第3話 『道理とドウリ・1』
━━━ナゼダ?
━━━ナゼ、ウラギッタ?
━━━儂ラ、同志ヨリモ、ソノ人間ノ女ヲエラブトイウノカ?
━━━……ハ、
━━━オ…………ハ、……ョ……ト……イキ……テ……ク。
━━━ユルサレルハズガナイ。
━━━ユルサレルハズガ……。
***
静かな風が吹く。
その風に流されるように草木が騒めき、微かにだがその草木にドロドロとした血が付着している。
観光名所として名を馳せた町は今や、人間と鬼族が犇めき合う戦場と化していた。
「ツヴァイス……団長……」
ボブショートの聖炎騎士団団長、オランディは自らを抱えるツヴァイスに静かに話しかける。
「ん、何だよ?」
ツヴァイスはチラッとオランディの方を見るが、すぐに自らが腕を斬り落とした鬼人へと視線を戻す。
「……クサいです」
「……はぁ?」
思わず、ツヴァイスはオランディを凝視する。
「いや……だから……クサいです」
「おまっ……お前、それが命の恩人に対する言葉か……?」
「いや、クサいものはクサいので……」
「・・・・・・」
何も言い返せない。風呂に入ってないと言えば間違いなく距離を取られるか、最悪……剣で刺されかねない状態であった。
それほどまでに彼女は潔癖であった事をすっかり忘れていたツヴァイスは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「オイ、人間……」
「あぁん?」
鬼人が二人のやり取りに割って入る。
「ナゼ、オマエガヤツノニオイヲタダヨワセテイル?」
「ヤツって?」
ツヴァイスはやや鬼人を睨み付けながら尋ねた。
「殺人狼ノコトダ……」
ツヴァイスは少し考えた後、自らが漂わせる異臭を嗅いでその名を思い出す。
「あぁっ~、アイツを殺した時に血がベッタリと付いたからだな」
「コロシタ? オマエガカ?」
「……そうだが……何か文句でも?」
しばしの沈黙が流れる。
「ソウカ……アノウラギリモノハシンダカ……フフ……ソウカ」
鬼人はニヤニヤと不気味な笑みを浮かべた。
「不謹慎なヤツだな。仲間が死んでるのに笑うなんて」
「仲間……? ソウダナ……仲間ダッタ。ヤツガウラギルマデハナ」
「裏切る……?」
「ソウダ。ヤツハ儂ラヲウラギリ、アロウコトカ、同志ヲコロシ、人間ノ女トトモニ、ニゲタノダ」
「(逃げた……? アイツが……?)」
「以来、儂ラハズット、ヤツラノ行方ヲオッテイタ。キイタトコロデハ、人間ノ姿ニ酷似シタ子供マデウマレタソウデハナイカ」
鬼人は少し息を整える。
「マァイイ。貴様ガコロシタトイウナラ、後ハ、人間(人間)ノ女ト子供ダケ。コロスノハタヤスイ」
「・・・・・・」
ツヴァイスは鬼人の言葉を黙って聞き続けた。
「シカシ、オモシロイコトモアル。本来、儂ラト人間ダト、儂ラノ方ガ血ガコイ。ソノタメ、ウマレテクル姿ハ、儂ラニチカイハズダガ、マサカ人間ノ方ノ血ガマサッテイタトハ……、母親ニ興味ハアルガ、ソレハ貴様ラヲコロシテカラ、ジックリトサガストシヨウ」
鬼人は息を整え、ツヴァイスを睨む。
「数が1人フエタトコロデ何モカワラン。貴様ラハココデシヌ……イヤ、儂ガコロス!!」
鬼人の身体から白い蒸気のようなものが噴出し、斬り落とした部分から再び腕が音を立てて生えてくる。
怒り……そして殺意、負の感情が鬼人を荒ぶらせ、体温を急上昇させていく。
「随分と喋る鬼族だ」
ツヴァイスはオランディから離れ、ゆっくりと前に出る。
「口動かさなきゃ、マトモに手も動かせられないのか?」
「……ガキガ!」
鬼人の感情はさらにその怒気を強めた。
「オランディ、俺がこいつを引き止めてる間に、そこで寝てる2人を起こしてくれ。さすがに俺1人じゃ厳しすぎる」
「わ、分かりました……!」
オランディは駆け足で、倒れたアシュレイ達の元へと向かって走り出す。
「無意味ナコトヲ。オマエタチニアタエラレタ選択肢ハフタツ……儂ニナブリコロサレ、肉片ニナルカ……儂ニクイコロサレルカノドチラカダ」
鬼人は薄ら笑いを浮かべながらツヴァイス達にそう告げる。
「それはお前の選択肢だろ? こっちにはこっちの選択肢がある」
ツヴァイスは鬼人の眼を見ながら答えた。
「お前を影も形も残さず八つ裂きにするか、お前の死体を見ながら勝利の美酒に酔いしれるかのどちらかだ」
「ホザクナァァァ!! 『疾走』!!」
地面を蹴り飛ばし、弾丸の如き拳がツヴァイスに向かって振り下ろされる。
「気を付けてください、ツヴァイス団長! そいつの動きは……!」
━━━ブンッッ!!
オランディが言うよりも先に激しい轟音を立てて鬼人の拳が地面ごとツヴァイスを殴り飛ばす。
「馬鹿が……! 塵モノコサン……!?」
しかし、拳は何かに遮られ、一定の箇所で制止する。そして、その先には淡く輝く白い半月状の刃を宿す杖を持ち、拳を易々と防ぐツヴァイスが立っていた。
「チッ!!」
続けてもう片方の拳を振り下ろすが、先程の衝撃を気にすることもなくツヴァイスは大鎌へと姿を変えた杖で受け止める。
「(コイツ……! 一度ナラズ二度マデモ……!)」
鬼人はその目の前の状況に驚愕した。
「……ニ発くらい受け止めた程度で驚いてんじゃねぇよ」
ツヴァイスは腕に力を込め、鬼人の拳を大鎌で吹き飛ばす。
「これから何十回もお前の拳、受け止めなきゃなんねぇんだからな!!」
「……小僧ガ……!」
怒りで我を忘れそうになる鬼人。
一方のツヴァイスは気にすることもなく、鬼人を睨みつける。
「狂乱……」
ツヴァイスは静かにそう呟くと、身体中を黒い霧のようなものが発し、自身の身体へと吸い込まれていく。
「どこからでも撃ち込んでこいよ」
安い挑発……しかし、それは鬼人を激昂させるには十分すぎるほどの効果がある事はツヴァイス、そして……鬼人自身も分かっていた。
***
「アシュレイ団長!」
地に伏せるアシュレイにオランディは呼びかける。
「ん……あっ……」
アシュレイは少し目を開ける。
「……天使か?」
「冗談言ってないで傷を見せてください。手当てをします」
そう言うと、オランディはアシュレイの傷口を確かめようとするが……、
「俺の事はいい」
アシュレイは右手をオランディに翳して制止させる。
「でも……!」
「魔力は残しておけ、こっちは回復薬と鎮痛薬があれば何とかなる。ヴァイスハルトの様子を見に行ってやれ」
「……分かりました」
ヴァイスハルトがいる場所へと向かっていく姿を確認したアシュレイはツヴァイスと鬼人を横目で確認した。
「ツヴァイスに助けられるとはな……」
懐から、青い液体が入った回復薬を飲み干し、続けて数時間の間、痛覚を完全に遮断する透明な液体が入った鎮痛薬も服用する。
「……よし」
アシュレイは大剣を杖代わりにして再び立ち上がった。
━━━ズンッ!
「……!!」
やや軽い地響きが地面を伝い、アシュレイの身体全体に響き渡る。
辺りを見回していると、ある一点に焦点が向いた。
「……嘘だろ?」
***
「ヴァイスハルトさん、お怪我はありませんか?」
オランディはヴァイスハルトの元へと駆け寄っていく。
刀は衝撃でへし折れ、口から血を流しているが意識ははっきりとしたヴァイスハルトが地面に倒れ伏せていた。
「団長……そちらこそ、お怪我は……?」
「私は大丈夫です。それより手当てを」
「この程度の傷……問題ありません。それよりもまた厄介なのが近付いていますね……」
「えっ?」
オランディはそう言い、ある方向を見つめるヴァイスハルトの視線を追う。
「……!!」
その方角には、数十の鬼豚と共にそれを率いる一際大柄な鬼豚が息を荒らげながら近づいてきていた。
「……あれは?」
「豚頭領……鬼豚を率いるボス的存在ですよ」
ヴァイスハルトはやや苦しそうに説明をする。群れを率いる豚頭領はオランディ達を睨み付け、そしてツヴァイスを見るなり激しい声を出して怒りを露にする。
「━━ブギャァァァァァ!!!」
豚頭領の身体は傷つき、左腕は何かで斬り落とされたように血が地面に滴り落ちていた。
「アイツ、生きてたのか?」
ツヴァイスはやや呆れ顔でため息をつく。
「ここに来る途中で町の女性達を襲おうとしてたから潰してやったんだが……」
ツヴァイスは豚頭領を睨みつける。
「どこぞの害虫並みにタフだな」
「えっ……ということは町の人達は!?」
ツヴァイスの一言に驚きを隠せないオランディはツヴァイスに尋ねた。
「今はシャウが喚んだ風鳥獣に任せてある。数人だ、あまり期待すんな」
ツヴァイスは冷たく言い放つが、それでも何人かは生き残っている。
その事実にオランディは少しだけ安堵の息を漏らした。
「問題はこのデカいのと、あの残党共を一度に相手するのは自殺行為ってことだけどな」
「それは……!」
オランディは言葉に詰まる。
多勢に無勢。
既に兵の多くは先の戦いで勢いを無くし、その上で更なる強襲……怖気付く者も少なくなかった。
「(どうすれば……)」
オランディは頭を悩ませていたその時……、コロコロと地面を転がる瓶がオランディの視界に入ってくる。
「えっ……?」
オランディが瓶が転がってきた方向を見ると、供給薬を次々と飲み干すヴァイスハルトの姿があった。
「ヴァイスハルトさん……?」
オランディはその光景を見ながら、恐る恐る尋ねる。
「もう一度、《適性》を使います」