第1話 『穢れた少女・1』
━━━嘘つきは泥棒の始まり
━━━じゃあ、泥棒は何の始まり?
━━━オウリン実務記録及び通達━━━
5月13日未明、紫炎騎士団副団長『ギルゴース・マグナイア』及び公募によって集められた兵士およそ22人が当初の予定より2時間早く、鬼族掃討のために廃村オウリンへと出発。
片道およそ2時間半を経て到着。
現地調査をする中、そこで狂犬数十体、殺人虎1体、殺人狼1体と接触。
生存した兵士達の証言によると、ガルムとの交戦中に統率者と思われる殺人虎が乱入。
兵士の1人が自らの命と引き換えに殺人虎の撃破に成功。
その後、駆けつけた黒士魔導騎士団の団長、『ツヴァイス・アーライム』及び副団長『シャウ・ラ・クラスカ』が応援に駆け付け、ガルムの掃討に成功する。
掃討成功後、鬼族の増援として殺人狼と対峙、ツヴァイス・アーライムとの交戦の末、殺人狼の討伐に成功し、鬼族の全滅を確認する。
周囲近辺を調べた所、オウリン奥地の泉にて人と鬼族の血を宿す得異種族『半鬼人』と接触。
ギルゴース・マグナイア指示のもと、兵士マイス・ローダによって王都へ護送され、現在は紫炎騎士団の監視下に置かれる。
なお、半鬼人である少女は自らをルリエと名乗るが、自らの出生などについては頑なに口を閉ざしている。
現在、半鬼人ルリエの処遇については審議中であるが一部の騎士・司祭達は「鬼族である以上、処刑は免れない」という意見が強く、尋問終了後にアインベルツ大聖堂・処断の間において大司祭アルフレット・バーティス並びに処断官2名により処刑をし血を清めることとす。
なお、限りなく人に近い鬼族の出現による混乱を避けるため、王都アインベルツ城下の民並びに他の六騎士団には内密にするよう紫炎騎士団及び黒士魔導騎士団に通達されたし━━━。
***
「話って何だよ?」
「おっ、君にしては時間ピッタリじゃないか」
「暇だっただけだよ。それよりも何で俺を呼んだんだよ、団長?」
「まぁまぁ、積もる話だからそこの椅子に腰掛けるといい」
「……はぁ~。どっこいせっと……で?」
「ふむ。実はキミを呼んだのには少し頼みたいことがあってね」
「ヤダ」
「まだ何も言ってないのに!?」
「どうせアンタのことだから面倒くさいことに決まってる」
「別に面倒なことじゃないよ。……実は、次の春に賢王院への出向が決まってね」
「賢王院……」
「しばらくは帰って来れそうにない。……そこでだ」
「……?」
「キミにこの黒士魔導騎士団の団長を頼みたい」
「……はっ?」
「キミにこの黒士魔導騎士団の団長を頼みたい」
「いや聞いたよ!? ってか何で俺なんだよ!」
「キミが適任と思ったから」
「寝言を……。冗談はその変態じみた格好だけにしろよな!?」
「コレ……私の普段着なんだけど……」
「尚更、悪いわ!!」
「まぁ、落ち着きたまえ。キミの言い分も分かる。いきなり団長になれと言われて、ほいそれと納得出来るものではない」
「・・・・・・」
「だが、私もキミに重荷を擦り付けようとしてるんじゃない。キミに団長としての器を備えていると思ったから頼んでいるんだ」
「……ねぇよ。俺にそんなもの……」
「そうかな、私にはそうは見えないが?」
「……落ちこぼれだぞ……俺」
「私の騎士団に落ちこぼれなどいない」
「……分かったようなこと……」
「分かる。だって私、団長だもの。少なくても私はキミ以上にキミのことを理解しているつもりだよ?」
「……格好つけやがって」
「団長だからこれぐらいは許してくれ。キミを私の騎士団に率いれたのもキミの才能を見込んでのことだからね」
「……チッ……」
「まぁ大丈夫大丈夫。私みたいな変人でも団長務めてきたんだからキミでも出来るよ」
「どういう意味だゴラァ!?」
「……さて、冗談は程々にして……キミの答えを聞きたい。もちろん、無理にとは言わない。私はキミの実力を見込んで頼んでいるに過ぎない。」
「・・・・・・」
「選ぶのはキミ自身だ、ツヴァイス・アーライム。この選択がキミの未来を変える」
『そう考えるとワクワクしないか?』
「……はぁ、分かったよ。乗ってやるよ、アンタの泥船稼業に」
「酷い言い草だ」
「俺のこと何でもお見通しなんだろ?」
「フッ……私が見込んだだけのことはあるな。……おめでとう、ツヴァイス・アーライム。今日から私とキミは『対等』だ」
「……アンタに負けるつもりはねぇ」
「ならば見通すといい、この世界を。そして、キミの手で変えるんだ、この『歪んだ理』を……」
***
「……ん」
目覚めるとそこは、やや酒の香りが漂う酒場だった。
テーブルには飲み残された酒が入ったグラスとボトル瓶がコルクが抜かれたまま置かれている。
「(寝ちまったか……)」
頭の中が徐々に冴えてくる。
記憶はまだはっきりしないが大方、任務の疲れを癒すためにここに来て酒を飲んでる間に寝てしまったのだろう……。
「(頭痛てぇ……)」
完全に飲みすぎたようだった。
「全く、酒飲んだまま爆睡するなんて。本当なら蹴飛ばして追い返してる所なんだけどね」
近くでややハキハキとした女性の声が聞こえ、頭を起こす。
「あっ、おはようございます……ルネさん」
「敬語使ったって酒代はチャラにならないよ」
ルネという女性はため息をつきながらツヴァイスに手痛い一言を突き付けた。
黒金髪の腰まで伸びたウェーブヘアーに深紅の「キモノ」と言われる服をやや肌蹴させて着ている。
見た目だけで言うなら、かなり風変わりな女性であった。
「いや手持ちが払う時にいつも無くて……」
「手持ちが無いくせに酒場に入ってくるなんていい度胸だねぇ」
ルネがキモノからはみ出る上乳の間から銀色のフォークを取り出し、今にもツヴァイスを刺そうと構える。
「いや怖いから!?」
「金払えないなら命で払ってもらうしかないねぇ」
フォークの先端をツヴァイスの喉元に向ける。
突きつけられるフォークから殺意を感じ、身の危険を感じる程に……。
「だめーーーーー!!」
一触即発の中、透き通った声と共にツヴァイスとルネの間に小さな影が割り込んでくる。
「おにいちゃんはリミリアとけっこんするから、おかあさんはてをだしちゃダメぇ!!」
そう言ってルネの前に小さな少女が立ちはだかる。
ルネよりもやや明るい白金髪で腰まで伸びたロングヘアー、翡翠色の瞳が印象的な少女だった。
「リミリア……こいつは止めときな。肩書きだけで中身はそこら辺のゴロツキと変わりゃしないよ」
「酷い言い草だな!?」
言いたい放題、罵ってくるルネにツヴァイスは堪らず声を荒らげる。
「でもきめたんだもん!リミリアはおおきくなったら、おにいちゃんとけっこんするって!」
そう言うと、リミリアはツヴァイスに笑顔を向ける。
その天使のような微笑みにツヴァイスも思わず調子を崩されてしまう。
「はぁ……旦那。どうしてウチの娘はこんな食い逃げ犯を好きになったんだろうねぇ? アタシの育て方が悪かったんだろうかねぇ?」
「そうだな」
「刺すよ?」
ルネは容赦なくフォークの先端をツヴァイスの喉元に向ける。
「冗談です」
「分かればよろしい」
ルネはスっとフォークを胸元に忍ばせる。
忍ばせる際、ルネはツヴァイスから感じたある違和感に気付く。
「リミリア。市場に行ってチーズ買ってきて。お釣りはあげるわ」
そう言ってリミリアに銀貨1枚を差し出す。
「うん! いってくるね!」
リミリアはやや駆け足気味に外へ飛び出していく。
「おにいちゃん、すぐかえるからまっててね!」
パタパタという駆け足が少しずつ遠ざかっていく。
「リミリアのフィアンセはいつになったら現れるんだろうなぁ?」
「言い出したらあの娘は頑固だからね……それよりもアンタ……」
ルネはツヴァイスの頭頂部から足先までを見つめる。
「アンタ……匂うよ」
「ん? あぁ……風呂入ってねぇから」
「そうじゃなくて……血の匂い。酒に紛れて分からなかったが今回のはかなりキツイ」
ツヴァイスは自らの匂いを嗅ぐ。血腥い匂いが身体と服から漂ってくる。
「……デカブツを一体殺ったからな」
ルネが手渡してきた水を1口飲む。
「リミリアに悪いことしたなぁ」
「あの子なりに気を遣ったんだよ。団長になってからちゃんと身体休めてるのかい?」
「それなりに」
「アテにならないねぇ」
ツヴァイスの顔には若干の疲れが見える。
慣れない団長仕事に、鬼族との戦闘……加えて黒士魔導騎士団という騎士団の中でも特異な部隊での重責が積み重なっていく。
「1回非番でも取ったらどうだい?」
「そうしたいんだがなぁ」
何かが気になる……。ツヴァイスはその正体を手探りで頭の中から手繰り寄せていく。
━━━ジャラ
「(ん?)」
ツヴァイスはポケットから1つのロケットペンダントを手に取る。
「何だいソレ?」
ルネがツヴァイスに尋ねるが、それに応えようとしない。
その瞬間、ツヴァイスの中で何かが晴れていくような気がした。
「ちょっと行く所がある」
「酒代は?」
「ツケで」
そう言ってルネから感じる殺意を無視して、ツヴァイスはある場所へと向かっていく。
***
穏やかな陽の光が城下町全体に降り注ぐ。
人は行き交い、至る所で市場が開かれ活気に満ちていた。
それは、人が人として生を謳歌出来る都。
━━━王都アインベルツ
世界の一端、レスティア大陸の中でも最大規模を誇るグレンス皇国の首都。
アインベルツ城 女王エリーザが統治し、政治・文化の発展を遂げていく中心地。
そして、アインベルツ城と同じく目を引くのが城と同時期に建てられ、壮大な景観で城下の民だけではなく多くの観光客で賑わうアインベルツ大聖堂もまた、王都を代表する古き建築物の1つであった。
その人々が賑わう中をツヴァイスはある場所に向かって一直線に歩いていく。
歩くこと数十分……、ツヴァイスはアインベルツで唯一と言われる小さな工房にたどり着いた。
「いらっしゃ~い」
やや気だるそうな返事が聞こえてくる。
「ってツヴァイスじゃないか」
「よぉ。少し見てみたいモンがあるんだ」
気だるそうだった店主はツヴァイスから渡されたペンダントを確認する。
「ほぅ……」
「中に何か入ってるみたいなんだが……開けれそうか?」
店主は少し考えた後……、
「ムリだな」
そうはっきりと断言した。
「何でだ?」
「特殊な細工が施してあって、ここにある器具じゃ開けれないんだ」
「……そうか」
ツヴァイスは少し残念がる。
「仮に開けられるとしたら……」
「……したら?」
「蜥蜴人間だな……」
「・・・・・・」
「いや冗談だぜ。さすがにアイツらの所に行くのはオススメしな……」
「また来る」
そう言ってツヴァイスは工房を後にする。
「おい、ツヴァイス……! マジかよ……」
「(今からなら間に合うな……)」
『蜥蜴人間』……。
それは文字通り、蜥蜴と人間の中間に値する種族でアインベルツから少し離れた窖という所に住む種族である。
人間とある程度の交易関係があり、人を襲う事もないため 鬼族とは呼称されていない。
しかし、その異様な姿に人々は恐怖し寄り付こうとはしなかった。
代わりに、手先が器用である彼らが作る武具や工芸品は人気が高く、人間の行商人が顔を出すことがある。
ツヴァイスも何度か出入りはしたことがあるが、あまり人間が住むのに適した場所ではない。
馬を飛ばして片道2時間弱……、少し距離がある。
もっと良い手段があるとしたら……。
「やぁ、ツヴァイス」
聞き覚えのある声にツヴァイスは振り向くと、そこには爽やかな笑顔を向け、こちらに手を振るシャウと何故かシャウの後ろを付いてくる女性達の姿があった。
「よぉ、シャウ。なに一個小隊みたいに女性引き連れてんだ?」
「あはは……何でか彼女達に挨拶したら後ろ付いてくるようになって……」
「シャウ様、素敵……」
「シャウ様、今度お茶でもしませんか?」
「シャウ様」
「シャウ様!」
「シャウ様……」
「何か怖い……」
ツヴァイスの本音が飛び出す。
「実は僕も少し困ってた所なんだ……」
そう言ってシャウも苦笑いを浮かべる。
端正な顔立ちに飾らない人柄、おまけに騎士……。
モテる理由は十分すぎるほどだった。
「(この女性達に黒士魔導騎士団って言っても全く理解されないんだろうな)」
アインベルツのみならず、レスティア大陸にその名を馳せる七炎騎士団とは対照的に黒士魔導騎士団はその名すら知らないものが多い。
それが幸か不幸か、騎士団単独で動く分には敵側に知られることも無く動きやすいが、何とも煮え切らない所がある。
「あっ、そうだ。シャウ、頼みがある」
「ん、何だい?」
「風鳥獣を貸してほしい」