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その07:イナリちゃんを消したくない

今日はもうやることも無いとニュースサイトをボンヤリと流し見しながら睡魔に身を預けようとしていた所だった。


『…連日の雨量による河川の増水の為、一時的に道路の閉鎖予告…』

『近隣住民は明日の早朝迄に避難の程を…』


目が冷めた。


自分の中で先程迄のはやる気持ちが不安に裏返ってしまったのが分かった。

なんとなく彼女がこのまま消えてしまう気がして、聞いたこともないほど小さな声で助けを呼ばれた気がして…俺は鍵とヘルメットを手にざぁと降る雨音のする扉を開けた。






「とは言っても…雨が止むまでは現れんとか言ってたよなあ…へっくしっ!」


バイクに跨がる頃には完全にびしょ濡れになっていたが、構うもんかとそのまま来た結果…気化熱で滅茶苦茶寒い。ミスった。


そうぼやきながらすぐ付近のバス停の屋根下で窓を拭くように手刀で水を切っていた俺のすぐ側で誰かが立つ気配がした。


「とんだうつけ者がおるようじゃの。」

「イナリ!?…ちゃん?」


数日ぶりの彼女に会えた気持ちと歌を届けたいと言う「想い」とアホなことやってるし、どやされるなぁと言う羞恥心から揺れた鼓動がすっと引く。

様子が違う。


雨の中顕現した彼女はその瞬間から一滴も濡れてる筈なんかないのに、

顔を隠すように下がった前髪が彼女のもつ不安や悲しみを表現しているように見えてしまった。


「どうしたの?あ、イナリちゃん。雨大丈夫なの?」

「…わしは顕現しなければ雨には濡れん」

「まぁ、そうだよなぁ…いや、なんかイナリちゃんと2度と会えなくなってしまう様な嫌な予感?がしたもんでついね」

「別に、出会いがあれば別れもあるじゃろうに…」


イナリちゃんの無碍ない言葉につい反射的に、強く反応してしまう。


「いやいや!?俺はイナリちゃんとずっと仲良くしていけたら良いなと…」

「そんな気休めの様な言葉、もう聞きなく無いのじゃ!」


突然飛び込んできたイナリちゃんの悲痛な叫びが俺の瞳孔を開かせる。

永遠のように感じる長い沈黙の間の後に彼女はぽつぽつと自身の今と、先のない未来を語り始めた。


「うっすらと気付いておるかもしれんがの、わしは終わる存在なんじゃ…」


そんなこと無い、と言いたい心を抑えて続きを促す。触れると消えて無くなりそうな危うさを持つ彼女を見てると胸が締め付けられる。


「貰っていた信仰の力はの、この付近に昔から住み、ここでずっと育っていた者から貰っていたものじゃ…」


知っていた。奇跡を繋げ続ける力は、一人の力では足りないことを。日々感じていた「想い」の計算違いはやはり事実なんだと、イナリちゃんの口から紡がれる。


「…最後の一人からの供給が途絶えたのじゃ…きっとその者の意識も…もう、無いのじゃろう…」


地図から消えた村、以前見た資料の日付。イナリちゃんが現れた頃の生き証人とは俺はもう会うことは無いのだろう。


「誰にも知られなくなった、繋がりの無くなった存在はいづれ力が無くなり、消える…うっすらと人が覚えておる程度では結果なぞ変わらん…」


イナリちゃんはそれが自然の摂理だ、と事実を語る。


「消えてゆく…今までそれが普通と思っておったのに…」


紡ぐ言葉に混じる怯え。彼女が弱々しく俺の胸に頭を打ち付ける。


「…お主を残して…消えたくない…忘れ去られたくない…のじゃ…」


涙顔の彼女が伝えるのは俺と居たい。単純な、大したことないそんな「想い」。

嵐の如く降りつける悲しみの雨と小さな「想い」の欠片。

腹は括った。後は伝えるだけだ。


「俺は君の事を決して忘れはしないよ、イナリちゃん」


俺は彼女の正面を向き、その震えている両腕をそっと握る。


「後、どれぐらい持ちそうなの?」

「…何もしなければ…7日じゃ…」

「…わかった、5日待ってて、俺の本気を君にぶつけるから。君を絶対に消したりはしないよ」


俺は悲痛な面持ちで消えゆく彼女を強く目に焼き付けながら、彼女の叫喚の残響に誓いを立てる。


雨はまだ、止まないらしい。



「わりぃ、今週休む!」

「え、急にどうしたよ?ソーさん」


最低限これは、と学祭の申し込み用紙を書き学校に提出した後、俺はハカセにまず声をかける事にした。


「ものすごく端的に言うと5日で曲を完成させる事になった」

「昨日の今日でマジ、何があったよ!?ソーさん!?」


…流石に端的過ぎたので途中で合流したコーちゃん、ミコトにも一緒に昨日、嵐の中イナリちゃんに会いに行ったこと、彼女がこのままだと後一週間で消えてしまう事を話した。


「いやはや…これはいやな方の予想通りだったね…とりあえず歌詞で気になる表現とかあれば気軽に相談乗ってくれ、」

「まぁ、ソウイチにとっては一大事だよね…分かった、かぶってる講義については任せてよ」


コーちゃんとミコトが協力すると約束してくれる。

ハカセは…


「っっっ俺も!!協力するぞ!!ソーさん!!」

「ちょっ…まっ…待ってくれハカセ!?」

「いや、ハカセは講義受けとかないと駄目でしょ?二人してサボってたら内容が完全に抜けるでしょーに」

「ぐぬぬ…悔しいがミコトの言う通りたな…と言うかそうだよ、そしたら講義終わりに楽器教えてくれよ!!」

「それこそ、ソーさんの邪魔に…ってソーさん?」


正直、その申し出は有り難かった。

曲を作っても演奏者が俺一人だと出来ることに限界がある。

ドラムを叩きながらギターは弾けないのだ。

まぁそもそも、ドラムを用意できるかという問題もあるが…


「それはマジで助かる…そうだ、良かったら二人も手伝ってくれないか?」


順番が逆になったが俺はこーちゃんとミコトにも改めてバンドをしないか?と話を持ちかけることにした。


「そう言うのなら演奏の上手い人に頼んだ方がいいんじゃないか?ほら、ジンさんとか」

「コーちゃん、違うよ。俺の全力は皆でやる事だよ」

「どういうこと?ソウイチ?」

「なんていうか…今回なんか特にそうだけど上手い大人に引っ張ってもらうのってなんか違うんじゃないかな?って俺、思うんだ」

「荒くても、下手くそでも…俺達とやってみたい…そういう事か?ソーさん?」

「その方が強く、「想い」を込められる。そう思ってる」


俺とハカセは確認するようにアイコンタクトを交わし、コーちゃんとミコトを目を向ける。

多分、コーちゃんの言ってたイージーモードではイナリちゃんは消えてしまう。

そんな気がしていたからこそどうしても柄にもなく真剣になってしまう。


「そもそも上手くいくかわからんよ?」

「皆が数日で出来るような曲を作る」

「もし、僕達が誘いに乗らなかったら?」

「その時は一人でもやりに行く」


コーちゃんとミコトは二人で顔を見合わせた後ふぅと肩で息を吐き、優しそうに笑いながら


「「良いよ、やろう」」


と言葉を綴った。

悲しくないのに泣きそうになった。

俺は熱くなった胸を叩きながら絞り出す様に


「ありがとう」


と返す事しか出来なかった。

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