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イザークの怒りとアーティスの悔しさ

「……大丈夫かなぁ……」


 アーティスは心配そうに箱を確認すると、蓋を開け指輪を抜かないまま添えられていたカードを手にし、それを指輪の箱の外のビロード布の間に挟み、クイっとひねると声が聞こえた。


『私は、男の子が欲しいです。貴方に似た男の子が』


 優しそうな女性の声が聞こえ、そして不思議そうな声が、


『どうして?』

『だって、貴方に似たらきっと、貴方のように優しく強い子供になるでしょう?』

『僕は、君に似た可愛くて賢い女の子も良いんだけど……』


箱に録音した声が流れているらしい。


 すると、娘を抱いて祈るようにじっとしていたイザークが振り返る。


「……母さんの声!」

「えっ? 母さん?」

「その箱を、アルキールから預かったのは俺です。キールの妻は俺の妹ですから」

「……君が……」

「俺達の母でした。俺とセリナは親の愛情をほとんど知らなかったし、シシリアは生まれてすぐゴミの中に捨てられていて、引き取られた先でも虐待を受けて逃げてきたんです。流行病にセリナがかかって、教会のポーションは高くて、俺は小さい頃近所のばあちゃんに聞いていた、とても優れた薬師が街の外れに住んでいると聞いて、お金をかき集め、妹を背負って行きました」


 セリアーナはずっとソワソワしていたこともあって、いつの間にか父の腕の中で眠っていた。


「じいちゃんは『何故ここに来たのだ』と言いました。『赤い門から入ってはいけない。私達が処刑執行人だと分かっているのか?』そう言いたかったのだと思います。俺は、そんなことより妹が大切だったから。じいちゃんと母さんはセリナを助けてくれた。しかも、お金はいらないって。その上、俺がじいちゃんの作る薬草や、母さんとキールの作るポプリを持ち出して、街で売ることに目を瞑ってくれた」

「……」

「代わりに、ゴミの中からポーションのボトル瓶を集めて、綺麗に洗って、ポプリの為の布を安く買って、3人で届けに。そうすると母さんが料理を作ってくれて、お風呂に入って服を洗濯することも、教えて貰った。勉強も、文字や計算も、じいちゃんが教えてくれた。マナーも喋り方も。じいちゃんと母さんが教えてくれた。でも、あの日……」


 唇を噛み締める。


「……聖職者ってのは、そんなに偉いのか? 俺達にとって本当の家族だったじいちゃんと母さんは、辛そうな顔をして赤い門を出て、戻ってくる時はいつも苦しんでいた。うなされている時もあった。それに、フェリシア様を殺すことになったキールとセリナは、優しくして貰ったあの方を自分の手で殺してしまった絶望で、命を絶った。何で、フェリシア様を救ってくれなかったんだ! 自分達が選んだんだろ? 守れよ! そうすれば……そうすれば、俺は親友も妹も失うことはなかった。母さんもじいちゃんも守れたかもしれない……俺達は、最近まであんなクズ……金貸しに、ポーションを金貨10枚で売るような奴を、拝まなくちゃならなかったんだ!」

「イザーク……」

「言わせてくれ! あんたにはいい思い出しかないんだろ? キールには、地獄の日々だ!」


 アーティスはボロッと涙を流す。


「な、泣いても、聞かせてもらう!」

「違うよ。自分が情けなくて。それに、私にとって必要のない金貨が、こんなにも必要だったんだと……」

「か、金持ちだからって……」

「違う! 私は……えと、言語学と歴史、そして遺跡を辿っていて……様々な国にあった古い書物を解読して……どうしてこの国の処刑執行人に彼女達の一族がと。それに、彼女を探していて……見つかったら、枢機卿を辞めて連れて逃げようと思って……いたんだ。それに、僕は母国では母を亡くした父が懐疑心が強くなって、王太子の兄も暗殺者を送り込んでくるし、兄の息子も枢機卿の位を狙う俗物で……ジェイクが守ってくれていたんだ。権力から遠ざかることで、自分の命を惜しんだんだ……彼女を探したくて……」


 項垂れる。


「ヘラヘラと笑って、権力を欲しがらないように見せて……探して来たんだ。でも、でも……もう会えない……息子にも一目も会えなかった……」


 泣き出すアーティス。


「僕は、何で……馬鹿なんだろう。もっと早く、逃げておけば……」

「逃げて……?」


 イザークは問いかける。

 子供のように泣きじゃくる主人を担ぎながら、ジェイクが答える。


「……坊っちゃまは、若い頃から母国の父帝様や皇太子、皇太子の子供達が雇った暗殺者に命を狙われている。もしアルキール殿下のことが解れば、この国を滅ぼしていただろう」

「はっ? 何故……」

「坊っちゃまは、何を見ても記憶する、どんなに昔のことでも細かく覚えている。それに小さい頃、その頃の教皇と様々な国を巡った時、その国の腐敗、国の隠したがっている秘密、それを全て覚えていた。幼い坊っちゃまの前では理解できないだろうと小声で、坊っちゃまの母国周辺では使われない言語ですら記憶しておいて、後日思い出して、『彼はあぁ言っていた』『このようなものを隠している』と教皇は聞き、それを利用して自分に翻意を持つ枢機卿を次々捕らえ、国に神の裁きとして、坊っちゃまは命令通り雷を落とし、幾つもの国の国王、その後継者を殺していった。まだ心が幼く、教皇は幼く素直な坊っちゃまを傀儡として利用したんだ」


 アマーリエは真っ青になる。

 一時期、兄にしばらく会えなかった。

 アマーリエはアソシアシオンで聖女として教育を受け、アーティスは教皇の外遊について行っていた。

 その後、暗い表情をした兄が会いに来て、


「アマーリエ……君は聖女に向いてないよ。もっと広い世界に出ていくべきだよ」


と言い残し、母国に戻ると、この国に嫁ぐようにという父の手紙を持って帰ったのだった。

 もしかしてその時に、父は兄の能力を見抜き、二重スパイとして戻るようにと命じたのだろう。


「どうして! お兄様。何故教えてくれなかったの!」


 兄を見上げる。


「お兄様は! どうして! 私を、私を信じてくれなかったの?」

「アマーリエは、僕にとって一番可愛い妹だから……あの頃からたった一人の家族、可愛い妹だから……お兄ちゃんは守らないと……」

「お兄様! ……あ、あぁ……」


 急に顔色を変えるアマーリエ。

 すると、キャスリーンが駆け寄り身体を支えると、アマーリエの下半身から流れる水を確認する。


「お母様! 大変! 貴方! お父様! お母様が破水しました!」

「は、破水?」

「お母様! まずは休んで下さい。そして、お父様、ベルンハルド様、側についていて差し上げて下さい」


 この屋敷の女主人が動けないのだから、その嫁になるキャスリーンが主として動く。

 こういう場面では男は役に立たないのだ。


「お、お兄様……」


 アマーリエは息子のアルフレッドに抱かれ、ソファに横たえられると、兄を探す。


「ア、マーリエ……」


 ジェイクに降ろされたアーティスは、顔色を変えて駆け寄る。


「ご、ごめん……ごめんなさい……」

「お兄様! すぐにビービーと泣くものじゃありません! ……って言わない妹で良かったですわね」


 ふふふっ!


と笑う。


「お兄様。妊婦っていうのは、そんなにヤワじゃないわ。私のお姉様であるロッティリア様も、アルキール殿を生んだのよ? 私だって、前は難産だったけれど、アルフレッドを生んだの。この子もちゃんと生んでみせるわ! で、女の子ならロッティリア。男ならアルキールね。お兄様に似ないと良いわね」

「ア、アマーリエに似たら……優しくて強い子だね……」


 しゃくり上げる兄の頭を苦笑して撫でると、真っ青な顔のイザークを見て手招きする。


「イザーク殿」

「大奥様! も、申し訳……」

「ストップ! 謝罪は貴方に私が言わなくてはいけないの。私の力が足りなくて……貴方方のように辛い思いをする子供達を作ってしまった……それに、貴方の家族を守れなかった。本当に、先代王妃として、申し訳ないと思っています。そして……」


 イザークの頭を撫でると、微笑む。


「イザーク殿は私の甥であるアルキールの兄弟で、アルフィナの伯父様だから、私の甥。もう情けないけれど、お父様をお願いね」

「お父様……」

「泣き虫でお子様だけれど、本当に不器用なの」


 しゃくり上げながら、妹の手を握る兄を見る。


「このお父様は破壊魔王なのよ。でも、とても天才。その代わり武器は苦手ね。だから、イザーク殿。貴方と家族の命を優先して、その次にこのお父様を守ってくれないかしら?」

「えっ?」

「えぇ? アマーリエ! 僕は……」

「だってロッティリア様の息子ですもの。お兄様の息子でしょ? 甥として宜しくね? 泣き虫なお父様だけど」

「うちの親父……そう言えば、馬鹿やって死んじゃってますね。一応……俺はキールの兄弟なので、父さんで良いですか? それにしても……」


 ヒックヒックしゃくり上げる、良い歳をしたおじさん……一応親友にそっくりだが、あいつは泣かなかったなぁと遠い目をする。


「じゃぁ父さん。お願いしますね。この子は貴方の孫です。セアラーナ。歳は7歳です。アルフィナ様の従姉妹です。大人しい子ですが、優しい子です。そして、今、奥の部屋にいるのが妻のリリアナです。もし、男の子だったら、父さん、名前をつけてやって下さい。お願いしますね」

「ぼ、僕が?」


 目を見開く。


「何で……自分の子の名前だよ?」

「セアラーナは妹が欲しいと言い張って、女の子の名前しか決めてないんです。俺は、男の子がいいんですけどね。それに、最初の男孫が生まれたら、祖父につけて貰うのがこの国の風習です。お願いしますね。でも、キールとかはやめて下さいよ? アマーリエ様に取られてますよ」

「あ、そうだった! えっと……男の子だったらラファエル・ヴァルター」

「はっ? あっさり決めた……考えてたんですか?」

「ううん」


 首を振る。


「ラファエルは薬の神、医師の姿で大地を旅する神。薬草を見つけては自分の身体で試して、様々な薬を生み出したんだ。ヴァルターは豊かな才能……君の息子ならすごい子に育つと思って……」

「……父さんは天才か変人か分からなくなりましたよ。えっと、名前を書く紙は……」

「大丈夫。覚えてるから」

「……変人ですね、父さんは」

「違うよ〜!」


 新しい家族の言い合いに、アマーリエと周囲は笑う。

 そして、奥の部屋から大きな泣き声が響いたのだった。

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