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嘘実の魔導人生(ソーサリーライフ)  作者: 纏
第一章 『Knight meets girl』
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第6話 『とある田舎娘の出世話・1』


 虚偽の記載……それは騎士団からの信用を無くす背任行為。

 そして、背任行為は騎士団、そして王都に剣を突き立て反逆行為を示したのと同様の行いである。

 その処罰は軽くて騎士団追放、最悪の場合は死罪というケースも考えられた。

 それが普通の街出身なら軽罰で済んだであろう。

 だが、彼女は違った。

 彼女は普通の街の産まれではない。

 彼女の産まれた場所は、騎士団にとって最も厄介な障害と呼べる貴族の住まう土地。

 そんな人間が騎士団に潜り込んだのだ。疑いをかけられても仕方がなかった。

 覚悟は出来ている……本当はここで終わりたくない。

 やりたい事は山ほどあるけれど、ここで終わってしまうのならそれが……私の……運命。


「あなたを騎士団長に任命しようと思っています」


「……え?」


 今、何と? 色々な事を考えすぎて頭がおかしくなってしまったのだろうか?


「オランディ・エクレール。あなたを次期聖炎騎士団長に任命しようと思っています」


「……ご冗談ですよね?」


「いいえ、本気ですよ?」


「私、ジバルエ出身なんですよ?」


「はい、存じ上げています」


「騎士団と敵対しているんですよ?」


「そうですね、確かに……」


「団長になれるわけないですよね?」


「ですが、次期団長候補は現団長が任命することになっていますので……」


「でも、私……!?」


「ジバルエ出身がそんなに気になっているのか?」


 横からサクヤが不思議そうに尋ねてくる。


「……はい、そうです……」


「そんなことはどうでもいい」


(どうでも!?)


「問題なのは次期団長となるべき人間が虚偽の記載をしていることが問題なのだ」


「いや、あの……だってサクヤ副団長……私、間者だって疑われてましたよね?」


「……そんなこと、一言も言っていないが……?」


「えっ!?」


「いや、私が聞きたかったのは、ジバルエ出身ということで周りから奇異の目で見られる可能性があるのに何故そこまでして騎士になりたかったか? ということだ」


「……あっ……」


 全ては自分の早とちりであった。

 そう思うと一気に身体から力が抜けていく……。

 そして、気の抜けた口からポツリポツリと言葉が漏れ出していった。


「私が騎士を志した理由は……ウタンで共に過ごした親友がきっかけです」


「前に話したツヴァイスという者のことか……?」


 オランディは縦に頷く。


「その人はいつも私よりも前を進んでて、いつも私はその人の後ろを付いていくのがやっとでした」


 オランディは話を続ける。


「いつかは隣に並んで歩きたい。それがその時の私の一番の願いでした。そして、ある時にその人が騎士になると言ったんです。

 最初は私が騎士になんてなれるはずがないと思っていたんです。だけど、みんなはどんどん遠くへ行って、私だけ取り残されて……。このままじゃ隣に並んで一緒に歩くなんて事は叶わないかもしれない。

 そう思った瞬間、私の決意が固まったんです。自分も騎士になりたいと……。ひょっとしたら、その人よりも困難な道になるかもしれない……。それでも、私は私の夢を捨てることは出来ませんでした。騎士になっていつか、あの人の隣を歩けるくらいに強くなって、支える事が出来る人になろう……と。だから……私は騎士になると……」


「分かりました。もう大丈夫ですよ。話してくれてありがとうございます」


 リーヴェはオランディの肩に優しく手を置き、サクヤは言葉を続ける。


「お前の思いは分かった。だが、騎士として大成するのは容易いことではない。それでも騎士を志すと……?」


「……はい」


「団長の任を受けることは?」


「それは……」


 オランディは少し言葉に詰まった。


「事は急ぎません。ゆっくり考えてみてください」


 オランディは「はい……」と頷き、顔を俯けた。


「ああ、それとお前の言っていたツヴァイスという者の事だが、どうも黒士魔導騎士団(こくしまどうきしだん)に所属してる騎士かもしれん」


「黒士魔導騎士団?」


「一応は騎士団なんだが、あそこは実情が掴めん部分があってな。騎士団の中でもはみ出しものとして扱われてるんだ」


「そうなんですか……」


 そんな所に(ツヴァイス)が……?

 にわかに信じがたい部分はあったが、それでも騎士として頑張っているツヴァイスの事を知ることが出来て、オランディは安堵の表情を見せた。


***


━━━王都アインベルツ・城下町


「ルネさん、今日も来たよ」


「出会い目的での来店なら即刻、店から出てってもらうよ」


「違うって!」


 酒場だというのに昼間から騒々しい。

 そこはアインベルツ内でも評判の高い酒場。

 女店主のルネはやや男勝りな部分はあるが飾り気がなく、オブラートに包まずにグサグサと痛いところを突いてくるその姿に客達は親近感を覚え、店というより半ば、家という感じでここに訪れにやって来る。


「はぁ……」


 そんな慌ただしい店内で深く大きなため息をつく女性が一人、テーブルに置かれたパンの上に、火で炙って溶けたチーズがパン全体をコーティングするチーズトーストと睨み合いを続けていた。


「口に合わなかったかい?」


 ルネはそんなオランディを見て声をかけた。


「あっ、いえ……そういうわけでは……」


「ふふっ、冗談だよ。何か考え事してるのは丸分かりさ」


「……すみません」


 オランディは考えるのを後回しにしてチーズトーストを口に頬張る。


「アンタ騎士だろ?」


「あっ……はい……」


「あんま肩肘張らないようにね。それでダメになった騎士をアタシは何人も見てきたから」


「……はい」


 やや気の抜けたような返事をするオランディ。


「はいこれ、サービス」


 そう言うとルネはオランディのテーブルに一杯のアイスコーヒーを置く。


「あ、ありがとうございます」


 お礼をするオランディにルネはフフッと笑い、騒がしい客のテーブルへと踵を返していった。


━━━ガチャ


「いらっしゃいって、なんだアンタか……」


「なんだとは何だよ!?」


「いやもっと金を落としてくれる客を期待してたから……」


「それ、客前で言っていい台詞なのか?」


「はいはい悪かったね。空いてる席に座りな」


 ルネは席を適当に指差してその場を後にした。

 やや不満げな客は、指差したその先に見知った顔を見つけ、声をかける。


「らしくない顔してるじゃないか?」


 その声にオランディは振り返ると……、

「……!!」


 そこには、彼がいた。

 今、最もオランディが合いたいと思っていた彼が……、


「ツヴァイスくん……!!」


「よぉ。何でそんな泣きそうな顔になってるんだ?」


「だって……だって……」


「アンタなに泣かしてんの?」


 ルネはツヴァイスを虫を見るような目で見つめてくる。


「俺何もしてないから……」


 オランディが泣き止むまでの間、まるで犯罪者を問い詰めるかのようにルネはツヴァイスを尋問し続ける。


 ようやく気持ちを落ち着かせたオランディが見たのはテーブルに突っ伏し、「俺は悪くねぇ……俺は悪くねぇ……」とボソボソと呟くツヴァイスの姿であった。


「ご、ごめんね。急に取り乱したりして……」


「いや、別にいい。この店来ると大体、ロクでもない目に遭うから」


「聞こえてるよ、そこ」


 遠くからルネの声が聞こえ、ツヴァイスは思わず背筋をピンと伸ばす。


「ふふっ、元気そうで良かった」


「おかげさまで何とかやっていけてるよ……」


「はい、ハムレタスサンド」


 ルネはツヴァイスが注文した、やたらとレタスが分厚く挟まりハムがどこにあるのかも分からないサンドウィッチをツヴァイスの前に置いて厨房へと帰っていく。


「あっ、どうもッス」


 ツヴァイスはサンドウィッチを一口頬張る。


「そっちは?」


「えっ?」


「ん、いやぁ……最近の調子は?」


「あっ……うん。何とか頑張ってるよ。今日、団長にならないか? って言われて少し困惑してるけど……」


「一緒だな」


「えっ……?」


「俺も団長に任命された。三日前にだけど」


「そうなんだ……」


 驚きという感情は特に無かった。

 (ツヴァイス)の力量はオランディ自身が一番よく理解している。

 本当なら祝いの一言でもかけたかったのだが……、


「で?」


「えっ?」


「お前どうすんの?」


「私は……」


 正直、実感がない。

 むしろ、自身にそんな実力があるとは到底思えなかった。


「まだ騎士になって半年しか経ってないんだよ?」


「うん……」


「他よりも騎士歴長くて優秀な人達はいっぱいあるのに、どうして私なんだろうって……」


 オランディは俯いて考え込む。


「そりゃ、お前……そいつらには素質が無くて、お前には団長になる素質があったってだけの話じゃねぇの?」


「……えっ?」


「そいつが何年かかってもなれなかったモノに、お前は半年でなれるんだ。それってお前にその素質があるからじゃないのか?」


「それは……」


 正直、どう返事していいか分からない。

 私に素質? 今まで、誰かの後ろを歩いてきた自分に誰かを引っ張る素質があるとは到底考えられなかった。


「まぁ、俺もお前には素質あると思うし」


「えっ!?」


「見る目あるんじゃないの、その団長さんは」


「・・・・・・」


 ツヴァイスは水を口に流し込む。


「まっ、あとは自分が決めることだなぁ」


 そして、一気にサンドイッチを口に放り込んだ。


「……うん」


 こりゃ、相当の負担材料になってるな……とツヴァイスがオランディの顔を覗き込む。


「ツヴァイスくんは迷わなかった? 団長になること……」


 ツヴァイスはう~んと少し考えた後……、


「少し悩んだよ。ただ…俺には兄貴(・・)を探すっていう名目があるからな」


「あっ……」


 オランディはふと我に返った。


「ごめんね、私のことばかり……」


「いやいいよ。久しぶりにお前と話せて良かったし……無理強いはしないから少し考えてみてもいいかもな」


「うん……」


 ややぶっきらぼうなツヴァイスの言葉。

 しかし、その声を聞いて安堵する自分がそこにいる。

 元々、あまり人と話すのは得意な方ではない。

 ウルナとツヴァイスが特別(・・)だったのだ。

 二人はこんな自分に声をかけてくれた。

 そして、少しずつだが彼らと打ち解け合い、一緒にいるのが当たり前のようになっていく。

 それはウルナの失踪という事件がきっかけで脆くも崩れてしまったが……。


『もし、ウルナさんが騎士になると言わずに村に居てくれたら……』


 たまにそんな考えが頭を(よぎ)る。

 分かってはいる。

 ウルナが自ら選んで進んだ道だということは……。

 止めようが無かったのに、そんな考えが浮かぶ自分に少し苛立つ。

 さらに、奇しくもウルナが目標としていた場所に自分が立とうとしているのだ。

 葛藤で頭がグチャグチャになりそうになる。


『自分を肯定しろ。否定すれば、人は死ぬ』


 サクヤのあの一言を思い出した。


(私は……)


「おにいちゃ~ん!」


 幼さを残す少女の声が店内に響き渡る。

 パタパタと音を立てて、オランディの前方にいるツヴァイスに小さな影が飛び付いた。


「よう、リミリア。少し見ない間に元気になったじゃないか」


「えへへ……」


 リミリアが、はにかみながらツヴァイスに笑顔を向ける。

 突然のことで状況がよく分からなくなるオランディ。


「ああ、この子はこの店の店主・ルネさんの娘のリミリア」


 ツヴァイスが淡々と説明をし、リミリアはオランディにペコリと頭を下げる。


「リミリア・ハーテットです。おにいちゃんのおよめさんです!」


「違う」「えぇ~!?」


 リミリアの発言に二人が一斉に否定と驚きの声を上げた。


「リミリア。その新人騎士さんを困らせるんじゃないの。それと、そいつは止めときな。ガラが悪すぎる」


「酷くないッスか、それ?」


 ツヴァイスとルネのやり取りを見てオランディに一つの疑問が浮かぶ。


「あの……皆さんの関係って?」


「ああ、実はアタシの旦那が行商中に鬼族(オウガ)に襲われてね……。んで、近くにいたツヴァイス達が救援してくれたんだけど……」


 ルネはそこまで話して息を整える。


「父親亡くして意気消沈してたリミリアをコイツが傍に来て励まし続けてくれたんだよ」


「そうだったんですか……」


 オランディはリミリアの顔を見つめる。

 歳は10歳くらいだろうか。

 笑顔が映えるこの幼い()にそんな過去があったとは……。

 自分がいかに壁に囲まれた世界で生きてきたのかと考えると胸が締め付けられそうになる。


「それからだよ。この娘がこんなこと言い始めたのは……」


 ルネがツヴァイスを睨み付けた。


「アンタ、この娘に変なことしてないだろうねぇ?」


「するわけないだろぉ!?」


「へんなことって? きすとか、はぐとか、えっちとか?」


 リミリアの歯に衣着せない発言にリミリア以外の三人が凍り付いた。


「リミリア? どこでそんな言葉覚えたんだい?」


「バッシュくんがいってたよ。おとなになったら、おとこのひととおんなのひとはえっちなことするんだって」


「ちょっとそのバッシュくん連れてきな。シバいてあげるから」


「落ち着けルネさん。子供の戯言(たわごと)だから」


 誰もいない……しかし確実にルネには見えているバッシュくんの幻に向かって、フォークを突き刺そうとするルネをツヴァイスは抑えにかかる。


「アンタよりそのマセガキの方が害悪だよ!」


「さりげなく俺まで(けな)しにかかるの止めてもらっていいですか!?」


 取っ組み合いを始める2人をリミリアは楽しそうに見つめていた。

 その様子をオランディはただ静かに眺める。


(ツヴァイスくんは前に進んでる……私は……私の果たすべき使命は……)


 静かに決意を固める。

 瞳には覚悟の色を映し出す。

 彼女の中で何かが一皮剥けていった。



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