第3話『道理とドウリ・2』
ヴァイスハルトは薬の苦味に顔を顰めながらオランディに告げた。
「そんな身体で……!?」
ヴァイスハルトの疲弊は見るだけで分かった。そして、その状態であの大規模な衝撃を起こす適性を使えば身体への負担が凄まじいことも……。
「だから団長……お願いがあります」
「お願い……?」
オランディは僅かに首を傾げた。
「団長の《適性》で俺の魔力を最大限にまで強化してほしいんです」
「私の《適性》?」
「最小限のリスクで最大限の効果を得るために団長の《適性》での強化を願います」
ヴァイスハルトはオランディにゆっくりと頭を下げる。
やや困惑するオランディだったが、置かれた状況、そして……ヴァイスハルトの意思を前にして適性の使用を躊躇うという考えは彼女の頭には存在しなかった。
「……分かりました。《適性》を使います」
オランディは立ち上がり、ツヴァイスとアシュレイの方向を見つめる。
「体内の魔力を最大まで回復してください。《適性》の効果があるのは身体に溜まった魔力のみです」
オランディの力強く、ハッキリとした言葉に二人はやや笑みを浮かべて……、
「……了解!!」
ほぼ同時にオランディへと返答を行った。
「何ヲスル気カシランガ、無駄ナコトヲ!!」
鬼人はツヴァイスに向かって拳を振り下ろすがそれを軽々と大鎌で受け止められてしまう。
「無駄かどうかは、お前が決めることじゃない」
冷たく重いツヴァイスの言葉が鬼人に響く。
「……小僧……!!」
「ヴァイスハルトさん、これを……」
オランディはヴァイスハルトにある物を手渡す。
「これは……?」
ヴァイスハルトの手には、翼を宿した女神が金で彫られ、小さな文字でこう書かれた高級感漂う瓶だった。
『汝、死ぬるその時まで聖咎の加護を忘れることなかれ。死した後、女神の祝福があることを思い出したまえ』
「これは霊薬エリクシール……! 回復薬の中でも最高峰と云われる逸品。こんな高級な物を受け取る訳には……!」
ヴァイスハルトはやや焦りながらオランディに押し返すが、彼女はそれを拒む。
「さっき、ヴァイスハルトさんが言ったじゃありませんか。『最小限のリスクで最大限の効果を得る』ためだと。その身体では《適性》を使っても不発に終わる可能性があります。だから、これを飲んで備えてください」
「……ですが」
それでもヴァイスハルトの顔は曇ったままだ。
「団長命令です」
オランディの力強い一言がヴァイスハルトに響き、そして根負けせざるを得なくなる。
「……敵いませんね。さすがは団長になるだけの素質がある」
「私はまだまだ半人前です。これから私を支えて、叱咤してください。そのためにも、この戦い……勝ちます」
オランディの言葉にヴァイスハルトは静かに頷く。
「……もちろん」
ヴァイスハルトはオランディから霊薬を受け取った。
「ありがたく頂戴します」
そして、それを一気に飲み干す。一口一口、喉を通る度に身体の痛みは消えていき、身体に活力が戻ってくる。それと同時に減少していた魔力は一気に身体へと再装填される。
「……仕掛けます。オランディ団長、《適性》の使用を願います!」
「心得ました……!」
ヴァイスハルトは豚頭領に向かって駆け出す。
身体は軽く、先程まであった痛みはどこにも感じられない程にヴァイスハルトの身体に《力》が漲ってくる。
「っオラァ!!」
拳を振り飛ばし、ツヴァイスは供給薬を可能な限り飲み干す。
「ったく、こんなクソ不味いもの無理矢理飲ませるとは大した団長様だよ……!」
ツヴァイスは皮肉混じりにオランディは視線を向ける。
「かましてやれ、オランディ!!」
魔力を回復したアシュレイが号令を行う。
オランディはその言葉を静かに聴き入れ、自らが持つ剣を垂直に天に向かって翳した。
「戦乙女の加護を……」
オランディの周りに光が満ち溢れた魔素が少しずつ集まってくる。
「《適性》行使……」
彼女の眼が大きく見開かれる。
「慈愛の加護!!」
その声に導かれるかのように、大気中に点在する魔素が光り輝き、オランディを……そしてツヴァイス達を包み込む。その光はオランディ達の身体の中に吸い込まれ、内側から彼女達の魔力の力を活性化させていく。
「感謝します……団長!!」
ヴァイスハルトの勢いはさらに高まる。身体の中から《力》が止めどなく溢れてくる……胸が高揚し、高まる感情を抑えきれない。思わず、ヴァイスハルトは笑みを零す。
「これが、団長の《適性》……!」
それは、ツヴァイス……そしてアシュレイにも同様の効果をもたらす。
「すげぇな……」
身体に残る疲れは少しずつ消え、ツヴァイスは静かに息を整える。
「悪ぃな、鬼人……」
「……?」
「もう……お前に負ける気しねぇわ」
その眼には力が満ち溢れていた。
疲弊する兵を掻き分け、ヴァイスハルトは鬼族の群れへと突っ込む。
「━━━ブギャァァァァァッッ!!」
厳つい声を上げ、豚頭領達は威嚇するが、今のヴァイスハルトにその声は一切届かない。
「・・・・・・」
ただ真っ直ぐに、自らの《適性》の射程範囲内に向かってひた走る。
「━━━ブゴォォォォォ!!」
威嚇は意味が無いと見るや、豚頭領は他の鬼豚達に突撃の合図を行う。
激しい豚の鳴き声が辺りに響き渡り、それほやがて激しい地鳴りとなってヴァイスハルトへと攻め込み始めた。
「・・・・・・」
ヴァイスハルトは静かに足を止める。
先程とやる事は変わらない。
静かに目を閉じ、感覚を研ぎ澄ます。
意識を集中させれば視覚など不要。
風の乱れ、大地から足……そして、身体へと直接伝わる振動。
人はそれを『心眼』と呼ぶ。
だが、今のヴァイスハルトにはそんな俗称など、どうでもよかった。
オランディから譲り受けた力を無駄にしないために鬼族に集中する。
━━━ザッ!!
豚頭領の足音がヴァイスハルトの耳に響く。
「……《適性》行使」
射程範囲内、そして最大威力を叩き込める地点に鬼豚達が踏み入る。
その瞬間、ヴァイスハルトは目を見開き、自身の魔力を全て前方へと解き放つ。
「衝動!!!」
大地を薙ぎ払い、津波の如く押し寄せる衝撃が鬼豚達を呑み込む。
悲鳴をあげる瞬間すら与えない。
前方のみに射程を収束させ、魔力強化を行った状態から放つ一撃は先程とは比べ物にならない程の破壊力を持つ。
「ブギッ……!!」
それは豚頭領も例外なく身体を木っ端微塵にしていく。
「あとは……任せましたよ……団長方……」
魔力を全て使い果たし、ヴァイスハルトは静かに地面へと崩れ落ちる。
その顔にはオランディ達の絶対の勝利を確信し、笑みさえ浮かべながら……。