーは更に顔を赤くする。良く解らんが可愛いので良しとしよう。うむ。
「ははっ、だけど『ちゃん』は敬称じゃねぇ、女の子に対する俺のポリシーだ。悪いが『ちゃん』で通させてもらう」
と、独自理論を展開する。別に良いんだけど、良いんだけどさ? ウチを女の子扱いしてくれる人、もしかして初じゃね?? いや露出女の蔑称はもらってるから性別的に雌だとは思われるけど、女の子として扱われるのは初じゃね? 感動するわ。
……ま、触れ合ってくうちに、ウチへの扱いがどんどん雑になる未来が見えるけどね、不思議と。
吏人は続ける。
「んで話を戻させてもらうけど──シーエちゃんとミカヌーちゃん。俺が換装士を志望する理由だったけか?」
……ミカヌーちゃんはおかしいやろ。ミカイヌちゃんやろ。ミカヌーはあだ名やぞ。まぁいいや、突っ込んで話の腰折るのも良く無いし。
ミカヌー見たら複雑な顔してる。
「理由は簡単。一族家系の事情ってヤツだよ。橙子も俺も一応は正統血種の御三家だからな、名誉とか功績には厳しいんだよ。賢しいともいうか。まぁ一代ごとに一人、各家誰かを必ず《街抗》に所属させるのが習わしなんだ。まぁ、ネブルに貢献してますぜって他種族への最低限の示しだな」
と、吏人は高貴な顔を悪戯っぽく歪めて笑う。イケメンだなぁおい。
正当血種とは種礼序列同一一位の二種族を指す固有名詞だ──ネブルの最古、創生時代から居住する白き血族アリゴル種 《御三家》、対として黒き血族ネアンディル種 《クロマタクト》、この二種を指し、人は皆正統血種と、そう崇める。正統血種はネブルにおいて神格的なまでの権限を有し、政から祭事に至るまで全てに根を張り、実質
《十七委員会》と並んでネブルを統治している。いや、精神世界の権限としては十七委員会すら超えれる言えよう。
一介の平民であるウチらなど、軍人で無ければ本来会話どころかお目通りすら叶わない相手だ。
(まぁ玲ちゃんもアリゴル種だし、この感覚は軍学徒校に通ってるとバグってくるよな)
昼にノーブラ派と唄っていた正統血種が頭をよぎる。平民が聞いたら卒倒するのでは? あのセリフ。
さておき。
「へぇー。御三家の習わし、実在してたのか。噂だと思ってたよ」
ウチは話をかぶせる。
「じゃあ吏人と橙子は親の都合で訓練兵になったんだな?」
「──違いますわよ」
すりすり、と。顎を横に擦る独特な食事法で野菜を食していた橙子が会話に割り込んできた。吏人が登場してよりだんまりを決め込んでいた彼女が会話に参加してくれるのは嬉しい事だが……橙子自身は別段ウチらと会話を楽しみたいワケではないらしく、あくまで聞き捨てならないセリフがあったため訂正だけはさせてもらいたいだけの様だった。
現に橙子は白い瞳を機嫌悪く歪め、口元を上品に抑えながら続ける。
「勘違い片腹痛いですが、わたくし、別に親の都合でここにいるんじゃありませんので」
ほう、と言う事は確固たる目的があるというワケだ。いいじゃないか。勘違いの訂正だろうと会話に入ってきてくれたのは有り難い。
「じゃ、何で橙子は換装士になろ──」
「橙子、と」
ぴっ、と。まるで指でウチの口元を制すかのような鋭い眼光が向けられる。
「わたくしのファーストネームを、気安く呼んで良いと言ったつもりはありませんが? 貴方はわたくしの何なんですの?」
め、ん、ど!! まぁ吏人がOKなら未納さんもOKやろと勝手に勘違いしたウチも悪かったけど、話が前に進まないやん。
「すまない未納さん。ただ、『何なんですの?』の疑問には答えられるかな。──仲間だよ」
機嫌悪かろうと何だろうと、口を開いてくれた今がチャンスだ。吏人もいる事だし、強引に話を進めさせてもらおう。
「ウチら第九班は仲間だ。少なくともこれから一年は。だから未納さん、教えて下さいよ。何故あなたは、換装士を、街抗を目指してるんです?」
「そうそうそう、そうだぞ橙子」
吏人が割って入りつつ、サポートをしてくれる。
「橙子お前、『わたくしの何なんですの?』も何も、シーエちゃんの言う通り背中を預ける同じ班員だろうが。心の内を開いておかねーと、戦場で思わぬミスを誘発する事ぐらい、お前が解らないワケじゃあるまいに」
と、先ほどウチが「死にたくないから」という理由で発したのと同じ、班員同士で心を開いておく重要性を吏人が解くと
「……。ふん、わかりましたわ」
と未納さんも矛を収めた。……会話から察するにこの二人、相当深い関係だな? あきらか昔からの知り合いっぽいし。その証拠に
「シーエちゃんにミカヌーちゃん、あんま気にしないでくれ。橙子は昔っからこんなんで、別に敵意も悪意もねーし、ただ誤解されやすいだけだからよ。堪忍してやってくれ」
と吏人からフォローが入る。いやめっちゃ敵意は感じてるけど、吏人にとって恐らく未納さんは大切な人なんだろう。ちょっと焦りつつ未納さんを守るその姿は、微笑ましく見えた。
「でしたらわたくしの目的だけお教え致しますわ」
フォローされてる事にバツが悪くなったのか、未納さんが口を開く。
「わたくしの目的は──《街抗換装士》になることですわ」
……。……。マジか。
目標ではなく、目的と言い切った。すげぇ。
街抗換装士──昼の演説で就任者が出ていた、特別な換装士に授けられる称号だ。なろうと思ってなれるものでは無い。才能の果てに霞を掴めるかさえ解らない頂き、ネブルの栄光の具現、一人で大型ヱレームと奮闘出来る様な人外の化け物、そんなヒトリディアムに授けられる称号だ。
なお午前中に戦ったムシ式はあれで小型。大型ヱレームなど、想像もしたくない。そんな存在を一人で倒す様な人間になると、未納さんは言いきった。
(一介の軍学徒が口にする夢じゃねぇぞ?)
そりゃそんな志を持ってる人からしたら「死にたくないから」と結束を高めようとするウチは軽蔑対象だわな。わかるよ。
「未納さん」
ウチは彼女の眼を真剣に見つめて
「ごめんなさい」
と謝った。「何がです?」と未納さんも訝しい表情をしている。
「いや、今まで授業妨害とかしてて……あなたの目的の足、引っ張ってましたねウチ。今後は気を付けます。班員としても良い成績が出せる様、最大限尽力しますんで」
それはウチにとっても、ミカヌーの命を、ウチの命を守る上でも大事な事なのだから。
……未納さんは驚いた表情でウチを見てる。これ午後一の授業でも同じ目線向けられたな。
「街抗換装士目指してるの! 凄いです!!」
未納さんの反応を待たず、興奮したミカヌーが割り込んでくる。眼ぇめっちゃキラキラさせとる。
「凄いなぁ橙子さんは。考えてみたら一年時総合評価主席ですもんね……。私なんて換装士になれるかすらも解ら無い底辺なのに。日々の座学や訓練でさえ付いてくので精いっぱいですよ」
えへへ、と頬を隠す様に長い耳を垂らせるミカヌー。可愛いけど、自分のダメさ自慢してもダメじゃね?
あと橙子さんて呼べば良かったのかな? 未納さんで固定しちゃってるけど……まぁ円滑なコミュニケーションが図れるなら何でもいいか。
「ちなみに俺も橙子と同じ、親の一存如きで街抗を目指してんじゃぁないぜ?」
と吏人も言葉を重ねる。気の回る彼の事だ、もしかしたらこのままミカヌーを掘り下げるのはかわいそうな流れかもしれないと判断し、話題の軌道修正を図ろうとしたのかもしれない。
──ミカヌーを掘り下げる。いや止めよう、今は下ネタ考えてる場合じゃないわ。
「もちろん街抗換装士になる気はねーが、ただこの目で、この肉眼でアルマを見てみたいんだ」
「あーわかる」
「お、シーエちゃんもアルマに興味があって換装士を目指している口かい?」
「ああ」
今は興味より恐怖の方が勝っているけどね。
でも、会話を回すには丁度良いきっかけだ。頭痛前までのウチの夢、目標を語らせてもらおう。
「アルマって凄いじゃないか。クロムシェルでは見られない未知の世界が広がってるんだろ? 『ウミ』に『ダイチ』に『ソラ』」
全部、全部全部、両親が教えてくれた知識だ。本当に見たかったのはウミでもダイチでもソラでも無い、両親の顔なんだ。語ってくれる優しい、両親の笑顔なんだ。
「そう! それだよシーエちゃん。知ってるぜ、《悠久文献》ってヤツだろ? ずいぶん詳しいじゃねぇか」
でも、吏人のこのセリフは、ウチに響いた。だって──
「悠久文献を、読んだことがあるのか?」
それはウチの両親が、見つけたものだからだ。探索委員会としてクロムシェルの各地を歩き回り、手に入れた資料、両親の形見の様な、思い入れのある書物。
「おうよ。こう見えても俺は食事と違って学問の食い別けしねぇ主義だ」
何故それで補習を受ける事態に至っているのだ……ともあれ
(悠久文献を、読んでる人がいた)
両親の功績を、知識を、ウチはそれだけで胸がいっぱいになり、泣きそうになる。
悠久文献──人によっては名前さえ知らないこの書籍を、あろうことか読んでる軍学徒がいるとは。流石換装士を目指すだけの事はある。一般兵やネブル市民とはわけが違った。
「シーエちゃんとはちょっと興味の切り口が違うんだけどさ」
吏人は学食の喧騒が"しっかりと五月蠅い事"を確認し、微妙に声のトーンを落として続けた。
「俺はな、アルマって区画には多分に政治的な意思が絡んでると睨んでるんだよ」
「政治」
「ああ。だって考えてもみろって。俺らが生きる、このクロムシェルには果てが無いのに果てがあり、そこには無限の資源と、見果てぬ空間が広がった、夢と希望に満ちた世界だという。けどさ、俺らネブルで暮らす人間の大半はそのアルマを夢見るだけ夢見て、一度も拝む事なく死んでいくんだぜ? 理由は機械が占拠しているからだってさ。こんな理不尽なことあるか? ほら、この目で確かめなきゃならない真実が隠れてる匂いがしてくるだろ」
昼間にウチが、演説を聞きながら胡散臭いと思っていた内容、それに似たものを吏人が言及する。
「わかる。ウチも胡散臭いと思ってるよ」
「……の割にはさっき、夢と希望みたいな話してなかったかい?」
「あぁいやえっと、憧れもあるけど、それはそれとして民衆へのガス抜きにも利用されてるかなって」
本当はただ憧れてたのが頭痛前、胡散臭く感じたのが頭痛後なのだが……ややこしいのでその辺の説明はしない。
「まぁウチの事はいいから、続きが聞きたい」
「あぁすまんすまん。ともかく、アルマという空間が絶望だろうと希望だろうと、普通に生きてちゃ知り得ない程、とてつもない何かが隠れてる気がしてならないんだ。俺は自分の眼で、その全部を、全容を確かめなきゃ気が済まない」
本日一番イキイキとして語る吏人の表情は、彼のセリフが本音だと如実に物語っていた。あー、頭痛前のウチなら感激して失禁してたよこれ。いや、今も十分感激してるけどね?
頭が良くて、物事を懐疑的な視点で観察出来て、コミュ力が高くて……何だこの完璧超人。リーダーになるために生まれてきたみたいなヤツだな。
あーもっと早く知り合いたかった。めっちゃ良い友達になれたヤツやん。まぁ過去は変わらんし、これから仲良くさせてもらおう。
「俺は情報だけじゃ物足りない。情報なんかじゃぁ満たされない。俺は体験が欲しんだ」
「なるほどー」
街抗を志望する人の多くの動機が金であり、次が世俗的栄誉だ。純粋な探求心だけで目指す人は珍しく、また探求心だけで賭けるには命は高すぎる。そんな中で巡り合えた、頭痛前のウチに近い思考の持ち主。いや、その言い方は失礼か。盲目的にアルマに憧れてたウチと違い、懐疑的な視点を持ちつつも、それでもアルマへの憧れを抱く冒険者。
御劔学長がこの班を設定したのは偶然ではないかもな。
と、なるとついで気になるのは先ほどからずっと本を読んでいるセロルティアさんだ。彼女はどんな目的で──と話を切り出そうとしたところで、今度は吏人から話を振られる。
「次はシーエちゃんの番、さっきは話を遮っちゃってごめんな。シーエちゃんがアルマに興味あるのは解ったけど、続きを聞かせて欲しい」
「あ、確かに」
吏人の話に聞き入っていて、ウチの話が途中で終わっていたことを完全に忘れていた。いや別に語るほどの事でも無いんだが……
「ウチは救世主を探したいと思ってるんだよねー」
今はあんま思ってないけど。何ならその救世主のせいで両親と別れなければいけなかったのかと、恨みすら抱いてもいるけど。でも両親の夢だったワケだし、憎み切れない部分もあって……。
ただこの複雑な感情は頭痛後のウチであり、その思考にシフトしてからまだ一日も経っていない。ここは、この第九班の食事の場は、「皆で希望にレッツゴー」的な話題を出しておいた方が良いだろう。
しかし一点、語りながら疑問が……何故、ウチは救世主がいると思い込んでいたのだろうか。会えると信じ込んでいたのだろうか。何か、変な確信みたいのがあったよな?
両親が信じていたのは事実だ。悠久文献に記載されていたのも事実だ。でも、出会える保証なんて無いじゃないか。今まで、街抗の誰もが見つけられなかった存在だぞ?
何故こんなにも妄信していたのか。単にウチがアホなのか、それとも何か理由があるのか。
時々入る記憶に無い感情も含め、何かをウチは忘れている気がする。頭痛前のウチの謎行動も、頭痛後のズレも、その忘れてた事に起因してるような予感が……
いや止めよう。今は考えてもしょうがない。それより明日を切り抜けるために、アルマでの生存率を少しでも増やすために、皆と盛り上がる話を続けよう。
と思っていたのだが──
「あれ?」
空気が凍っている。さっきまで和気あいあいとしていた空気は一瞬にして、冷え冷えとした空気に移り変わってしまっていた。
「──?」
待て、何だコレ、何が原因だ? ウチか? ウチの発言か?? そんな意味不明な事言ったか??
さっきまで無言で本を読んでいたセロルティアさんに至るまで、当惑が表情に出ている。班員から注がれる視線は当惑を超え、もはや哀れみに近い。
「えと……救世主ってのはその……悠久文献内の救世主伝説第五項に記されてる、人類に味方してくれるヱレームの事で……」
──と、ウチが片言で救世主の説明をしていたら、背後のテーブルから
「あはははははくくくくへへへっはははひぃー苦し」
脈絡もない大爆笑が聞こえてきた。
自分より下位の存在へ向けた、蔑みによって生まれる嘲笑が。




