プロローグ『~廃村オウリン討伐戦・2~』
歩き始めて数分……、
明かり1つない廃墟となったオウリンへ近付く度に緊張感と恐怖が身に纏い始める。
足が重い……しかし、今更逃げ出すことも出来ず少しづつ歩を進める。
そして、兵士達はオウリンの正門近くまで足を踏み入れる。
「静かなモンだなぁ……」
人どころか獣の生気すら感じない静けさを保つ。
それはある意味、獣狩りと聞いて集った兵士達の集中力を削ぐ形となった。
「本当に鬼族なんているかよ?」
後続の若い声の兵士が唾を平原に吐き捨てる。
兵士一同が拍子抜けする中、1人の男が兵士達の間を割って入る。
「良いことを教えてやろう」
「んあっ?」
唾を吐き捨てた男の前に屈強な体つきをした男性が立つ。
兵士達を束ねる部隊長にして、他の兵士とは違う威圧感を与える。
その証拠に、彼が身に着けた鎧兜には幾多もの旧い傷が浮かび上がる。
その鎧から覗かせる肉体にも痛々しい生傷が彫られている事からも多くの修羅場をくぐり抜けてきたことが窺えた。
「小僧」
「ぁ……あぁん?」
唾吐きの男はやや警戒しながら屈強な男性を見つめる。
「常に緊張感を持て。気を緩め、自らの力量も分からずに戦場で阿呆みたいに玩具を振り回しているだけの奴から真っ先に死んでいく……お前のようにな。」
唾吐きの男は「ぐっ……!」と苦虫を噛み潰したような声を出すが反論はしない。
蛇に睨まれた蛙とは、今の彼に相応しい言葉であった。
「お前達もだ。兵士として雇われたなら、それ相応の気概を持て。味方の足を引っ張るな、死ぬなら1人で死ね、だが命を捨てるなら敵を巻き込め。敵の死体が……お前達の墓標だ。」
兵士達は息を呑んだ。胸を圧迫されるような一言一言に、この場から逃げ出したくなる。
逃げ出すのは簡単だろう。だが果たして、この男に背を向けられるのか……?
それは兵士として……男として……恥ずべき行為なのではないか……?
そう錯覚させられる。
「陣列を組む。剣撃兵は前衛、弓撃兵は後衛だ」
「忘れるなよ、お前達はもう虎穴の中に足を踏み入れた事を……」
隊列を組んで屈強な男性を先頭に村の中へと入っていく。
幾多の失敗を繰り返し、長年の苦労が報われた畑も……団欒に家族との時間を過ごす家も今となっては寂れ、崩れ・・・今や過去の遺物と化していた。
兵士達はその中を少しずつ前へと進む。
「気味が悪いな……」
思わず本音を漏らすが誰もがそう思っていたのだろう。反論する者が1人もいない。
数分後には村の中枢にたどり着くが、何の気配も感じない。
「妙だ……」
屈強な男性は辺りを見回す。
予想に反する状況に少し困惑しているようにも見えた。
「俺達にビビって逃げ出したとか?」
「それはない」
パンをくれた男が真っ向から否定する。
「見ろ」
パンをくれた男は地面を指差す。
そこには真新しい足跡が残っていた。
「この足跡は人間のものじゃない。狼……或いはそれに付随する何か……」
そこで彼は口を濁す。
「おっ……」
唾吐き男は何かを見つけたのか列から離れる。
「何だよ、何か知ってんのか?」
パンをくれた男に問い詰める。
「……何だこりゃ?」
唾吐き男の目にある物が姿を現す。
無数に積まれた……人間の……頭蓋骨。
━━グルルルルルルルゥゥ……!!
「えっ……!?」
「殺人虎がいる……!」
「ワータイ……、」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
断末魔の悲鳴が村中に響き渡る。
兵士達はその声に驚き、体が震えて息が荒くなっていく。
「……!!」
屈強な男性は声がした方向へ向かうと、そこには先ほどまで虚勢を張っていた男の変わり果てた死体が転がっていた。
そして、その上には赤黒い体毛をした狼よりもやや小柄な獣が馬乗りになっている。
「狂犬……!」
その声に気付き、ガルムは屈強な男性の方へと振り返り、睨み付ける。
その目に慈悲など微塵もなく、新たな獲物を見つけるや否や、踵を返してこちらへ向かってきた。
低い唸り声と共に鋭い牙を屈強な男性に突き立てる。
しかし、それを軽く躱し、背負っていた自分の背丈と同じ長さほどある大剣をガルムに向かって振り下ろす。
鈍い音を立て、ガルムの身体は真っ直ぐに圧し潰される。
「うわあぁぁぁぁぁぁ!!」
静けさは一転して、兵士達の悲鳴が飛び交う地獄と化した。
「ちぃっ・・・!!」
屈強な男性は大剣を振り上げ、肩に担ぐと兵士達の所に戻る。
村の中枢、そこには兵士達と共に獲物が来るのを待ち構えていたかのように数匹のガルム達が唸り声を上げて威嚇した。
「コイツら……どこから……!?」
「待ち伏せされたな……。」
パンをくれた男は自らの得物を構える。
自分の背丈よりも少し低く、先端には鋭く尖っている石が括り付けられた槍だった。
「俺の故郷に土足で踏み入るな……!」
言い終えた瞬間、ガルム達は男に向かって駆け出す。
1匹、2匹と鋭い牙を抉り出し、男に突き立てようとする。
しかし、それを容易く躱して突っ込んできたガルムの口を狙って槍を突き放つ。
口から身体へと貫通した槍の一撃でガルムの足は垂れ、息絶えた。
それを引き抜き、次のガルムへと狙いを定める。
「うおおおりゃぁぁぁぁ!!」
飛びかかってきたガルム目がけて、全長70cm弱の剣を振り下ろす。身体を引き裂かれ、地に伏せるガルム。
他の兵士達も応戦するが、連携もせずに個の力だけで挑む兵士達と、連携を行い集団で襲うガルム……どちらが優勢かは明白であった。
一人また一人とガルムの牙の前にその命を燃え散らす。
「(クソ! クソ!! 何でだよ、何で……!!)」
潰しても潰しても沸いてくる。
ある程度の実戦経験は積んでいた。しかし、それはあくまで人と人の争いの場合である。
常識が一切通用しない獣の前では、一切役に立たない。
自信が絶望に変わる……血の気が引いていく感じがした。
━━━グルルゥゥゥゥゥ!!!
1匹のガルムがそれを見越してか、背後から襲いかかる。
「……!!」
気付いた時にはもう遅い。その牙が甲冑と甲冑の間に出来た僅かな肉が露出した部分を狙う。
餌を得るためにこの部隊に志願したのに、自分が餌になるとは何とも皮肉な話である。
「(俺……死ぬんだ……。)」
死への覚悟が徐々に定まっていく。
だが……、
━━ブォン!!
風を切り、1本の槍がガルムを横から串刺しにする。
「死ぬにはまだ早いぞ」
そこには、ガルムの血を浴びたパンをくれた男が立っていた。
「あ……あぁ~」
身体から力が抜けていく。死への恐怖から少し解放され地面にヘタリ込んでしまう。
「人は脆い」
ガルムから槍を引き抜く。
「脆い上に傲慢」
槍を振るい、血を吹き飛ばす。
「常に強者であろうとする」
パンをくれた男はガルムの集団を見据える。
「だが忘れてはいけない」
槍を静かに構える。
「人は常に━━」
ガルム達がパンをくれた男に向かって駆け出す。
「絶対的弱者だ」
━━ブンッッ!!
風を圧し潰し、ガルム達目がけて槍を突き立てる。
1匹また2匹とガルムの身体に槍が突き刺さっていく。
たった1人でガルムの群れを圧倒するその様は『鬼神』と呼ぶに相応しかった。
「……すげぇ」
思わず呆気にとられてしまう。
「お前達、無事か!?」
背後から男性の声がして振り返る。
そこには、部隊長である男性が血を纏った大剣を手に走ってきていた。
「むっ……!」
部隊長は1人でガルムに奮戦する男を捉える。
死体の山を作りながら次々とガルムに槍を突き刺していく。
その様子を見たガルム達は少しずつ後退をしていった。
「次は……どいつだ?」
鎧兜で目は隠れていたが、その目は明らかに殺意で満ちていた。普通の人間なら怖気付き、腰を抜かすほどに……。
地面を叩くように歩く足音……その主がガルム達の間を割って入り、男と対峙する。
「お前が頭領か……」
男の目の前に立つ黄金色の毛並みを持つ二足歩行の虎。鋭い爪に磨きがかった牙……、ガルムとは比べ物にならないほどに太い剛腕。
それを知る者はこう呼ぶ。
「殺人虎」と……。