002話-06 それぞれの主張
何故ウチは、こんなにも心配に思うのだろうか。明日は軽いテストだろ?
毎年行われてる初のアルマ実習。ヱレームに遭遇する事もあるらしいが出会っても小型数匹、よほど運が悪く無いと死にはしない。ネブル内で事故にあって死ぬ確率の方が高いくらいだ。比較した事ないけど。
まぁ、確実に今朝の影響だろう。実物のヱレームに出会った。殺されかけた。エムジが、死にかけた。
エムジがあんなに簡単に損壊させられるなら、ミカヌーは? あのへたくそな夬衣守の操縦では……
……人は、簡単に死ぬ。
そう、エムジと違って。とても簡単に死ぬ。でも、ウチは何でそう思う? 実際両親が死んだから? それにしては死への恐怖が生々しすぎる。まるで実際に目の前で死んだ人を見たみたいに……
何か、何かを忘れてる気がする。今朝の頭痛から、何かが記憶に引っかかってる。
思い出してあげなきゃいけない記憶が、忘れてはいけない記憶がある気が……
いやいや、何考えてるんだよウチ。そりゃ人生の全てを覚えてるワケじゃないけど、これまでの人生そこそこ覚えてるだろ。
両親の死以外に悲惨なエピソードなんて無かったはずだ。……両親の死の時点で十分悲惨なエピソードだけどさ。
『カシャリ』
仮想訓練が終わり接続端子が外される。ウチは立ち上がり、背後の訓練装置を視界に収めた。
【軍学徒校 仮想訓練室】
夬衣守の操縦を学ぶ仮想訓練室には計十台の《ニューロンエネミネーター》と呼ばれる椅子が存在し、常に仮想空間で五人一班、計二班の合同戦闘訓練が可能だ。
(何人、死んだっけ)
最初に未納さんの班から二人、その後、ミカヌーが死んで、三人……
(十人中、三人も死んだのか)
たった一機のヱレーム相手に。明日の訓練、たまにヱレームに出会うんだって? はは、眩暈がしてくるよ。
「あーくっそ! 早まりすぎた」
「お前のせいで俺まで巻き添え食らったぞ」
先に死んだ二人が起き上がり、今回の戦績に対して議論を交わしている。とても、楽しそうに。
未納さんは……既にいなかった。リザルトを見ないで席を立ったのか。ウチもそういえば今までは同じようにしてたっけ。
(自分の班員が二人死んだのにな)
即席とはいえ、チームはチームだ。何故死んだのか、何故守れなかったのか、死んだ二人と話し合ってもいいのに。
「……なぁ、二人は何で死んだと思う?」
「あ? 何だよ露出女、いい成績出したからって自慢か?」
「お前の取り柄実技だけだもんな、そりゃイキりたくもなるわ」
「いやいや違くて、何かこう、ダメだった点みたいのを振り返れたらいいなって」
キミらが死なないためにもさ。キミらが死んで悲しむ人、いるだろ? でも
「うっわ死体蹴りかよ。趣味悪いなぁ」
「行こうぜ。天才様には俺ら凡人の動きなんか理解不能だってよ」
「天才っても実技だけだけどな」
アハハハハ
そう、彼等は笑いながら仮想訓練室を出ていく。日頃の授業態度はこういう所で帰ってくるんだな。
ウチは、何も出来ないのだろうか? ウチが心配しすぎなだけなのか? でもさ
「毎年街抗は、何人も死んでるじゃないか」
明日の訓練では大丈夫かもしれない。でも卒業後、正式に街抗に入ったとして、その先どれほど生きられるのだろうか。
少なくともネブルで普通に生活するよりは、短い生が待っている気がする。
「お疲れ」
「おつかれー」
他の軍学徒も次々と目覚め、ウチの横を通り過ぎていく。先ほどの訓練を、楽しそうに語りながら。そんな中
「シーエちゃんお疲れ!!」
背後からの抱擁。背中に当たる柔らかい二つの肉の感触と、体温。そして長いこと嗅ぎ続けた、独特の体臭。
「ミカヌー」
「凄いよシーエちゃん! さっすが!! 私は先にやられちゃったから見てなかったけど、リザルトみたら一人で倒したんだね! 凄いなぁやっぱりシーエちゃんが先陣切った方が成績が??!!」
ミカヌーが話し終わる前に、ウチは彼女に抱き着いていた。
「シーエちゃん?」
言葉が出ない。ただミカヌーがそこにいる。それが嬉しくて、とても嬉しくて。
普通、死んだ相手には二度と会えない。でも今回は訓練だから再会出来て。
ウチは、過去に、こんな経験を、何度も、何度も、何度も、した……気が……する。
豊満な胸の中で泣くウチを、ミカヌーは優しく抱きしめてくれた。
この時間がずっと続けばいいのになんて、ウチは思って──
* * *
【軍学徒校 三階廊下】
「で、シーエちゃん大丈夫なの?」
「いやーお恥ずかしい……」
廊下を歩きながら、ウチはミカヌーと話をする。
ひとしきり泣き終えたあと、ウチは正気に戻った……のか? 相変わらず不安だから頭痛の前と比べると正気じゃないんだろうけど、とりあえず感情は落ち着いた。
「変だよシーエちゃん、午後の授業から」
空腹なのにお菓子断った事を言ってるのだろう。流石親友歴1年弱、ウチの行動が今までと違うとすぐにわかるらしい。
(ホント幸せもんだなぁ、ウチは)
家族を失い、大切な人なんかエムジとバニ様くらいしかいなかったのに……いやエムジは人じゃないけど細かい事は置いておいて。ともかく、割と寂しい交友関係を続けてたウチにこんな素敵な友人が出来たのだ。
大切にしたい。大切に。だから──
「ミカヌーごめん、話がある」
ちゃんと、話しておかないと。
ウチは話した、午前中にあった出来事を。大切な人が殺されかけた事を。
「え、シーエちゃんまた無断脱階層したの?!」
「いや重要なのはそこではなく」
「それに大切な人って誰??! 誰なのよ教えなさいよ!!」
「何ギレ?! 落ち着け! 良く解らんが落ち着けミカヌー」
とりあえずミカヌーがやたらエムジに食いつくので、バニ様──真屡丹技術局長お手製のお世話ロボットだと伝えた。
ロボット──ネブルに住む人間はこの単語にあまり良い印象は持たない。そりゃそうだ、自分ら有機生命体、ヒトリディアム達はアルマを独占するロボット群、ヱレームのせいでこんな地下に追いやられているのだから。
しかしミカヌーは
「どの程度大事なのその人! 私とどっちが大事?!」
以外にもエムジの事を、ロボットの事を「人」と呼称した。……ミカヌーはネブルの中でも人種序列がかなり下位の種族で、ヱレームへの恨みは強いと思っていたのだが。
「同じくらい! 同じくらい大事だから!」
「はぁ?!」
「何でキレるの??!」
謎の怒りを爆発させるミカヌー。話が前に進まねぇ……
それに、もう一点気になる事がある。バニ様の、真屡丹技術局長のお手製ロボットが何故ウチと一緒にいるのか、ミカヌーは気にならないのだろうか?
バニ様とウチの関係は他の軍学徒にはヒミツだ。親の友人などと知れたら公平な目で見られなくなるだろうし、実際公平ではない特別優遇をウチはいくつも受けている。のに、そこに一切食いつく気配が無い。
まぁ、あれだ。めっちゃ言葉悪いけど、ミカヌーあんま頭良く無いから、気が付いてない可能性もあるけど……何かエムジにキレてるし。
「とにかく話を前に進ませてくれ!! 結論から言うけど、ウチはミカヌーに死んでほしくないの!」
そう告げると、さっきまで怒り心頭だったミカヌーは動きを止めて
「だから、アルマ行きは、街抗志願は諦めて欲しいんだ」
そして、顔を伏せた。
* * *
「何で、そんな事言うの?」
「死んでほしくないからだ」
「生きてるじゃん。死ぬって何?」
「訓練で死んだろ、ミカヌー。ウチにはあれが、午前のエムジと重なって……」
「それはシーエちゃんの主観でしょ? その気持ちだけで街抗を諦めろって?」
「そう、だってウチはミカヌーに」
「私には私の! 街抗を目指さなきゃいけない理由がある!!!」
声を荒げるミカヌー。その顔は泣きそうで、でもまっすぐとウチを捉えていた。
「……私の種族の生活知ってる? ハリガネ種の、酷い生活」
「……知らない。ごめん、ウチのリサーチ不足だ。親友なのに、1年も一緒にいたのに、ウチは知らないミカヌーの事沢山ある」
本当に、何をやってたんだよウチは。ただ楽しんでただけじゃねぇか。何の準備もしてない。何の警戒もしてない。大切な人の事だって、知らない事だらけだ。
「お母さんをね、守らないといけないの。お母さんだけじゃない。私が、ハリガネ種の私が街抗になることで、大切な人にお金が入るの。生活が良くなるの。悲しみが減るの」
「でも、ミカヌーが死んだらお母さんはもっと悲しむだろ!」
「だから死なないって! お母さんのためにも、所属のためにも、私は死なないっ」
「さっき死んだじゃないか!!!!」
今度はウチが声を荒げる。
「さっき、目の前で、ヱレームに砕かれて、バラバラにされて、死んだじゃないか!!! あれがヱレームだ、あれがアルマだ! 死が転がってるんだよ!!! 明日は大丈夫かもしれない。例年通りなら明日の実習は大丈夫だよ。でも例外だってあるだろうし、明日を通過出来ても将来、ミカヌーが街抗になった将来、生きていけるのか?! ずっと生きて寿命を全うできるって言えるのか?!」
ウチは叫び続ける。
「街抗は毎年死に続けてる。最強の街抗換装士だと言われていた御劔学長だって腕を失ってるんだ、一般の街抗なんてなす術がない。ミカヌーは死ぬ。確実に死ぬ。お母さんより早く、死ぬ」
「シーエちゃん……」
「ミカヌーの死で悲しむ人がいるんだ。ウチだって、お母さんだって。どんなに劣悪な環境だってさ、一緒に生きられる方が良いんじゃないのか? 共に過ごす時間より大切なものってなんだよ?」
そうだよな、シーエ。何でお前は、街抗なんて、目指してるんだ?
「シーエちゃんは私達の暮らしを知らないからそんな事言えるん──」
「ミカヌーだって知らないだろ!! 家族が死ぬ悲しみをさ!!!!」
再びウチは慟哭する。これはもう説得ではない。ただの叫びだ。魂が、悲しみを叫んでいる。
「ウチの親は帰ってこなかった。アルマに行って帰ってこなかったんだよ。命は失ったら二度と帰ってこない、時間は巻き戻らない。大切な人には二度と会えないんだよ」
泣きながら、ウチは地面に崩れる。
「親がいた時はアルマに憧れてたよ。より良い暮らしが手に入るって、希望しか見てなかった。失うなんて思ってもいなかったんだ。いつだって失ってから気が付くんだ、それまでの生活がいかに大切だったかを、どれだけ満たされてたかを。アルマなんていらない、自由なんていらない。会いたい、会いたいよ。お父さん、お母さん……」
いつの間にかただの独り言になってた。ただただ寂しくて泣いてた。そしたら──
「シーエちゃん」
「……ミカヌー」
ミカヌーが、抱きしめてくれて
「ごめんね。私もシーエちゃんの過去、詳しく知らなかったね。私の事、大切に想ってくれてありがとう。確かに私は安く見てたね。自分の命を」
「ミカヌー、じゃあ……」
「でもごめん。街抗は諦められないよ。それこそ、私が死んじゃうとしても、お母さんとシーエちゃんを悲しませちゃうとしても、私が街抗になる事に意味があるんだ。酷い友達だよね? 大好きなシーエちゃんがこんなに悲しんでるのに、もっと悲しませちゃう事言って」
「……」
解ってた。解ってたさ。街抗を志す者に諦めろなんて言っても通じない事くらい。皆、それぞれの理由があって目指してる、死に最も近い職業を。
皆、自分が死ぬかも知れない事は心のどこかで覚悟してるんだ。ウチくらいだろ、今までそんな事一度も考えて無かったヤツなんて。
ウチは何も言えない。ミカヌーの覚悟を覆す事も出来ない。だから──
「シーエちゃん……」
強く、大切な人の身体を強く抱きしめる事で、安心感を得ようとした。
それくらいしか、出来なかった。




