アルフィナと姉弟のマナーレッスン
アルフィナはセリアーナと共に、ケルトの弟ヨルムと勉強していることが多い。
セリアーナはジョセフィと同じ歳で、父親のイザークがアルフィナとアンネリ付きの近衛、母親のリリアナはもうすぐ臨月で、アマーリエの赤ん坊の乳母になるらしい。
ジョセフィは、勉強したり遊んだりする時間以外は、ベルンハルドの元に行くことになっていた。
そして、スカーレットは名前をマゼンタに変え、まず女官としてのマナーレッスンを始めた。
先輩は、3歳上のリリとエリである。
アルフィナ付きの女官の双子はよく似ていたが、とても優しく、親切で色々な話を聞かせてくれた。
すぐに仲良くなった。
本当に聖女時代より楽しかった。
マナーやルールを覚えて、理解して守るのは当たり前だと小さい頃から言い聞かされていたし、今よりも聖女時代の方が束縛や命令、意味の分からないルールが多かった。
それに、第1枢機卿だったアーティスが名付け親と言うこともあって、同年代の聖女見習いに嫌味や意地悪を言われることも多かった。
嘘をつくわ、呼び出されて閉じ込められたりして足を引っ張る人間も多いし、表向きは笑っていても影で悪口は当たり前だったから、余計に面倒くさいとすら思っていた。
でも、この屋敷は主人であるアマーリエ夫妻や、今度結婚するアルフレッドと御婚約者のキャスリーンは優しく、マゼンタの弟が仕える事になったベルンハルド殿下は、温厚で姪の姫達を可愛がる。
そして現在、滞在している外交大臣カーティスの家族、辺境伯で騎士団長のラインハルト一家、そしてフェリシアを生き返らせたのと引き換えに術力を全て失い、その上、一時的に心肺停止状態となり、回復したものの右半身不随という後遺症と戦う元魔術師長ルシアンの家族も滞在しているが、元々ラインハルトの姉がカーティスに嫁ぎ、ルシアンの母がカーティスの叔母という親族ということもある。
その上ラインハルトの家は辺境に領地があり、その隣国のエメルランドと縁があり仲が良かった。
それに、アマーリエ一家に仕える家令と執事、女官長は大伯父達である。
家族だから特別扱いはない。
それが逆に、真剣に仕事に励もうと思ったのだった。
勉強が終わると、ジョセフィは主人であるベルンハルドの元に向かう。
今日は頑張ったと思う。
年上のヨルムと仲良くなり、ヨルムが教えてくれた遊びとか、色々教わった。
アルフィナは舌ったらずなのだが、それは基本言語を習い始めてまだ短く、普段は、祖父になるバルナバーシュと古代言語を話している。
その方が話しやすいのだという。
それに、その言語に詳しいヨルムの父のルシアンが、通訳をする時もあるし、アルフィナに現在の言葉を教えている。
しかし、教えれば教える程、言葉がなまると言うか、たどたどしくなり、舌ったらずになる。
本人もひどく気にしており、アルフィナの婚約者になるセシルは古代言語を学び、気にして口数が減りつつあるアルフィナに話しかけるらしい。
「でも、アルフィナは賢いんだよなぁ……5歳にしては。僕ももっと頑張らないと……でも、何故、計算とか歴史とか、もうよく分かるんだろう」
呟きながら、トントンと扉を叩く。
「ベルンハルド様。ジョセフィです」
「あ、入っていいよ」
「失礼致します」
母に作って貰ったバッグに筆記用具などを入れて、勉強をする図書室に通い、終わるとそのままベルンハルドの部屋に向かう。
それが日課である。
将来仕えるベルンハルドは基本、何でも出来るらしい。
数ヶ国語の言語や計算なども強く、外交大臣のカーティスの息子であるフレドリックと友人らしい。
その為か、今日は扉を開けるとフレドリックがソファに座っていた。
「あ、ベルンハルド様、フレドリック様、申し訳ございません。すぐにお茶の準備を……」
「大丈夫だよ。君のお姉さんと途中で会ったから頼んでおいたよ」
フレドリックが微笑む。
「そうでしたか、ありがとうございます」
「でも、本当に、ジョセフィは7歳って本当?」
「はい。今度の誕生日に8歳になります」
「賢いよね。家には執事が何人もいてそれぞれ雇い入れるけれど、一応ある程度の仕事をこなして、それを前の邸の家令や主人に紹介状を書いて貰うけれど、結構書き込みが多いんだよね。箔をつけて貰うと言うか……雇って失敗って多くって。でも、私の祖父母がアマーリエ様の親代わりだったんだけど、イーリアス殿やジョン叔父さん、君のお祖父さんが若いのにものすごく出来た人だから、って、うちの侍女や執事見習いを鍛えて貰ったんだって。そうすると一月もしないうちにレベルが上がるし、それに他の家からの諜報員をあぶり出してくれたらしいよ。今でも時々この屋敷にマナーレッスンだもの。家や、ルシアン叔父さんの屋敷に、ライン叔父さんの家のところの半分と、元王宮の女官は全てここでマナーレッスンを受けた人ばかりだよ」
「えっ!」
「ミーナ殿はジョン叔父さんの奥さんで、ガイ兄さんのお母さんで、アルフレッド兄さんの乳母。セラ殿はアマーリエ様付きだったらしいからね」
ジョセフィは驚く。
大伯父達は王宮の女官を教育している?
「だからベルに、お前、貴族の学校だけしかないこの国に、執事や女官、高級侍女と言った人々の学校を作ればいいのにと言っているところだよ」
「あのさ、フレドリック。私は、兄上の側近としていたいの。それに、そう言う学校作っても、バカなことをする人間はいるんだよ。クズはね。何かにつけてお金をせびったり。生徒の親もお金さえ出せばって言うのだって。そんなのより私はもっと知識を磨きたい。そしてアルフィナを守ってあげたい。あの事件以降、まだ外に出られないからね……」
「あの事件……ですか?」
聞こうとすると扉がノックされ、
「失礼致します。お茶をお持ち致しました。若君、フレドリック様」
ワゴンを押しながら入ってきたのは、ジョセフィの姉兼女官見習いのマゼンタ。
ニコニコと微笑むのは、ワゴンに乗っているアルフィナ。
「ハユにいしゃま! フレディにいしゃま! ジョセフィにいしゃま!」
「アルフィナ様。押さえてますから降りましょうね?」
「あい。あいがとうごじゃいましゅ。おねえしゃま」
ぴょんと降りたアルフィナに、ベルンハルドは椅子から立ち上がり、机を回ると、駆け寄ってきた姪を抱き上げる。
「アルフィナ、来てくれたのかい?」
「あい! ハユにいしゃまに会いたいにゃーって」
「お兄ちゃんも会いたかったよ〜! 本当にアルフィナは頑張り屋さんだから、ご飯の時位しか会えないからね。今度、お兄ちゃんとお庭で遊ぼうね?」
「あい!」
デレデレの二人に、茫然としていたジョセフィは、フレドリックに引っ張られソファに座らされる。
そして、マゼンタは慣れた手つきでお茶を淹れ、それを驚く程優雅にテーブルに並べた。
一応、ジョセフィには薄めのお茶でお砂糖入り、アルフィナにはお茶ではなくジュースを並べる。
「どうぞ、ベルンハルド様、フレドリック様。皆様のお好きな熱さがまだ分かりませんので、基本の温度でお淹れ致しました」
「マゼンタは習っていたの?」
フレドリックは優雅な手つきでお茶を飲み、微笑む。
「本当に美味しいよ」
「ありがとうございます。これは特技というか、趣味なのですわ。アーティス様はお茶が好きなのですが、猫舌でそれに甘党なので、アーティス様が飲みたいと言われた時に、丁度いいものをお出しできればと。小さい頃からですの」
マゼンタは虹彩がキラッと輝く。
マゼンタは髪が銀、そして瞳は青と思っていたのだが、虹彩は青ではなく、紫に近い赤。
何故スカーレットとつけられたのか皆不思議がっていたのだが……。
「マゼンタは、赤色なの? 瞳」
「いいえ」
コロコロ笑う。
「これは、化粧のほとんどしない聖女の数少ない着飾る方法ですの。私は元々淡いブルーです。でも、色を変えたら印象が変わりますでしょう? それで色を変えておりますの。これは目だけではなく、髪も、一時的にタトゥーを入れることもできますわね」
「おねえしゃま。アユフィナもできゆ?」
「えぇ。きっと。でも、アルフィナはこのままが一番可愛いわ」
「おねえしゃま、きえいにょ。だいしゅきにょ!」
マゼンタは妹のように思えるアルフィナに微笑みかける。
「ありがとう。私も大好きよ」
「じゃぁ、マゼンタ。君も少し休憩して。お茶を飲んで」
「それは出来ませんわ」
「大丈夫だよ。ここにいるのは、君のことを知っている者だけだからね」
「……では、ありがとうございます。若君、そして皆様」
マゼンタはベルンハルドに勧められ、席に着くと、普段のお転婆には全く信じられない優雅な姿でお茶を飲む。
「すごい素晴らしいマナーだね」
「……私はアーティス様の見つけた、第1枢機卿を後見人に持つ聖女見習いでしたから。まぁ、普段はお転婆でしたけれど、ある程度は祖父や母に叩き込まれましたの」
微笑むと、こぼしかけた弟のカップを平行にする。
「ジョセフィもまだ今のうちよ? 分からない事は分からないって時にはっきり言うこと。今更聞きに来られてもなぁ……になるわよ」
「時々、姉さんが分からないよ」
「女は化けるからね」
マゼンタはクスクス笑ったのだった。




