第2話『七炎騎士団・2』
町の奥まで進み、レイア湖までやってくる騎士達。
「……ん?」
アシュレイが足を止め、兵全体の動きを制止させる。
「どうしました?」
「あそこに何かいる」
アシュレイの指差す方向を確認すると、そこには黒い外套を纏った女性が3人、そして、その外套から根のようなものを生やし、地面に突き立てていた。
「あれも鬼族……」
「だと思うが見たことがない……新種か」
アシュレイがそう言うと、地面に生えた根は脈打ち、何かを吸い始めるような動作を見せる。
「アシュレイさん、あれって……!」
「ああ、魔素を吸い上げているな」
アシュレイは初めて見る鬼族に集中し、剣を構えてオランディもそれに続く。
「……行くぞ!」
アシュレイは一気に駆け出し、女性姿の鬼族に剣を向ける。
「━━━キャァァァァァァァッッ!!!」
アシュレイ達に気付いた鬼族は金切り声のような声を上げ、兵士達の存在に気付いていく。
「……くっ!」
耳が麻痺しそうな感覚に陥るが、アシュレイはそれを振り払い、1人また1人と切り捨てる。
「━━━イヤァァァァァァァッッ!!」
「━━━アァァァァァァァァッッッ!!!」
断末魔の叫びと共に息絶える鬼族達。
「こう人間のような声で叫ばれると後味が悪いな」
剣に付着した血を振り払いつつ、アシュレイは苦い顔をする。
観光名所として栄えたレイア湖もかつての面影は姿を消し、辺りには死体が連なり、湖にはボロボロとなった茶色いクマのぬいぐるみが浮かんでいた。
「生存者は限りなくゼロに近いですね」
「ああ……、恐らく生きていたとしても……」
ヴァイスハルトの報告にアシュレイは答えるが、そこまで言って口を噤む。
「もう一度、町の中を探すぞ。鬼族は1匹も残すな」
アシュレイの一言に騎士達は気を引き締める。
━━━ズンッ!!
激しい地響きのようなものが足から伝わり、騎士達は辺りを見回す。
「アシュレイ団長!!」
一人の兵士がある方向を指差す。
「……!!」
アシュレイは若干、目を見開いて驚いた。
町の中央から鬼族達は軍を成してこちらへと向かってくる。
「まさか、さっきの鬼族の声で……!」
オランディは亡骸となった女性姿の鬼族を見つめる。
「探す手間は省けた……が……!」
アシュレイは驚いたのはそれではなかった。
こちらに向かってくる鬼豚・猟犬・女性姿の鬼族、そしてもう1体……、他とは比べ物にならない大きさの鬼族が最後尾で地響きを立てながら歩いてくる。
「……あれは?」
オランディもその存在に気付いて驚く。
「鬼人……!!」
「鬼人……?」
アシュレイの発した言葉にイマイチ、ピンと来ずオランディが尋ねる。
「人間が初めて、敵として対峙した鬼族のことですよ」
アシュレイの代わりにヴァイスハルトが代弁する。
「ヤツによって人間と鬼族の戦は始まった。人間を、そして魔素を喰らう存在。ヤツらが自ら名乗った名前である鬼人を捩って、人間の敵となる存在を鬼族と名付けたんです」
「……そうだったんですか……」
オランディは初めてその事実を聞かされる。
鬼族の名前の由来となった怪物がいたことなど露ほども知らなかった。
「まぁ、私も初めて見ますけどね。それに、あくまで歴史上の中だけの存在と思ってましたから」
ヴァイスハルトもその巨体に思わず怯みそうになる。
全長およそ5メートル、色黒の肉体に赤黒い血管が浮き出た鬼のような形相の怪物。
左手にはこの町の自警団であろうか?息絶えて血を垂れ流していた。
「騎士カ? スコシハ、タノシメソウダナ」
鬼人はやや含み笑いをしながら騎士達を見下す。
人語を解する鬼族は決して多くはない。
しかし、居た場合はどの鬼族よりも用心しなくてはならない。
他の鬼族よりも圧倒的に利口であり、そして……、人間とほぼ同等の狡賢さを兼ね備えているのだから……。
「楽しいか、戦う意志の無い者を嬲り殺しにするのは?」
アシュレイは鬼人を見上げながら挑発する。
「……ツマランナ。ドレダケコロシテモ、ナブッテモ……儂ノカワキト、ウエハミタサレン」
そう言うと、鬼人は左手に持つ男性の上半身を口の中に持っていくと、そのまま鋭い牙で引き千切る。
夥しい量の血が地面に撒かれ、鬼人はクチャクチャと肉を食べ、骨を噛み砕く音を立てる。
そして、ヴェッ!! と唾液に塗れた異物を吐き出し、下半身を投げ捨てた。
「ヨワイ人間ニ、興味ハナイ」
「だったらなぜ、逃げる人々まで殺さなければいけなかった!?」
オランディは声を荒らげる。
「カンチガイスルナ。儂ラハ、ウバワレタモノヲウバイカエシタダケノコト」
「奪い返した……?」
オランディは目を丸くした。
「この場所に、『ここは自分達の土地です』っていう看板でも立ててあったのか?」
アシュレイは冗談交じりに疑問を鬼人にぶつける。
「ハジメニ、コノ土地ニスミハジメタノハ儂ラダ。ソレヲ後カラヤッテキタオマエタチガ略奪シ、我ガ同胞ヲコロシタ」
「そんなこと……!」
「シテイナイトハイワセンゾ。現ニコウヤッテ、オマエタチハ町ヲツクリ、儂ラノ住処をウバッタ……。ソレヲトリカエシテ、ナニガワルイ!!」
「くっ……!」
オランディは反論しようとするが、真っ当な言葉が出てこない。
「オマエタチハ、ソレヲ『道理』トイウ。人間ガイキテイクタメニ、自分タチガクラシテイクタメニハ、必要ナ『道理』ダト……!
フザケルナ。タカダカ人間フゼイノ道理ノタメニ、ナゼワレラガサラネバナラン!ナゼワレラガコロサレネバナラン!!
ダカラコソ、儂ラモイキテイクタメニ『道理』ヲツラヌクマデ……。オマエタチニコロサレタ数ダケ、人間ノ女ニ子ヲハラマセ、ウバワレタ土地ヲトリモドス!! ソレガワレラノ『道理』ヨ!!」
「許されるはずがない、そんな事!!」
オランディの怒りは頂点に達する。
「話は平行線のままだな。悪いが、黙って俺達はお前達に喰われるつもりはない。」
アシュレイは大剣を大きく振り上げた。
「来いよデカブツ! せめてもの詫びにこの地にお前の墓標作って埋葬してやる!!」
「……イイダロウ。ドチラカノ『種』ガ完全ニトダエルマデ、コロシアイトイコウデハナイカ!! グアァァァァァァァァァァッッッ!!!」
鬼人の激しい咆哮に大地は軋み、崩れかかった家々は吹き飛ばされていく。鬼人の血管は隆起し始め、息を激しく荒らげる。
「ヴァイスハルト、兵士達を下げさせろ! デカブツは俺とオランディで食い止める! 兵士達を他の鬼族の駆逐に当たらせ、兵士の隊列が整い次第、俺とオランディの援護を頼む!!」
「了解しました!!」
ヴァイスハルトは兵士達に指示を出し、鬼族と一定の距離を保ちつつ後退していく。
「弓士・術士は鬼人以外の討伐を! 術士は可能な限り、魔素は使わず、魔力での魔法行使を!! 剣兵は近付いてくる猟犬達の迎撃を行え!!」
「おおっーーーー!!」
兵士達の士気が最高潮に達していく。
「タカガ、サンニンゴトキデ儂ヲトメルダト……? ナメラレタモンヨ!!」
鬼人がアシュレイ・オランディ・ヴァイスハルトを睨みつける。
「たかが……? 俺達を誰だと思ってるんだ? 王都アインベルツ、そして女王エリーザに忠誠を誓うグレンス……いや、レスティア最強の騎士団こと『七炎騎士団』!光栄に思え、鬼人。やっとお前では絶対に勝てない人間が目の前に現れた事を!!」
「シレゴトヲ!!」
鬼人の声と同時に鬼豚と猟犬の群れが騎士に向かって押し寄せた。
「黒魔女!! コノ地ノ魔素ヲスイアゲロ! ヤツラヲ無力化シテシマエ!!」
その声に反応し、黒魔女と言われる女性姿の鬼族は地面に根を生やし、魔素を吸い上げにかかる。
「させないっ!!」
オランディは自身の魔力を使い、自らの背後に数十本の剣を創り出す。
剣は徐々に光を増し、その鋒は黒魔女に向けられる。
「波動系魔法・戦乙女の神撃 (ヴァルキュリア・ソード)!!」
オランディの掛け声と共に剣は風を切って黒魔女に向かって飛んでいく。
避けることすら叶わず、剣は黒魔女の身体を貫き次々と断末魔の悲鳴を上げさせる。
黒魔女が地に伏せるのを気にする素振りを見せず、鬼豚と猟犬は兵士達に向かって飛び込んできた。
「冗談だろ……この数……」
「怯むな! アインベルツの誇りを見せろ!!」
軍勢となって襲いかかる鬼族達に思わず弱腰になる兵士達。
「少し下がっているんだ」
兵士達を掻き分け、ヴァイスハルトが矢面に立つ。
「……《適性》を使う」
「ヴァイスハルトさんの適性って確か……」
「全員、一時離れろ!!」
ヴァイスハルトから距離を置くように後退を始める兵士達。
「……それでいい」
ヴァイスハルトは静かに目を閉じ、鬼族達が近付いてくるのを待つ。
「俺の適性は、少し使い勝手が悪いからな」
ヴァイスハルトと鬼族の距離まで数メートル……静かに、ヴァイスハルトは目を見開き、身体に宿す魔力を外へと放出する。
「……《適性》!!」
解き放たれた魔力はヴァイスハルトを中心に地面に亀裂を起こしながら拡がっていき目前にまで迫った鬼豚の身体を引き裂き、猟犬を擂り潰し大きく爆散させた。
「すげぇ……」
兵士達はその光景に思わず見入ってしまう。後に残るは、まるで小隕石が落ちたかのように跡形もなく消し飛ばされた大地だけであった。
「後は任せる」
「はいっ! ご武運を!!」
ヴァイスハルトはウエストポーチから橙色の薬の供給薬を飲み干し、前線へと復帰していく。
「……不味い」
今すぐにでもこの口に残る苦味を水で洗い流したい気分を抑えながら……。
「━━━グガァァァァァァァァ!!!」
激しい咆哮と共に鬼人の拳がアシュレイに飛んでくる。
それを容易く躱し、手に持つ大剣で鬼人の手首辺りを斬り裂く。
流れる血の量とは対照的に鬼人は気にする様子もなく、次々と拳を振り下ろす。
「ちっ……!」
躱し続けるアシュレイだが、次第に足に疲れが見え始める。
「モロイ身体ダナ、人間!!」
鬼人は笑みを浮かべると同時に腕を振り回し、アシュレイを薙ぎ払う。
「ぐっ……!!」
大剣で防いだが、腕がビリビリと痺れる。
「シネェェェ!!」
鬼人の動きが僅かに止まる。
その瞬間、鬼人の口からジリジリと何かが燃える音が聞こえ、焦げ臭い匂いが漂い始めた。
アシュレイが見上げると、口の中に巨大な火球を作り出し、それを放出せんとする鬼人の姿……。
「クソっ……!」
「塵モノコサン! 火撃!!」
巨大な火球が解き放たれ、アシュレイの頭上目がけて降り注ぐ。
防ごうとするアシュレイだが、身体が言うことを聞かない。
「補助系魔法・防壁!!」
アシュレイと火球の間に淡い光の壁が姿を現し、火球の衝撃を抑える。
その隙にアシュレイは窮地から抜け出すことに成功した。
「助かったぜオランディ! 帰ったら1杯奢ってやる!」
防壁を展開したオランディはやや息を乱しながらアシュレイの方を見て安堵する。
「当然のことをしたまでです」
「はっ、言うじゃないか! 補助系魔法使えるとは大したもんだなぁ。俺ぁさっぱりだ」
「習得することをお勧めします」
やや淡々とアシュレイを流し、オランディは鬼人を見据えた。
火球を防がれたとはいえ、その顔には余裕すら見せる。
「小娘ゴトキガ、コザカシイ。オークドモノ欲望ノハケグチトナッタトキ、ドンナ顔ヲスルカ見物ダナ」
「その穢らわしい口を今すぐ黙らせます」
オランディは手に持つ剣を鬼人に向ける。
「その通り」
オランディの背後から数本の真空刃が舞い飛び、鬼人の身体を引き裂く。
「グガァァッッ!!」
「我らが尊敬する団長を子作りするしか能がない豚どもに差し出すつもりはない」
オランディの一歩、二歩後ろにヴァイスハルトが立ち止まる。
「遅くなりました、団長」
ヴァイスハルトにオランディは優しく微笑む。
「数ガフエタトコロデ、何モカワラヌワ!!」
鬼人は激しい唸り声を上げてアシュレイ達を威嚇する。
「試してみるか? 何も変わらないかどうか?」
アシュレイは自身よりも遥かに巨大な鬼人を見据える。
その目には威圧感に満ち、鬼人に僅かながら緊張を走らせた。
「ホザイタナ、クソガキ。シナナイ程度ニイタメツケテ、オークドモニクレテヤロウカトオモッタガ、気ガカワッタ。貴様ラヲナブリゴロシテ、コノ大地ニ肉塊ヲブチマケテヤル!!」
鬼人は激しい咆哮を上げて、アシュレイ達を見下す。
「ミセテヤロウ、儂ノ本気ヲ。『疾走』!!」
その瞬間、アシュレイの視界から鬼人が消える。
そして、アシュレイに降り注ぐ陽光に一時の影が覆い被さった……、
「……!!」
違う、影の正体は……。
「離れろ!!!」
アシュレイの声にオランディとヴァイスハルトがその場を飛び退く。
次の瞬間、地面に亀裂を起こし、何かがアシュレイ達のいた場所に落下してくる。
━━━ブンッッ!!
風を引き裂くように巨大な腕がアシュレイに命中し、吹き飛ばされた。
「ガハッ……!!」
「アシュレイさんっっ!!」
オランディはアシュレイに駆け寄ろうとするが……、
「マズ一匹……」
鬼人の声を聞き、オランディに悪寒が走る。
「団長!!」
オランディの背後から迫り来る拳に気付き、ヴァイスハルトは間に割って入る。
━━━ボキッッ!!
鈍い音を立てながらヴァイスハルトは地面に叩き付けられ、血痕が付着していく。
「ヴァイスハルトさんっ!!」
何が起きているのか分からなかった。
気が付けば、次々と仲間達が倒れていく……。
そして、今まで必死に抑え込んでいた『恐怖』が身体中を蔓延し始める。
「シリタイカ?何ガオキテイルノカ?」
「……!!」
鬼人の声にオランディが飛び退くよりも先に鬼人は彼女の身体を掴み、拘束した。
「くっ……!」
握り潰されることは無いが、どれだけ振りほどこうとしても、鬼人の腕力の前に為す術がない。
「ドウダ?死ヲ前ニスル気分ハ?」
鬼人の下卑た顔が目前まで迫る。
「儂ハコウヤッテ、アラソイアウヨリモ前カラ、人間ガキライダッタ。コワシ、ウバイ、他者ヲキズツケテオキナガラ、ミズカラノ正当性ノミヲ主張スル傲慢ナ種族ヨ」
「それは……あなた達だって、同じようなもの……!」
「チガウナ。貴様タチ、人間ガアラワレテカラ、スベテガクルイハジメタ。現ニ儂ラハ、人間イガイノ種族ニハ一切テヲダシテハイナイ」
「……くっ!!」
「ミトメロ、ミズカラノアヤマチヲ。ソシテ、ツグナエ。オマエタチノオカシテキタ所業ヲ。偽善者ガイクラ、方便ヲタレヨウガ、ソレハタダノ詭弁ニスギン。
マズハ、オマエヲコロシ人間タチニ恐怖トイウモノヲオシエコンデヤル!!」
鬼人の口がパックリと開く。鋭く不気味に生え揃った何十本もの牙がオランディの白く柔い肌に食い込まんと待ち構える。
「……うぅっ!!」
「光栄ニオモエ。オークドモノハケグチデハナク、騎士トシテ・・・戦士トシテシネルコトニッッ!!」
鬼人の口が徐々に迫る。
抗いようのない恐怖……そして、心のどこかで死を覚悟した自分がいた。
━━━ザシュッ!!
身体を縛る枷が外れ、オランディは空中に放り投げられる。
「……えっ?」
気付けば、鬼人から少しずつ離れていき誰かの腕の中に着地した。
「よぉ、また悪い癖で『弱気モード』に入ってただろ?」
その声に聞き覚えがある。そしてその声に、死んでいた心に潤いが満ち始めた。
「あっ……あっ……!」
黒い短髪に一部が銀色に染まったその騎士を彼女は知っている。
「ツヴァイスくん……!」
「そこは『団長』だろ?昔の呼び方に戻ってるぞ」
ツヴァイスはやや呆れ気味にオランディに投げかけた。
「キサマァァァァァァァッッ!!」
鬼人の苛烈な声にツヴァイスは振り向く。オランディを掴んでいた腕は地響きを立てながら地面に落下する。
その鬼人の腕が『存在した』部分からは血がドクドクと流れ落ちていた。
「悪いな、邪魔だから斬り落とした」
不敵に微笑むツヴァイス。そして、それを睨みつける鬼人。
互いが殺意を飛ばし合う中、終わることのない因縁に一つの終止符が打たれようとしていた……。
「(コノ人間……裏切リ者トナッタ殺人狼ノニオイガスル……)」