過去との決別、未来への光
イーリアスの傷の手当ては、弟の孫のマゼンタが行う。
毎日、アルフィナと色々なお話や遊びながら、術力の循環をするようになってから無差別な爆発、暴発が減り、攻撃もミスが少なく、そして的にほとんど当てることができるようになった。
それだけではなく、アルフィナの浄化の力をフェリシアに仲介して送ることもできるようになり、一気に力を排出するのではなく、様子を見ながら力の調整もできるようになっていた。
それと共に、マゼンタの力も雑味が無くなっていき、研ぎ澄まされ、そして術力も格段にアップした。
「イーリアス様。傷口見せて下さい」
「いや、マゼンタ。先に枢機卿様や、馬車の……」
「そちらは他の方が見に行って下さってます。それに、イーリアス様。この屋敷をまとめる家令は誰ですか? 出産して日の経っていらっしゃらないアマーリエ様は、まだ完全に復帰なさっておられません。旦那様であるアルフレッド殿下もお忙しく、そして、奥様になられるキャスリーン様はまだ、こちらのことにまだ慣れておられません。ですので、今現在、この屋敷全体のことを見て判断し、即座に指示するのはイーリアス様のはずです。ジョン執事長は今、動いておられますが、これから全容が見え始めると忙しくなります。イーリアス様がまず傷を治して、私共へ的確な指示を頂けませんか?」
イーリアスは目を見開く。
お転婆な弟の孫の急激な成長……。
しかも、子供っぽい論点ではなく、自分の立場をわきまえた、そして……。
「成長したね。マゼンタ。ではよろしく頼むよ」
「はい!」
そして、ミリアムは大量の出血と今まで気を張っていたこともあり、一瞬意識が遠くなった。
「ミリアム!」
「おねえしゃま、元気になりましゅように……」
アルフィナは必死に祈る。
「待ちなさい。まずは傷を確認してからよ。そしてあの女を別室に移して、監視をつけましょう。それに、ミリアムは馬車で来たの?」
アマーリエは兄を追い払い、持ってこさせた毛布で包むと傷口が見えるように服をくつろがせる。
「……酷いわね。辛かったでしょう」
「……それよりも、メ……あの者に襲われた修道騎士達もいて……彼らが無事かが心配です」
「無理に自分の力を使うのはやめなさい。貴方、本当は聖女でしょう? でも、あの女……キャスリーンの叔母に当たるそうね? あの子の為に聖女の位を譲った。でも、あの子の力はすぐに消え、母国に帰れないあの子の為に枢機卿を目指したのね」
ビクッ!
肩を震わせる。
「ど、どうしてご存知……」
「だって、聖女というのは普通、癒しの力を持つ女性ですもの。私も小さい頃、ちょっとした擦り傷は癒せたのよ。でも、その力は何故か消えたの。ショックだったわ。でも、お兄様のお陰で、聖女としてアソシアシオンにいられたの」
「……っ、あの……アマーリエさまが癒しの力を失ったのは、いつでしょうか?」
「……そうね。思い出したくないけれど、聖女として一度母国に帰った後かしら。珍しく父に呼ばれお茶を誘われたわ。そして、本当は幸せなのかもしれないけれど、一緒にいらっしゃった正妃様に頭を撫でられたわ。その時、何か重苦しい胸を押しつぶすようなものにまとわりつかれて気絶したの。目を覚めたら、心配そうに兄が手を握ってくれていて、でも、身体にわずかにあった回復の力は無くなっていて、ショックで声も出せなかった。お兄様が様々な文献を調べてくれて、呪われたのだって……お兄様が身を清めてお祓いをして下さったわ。すると、正妃さまが急死なさったの」
「えっ! も、もしかして」
アマーリエは首を振る。
「お義母さまは敬虔な信者だったはず。宮廷内に小さい祭壇を作ってたびたび祈られていたの。お兄様や私が聖女や教会に仕えることになって喜んで下さっていたはずなの。だから……」
「私の侍女の場合は、私と共に一度サーパルティータに参りましたの。その時、皇帝陛下に声をかけて戴きました。そして一晩したら……それに滞在中、カスパー皇太子殿下が、何故か私に度々妃になれと……アソシアシオンに戻ってもこう言った気持ち悪いお札とか……」
わずかに持っていたバッグから出してくる物に、急いで戻ってきたアーティスが叫ぶ。
「うわぁぁ……気持ち悪い。グロい! ミリアム貸して! すぐ燃やして来るから! ポイだよポイ!」
「中身を確認しなきゃ……」
「ダメダメ! どうせ誤字脱字だらけで、『自分は偉いんだ! 妾にしてやる! 金も使わせてやるぞ!』だよ」
「よくご存知で……」
「他国の枢機卿が連れてきていた聖女候補にもそう言って、連れ去ろうとしたらしくて、枢機卿が自分の預かった子だからって言ったら、キレまくって『わしはサーパルティータの次の皇帝! それなのによくも!』って、で、父上にチクったら、顔がパンパンになる位殴られてたよ」
アマーリエは遠い目をする。
あの兄は全く変わっていないらしい。
今度殴りに行こうか……。
「おばあちゃま、お祖父ちゃん……しょれ、しゃわっちゃ、めーでしゅ!」
書状を取ろうとした手をアルフィナが止める。
「ドロドロの気持ちわゆいのが、いゆでしゅ。燃やしてくらしゃい」
「えっ? そうなの?」
その言葉に、セシルが火かき棒で、手紙を暖炉にくべる。
すると、
『ぎゃぁぁ〜! 熱い! 熱い! 許さん! わしを馬鹿にする者全て、喰い尽くしてくれる……』
と言う声が響いた。
そして燃え尽きた書状の中から、ポテッと手足のない、気持ちの悪い生き物なのか小さな怪物が出て来る。
顔は口の方から裂かれ、目が飛び出して、脳が見えている。
「うわっ、気持ち悪いわ……」
アマーリエは扇で顔を覆い、アーティスもアルフィナの目を隠す。
「……これ、何でしょうか?」
ツンツンと火かき棒で突くセシルに、突然飛びかかってきたそれはすぐに火かき棒で殴り飛ばされ、コロコロと暖炉に戻る。
すると、ユールに守られたマゼンタが祈る。
「人々を苦しめる悪意よ、浄化の炎に焼かれて消えよ」
すると、ゴォォォ……と白い炎が昇り、怪物を包む。
『ぎゃぁぁぁぁ〜! わしは……わしは、死なぬ!』
「燃え尽きて下さい。そうすることで貴方の犯した罪ごと、浄化されるでしょう」
しばらく炎の中で狂ったようにのたうちまわっていたそれは、最後には細かい灰になった。
再び姿を見せるかと、じっと様子を見守っていたマゼンタは、ようやく、
「これで大丈夫かと思います。でも、この灰は聖水にかけておく方がいいかと思います」
「そうね……でも、何か聞いたことのある声だった気がするのだけど……」
首を傾げる妹に、アーティスは、
「兄上だよ。ちゃんと習っていない呪詛でも使えたんだね。馬鹿だけど」
「あら、馬鹿は昔からよ。あの人。まぁ……これで大丈夫かしら……」
「……!」
「どうなさったの? 貴方」
バルナバーシュは妻を抱きしめ、灰を見つめている。
すると、灰がさらさらと形を変えていき、人間の顔と腕になった。
『みーつーけーたーぞ。バルナバーシュ……』
「……クヌート」
口が動くたびに灰はさらさらと下に落ち、そして再び内側から頭に上がり、循環する。
「……私の家族を地獄に落としておいて、再び何の用だ」
『あははは……! 義父が言ったではないか。お前は闇の力を持つと、だから地獄に落としてやったんだ』
「何を言う! 私は闇の力などない! 父上も認めてくれた!」
『あぁ、そうともさ……お前は、人間にしては非常識な程の力を持っていた。その力を欲した他国に奪われるより、私が使ってやろうと思ったんだ……この国はお前の力に満ちている、私の力と正反対。お前を封じてすぐに私の力と反発することに気がつき、私は指輪に力を込め、サーパルティータに贈った。サーパルティータは当時は小国。力を欲していたからな』
「なっ!」
アーティスは青ざめる。
『クククッ……貴様が封じられてから何年経ったと思う? その指輪はどうなっておろうな?』
「……行って……」
出ていこうとする主人をジェイクが引き戻し、
「坊っちゃま。アルフィナお嬢様をお支えして下さい。坊っちゃまなら感じるでしょう。アルフィナお嬢様が倒れるまで力を使わないように、止めて差し上げて下さい」
「うんっ」
アルフィナと共にミリアムを見守る。
そして、ラインハルトはメリーを閉じ込めると二人監視を置き、その後、カーティスの息子のフレドリックや、自分の側近やルシアンの弟子達を連れ、ミリアムの連れて来た馬車を確認した。
馬が二騎、鞍が付けられたままであり、ほっそりとしているのは女性用の鞍なのだろう。
すると、その後ろに止まっていた馬車の中には無残な遺体がと思っていたのだが、彼女の身の回りのものらしい荷物がまとめられて箱が幾つか並べられていた。
「何か怪しいものはないか?」
「いえ、大丈夫だと思います」
「では、一旦これを収め、後で、枢機卿殿にお伝えして、確認して頂くことにしよう」
馬は厩舎に、そして荷物は倉庫に納めたのだった。




