緑竜王①
クローディアの盟友との別れは、思っていた以上にあっさりと終わった。しかし、最後の別れもまた嘘で塗り固められていた。確かに時空転移は果たす。しかし、彼にはまだやらねばならぬことがあった。自力での緑の魔眼の獲得である。
「叡智の魔眼の獲得には、膨大な知識の修練が必要、か…。」
誰もいない平原で、クローディアは煌々とした二つの月に向かって呟く。
彼はこれから緑竜王の巣穴へと向かう。七匹の竜王は、それぞれの魔眼のもつ特徴をそっくりそのまま持っている。中でも、最も強大な力を持つ赤竜王、万を超す竜を束ねる青竜王、そして森羅万象を知ると云われる緑竜王の力は人々に畏れられていて、竜王に認められるには並大抵の力では果たせない。
「いざとなれば力づくだが…、緑ならば話も通じるかもしれん。」
かつて、クローディアの若かりし頃、自らの持つ赤眼と同系統の赤竜王の巣穴、ガロリア火山の火口へ赴いたことがあった。赤竜王の力の根源を知るため、そしてあわよくばそれを自らのものとするためであったが、赤竜王はとにかく話が通じなかった。結局、十日以上に渡って殺し合いをする羽目となり、双方とも同じ時に限界を迎え倒れた。以来、赤竜王とは共に死闘を乗り越えた友として認め合い、今なお時折じゃれ合いーといっても一般の者が巻き込まれれば十秒ともたない殺し合いーをする仲となった。特別な力の根源は特になく、赤竜王の個体性能と、長きに渡る火口での魔力の吸収が極めて優れていたというだけだと後に分かり、そのときのクローディアの落胆ぶりをカイザーとユリウスに見せてたらさぞ驚くことであろう。クローディアにとってみれば骨折り損であったという、淡い昔話である。
「ゆくか。転移。」
◆
緑竜王の巣穴は、エルフ大森林の最奥にある断崖絶壁のちょうど中ほどにある。この絶壁をさらに超えて数十キロ進めば、そこは極めて流れが速く荒い魔海であり、ここからのアプローチは不可能であることから、森にも手前、奥という概念がある。
「ここだな…。」
クローディアにとって、緑竜王の巣穴へ訪れるのは当然初めてのことである。本来、転移魔術は一度訪れたことのある場所にしか使えないのだが、クローディアはその限りではない。クローディアが過去に奪った、七つの魔眼が一つ、藍眼は世界を見通す絶大なる遠視の力を持つため、転移魔術の転移先の補足が容易だからである。
緑竜王の巣穴は、天井の高さが分からないほど巨大な洞窟である。大森林が根ざす地盤の地下に相当し、森の木々から溢れる魔力、竜王自身のもつ莫大な魔力の影響もあってか、この洞窟に住む他の魔物はずいぶんと凶悪であった。
「シャアアアアア」
クローディアが洞窟を進んで10分ほど経った頃、50メートルは優に超えるであろう大蛇が現れる。その大きさはすさまじく、胴の高さだけでもクローディアの三倍はあるといったところだ。
「雑魚に用はないのだが、竜王の貢ぎ物にでもするか…。確か、ケーブバイソンだったか…?その割にはずいぶんと肥えているようだが…、大は小を兼ねるからな。」
クローディアが悠長にそう呟いている頃に、ケーブバイソンは敏感な鼻でクローディアを捕捉していた。ここは洞窟ゆえ、光はほとんど差し込まない。だから、多くの魔物の目は退化し、鼻や独特な感覚器官で周辺を察知しているのである。
ケーブバイソンにとって、この洞窟は竜王を除けば、食物連鎖の頂点に立てる場所だった。ほとんどの魔獣は、彼の姿を見るとそそくさと逃げ回り、また蝙蝠などの小さな個体ばかりが目立っていた。そこに現れたのがクローディアで、ケーブバイソンにしてみれば久しぶりの大ぶりの肉にありつけると思えたのである。
「シャアアアアアア!」
ケーブバイソンは自慢の巨体をくねらせ、クローディアに一直線に飛び掛かる。
「肩慣らしにもならん。黒風斬!」
クローディアの突き出した手から、莫大な魔力とともに、ケーブバイソンの胴の高さの三倍を超す三日月型の黒い風の刃が視認するのがやっとの速さで、無数に飛び出す。ケーブバイソンにしてみれば、何が起こったかさっぱりだろう。自分が何かをされたと気付いたときには、すでにきれいに乱切りにされた後だったのだから。断末魔さえあげる暇なく、ケーブバイソンは絶命する。
「こんな蛇がうまいのかは分からんが…、血抜きをしておくか…。」
クローディアは重力魔術でケーブバイソンの胴体を押し付け、同時に炎で血を蒸発させていく。かなり強引なやり方だが、どうせ自分で食うものではなく、竜王への貢ぎ物だ、それほど気にすることはない。