002話-05 授業風景
逃げるべき、と答えたウチに対して周囲の軍学徒からは『逃げてどうするんだよ』という空気が醸し出されている。本気か? お前ら。何で誰も、ウチに賛同しない??
「……ちなみに、何故そう思う?」
唯一教官だけが真剣なまなざしでウチに語る。良かった。彼は解っている。ウチが何を言わんとしてるのかを。アルマに出た事の有る、現実を知っている彼だからこそ。
「まず、大前提として勝てると思っている事が間違いなのです」
午前中に殺されかけたウチとしては切実な問題だ。だからウチは語りだす。皆に、ミカヌーに聞いてほしくて。
「橙子軍学徒の回答は勝てるのならパーフェクトな内容です。しかし全滅したら? 無謀に戦って、死体だけが残りました。それで良いんですか?」
ここから先はウチの直感と臆病さだけではなく、軍としてのメリットも踏まえながら必要な回答をしていく。
「過去遭遇履歴に載っていないという事は未知の脅威だという事です。歴戦の換装士達が毎年亡くなっているアルマで、新兵である我々がそんな存在に勝てるとは思いません。それよりも情報を優先すべきです」
「情報」
「はい。未知のヱレーム、つまり新発見な訳ですよね? それがどの様な見た目で、どの位の大きさで、どんな攻撃をするのか。それを自分の命と共に持ち帰り、共有する事の方が街抗、ひいてはネブル全体の利益につながると考えます。遭遇した自分らの部隊が大人数なら、橙子軍学徒の回答も有用でしょう。敵の攻撃パターンもわかりますから。しかしその場合でも、何名かは戦線からは遠ざけ、帰還し報告出来る様にしておくべきと考えます」
教官は驚いた顔をしながら聞き入っている。まぁそりゃ毎回授業さぼりまくってる劣等生がいきなりペラペラ喋り出したらこんな顔にもなるわな。ウチも何でこんなペラペラ言葉が出てくるのか解らん。あるのはただ、逃げたいという恐怖心のみなのに。
「もちろん護衛対象がいたり、退路が断たれていたら戦うしかないんですが……。ともかく、逃げれるなら逃げる方が良いとウチは思います。死んでしまったら情報を持ち帰る事も出来ません。情報の方が重要です」
ホントは命の方が重要だけどね。軍としては命より情報の方が重要だろうから言わないけど。
「……驚いた。正解だ、座っていいぞ」
教官は本当に驚いた顔をしてウチを見ている。僅かにざわつく講堂内。
ぶっちゃけウチも驚いてる。さっきの御劔学長の前といい、よくもまぁ理路整然と言葉が出てくるものだ。普段のウチはこんなキャラじゃなかったはずなのに。
「……本当にシーエ・エレメチア軍学徒か?」
「……どうでしょう?」
教官の冗談にウチも冗談気味に返す。
自分でも今までのウチとは何かが違う実感がある。上手く説明は出来ないが。ただそんな事はお構いなしに──
グゥゥゥゥゥ。
……どんなタイミングで鳴るんだよウチの腹は。
「あとはその不愉快な腹の音を抑えてくれれば、生徒として完璧なんだがな」
「大変申し訳ありませんがウチの腹の虫は自己主張が激しく……夕食の時間まで皆さんご辛抱ください」
教室内からは少しの笑い声が漏れた。空間を和ませる力があるとは、ウチの腹の虫も中々やるではないか。
ただ一人、全く和まずこちらを凝視する純白の視線が一つ……。
「……」
その視線が純粋に感心だと良いな。あなただって、死にたくないでしょう? 死んだら悲しむ人がいるんじゃない?
白い視線とは正反対に、隣に座る親友からはあこがれの様な視線が送られてきた。違うよミカヌー。あこがれて欲しいんじゃない、危機感を持ってほしんだ。ウチは今「ヱレームに殺されるかも」って発言したんだよ。
「いいかお前たち。──明日、アルマ実習を受けるお前たちは知っておくと良い。ヱレームを知識でしか経験したことのないお前達が、ヱレームをまともに破壊出来るなどとは微塵も思ってない」
教官はウチと同じ意見を口にする。頼む、講堂の皆、以前までのウチみたいに不真面目な軍学徒も多くいるが、今は教官の言葉と、ウチの意見は覚えていて欲しい。
明日、死ぬかもしれないんだよ。
「ヱレームに対し高度な兵器は《電子汚染》を受け使用できず、原始的な兵器では撃破は極めて困難だ。故に、我々は最低限の破壊能力を持った起動兵器を開発しなければいけなかった。それは決して後ろ向きな発想ではなく、ヒトリディアムがすべき戦いの在り方を体現した兵器だ」
そして生まれた革命的兵装がそう、と教官が言いかけた所で授業終了の鐘が鳴り、そのまま授業を締めくくる。
「君達が日々訓練を重ねる特殊寄生兵器──夬衣守だ」
次はその夬衣守の仮想訓練の授業だ。前向きな思考で作成された兵装を、後ろ向きなウチが使う。
自分と、大切な人の命を守るために。
* * *
無垢な空間でウチら軍学徒は夬衣守に乗って待機していた。
(仮想訓練……)
先ほど教官も言っていた様に、対ヱレーム用の兵装がこの夬衣守だ。脊髄の神経に直接接続し、自分の四肢の様に自在に操る事の出来るパワードスーツ。
機械の類は全て電子汚染される世界、アルマ。午前の遭遇でも解ったが、アルマに行かずともヱレームに触れると機械は汚染され使えなくなってしまう。それを無理やり解決したのがこの夬衣守という兵器だ。
脊髄の神経に接続し動かすこの兵器は、電子汚染側から見ると《有機生命体》に見える様で、汚染されないのだ。ああ、見えるとかいう表現はウチがなんとなく使ってるだけで、電子汚染の詳細は今のところ全く不明。今朝みたいに突然解除される現象もある事だし、まだまだ研究途中なのだが──ともかく、それまで生身でしか到達出来なかったアルマに兵器を持ち込めるようになったことは大きい。
開発者は真屡丹羽咲──ウチの両親の友人であり育ての親である、バニ様だ。
……結構前からこの夬衣守という兵器は運用されてるんだけど、バニ様歳いくつなんだろうね? 御劔学長も夬衣守換装士だったし、彼女よりは確実に年上だろう。
ともかく、そんな素晴らしい兵器を仮想空間でウチらは使用させてもらっているワケだ。
ただ、この仮想空間内で軍学徒が装備している夬衣守は正規品とは似ても似つかない簡略化された訓練機。脚部のローラーのみを再現したお粗末な代物だ。
空間が形成される前に、ウチは軽く試運転を試みる。かかとに搭載されたグリッドホイールを回転させ、ローラーブレードの様に地表を華麗に滑走した。
明日のアルマ探索もこの量産型簡易夬衣守で行われる。この訓練機でヱレームに対処出来ない様では生き残れる確率は低いのだろう。
(よし、いつも通りの動きは出来るな)
緊張から動きが鈍るかとも思ったが、思いの外いつも通り動けた。腹の虫といい、ウチの肉体は精神に反して図太いらしい。
しばらくすると仮想空間が展開する。まずは白い光、続いてワイヤーフレームが構築され、その上にテクスチャーが乗っていく。数秒経てば現実と見違うほどのリアルな世界が目前に広がってた。
(今回の訓練は、砂場)
事前に説明を受けた通りだ。砂場や砂丘と呼ばれる地形。クロムシェル内に存在しないその地形は、夬衣守が走行を苦手とする厄介なフィールドだ。しかしいつものウチならばそんなことは特に関係ない。どんな地形だろうと軽々走行し、軽やかなステップで敵を撃墜する。しかし。今のウチは……
(問題は地形よりも、この後だな)
フィールドの構築が終了したのち、敵が構築される。ワイヤーフレームの時点で禍々しいシルエットを醸し出すその姿は、図鑑などで見る蜘蛛に見えた。6m程ある大きさのみが、これは蜘蛛ではなく敵であると主張する。
「……っ」
冷汗がが顔を伝う。全身が震える。今朝出会ったヱレームの恐怖が抜けきっていない。ヱレームに殺されそうになった、エムジを見た時のあの恐怖。
(大丈夫、今は夬衣守もある。それにこれは訓練だ。明日アルマに行くんだろ? だったら慣れておかないと)
すぐに戦闘に移る気も起きなかったので、ウチは他の軍学徒が連携プレーで敵を追い込む様を遠くから見ていた。あぁ、始めは十人もいたのに今は八人に減っている。まだ訓練は始まったばかりなのに。
(たった一機相手に、二人も死亡か……)
仮想空間では死んだという実感が少ない。毎回の訓練後、みんな和気あいあいと訓練結果を評価し合っている。
「俺の活躍凄かったろ?」とか「あそこで上手く避けられればなー」とか「次こそは」とか。
(これが本物の戦場なら、もう、次は無いのに)
前回までの訓練ではウチもその一人だった訳だが……そんな事実は棚に上げ、ただただロストして行くクラスメイトの数を見ては不安にさいなまれていた。
『シーエちゃん、そろそろ行かなくちゃまずいよ!』
どんどん沈んでいくウチの思考を、可愛らしい通信音声が遮った。強化網膜には焦った可愛らしい顔も。心配そうな表情をしたミカヌーがこっちを見ている。
その顔に癒らされると同時に、別の不安も……いやダメだ。思考を切り替えなくては。前向きに、何かをつかまなくては。
『そう……だな。最後の訓練だし、一緒に組んで戦闘しようぜ、ミカヌー』
『うん! がんばろう!!』
最後の訓練。そう、アルマに行く前に行える最後の訓練なのだ。だからこそウチにはやらなくてはいけないことがある。
『よし! じゃあウチ補佐な』
『ええ!? シーエちゃんメインでしょ! 私弱いもん! 良い成績出せないよ!』
『成績なんていいから! 実践だと思って、な!』
『よくないよ!!』
ミカヌーが慌てている。しかし弱いからこそメインをやってもらわないと困る。明日はアルマに行くんだ。最初のアルマ訓練では滅多に敵とは遭遇しないらしいが、たまには出ると聞く。
一機の敵相手に、クラスメートが二人も死亡してるのだ。明日、死人が出ない保証なんてない。
(その時にウチがどれだけ守れるか……)
班が同じになる保証はない。しかしミカヌーだけは……何としても守らないと。
そのためにはミカヌーがどのように戦うのかを事前に知っておく必要がある。これが今やるべき事だ。そのはずだ。本来ならもっと前から……
(ウチは今まで、訓練で何を見てたんだよ)
ゲーム感覚で自分がただ敵を撃破する喜びを味わっていた。連携も護衛も何も考えず。誰かが死ぬかもなんて、考えず。
頬を銃弾がかする感触がウチは好きだった。好き、だった。今はもう戦闘を楽しむ余裕なんてどこにも無い。だって───
エムジの腹を破って出て来た刃物が、頭から離れないのだ。
あの時ウチは、エムジが死んでしまったのかと思った。大切な人とまた別れねばならないのかと。その恐怖は数時間経過した今でも体の芯にこびり付いている。
エムジは機械だ。だから助かった。たまたま、助かった。差しどころが悪かったら機械のエムジでも死んでいた。ウチはまた、取り残されるところだった。
でももし、あれが人だったら……。刺されたのが、人だったら。ミカヌー、だったら……
『行こうぜ! ミカヌー』
震える心を鼓舞するために、ウチはあえて大きな声を上げてミカヌーと走り出した。怖がっていても何も始まらない。今はやるべきことをやろう。
ウチは補佐なのでミカヌーの後ろに着く。なんとしても彼女だけは守らないと。守る術を得ないと。そう思って、ウチはミカヌーを見て──
ミカヌーの走行はおぼつかなかった。敵に近づく前から既によたよたしていた。
ミカヌーの手元はおぼつかなかった。武器を構えてはいるが防御にも攻撃にも役に立たないような構えだった。
ミカヌーの視線はおぼつかなかった。敵の中心だけ見ていて、多数の手足がどう動くかを全くとらえてなかった。
こんなにも近くにいて、1年近くも一緒にいて、親友を名乗っておいて、ウチはミカヌーの戦闘スタイルを初めてまじまじと観察した。ここまで、酷いとは。
今まで何も見ていなかった。ずっとずっと一緒にいたのに……側にいたのに……
「あ」
アホみたいな声が口から洩れる。だって、敵が振りかぶった鋭利な足を、ミカヌーは避ける動作すら見せず───
「ミカヌー!」
その足をウチは慌てて薙ぎ払う。次にアゴが来たが、それも薙ぎ払う。ミカヌーは気の抜けた声で「わ!わ!」とか言ってる。
(足が多い! 守り切れない!!)
いつもならさっさと敵のネットワーク端末を破壊してしまうので攻撃を防ぐ必要も無い。実際にウチにはこのヱレームのネットワーク端末位置が大まかに特定出来ている。
しかし、今回ウチがそれをしてしまっては意味が無い。敵が単体ならウチ一人が倒せば護衛は果たせるが、もし複数だったら……。防戦に回らなければならない戦場だって、絶対に存在する。
だから今回はウチがひたすらミカヌーを守り続ける。ウチがアルマに行ける自信をつけるために、大切な人をこれ以上失わない様に、"守る"訓練を──
そう、思っていたのに。
「きゃ!」
可愛らしい声と共に、ミカヌーはあっさり散った。巨大な鉄の塊にお腹を押しつぶされて……
目の前で、ミカヌーが、散った。
仮想空間では致死量の攻撃を受けると体が霧散する。死体は残らない。まるでゲームの様に、ポリゴンのデータが塵となる。
でもウチには、その塵が、ミカヌーの魂に、見えた──
「あああああああ!!!」
狂った様に叫びながら敵の腹を一閃する。ウチの両親もこのように死んだのだろうか。それとも朝のエムジみたいに、刃物を突き刺されて死んだのだろうか。こんなにもあっけなく、人は死んでしまうのだろうか。
何故かウチは、そんな現場を、沢山、見て来た気がした。
開いたヱレームの腹からネットワーク端末を引きずり出しながら、ウチは恐怖する。大切な人の死を意識せざるを得ない瞬間が一日に二度もあったのだ。正常でいられるはずがない。
震える手を敵のネットワーク端末に向け、渾身の力でパイルをぶち込む。死んでくれ。たのむ。
朝に出会ったヱレームは中々死ななかった。どれだけ逃げてもウチとエムジを追って来た。今までの訓練では簡単に敵を破壊できたのに、今はそんなイメージが微塵も持てなかった。しかし──
ビィィィィィィ
『──《ネットワーク端末》の破壊を確認。作戦完遂』
ウチの不安とは裏腹に、戦闘訓練は一瞬で決着を迎えた。訓練終了を知らせるアラームが鳴り響く。耳障りな音がウチの不安を加速させる。
あっけない。何ともあっけなかった。ミカヌーがロストしてからほんの数秒しか経ってない。……こんなものに何人殺されたんだ。ウチは、この程度の敵からも、大切な人を守れないのか。
空間が閉塞し、リザルト画面に移る。今までの訓練ではリザルト何か見てなかった。ぶっちぎりの一位だったからそれにうぬぼれて……。本当に見るべきデータは他にあったのに。
ウチはミカヌーのデータを探して追った。そこには絶望的なデータがあって……
「……ミカヌー」
堂々のE判定、最下位の判定。皆はこの判定をただの成績と述べ一喜一憂するが……
「別れたく、ないよ……」
ウチには生き残れる確率に見えた。ミカヌーと死に別れる未来に、見えた。




