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嘘実の魔導人生(ソーサリーライフ)  作者: 纏
第一章 『Knight meets girl』
14/88

第4話『とある田舎娘の過去話・2』


4月27日

[ツヴァイス、元気にしているか? こっちは騎士としての修練に励んでる。

身体はもうボロボロになるくらい剣の稽古や座学で寝る暇も惜しいくらいだ。

だけど、自分が少しずつ強くなってきている……そんな気がするんだよ。

そっちの調子はどうだ? オランディと仲良くやってるか?

いつ帰れるかなんてまったく分からないけど、いつかお前と酒でも飲みながら色んな思い出話聞かせてやるから楽しみに待ってろよ]


6月3日

[聞いてくれよツヴァイス! 俺……俺、騎士団の配属先が決まったんだ!

しかも、配属になった騎士団はアインベルツ最強とも言われる紫炎騎士団なんだよ!

俺……嬉しくて、やっと少しずつ前へ進み始めたって実感湧いて……。団長のドラベルさんもすごく優しい人なんだ。

俺……頑張るから……絶対に誰の目にも恥じることのない騎士になってみせるから楽しみに待ってろよ……ツヴァイス]


7月16日

[ツヴァイス……今日、初めて鬼族(オウガ)と戦ったんだ。正直、それまでは鬼族(オウガ)なんて大したことないって思ってた。

だけど、俺が間違ってた。ヤツら、本気で俺達を殺しにかかってくるんだ。騎士団で仲が良かった人がいるんだけど、鬼族(オウガ)に殺されて……。

副団長のギルゴースさんは『グレンスのために死ねて彼も本望だっただろう』って言うけど、本当にそうなんだろうか? 生きてる人間はそう言えるけど、死んだ人間はそんな一言で片付けられるのだろうか? 気にしすぎたら身体が持たないとも言われた。

それでも、俺もいつか死ぬかもしれないと考えると死が途端に怖くなった。

ごめん、こんな話して……。また手紙送るから]


9月19日

[ツヴァイス……また目の前で俺の仲間が死んだよ……。

助けられなかった……助けようと思ったら出来たはずなのに……見殺しにしたんだ。最低だろ?

「何て不甲斐ない兄貴なんだ!」って罵ってくれ。

……騎士になったら俺の守りたい人を守れる強さが手に入る……そう思ってたんだ。だけど、誰一人俺は守れなかった。

……人って、あんな簡単に死ぬんだって思い知らされた。

また手紙送るよ……]


10月8日

[ツヴァイス。もし、俺に何かあったらオランディのことを頼む。

こんな情けない兄でごめん。

お前は、お前の道を進んでくれ……応援してるから]


***


「あれからウルナくんから手紙来た?」


 かつて三人で共に笑い合った丘でオランディとツヴァイスは佇む。


「いや、まったく……」


 ツヴァイスはウルナから送られてきた手紙に目を通す。

 最後に送られてきた手紙は10月8日……それ以降、ウルナからの手紙は来ないまま三ヶ月が経過しようとしていた。


「何かあったんじゃ……」


 オランディは不安げな表情を見せる。

 ツヴァイスは何も言わず、手紙から視線を逸らして村を一望した。

 悩んでいたことは手紙の内容から見ても明白であり、その様子を見兼ねて、ツヴァイスもそんなウルナを励まし続けていたが……、


(何してんだよ……バカ兄貴)


 すると、村の方へと馬に跨る騎士の姿が垣間見えた。


「あれは……?」


 オランディも騎士の存在に気づく。


「・・・・・・」


 一抹の不安がツヴァイスの頭を()ぎり、オランディと共に村へと駆け出していく。


「わざわざ、騎士様がこんな辺鄙(へんぴ)な村にお越しくださって……何かございましたか?」


 ウタン村の村長が緊張気味に黒の外套を纏った騎士に話しかける。


「ここにウルナ・アーライムの弟が居ると聞いて来たが相違は無いか?」


 騎士が村長の目をジッと見ながら尋ねる。

 そのなんとも言い難い威圧感に村長は思わず萎縮してしまう。


「ウ、ウルナというと……ツヴァ……、」

「俺に何か用か?」


 村長が言い終わる前にツヴァイスは騎士達の前に立つ。

ツヴァイスの顔を見るなり騎士達が騒めく。


「君がウルナ・アーライムの弟か。……なるほど、よく似ている」


 騎士達の間から1人の男性と思われる騎士が姿を現す。


「……はぁっ?」

「…………えっ?」


 ツヴァイスとオランディは思わずその騎士の容姿に目が留まった。

 顔と上半身は黄金色といってもいいキラキラと輝くゴツゴツとした鎧を身に纏っているが、下半身が……、


(下着……?)


 下半身は鎧というものを一切身に付けず、股間と臀部を覆う逆三角形の白い布1枚を穿いているだけという出で立ち……。

 股間の膨らみを見るからに、男性ということは理解出来たが、どこをどう見ても変質者の格好に違いはなかった。


「なんだ……アンタ……?」


 ツヴァイスが顔を(しか)めながら尋ねる。


「私かい? 私の名はマスク・ド・Ω(オメガ)」

「…………はっ?」

「私の名はマスク・ド・Ω(オメガ)」

「いや聞いたよ!? じゃなくてアンタが何者かって俺は聞いてんだよ!?」

「騎士だよ」

「どこがだよ!?」

「いやほら、ちゃんと騎士鎧着てるし……」

「下はどうした!? 忘れてきたとか言うんじゃないよなぁ!?」

「あ~下は暑いからね。今頃、部屋の隅っこで埃被ってるかもね」

(なんだコイツ……)


 これが騎士?

 騎士ってもう少し(おごそ)かな感じじゃないのか……?

 ツヴァイスは若干パニックに陥ってしまう。


「そのおかげでほら、下はすごく快適なんだけどね、動きやすくて」


 マスクドなんちゃらは足を軽快に動かして機動性と変態力をアピールしてくる。


「……その変態が俺に何の用で?」

「あっ、そうだそうだ。肝心なことを言うのを抜かっていたね」


 マスクドなんちゃらは足の動きを止めてこちらに視線を向ける。


「・・・・・・」


 顔は鎧でよく見えないが鎧越しにこちらを見る目に思わず身体を強ばらせる。


「君の兄、ウルナ・アーライムが失踪した」

「…………えっ?」


 それは恐らく死亡の次に聞きたくない言葉だった。


***


「(二人は何を話してるんだろう……)」


 ツヴァイスとマスクドは二人で話すために、兄弟達が過ごしていた家に入り、他の騎士達は昼寝をしたり談笑をしたりして、それぞれの時間を過ごしている。

 オランディはこっそりと近付こうとすると……、


「オランディ……」


 背後からの声に思わずオランディの身体はビクッとなり後ろを振り返った。


「……お父さん?」


 そこには、家に近付こうとする彼女を慌てて止めようとオランディの父親が近づいてくる。


「止めておきなさい」

「……でも」


 オランディはそれでも気になってしまい、ツヴァイス達の家へと視線を向けた。


「悪いことは言わない。騎士に……関わるのだけは止めなさい」


***


「ここで君達は暮らしていたのか……」


 やや埃が舞う家をマスクドはゆっくりと探索していく。


「それで……本当なのか? 兄貴が失踪したって……」


 ツヴァイスは不審者を見るような目つきでマスクドに尋ねる。


「……一週間くらい前の話だ。ウルナは突如として姿を消した。紫炎騎士団の何人かを叩き伏せてね……」

「……信じられないな」


 ツヴァイスは顔つきは変えなかったが、内心は驚きを隠せなかった。


「まぁ、そう言うのも無理ないだろうね。だけど、ウルナが危害を加えるのを見たという者もいる。騎士団としてはその声を無視することも出来ない」


 マスクドは立ち止まりツヴァイスの方を見つめる。


「そこでウルナがよく手紙を送り合っていたいう弟の噂を聞いてね。キミなら何か知っているんじゃないかと思ってここに来たんだ」

「……といってもなぁ……」


 ツヴァイスは少し考え込む。

 気になることは無い……わけではなかった。


「最近、兄貴は騎士について悩んでた。自分に自信を無くしているような……」


 最近の手紙でのやり取りの事をツヴァイスは、マスクドに掻い摘んで話していった。


「……そうか。騎士になったら誰しもが通る壁だ。それを気にせず突っ走る騎士もいれば君の兄のように惑い迷わされる者もいる」


 マスクドは近くの椅子に座り込む。


「紫炎騎士団は表向きは最強と謳われているが、戦闘後の精神的ケアについては他の騎士団よりも劣っている所があるからね」

「……兄貴はどうなるんだ?」


 ツヴァイスは少し不安げに尋ねる。


「今は他の騎士団が捜索をしているが、仮に生きて捕縛出来たとしても彼が騎士に戻れることはないだろう」

「……そう……かよ」


 ツヴァイスは俯き、やり場のない感情を必死に押し殺す。


「すまない、キツイことを言って。だが、弟である君だからこそ事実は伝えておかなくてはいけない」


 そう言ってマスクドは立ち上がろうとすると、本棚に置かれた1冊の本が目に入る。


「いや、正直に話してくれて助かった……」


 ツヴァイスはマスクドに向かって頭を下げようとすると……、


「何してんだアンタ?」


 ツヴァイスの前方にはボロボロの分厚い本のページをペラペラとめくるマスクドの姿があった。


「ん? いや珍しい本があると思ってね」

「珍しい?」


 ツヴァイスが本を確認すると、それはウルナに押し付ける事が出来なかった魔導書が広げられている。


「ああ、それ……俺達の親父が市場で買ってきたものだよ。大体の内容覚えてるけど」

「覚えてる? この本の内容を?」

「ああ、暇だったから穴が空くぐらいには読んだと思う。兄貴は途中で断念したけど」

「……ふむ……」


 マスクドは少し考える。

「じゃあ、私の問いに答えてくれるかい?」

「?」


 ツヴァイスは思わず首を傾げた。

「[その名を決して口に出してはならず。その名を呼びし者、星殺しの神の呪いを受け、その体を灼き自らの生涯に幕を降ろすであろう……]

ここから導き出される術式の名称は?」

「・・・・・・」


 ツヴァイスは少し考えた後、ゆっくりと術式の名を口にする。


翅天皇(バエル)……」

「……ほぅ」


 マスクドはやや驚いた表情を浮かべた。

 そして、何かをツヴァイスに言いかけようとした時……、


━━━ダダダダダダッッ!


 馬の駆ける音が村中に響き渡っていく。


「何だ?」


 ツヴァイスは窓から外の様子を確認すると、何十人かの馬に乗った騎士達が村に向かってくる様子が確認出来た。


「どうやら来たみたいだね」


 マスクドはそう言うと玄関のドアを開き、外へと向かい、ツヴァイスもそれに続くように外へと駆け出す。


「今日は騎士様がよく来る日だな~」


 村長は素っ頓狂な声で騎士達に挨拶する。


「この村の長か?」

「はい、そうですが……?」


 騎士達の中から大柄な男が村長に尋ねた。


「ここにウルナ・アーライムの弟がいると聞いて来た。どこにいる?」


 威圧感のあるその声に村長は思わずたじろぐ。


「え~と……」


 村長が返答に困っていると……、


「やぁ、お勤めご苦労さま」


 騎士達の後ろから快活な声でマスクドが大柄な男に対し、労いの挨拶をする。


「……なぜ、貴方がここに?」


 大柄な男はため息混じりに尋ねた。


「たまたま、ここに用があってね」

「たまたま……?」


 大柄な男の眉間にシワが寄っていく。


「君達はアレかな? ウルナ関連でここに来たのかな?」


 マスクドは悪びれる様子もなく話を続けた。


「ああ。我が紫炎騎士団から不届き者が出てしまったからな。それの後始末をしにきた」

「質問の答えになっていないよ。なぜここに来たんだ、ギルゴース副団長?」


 マスクドはやや重い声で、大柄な男の名を呼んだ。


「ウルナの居所を弟が知っているかも知れないと思ってな。捕縛して尋問をするためにここに来た」

「なっ……!?」


 ギルゴースの発言にツヴァイスは若干、驚く。

 そして、その声に気付いたギルゴースは、ツヴァイスの方を見つめた。


「その者がウルナの弟か。なるほど、顔つきはよく似ているな。わざわざ、俺達の手助けをしてくれたのか……黒士魔導騎士団団長殿?」


 ギルゴースは不敵な笑みを浮かべるが、マスクドの返答は予想外のものだった。


「手助け? それは違うなギルゴース副団長。それにすまないが、君達が彼を捕縛することは出来ないよ」

「……どういう意味ですか?」


 ギルゴースの声に怒気が籠っていく。


「彼は現時点を以て、黒士魔導騎士団の騎士に任命したからだ。つまり、実質的な権限は私に有るということになる」

「……はぁっ!?」


 その言葉に、一番驚いたのはツヴァイスであった。


「そんなことが許されるとでも? 仮にもその少年は反逆者の弟ですよ」

「それは私が決めることだ」

「馬鹿げている。それを我が団長が許すとでも?」

「彼には私から話をつけておこう。ああ、君の言う団長はドラベルのことかい? それとも、君が『師』と仰ぐあの男のことかい?」

「どこまでもふざけた男ですね、貴方は……!」


 ギルゴースは腰に提げた剣を手に取ろうとする。


「ここで殺り合っても構わないが止めておいた方がいい。君の《適性》は厄介だが、それを使いこなせない今の君に、私は負ける気がしないよ」


 言葉の一つ一つに覇気がのしかかっていく。

 ギルゴースの額に汗が浮かび、抜きかけていた剣を元に戻す。


「……王都へ帰還する。捕縛命令については俺から話す。……全軍撤収……!」


 その声を聞き、ギルゴースの後ろに控えていた騎士達は身支度を整え引き上げを始めていく。

 騎士達が帰還する中、馬に騎乗したギルゴースがマスクドを見るなり、鋭く睨みつけたのをツヴァイスは見逃さなかった。

 そして、そのままギルゴースは王都に向かって馬を走らせていく。


「……おい」

「ん、何かな?」


 マスクドは素っ頓狂に声を上げた。


「何かな? じゃねぇよ。何だ任命って!?」

「あ~、ああ言うしかなかったからね」

「……ったく……」

「でもね……、」


 マスクドはツヴァイスに振り返り、こう告げた。


「騎士に任命したいというのは嘘じゃない」

「……俺に出来るわけねぇだろ」

「出来るよ」


 マスクドははっきりと明言する。


「私の目に狂いはないからね」

「・・・・・・」


 その言葉にツヴァイスは何も返す事が出来ない。


「人というのは得てして自分の才能に気付かない、だから誰かが気付いて教えなくてはいけない」

「私は君に伝えたよ。あとは君が『やるか、やらないか』だけだ」

「変わってんなアンタ……」

「よく言われるね。まぁ、すぐに決めなくてもいいよ。いつでも王都に来るといい、今日はもう私達は帰るから」


 その言葉に今まで談笑していた騎士達が王都帰還への準備に取り掛かる。


「ああ、そうだ。君の名を聞いていなかったね」


 帰る間際、マスクドはツヴァイスに名を尋ねた。


「ツヴァイス・アーライム……」

「ツヴァイスか……王都で待っているよ、ツヴァイス」


 マスクドはそう言って颯爽と馬に乗って駆け出し、騎士達もそれに続いて村を離れていく。


***


「団長。なぜ、あの少年を……?」


 一人の騎士がマスクドに尋ねる。


「彼の才能を見てしまったからだよ。『ゴエティア』を暗記し、尚且つそれを使役する魔力(マギア)を持っていると言ったら分かりやすいかな」

「あのゴエティアを……団長、あの少年を試したんですか?」


 マスクドは真っ直ぐに進路を見つめながら呟く。


「試すなんてことを私はしないよ。才能を持っているのにそれを押し殺している人に私は声をかけているだけだよ」

「……彼は来ますかね?」

「どうだろう?ただ……、」

「……?」

「このまま死なせるのは惜しすぎるほどのモノを彼は持っているよ」


 マスクドはそう断言し、馬の速度を早めた。


***


 明くる日の昼……、

 ツヴァイスはあの丘で昨日の一件について地面に寝転びながら考えていた。


「……騎士か……」


 正直、あんなことが無ければ騎士に志願していたかもしれない。

 だが、ウルナの失踪によって状況は大きく変わってしまい、ツヴァイスは戸惑っていた。


「……なれるのか……俺に……」

「やっぱりここにいた」


 声に気づき、ツヴァイスは振り返るとオランディが上からツヴァイスを覗き込むようにして立っていた。


「よぉ」


 軽く挨拶を交わし、ツヴァイスとオランディは空を眺める。


「・・・・・・」


 両者とも、特に何を話すわけでもなく、時間だけが過ぎていく。


「……俺……さぁ」

「ツヴァイスくんがなりたいなら私は応援するよ」


 オランディはツヴァイスに笑顔を向けた。


「オランディ……」

「寂しいよ……だけど夢は諦めてほしくない。夢は叶えてこそ夢なんだから」

「・・・・・・」


 ツヴァイスは少し考え、そして徐ろに呟いていく。


「俺は知りたい。兄貴に何が起こったのか、兄貴は今、どこにいるのか……だからこの村で立ち止まる事は出来ない」


 オランディの眼をツヴァイスは真剣な面持ちで見つめる。


「王都へ行く」

「……うん」


 小さく、しかしハッキリとオランディに告げる。

 それをオランディは静かに受け入れた。


***


 それから一週間後……、

 あの時、ウルナが王都へ向かった時と同じく、ツヴァイスは荷物を纏めて馬車を待ち続けていた。


「忘れ物はない?」

「子供じゃあるまいし……」


 隣でオランディが悪戯っぽく微笑む。


「そっちこそ遊び相手居なくなって寂しがるなよ」

「……そうだね」


 オランディは少し寂しげに笑みを浮かべた。


「・・・・・・」


 少しずつ馬車の音が近づいてくる。


「あっち着いたら手紙書くよ」

「うん、待ってるね」


 二人の手前で立ち止まった馬車にツヴァイスはゆっくりと乗り込んでいく。


「ツヴァイスくん……!」

「……ん?」


 オランディはツヴァイスを呼び止め、彼の服を引っ張った。


「いつか私も王都へ行くから。……だから待ってて」


 ウルナが居なくなった悲しみ、そしてツヴァイスも居なくなってしまうのではないかという不安。

 消え入りそうな声でオランディはツヴァイスに懇願する。


「……ああ」

「えっ……?」

「お前頭良いから、先に行ってお前に追い越されないように頑張ってくるよ」


 ツヴァイスは静かに笑みを浮かべてオランディの髪をクシャクシャになるまで撫で回した。


「……うん」


 そして、王都へ向かって馬車は走り出す。

 馬車が見えなくなるまでオランディは手を振り続けた。

 自らの為すべき道を見定めながら、大きく……力強く……。


***


 それから一ヶ月の月日が経った。

 ツヴァイスからはたまにだが手紙が届く。

 彼の愚痴とも自慢話とも取れる内容の手紙にオランディは笑い、励まされ……彼女の精神的支柱となっていた。

 オランディはその手紙を握り締めて、ある人の所へと赴く。


「オランディ……今、何と……?」


 オランディの前に座る男性が驚きの声を上げる。


「お父さん、お母さん……、私は騎士になるために王都へ向かいます」


 彼女の両親は思わず、顔を向き合わせた。


「止めなさいオランディ。騎士になったら命の保証は出来ないのよ」


 母親が焦りながら止めに入る……が、


「もとより覚悟の上です」

「ツヴァイス君達が騎士になったからかい? しかし、ウルナ君は……」

「違います。私は私の意志で騎士になると決めたんです。二人は関係ありません」


 父親に焦りが見え始めた。


「頼むオランディ、考え直してくれ。騎士になってもロクなことにはならない」

「なぜ、そこまで騎士になるのを反対するんですか? 私が騎士になったら困ることでもあるのですか?」

「それは……」


 父親はその言葉に押し黙る。


「……いいえ、言わなくても分かります。私達が……『奴隷を飼う街(ジバルエ)』の出身だからですか?」

「・・・・・・」


 両親は口を噤んだ。

 ジバルエ……それはグレンスにとって唯一の汚点であり絶対不可侵と言われる街の名であった。



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