プロローグ『~廃村オウリン討伐戦・3~』
激しく睨み合う両者……男は槍を構え、静かに闘志を滾らせる。
「待て……!お前で敵う相手では……!」
しかし、ガルムの群れが部隊長達を取り囲む。
邪魔をするなとでも言いたげに睨みつけた後、一斉に飛びかかる。
「くそっ……!ヘタレるな!命が惜しくば死力で臨め!!」
「は、はいっ!!」
部隊長の覇気の籠る一言に兵士達が傷ついた身体を振るい立たせる。
「邪魔者はお互いにいないということか」
1対1の局面となり、男は息を整える。
「……行くぞ……!」
地面を蹴り飛ばし、男はワータイガーへと槍を構え突っ込む。
ワータイガーもまた、脚を発条のように使い、一気に男との間合いを掴む。
━━ブンッッ!!
ワータイガーの肉で覆われた剛腕が男の頭上に振り下ろされる。
槍を盾に防ごうと試みるが……、
「……!!」
激しい地響きを立て、瓦礫が四方に飛び散る。
男の立っていた場所には窪みが出来上がり、ワータイガーの腕がめり込むように刺さっていた。
寸前で躱した男だが右手にはへし折れた槍の先端部分だけが残り、槍としての機能を失っている。
「噂通りの馬鹿力だな」
半身が折れた槍を手に男は身構える。
腕を静かに元の位置に戻すワータイガーには余裕すら感じさせる。
互いが互いの力量を見極める。そして次の出方を伺い続け、膠着状態に入った。
しばらくの間、沈黙し合う両者……。
しかし、男はその均衡を破り、ワータイガーに向かって駆け出す。
先ほどよりも疾く、ワータイガーとの距離を一気に詰める。
ワータイガーもまた、それに呼応するかのように耳を劈く雄叫びを上げ、男に飛びかかった。
風を切り、ワータイガーは自らの腕を男に向かって振り下ろす。
「遅い……!」
軌道を読み、確実に躱した男は槍をワータイガーの左肩を狙って突き刺す。
肉を抉り、血を飛ばしながら槍はワータイガーの左肩を貫通する。
灼ける痛みに耳が麻痺しそうな程の叫び声を上げるワータイガー。
その痛みから逃れるために右腕を男の腹めがけて打ちつける。
「ぐっ……!」
激しい衝撃と共に男は大きく吹き飛ばされ、蛻の殻と化した家に身体を叩き付けられる。
身体を覆う鉄甲冑は紙のようにへし曲がり、吹き飛ばされる。そして、その衝撃は男の肉体にまで行き渡り、口から血を吐き出す。
息が苦しい……。
身体の内部から沸き立つ痛みに汗が止まらなくなる。
だが、男は再び立ち上がる。
左肩に突き刺さった槍を引き抜き、ワータイガーはそれを投げ捨てた。
男にとって唯一の武器であった槍を失い、彼の勝利は絶望的ともいえる。
「……さす……がに……ガルムを……従……える……だけは……ある……な」
喋る度に口から血が滴り落ちる。
視界も歪み、足元が覚束無い。
回復薬もあるがもはや、そんな物で治る傷ではないことはすぐに分かった。
「おい」
男は回復薬を部隊長と共に戦う兵士に向かって投げ入れる。
「えっ……コレは……」
「俺にはもう……必要無い」
そう言うと、男はポケットから木筒が数本括り付けられた何かを取り出す。
「死ぬなら……1人で死ね。だが……命を捨てるなら敵を巻き込め……か。なるほど……消耗品の俺達に相応しい……最期だ……」
男はワータイガーに突っ込む。その途中、男は1本のマッチ棒に火を点け、それを木筒に取り付けられた紐に点火する。
紐が少しずつその短い命を燃え散らす。
「よせ……」
ワータイガーは突っ込んでくる男を迎え撃つための準備を整える。
「やめろォォ!!」
だが、もうその声は男には届かない。
そして、ワータイガーはその鋭い爪を生やした腕を男の腹に突き入れる。
黄金色の体毛は血で染まり、地面に血が流れ落ちていく。
「……よぉ……」
男は火の点いた爆薬をワータイガーの口に突っ込む。
逃れようと踠こうとするワータイガーだが、男は左手でワータイガーの身体を押さえ、身動きを取れなくする。
「どうだ……怖いか……?」
ワータイガーは男を睨み付ける。
「俺も……怖かった……。だが……これでやっと……一矢報いる……ことが……でき……る」
火の点いた紐はその姿を完全に消失しようとしていた。
「見えるか……死の、光が……」
耳が張り裂ける程の激しい爆発音が村一帯を包み込む。
その衝撃に兵士達、またガルム達は吹き飛ばされ、その威力を震撼させられる。
やがて、衝撃は治まっていき爆発の中心部には黒く焦げた跡だけが残っていく。
そこには、衝撃により罅が入り、主を失った鉄兜が転がっていた。
「……馬鹿野郎」
兵士達はやり場のない悲しみに満たされるが……、
━━アオォォォォォォォン・・・!!
ガルムの遠吠えで兵士達は我に返る。
1匹また2匹と続いて遠吠えが続く異様な光景を目の当たりにしていく。
「……何だ?」
兵士達は動揺の色を隠せないが、部隊長はその意味を理解し、歯を食いしばる。
「仲間を……呼んでいるのか……!!」
その言葉に兵士達の顔に絶望の色が滲む。
兵士達の疲弊は限界に来ている状態での敵の増援……。
それはまさしく、『死』を意味していた。
「冗談だろ……?」
打ちひしがれる。
男に渡された回復薬を持ってしても乗り越えられるとは思えない。
だが、部隊長のみは決然と前へ出る。
「怯むな、生きたくば最後の最期まで抗ってみせろ」
大剣を構え、闘志を滾らせる。
その気迫に数匹のガルムは後退りを行う。
「……?」
ガルムの1匹が辺りの様子を窺う。
そして、それは他のガルムにも伝わり耳を攲てる。
「(何だ……様子がおかしい……?)」
ガルムの様子を不審に思い、部隊長も辺りを窺う。
何処からか、微かにだが馬が地面を駆ける音が聞こえる。
それは徐々に近づき……そして、それは部隊長の所まで迫る勢いで飛び込んできた。
「……!!」
部隊長はその馬に乗る騎手が着用する服に驚愕する。
巨大な黒十字を抱く白い翼を生やした女性の紋章。
部隊長はそれに見覚えがあった。
「黒士魔導騎士団か……」