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アーティスは自分の無力さを嘆く。

 アーティスは、めまいがすると言っていたイザークと共に馬車に乗る。


 一緒に積んだサーシャの棺には布がかけられ、そして、武器も積んでいる。

 本当はアーティスの趣味の本の山を持って帰りたかったのだが、蔵書は大量すぎて難しく、そして多言語に長けた人間数人が仕分けし、本棚に並べなくてはならず、アルフレッドの屋敷に本を納め切れるかも分からない。

 そして、代々の当主の日記もあるらしい。

 日記を読めば、前処刑執行人の一族の歴史も分かるだろう。


 その為アーティスは、体調が良くなったら自分とそう変わらない知恵者の元同僚のミリアムや、この国の魔術師長まで勤めた天才ルシアンたちに手伝って貰おうと思っていた。

 しかし、二人は出歩けないし、無理はさせられないので、文字や言語を知っていそうな外交官だったカーティスや何人かと共にもう一度何台もの馬車に木箱を乗せ、なるべく年代ごとに積むと、運ぶ作業をしなければと思ったのである。

 しかし……、


「……何故、バルナバーシュ殿をサーシャさまは指名したのか……」


頭を抱える。


 バルナバーシュは一度不幸な結婚をした妹アマーリエの再婚相手で、しかも最近待望の三男が生まれたばかりである。

 アルキールと言う、アーティスの亡き息子の名前をつけた赤ん坊は元気で丸々としていて、歳の離れた兄たち……アルフレッドやベルンハルドは可愛くて堪らないらしい。

 アルフレッドの娘のアルフィナも、イザークの息子のラファエルとアルキールを可愛がっていて、まだ短時間の勉強とマナーとハープのレッスン以外はよく会いに行っているらしい。

 それに、バルナバーシュは存在感はあるがラインハルト程がっしりとした人ではなく、体格は普通、そして顔立ちは温厚篤実さが現れ、現在のこの地の国王や、実家の愚兄と取り替えてやりたい位に出来た施政者と言ってもおかしくない人である。


 いや、はっきり言おう。


「僕は、アマーリエやアルフィナたちを不幸にしたくないんだ〜! 可愛い妹や家族を不幸にする兄に、もう戻りたくない!」

「わぁ、どうしたんですか? 父さん」

「あ、ごめんごめん。寝てて。痛くない?」

「大丈夫ですよ。これ位の怪我……」

「腕とかなら大丈夫。ポーションで治せる。でもね? 頭だったらダメ。聖女に癒して貰おう」


 アーティスは、痛々しい血が滲むガーゼを見る。

 その様子を見つめ、イザークは口を開く。


「……父さんは、どうして俺をそんなに心配するんですか? 本当の息子じゃないのに……」

「息子だよ! ロッティリアも言ったじゃない。それに血の繋がりより、心の繋がりの方が暖かい時もあるんだよ」

「血の繋がりより心の繋がり……」


 呟く。


「俺は……実の両親との縁は薄いです。特に飲んだくれで、母がいなくなってから荒れる父とは喧嘩ばかりで、死んだ時もそんなに……もうその頃にはキールや母さん、じいちゃんたちに会ってたから。家族の愛情ってこう言うものだと教わったのもそうで、理不尽に殴りかかる親父よりじいちゃんの『危ないと言っただろうが! お前は無駄に怪我をする気か!』と言う一喝が怖いと言うより、本当に俺を心配してくれてるんだと嬉しかったし、母さんや妹達が作るご飯が美味しかった……」

「イザークにとって、ロッティリア達が本当の家族だったんだよ」

「……じゃぁ、父さんも俺の家族ですね。あんなバカ親父より俺達を考えてくれて、今だって怪我を心配してくれる。俺の父さんです」

「……ありがとう。それより、イザークの方が自慢の息子だよ。僕達を守ろうとして扉を閉ざすなんて、ジェイクがいなかったら、あいつらにどんな目に遭わされたか……想像したくないよ……」


 瞳が潤む。


「ごめんね、痛いよね。あぁ、僕に癒しの力があったら……すぐにその痛みを消してあげるのに……僕は攻撃しかできない。僕は何て無力なんだろう」

「あの……前から気になっていたのですが、父さん。聖女というのは、フェリシア様やアルフィナ様、マゼンタにアマーリエ様とお伺いしましたが、フェリシア様とアルフィナ様、マゼンタは癒しなどの能力がありますが、アマーリエ様にその能力があったと伺ったことがないのですが……」

「えっと……余りいい話じゃないんだけど……あの子の母上は私達と違うんだよね。父が戯れに手を出した侍女だった方から生まれた子供で、あの子が小さい頃に……僕は術を暴走させるからって別荘に行っていて知らなかったんだけど。あの子の母上は、父にあの子を身ごもったことを隠して退職して実家にいたんだって。でも流行病にかかって、あの子は苦しむ母上を治したいからって身体にうごめく何か……術を感情に任せて暴走させちゃったの」


 アーティスは痛ましそうに目を伏せる。


「それは癒しの術だったんだけど、物心ついてすぐのアマーリエにとってはとてつもない膨大な力で、自分の生命力も術力に変換して流し込んだものだから、幼いアマーリエが死にかかった。すると、アマーリエの母上が流れ込んだ術を送り返したんだよ。アマーリエの母上は若い頃神殿に仕える神官だったみたい。で、強大な力を感じた当時のサーパルティータの枢機卿が、アマーリエ親子を探し出して……アマーリエの顔は僕に似てるでしょ?一応、父親似なの。で、王女だ。聖女だ。その母だ、と二人を王宮の小さい離宮に住まわせて、手当てをしたけれど、アマーリエだけ助かったんだ」

「そうだったんですか……聞いたことがなかったです。すみません、俺が聞いてしまって……」

「ううん。良いんだよ。逆に知っておいて欲しい。あの子は強い姿を……この国の先王妃、豪胆な烈女と言うイメージがあるけれど、本当は繊細で傷つきやすい子なんだよ。アマーリエは心を閉ざしてしまって、その時に今のイーリアスやジョンの兄弟とセラが側について面倒を見てくれたんだ。僕も、丁度一緒に別荘に行っていたジェイクと帰ってきて、一緒にいることが多かったんだ」


 息子を見上げる。


「でも、僕と同じ攻撃系の術しか使えなくなってた。母上のこともほとんど忘れてた。僕がこんな感じだったから、よく叱られてね? もっと兄上は威厳を持って下さい。もう、ぼーっとしないで下さいってね。でも夜になると良く泣きながら母上を探してた。僕の母は、僕と兄以外の子供は皆死んでしまったから、アマーリエの養母になったけど、アマーリエは病気がちな母に余り近づかなかったね。母が亡くなったらと思っていたみたいだよ。それに父が、母が頭を撫でたから、アマーリエの力が無くなったと嘘を言ったらしくてね。母は娘が欲しかったのに、怯えるアマーリエを見て僕に、癒しの力は使えなくてもこの子は聖女だから、母国に置いておくより広い世界を見せてあげて、と母に言われたから連れて出たんだよ」

「……アマーリエさまは、今は幸せでしょうか? 俺達……皆と、いて……」

「そりゃ、そうでしょ。あんなに楽しそうで、幸せそうなアマーリエを見るのは兄として嬉しいよ……だからこそ、バルナバーシュ殿やアルフレッド達といたいと思ってるし、僕は……さっきのサーシャさまの言葉を……アマーリエの前で言いたくないんだ。……折角……ううん、ようやく幸せになったのに……」

「……父さん……?」


 イザークは義父を見る。

 何か嫌な予感がした。


「何か……」

「なあに? イザーク」

「え〜と、可愛い孫がいるんですから、じいちゃんらしくして下さいね。家で隠居して下さい。暴走するなら、隠居を俺はお勧めします」

「え〜! 僕はこれでもまだまだ勉強したいし、隠居しないよ! それにそんなにじいちゃんじゃないもん!」


 言い返した義父にイザークは微笑んだのだった。

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