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未来を穢そうとする毒々しい悪意

 男の赤ん坊が二人増えた家は、明るく賑やかになった。


 赤ん坊達は同じ部屋で育てられ、明るい光の入る暖かな部屋でリリアナとアマーリエ、そして、仲の良い母親達はソファに座りそれぞれ子供達の服を仕立てたり、おむつを縫ったり、もう迫っているフェリシアとケルト、アルフレッドとキャスリーンの準備をする。


「本当に良かったわ……」

「失礼致します」


 子供を抱きしめ微笑むアマーリエは、珍しく強張った表情で入ってきた家令に驚く。


「どうしたの?」

「それが……アソシアシオンからお越しの、第二枢機卿様が……」

「何かあったの?」


 近づいてくるキャスリーン。


「実は……! 貴様!」


 キャスリーンを抱き抱え、身体を回す……と、イーリアスの背中に細いナイフが刺さる。


「イーリアス!」

「お嬢様、キャスリーン様! お逃げ下さい!」

「逃げて貰っては困るの」


 赤黒い何かを抱えた一人の女。

 髪は解かれ、乗馬服だろうか? 黒い燕尾服に似たそれを着て立っている。

 無表情のまま、抱えたものに無造作に取り出したナイフを、容赦なく無情にも突き刺す。


「グッ! ……キャス……逃げて……」


 くぐもってはいるが、アマーリエも昔よく聞いていた女性の声。


「ミリアム!」


 アーティスの同僚の第二枢機卿……エメルランドの公爵家出身のミリアムである。

 止めようとする周囲を押し退け、前に立つ。


「メリー……だったよね? ミリアムの側近である侍女。ミリアムは女官を多く側に置かなかった。代わりに君を置いていた」

「お久しぶりです。第一枢機卿様。お帰り頂きたく、お迎えと土産をお持ち致しました」

「嫌だよ……と言いたいけど、その布の血の量では、ミリアムはかなり血を流しているんだね。こちらに! そうすれば僕は戻る!」

「困りますわ……貴方は何度もそう言っては、私との約束を破ったではありませんか。私の仲間との約束も」

「そりゃそうだよ。君達からの一方的な命令に従う? そうしたら、今僕の指も足も、目も命もないよ」


 軽く告げるが、周囲は青ざめる。


「と、父さん!」

「来るな!」


 イザークを突き飛ばすと、その場所にナイフが刺さる。

 そして、イザークを庇うように手を広げる。


「うちの子に手を出すな! それに約束する。僕が行く。君達の探している、この世界の救済者、為政者を探せば良いんだろう? この国の本当のインマヌエル2世を!」

「そうですね。そして、クヌートと言うきたないクズを称えるこの国を滅ぼし、それを許してきたアソシアシオンを破壊して……サーパルティータ帝国がこの世界を! 大丈夫ですよ……お兄様は、貴方の命は取らないそうです。五月蝿い父皇帝や、ここにいるゴミたちは死んで頂くそうですが」

「やっぱり、兄上が!」

「あぁ、お喋りが過ぎました。では……」


 無表情だった唇が歪み、指の間に数本のナイフを挟んだ手を振り上げた。


「死んで下さい」


 投げる刃先は、アルフィナとキャスリーンに向かって行く。


「アルフィナ!」


 キャスリーンは娘を抱きしめ庇い、その2人を守ろうと駆け寄るアルフレッド。


「やめろ! キャスリーン! アルフィナ!」


 アルフレッドは、ようやく手を取ることができるようになった恋人と娘の元に向かう。


 嫌だ! 嫌だ! 絶対に!

 愛する人、そして可愛い娘を失うなんて!

 自分がどうなろうとも……!


 手を伸ばし、抱きしめるが、その背に迫る刃!


「ア、アル……!」


 自分たちを包む力強い腕、その彼が傷ついてしまう!


「……おいたは許さないよ」


 低い声が響き、その瞬間、飛ぶナイフが粉々に砕け、アルフレッドのすぐ後ろで雪のように降り注いだ。


「何がインマヌエル2世……何がクズ……何がゴミ……」

「なっ!」


 隠し持っていたナイフを探ろうとするメリーを、背後から羽交い締めにするのはジェイク。

 素早く駆け寄りマゼンタがメリーから、布に包まれた第二枢機卿を引き離す。


「第二枢機卿! 大丈夫ですか?」


 布を剥がし、まずは確認をと思ったのである。

 すると、


「駄目だ!」


セシルの弟のユールが、マゼンタを抱き後ずさる。


「何をするの!」

「安易に近づくな! 気を抜くんじゃない! 見てみろ!」


 先、自分がいた場所には、何故かナイフが刺さっている。

 動けないはずのメリーが、羽交い締めの状態のまま、膝の辺りに隠しポケットを作っておいたらしく膝と首を曲げ口にくわえ、首を振って投げたのだ。

 回り込んで後ろから迫ったラインハルトが、首を圧迫し気絶させると、自殺をしないように轡に、手足を固く縛り付けた。

 そしてようやく落ち着いた中、


「も、申し訳ございません。第二枢機卿閣下が怪我をされたと言うことでしたので、気を抜いて……」

「イーリアス。黙りなさい。手当てをしなさい! 貴方が悪くはないわ! マゼンタ。お願い! 治療を」


アマーリエは言い、隣にいたルシアンの妻フレアやラインハルトの妻アルベルティーヌ、カーティスの妻サリサに、


「お願い。アルキールを! それに、シシリアもラファエルとセリアーナと安全なところに! ジョン! ミーナ! ユールと行って頂戴!」


息子を躊躇いもなくアルベルティーヌの腕に抱かせると、促す。

 屋敷に誰かが入り込んでいるかも分からない。

 武器を持たない存在は、先に安全なところで守らなければ。


「ミリアム!」


 アーティスは、駆け寄ると布を剥ぎ取る。

 そして、肩と背中、足が赤く染まっている、顔をしかめ痛みを堪える第二枢機卿を抱き上げる。


「ど、どうして? 何があったの? 言って!」

「父さん! 怪我人に乱暴にしてはダメだ!」


 イザークはアーティスから抱き取ると、声をかける。


「第二枢機卿様ですか? どこが痛いか言えますか?」

「ご、ごめんなさい。私は回復の力があるのだけれど、どう言う訳か、自分自身を回復できないの」


 苦しげに荒い息を吐く。


「その回復は元々、自分以外しか無理なのですか?」

「いいえ……実は、メリーと言う彼女は、私の侍女で……旅の途中、突然護衛にナイフを……そして、私は首筋を叩かれて……それで意識を取り戻したら、力が使えなくなっていたの」

「もしかしたら、封じられたんだよ。だから」

「キャァァ! やめなさい! 人のどこを触るんです! 脱がさないで!」

「怪我と回復などの術を封じられてる印か何かを探さないと、怪我の治療ができないじゃないか!」


 アーティスが枢機卿の衣装を剥がそうとし、脱がされたくないミリアムは悲鳴を上げる。


「嫌ぁぁ!」


 ドンッ!


アーティスの頭に拳が落ちる。


「いったぁぁ!」

「それはセクハラだ。アーティス。それにあざは見えている」

「えっ?」


 バルナバーシュは首筋を示す。


「見えないよ?」

「見えないように闇の術をかけている。……ミリアムだったね。君に聞く。この闇の印は聖なる力を吸収する。他の術者が君に術をかけたとしても、それも奪い取り、君の身体を癒すことができない。この闇の印を剥がす為には、強大な力が必要だ。多分アソシアシオンでも数人の力、もしくは教皇なら1人で済むかもしれない」

「無理だ! ……教皇は力なんてない」

「えっ?」


 ミリアムも周囲も目を見開く。

 教皇は代替わりの際に、力の強い枢機卿達を集め選ぶ。

 どう言うことだ?


「……今の教皇……サーパルティータの私の伯父は、力を急に失った。そして、それに焦って怪しい者を怪しまれないように集め始めたんだ。その中に、君の侍女……彼女もいた。だから調べなくてはと思っていたんだけど……彼女、君から離れなくて……君を人質にしている感じがしたよ」

「そ、そんな! ……っ!」


 痛みに苦しむミリアムを見たアーティスは、妹の夫を見る。


「バルナバーシュ殿。お願いします。僕の力なら、最盛期の教皇に匹敵すると思う。僕の力を使って! 攻撃の術なんていらない! 神に反逆する者を攻撃する、裁くんだと言うけれど、そんなのじゃない。アソシアシオンは、自分の母国に有利になるように教皇や他国の枢機卿と力や裏金を使って生きる……僕が第一枢機卿にいられたのは、教皇や他国の闇情報を握っていたからだよ。あの世界は闇だ。その中でただ一人、人々に誠実に、真摯に、優しくあれた彼女の力を無くしては、世界は本当に光が失われる!」

「だ、第一枢機卿?」

「お願いします! 僕は力を失っても良い! だから!」


 バルナバーシュは驚いたように目を見開くが、すぐに、


「では……私はこの術を解除しよう。そして、アルフィナ?」

「あい、おじいしゃま」


トコトコと近づいてきたのは、5歳にしては小柄な愛らしい女の子。

 心配そうにキャスリーンが手を繋いでいる。


「おねえしゃま、こんにちはーの。アユフィナでしゅ」

「あ、キャスの娘の……アルフィナね? 初めまして……ミリアムです」

「みーおねえしゃまの、痛い痛いがなおりましゅように……」


 ミリアムの手に触れたアルフィナの可愛らしい声に重なるように、声が響く。


『闇の力よ。ミリアムの身から離れ、術を使ったモノに戻れ! それと共に、その使い手の力を奪いとれ!』


 すると、黒い何かが首筋から流れ出し、それが掌の上で丸くなると、次の瞬間何処からか、


『赦さぬ……赦さぬ! 何故、わしは父に認められぬのだ! 何故、わしを忌み嫌うのだ! 位を譲れ、この老いぼれ! いつも、力のあるアーティスとアマーリエばかり褒めて、私をクズと殴りつける……!』


と言う地よりも深い沼底より響くような声が聞こえてきた。


『フッ……ふははは! あの時見つけたエメルランドの可愛げのない女……妃にしてやろうと言葉をかけてやったと言うのに……見下した目を! アーティスと比べるな! わしはサーパルティータの皇帝になるのだ!』

『そうだ。其方は正しい。そして、あの男を見つけ出せ……義父も妻も殺した我のように、意に沿わぬ者など殺し尽くせ!』

『そうだ! わしは皇帝、わしが世界を支配して何が悪い。フフフフ……伯父の力では足りず、アソシアシオンの能力者の力を喰らい尽くしてやった。この玉でアーティスを殺し、エメルランドの女を苦しませて、わしにすがるようにさせてしまえ!』


 バルナバーシュは長い指でその玉を握り潰した。


「……クズめ」


 静まり返った部屋の中で、バルナバーシュの声だけが広がったのだった。

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