アーティス……会いたかった恋人との再会
『0001』『0003』を監視していたイザークは、椅子に座り青い顔をしている。
殴られた頭に包帯を巻いている。
「大丈夫? イザーク!」
アーティスは近づくと、ポケットから次々と何かを出す。
「ポーション飲む? あぁ、でも、頭部を殴られたんだよね。ちゃんと診ないと駄目だよね」
「大丈夫ですよ……数日痛むと思いますが、気を抜いた自分が悪いので」
「駄目! 絶対駄目! イザークは僕の息子なんだから! ちゃんと治すの! それに、いなくなっちゃ駄目!」
必死に訴える。
「僕が、もっと器用だったら、医者か薬師になってたら……」
「坊っちゃまはとてつもなく不器用ですので、知識は詰め込まれても、それを使うことはできません」
ジェイクはあっさりと言い、
「それよりもこの罪人共を裁く者はいないのですかね? 若君は坊っちゃまの隠し子とは言え、サーパルティータの皇帝の直系の孫なのですよ」
夫達の側に近づこうとしていた妻達は青ざめる。
「という事ですので、馬車を用意しております。一応ラインハルト様が構わないとおっしゃって下さったので、カーティス様とそのお坊っちゃま方、専門知識を持っているルシアン様とケルト様と言った方々もいらっしゃっていますので、この薬棚に本棚……母屋の本や彼らの荷物ではないものを引き取りましょう」
「そうだな。そして、イザーク。墓地に案内して貰えないか? それさえ済めば、お前は先に帰っていいから」
ラインハルトの一言に、イザークは首を振る。
「いえ、先、ここの薬を飲んで、そして簡単な手当てをしました。大丈夫だと思います」
「無理しないで」
「無理じゃないよ。父さん……母さんやじいちゃんに会いに行こう」
イザークは、ジェイクに支えられながら歩き出す。
そしてしばらく歩くと、北東にバルナバーシュのいた家があり、その丁度反対側南西の寂れた場所に木で作った墓標が雨風に晒され、崩れていた。
しかも、その墓標は一つ一つの間隔が狭く、一般の棺では無理なサイズである。
「代々桶の形をした棺です。そして、そこにこんな風に座り込んで葬られます。そして、ある一定の期間が経つと掘り返し、骨壺に納め、その小さな祠に。この祠には絶対に近づくなとじいちゃんには言われました。『私達は生きている時は苦しいが、死んでも魔物を封じる役を担う。この祠に封じられているのは正真正銘の闇。私達は絶対にこの国の人々は知らないが、この闇を封じる事で平和な世界を守っているんだ。それを誇りに生きる。それが先祖様も喜んでくれる』と」
「闇?」
「じいちゃんは教えてくれませんでしたが、丁度、亡くなったばあちゃんの納骨があるというのでこの辺りで見ていました。これ以上近づくと闇が目を覚ますと」
「あ……」
アーティスはこめかみに痛みが走り、指で押さえた。
「これは、キツイね……ちょっと待って……聖水じゃ何の役にも立たない。それだけ闇が蝕んでいる。結界を張ろうか」
アーティスは目を閉じ祈ると、聖なる光が降り注ぐ。
すると、ふわっと墓地一帯から優しい気配が姿を見せる。
「……か、母さん! じいちゃん!」
イザークは叫ぶ。
がっしりとした体躯で、少し頑固そうだが勤勉さが表立った男の横で微笑むのは妻子。
一人が子供だと分かるのは、父と同じ赤銅色の髪と緑の瞳。
母娘は顔立ちがそっくりである。
その周囲には、光を浴びて微笑む者、頭を下げる者がいる。
「……ロッティリア……」
アーティスは恋人を見つめる。
「探せずにごめん……知らなくてごめん……愚かでごめん……ごめんなさい……お父さん、お母さん……ご挨拶も今までできなかった」
ボロボロ涙を零すアーティスに、ロッティリア……アルフィナの祖母は困ったように微笑む。
『逃げちゃったからね。それに、ごめんなさいね? 貴方をただの良いとこのボンボンかと思ってたわ。枢機卿とは思わなかったし、今でも嘘でしょ? って思ってるわ』
コロコロと笑い転げるグラマーな美人だが、サバサバ系の姉御タイプといった印象に、
「一応もう辞めたけど枢機卿だったよ〜! なんで信じてくれないの。これでも、深謀遠慮にドロドロした派遣争いとか、他人の隠したい情報を見つけて脅してってやってたんだもん!」
『あぁ、貴方、最初会った時、何処かのお屋敷の隠し通路を偶然見つけて、裏帳簿にお金見つけた〜って、私に渡してきたでしょ? もう、面倒だったのよ?』
「だって、一回行った場所、もう一度戻れって言われても、戻れた試しないし。あ、変な通路行ったなぁ? 王冠を被ったミイラ。しかも胸には剣が刺さっていて……うん、これこれ。手に固く握っていたのに、急に手が開いて貰っちゃったんだ」
ゴソゴソと胸元を探り、袋に入れていたものは20mm以上あろうかという金色の真珠をメインとした装飾である。
「これは凄いよね? いつか返そうと思っているんだけど、これは誰の物か分からなくて」
『……それは、インマヌエル1世のものよ。クヌートが欲しがってる』
「えっ?」
『その真珠の中には貴方の祈りやインマヌエル1世の願い……この国を、民を守りたい、これ以上の悲しみはもういらないって言っている。だから、アーティス。お願い。世界を救って。サーパルティータからとても気持ちの悪い空気が流れて、私達もおちおち眠っていられないの』
「そ、そうなの?」
アーティスは眉をひそめる。
「君やご家族には安心して欲しい……えっと、僕は頼りなくても、イザークもいるし! ここにラインハルト殿もいるから!」
「……父さん、普通、自分が頑張るって、形だけでも言いましょうよ」
イザークは溜め息をつくが、ロッティリアは笑いながら、
『イザーク。無理よ無理。この人、昔っからこのペースだもの。何で、この人との間にあのキールが生まれたのか不思議だったわ〜顔しか似てないの』
「酷い! 顔だけって。出来だって、君と僕の子だもん。賢いし凛々しいし、心が真っ直ぐな子だったでしょ?」
「何で分かるんですか」
イザークは養母と義父を見る。
すると二人はくるっと振り返り、
「イザーク見てたら分かるよ。それに、イザークは家族とキールのこと語らせたら凄いんだから」
『そうよね〜? イザークはブラコンだもの』
「あれ? マザコンで、グランパコンもあるよ?」
「何言ってんですか!」
イザークは食ってかかるが、二人は笑い、
「イザークは自慢の息子だよ」
『そうね。イザーク。幸せになってね? あ、この人が再婚するのは反対しないでね?』
「何言ってるの? 僕は再婚しないよ」
『そっちこそ何言ってるの。自分一人で何もできないんだから、結婚しなさい。イザークやジョセフ殿にばかり、負担かけちゃダメよ』
イザークだけじゃなく、アーティスにもげきを飛ばしたロッティリアは微笑むと、
『私達にようやく天の道が開かれたみたい……ご先祖様ももう順番に旅立たれているみたいなの。私もお父さんとお母さんと、先に行っているキール達の元に行くわ。じゃぁね?』
「……ロッティリア……」
『私達は教会の信者じゃないから、生まれ変わりを信じているわ。またね?』
手を振るロッティリアに、アーティスは泣きながら、
「また……会える?」
『……うふふ……貴方の恋人より、娘や孫とかだったりしてね? じゃぁね? 皆』
全てのしがらみを断ち切り、旅立つ彼女達の背には翼が見えるような気がした。
光に向かって行く姿はどんな夢よりも美しく神々しかったと、のちにイザークは話したのだった。




