002話-07 波乱の班発表
「短時間の間に二度も泣きながらミカヌーに抱き着いたわけですが」
「あはは。シーエちゃん可愛かったよ」
「お恥ずかしい……」
何度言うねんこのセリフ。羞恥は好きだけどそれは性的な事だけだ。友達に迷惑をかけてどうするのだウチは。
ともかく
「班発表見に行こう? もしかしたら一緒の班かもしれないでしょ。そしたらシーエちゃんが私を守ってよ」
との言葉に誘われ、ウチはミカヌーと共に廊下を歩いている。
アルマ実習の班決め、これは明日の実習だけではなく、今後卒業までずっと変わることの無い班となる。噂だと正規換装士着任後も同じ班になるとかならないとか……
まぁともかく、重要な発表なのだ。
「期待半分、不安半分かな」
「わかる! 私もドキドキしてるよー。怖い子とかと一緒だったら嫌だなぁ」
実にミカヌーらしい不安のあり方だ。ミカヌー人付き合い苦手だからな。……ウチも別に得意じゃねぇや。
「ウチはミカヌーと一緒なら嬉しいな」
ウチに守り切れるかは、解らない、けど。
「私だって同じ気持ちだよー。でも分け方は御劔学長が成績や人格で判断するって、公表されてるし。つまりは舌先三寸だよねー。はぁー憂鬱なり」
ウチの憂鬱は別にある。ミカヌーと一緒の班になれない事か、ミカヌーの班に能力不足の軍学徒が固まる事。
何かあった時、ミカヌーの身を守れる人が近くにいないと。逆に期待は有能な人がミカヌーと同じ班になってくれることかな。未納さんとかアラギとかあの辺欲しい。……ミカヌーには合わないだろうけど。
今期の換装士科二年生は50人。計十班が作られるため、ウチとミカヌーが一緒になれる確率は十分の一。学力底辺のウチら二人を一緒の班に入れるのはバランスも悪いし、確率はもっと低いかもしれない。
(勉強しとけよ、シーエ・エレメチアさぁ)
もはや自分がシーエ・エレメチアなのかも怪しいくらい、頭痛前と今とで勉学への意識が違う。脳やられたかな? 外傷で脳に破損が生じ人格が変わるケースはあるが、頭痛でもなるのだろうか? 頭痛の原因が脳梗塞とかだったらありえるか。
でもさっきバニ様に会った時、ささっと頭CT撮ってもらったけど異常は無かったよな。わからん。
頭痛一回で好きな物までかわるもんかね? 今のウチ、たぶんめっちゃ勉強好きだぞ。だから今の人格で授業に出れば恐らく成績はメキメキつく訳で、ミカヌーと一緒にいられる確率があがって……
いや、班発表は今日なんだ。意味の無い妄想はよそう。ウチら二人が現時点で成績底辺という事実は覆らない。
しかしウチ、ナチュラルにミカヌー見下してるよな……アルマの件だって、ミカヌーが先に死ぬこと前提で話してたし。いやまぁ、あの仮想訓練見たら嫌でもそういう思考になるけどさ、ミカヌー嫌な気しないんかね?
「それはそうと、今度エムジさん? の事詳しく教えてよね」
あ、違う所で怒ってたわ。そしてこの怒りはウチにはよく理解できねぇわ。
と、色々と考えたり謎の怒りを買ったりしながら歩く事数分、問題の班分け発表がなされてるメインレッジに到着した。
パブリックな共有区画として、簡素ながら椅子やテーブルが設置してる小広い空間に人だかりが出来ている。
「さて、純粋な確率は十分の一。日頃の行いが試される確率だな」
頭痛前の、ウチの行いが。
「日頃の行いで図ったらシーエちゃんゴキブリと組むハメになるよー」
さらっと辛辣な事を言うなミカヌーよ。まぁウチ、ゴキに限らず虫全般好きだし、ゴキブリ頭に付けてるヤツ大好きだからぶっちゃけ嬉しいけど、まぁミカヌーはそんな意図で発言したワケではないわな。エムジの事知らないし。
ウチのナチュラル見下し発言といい、二人は互いを雑に扱える仲なんだと再確認出来た。
ま、ミカヌーの発言は結構的を得てもいるけどね。御劔学長のウチへの評価は最悪も良いところだ。それは昼のやり取りを見てもあきらかだろう。無断脱階層三回目やぞ?
あの時提出したデータで評価が上がってると良いのだけれど。……班決めの内約がこの数時間で変わるとも考えられんか。
さてさて、そろそろ班別けが視認出来る距離になってきたかな? 周囲の人数も増えている。皆結果に一喜一憂だ。
「よっしゃー! 見たかしらマイシスターズ! 私ら皆一緒よ!」
人だかりの前方から快活な笑い声が聞こえた。あの声は恐らく同期の轟鬼五姉妹の長女だろう。
五人とも声がほぼ同じだから声だけでの判別は難しいが、内容的に長女だ。
(家族と、姉妹と一緒の班っていうのは安心するよな)
他人の幸せで少しほっこりする。
「ひゃぁ……凄い人だかりだねシーエちゃん」
「おう、ちょっとウチが見てくるから、ミカヌーはここで待ってていいよ」
ミカヌー憂鬱言ってたし、ウチが行った方が良いだろう。立体掲示板前の人だかりをウチは体をねじ込む様に前に進む。
きゃっしっぽに触れんなよ、などと文句を言われつつ最前線までたどり着きウチは顔を上げた。
(さぁどんな結果になってるやら)
第一斑から第十班までが計五名ずつのざぐみで掲示されており、ウチは順番に眼で追っていき──第九班の箇所で止まった。
「おお!」
黄色いホログラムで描かれた文字で『第九班《長》浮沈吏人。戒那・セロルティア・イデア。《終》シーエ・エレメチア。ミカイヌ・ゾゾ。未納橙子』と五十音順で表示されていた。
長は恐らく班長の印で、終は終撃手の印だろう。……よし。
「おいミカヌー! 日頃の行いがすこぶる良かったぞー!」
わりかし理想のメンバーだ。ウチとミカヌーが一緒の班であると言うだけで有り難いのに、浮沈さん、セロルティアさん、未納さんが同じ班にいる。
この三人は優等生。特にセロルティアさんは学力に優れ、未納さんは学力、実技共にトップクラスの実力を有する。
浮沈さんは詳しくは知らないが、班長になるくらいだ、何かしらの能力が秀でてるのだろう。ウチも今までの学力こそ低いものの、実技はトップだ。この班は生存確率が高い。はず。
明日は、明日は安全なはずだ。大丈夫。ヱレームに出会う確率も低いし、街抗換装士、街抗の中でもトップクラスに腕の立つ正規軍人が同行してくれる実習だ。
この班で絆をはぐくみ、街抗になる前に訓練と勉学をもっと積み、ミカヌーを守れるようになれば良い。
そうだ、大丈夫だ。大丈夫なんだ。
ウチはつかの間の安心を得た。が──
「──最悪ですわ……」
後ろから突如、少女のうめき声が聞こえてきた。何気なく振り向いたウチは──申し訳無いが一歩程後ずさりをしてしまった。うわぁ、と。
その立体掲示板を眺める少女の、あまりに痛々しげな面持ちに。いや……痛々しげなんてレベルの表情じゃない。瞳と眉と唇を、全ての表情筋を総動員してこの世の終わりを体現してるかの様な表情に。
真っ白い髪に真っ白い肌。白銀の瞳に白銀のまつ毛と、さらには衣類に至るまで白色を用いた──徹底した純白少女。唯一、前髪をかき分け額から生える二本角だけが桃色に染まっており、白い世界に彩を与える。
「……未納さん」
何をそんなに絶望しているのか──理由は簡単だ。
「ま、まあ学長の意向ですし、仲良くやりましょ??」
「……」
目の前に佇む純白の少女、未納橙子は汚物を見る様な目でウチを凝視していた。それこそゴキブリと組まされた様な絶望をその顔に張り付けながら。
学年最下位クラスと学年主席の混合班。御劔学長もやってくれる。ウチとしてはミカヌー守れる確率上がるから嬉しいとか思ってたけど、それには班の結束が必須だ。
前途多難なミッション、第九班の結束を高める作戦はこうして幕を開けた。
■ネブル政府発刊「ゼロマキナ大辞典」
・種礼序列
ネブルにこける種族間の社会的身分を序列化した身分格差順位。
基本的にはネブルへ合併された順番がそのまま順位に添加されており、ネブルの創始者であるアリゴル種とネアンディルシュを同列一位とし、第二位にマニョン種、第三位にクォーテ種と続いていく。
・正統血種
ネブルの創始種であるアリゴル種とネアンディル種を、尊敬と畏怖を込め讃える呼び名。
彼等はネブルの『神』であり『真の統治者』、まつりごとを司り、十七委員会への影響力を持つ唯一のヒトリディアムである。
・御三家
アリゴル種の家計である『未納、浮沈、鍵島』を総括し御三家と呼ぶ。
中でも未納家は御三家の総本山であり、浮沈家や鍵島家を取りまとめる立場にある。
・クロマタクト
ネアンディル種に属する家系を総括し、クロマタクトと呼ぶ。御三家と違い、クロマタクト内でも分権性が強く、いくつかの家系が各々の手段でクロマタクトに準じて活動を起こしている。
・軍学徒校
ネブルが保有する軍事力、正規軍《陸羽》と対アルマ軍《街抗》へ入隊するために通る登竜門。
二年生をもちいており、卒業証書がそのまま入隊許可書となる。
入校時に《陸羽》か《街抗》か選択し、以降は各々のカリキュラムに沿うため変更する事は出いない。
学長は御劔景織子。
・十七委員会
ネブルの運営にまつわる全意思決定を行う機関。
《防衛委員》《調査委員》など、17の委員会の《委員長》で構成されており、その全貌は一般人が知り及ぶところではない。




