大邸宅に訪れる聖女姉弟
「うっわぁ……でっかいわね」
「そりゃそうだよ。この屋敷は、この国の中で一番大きい屋敷だよ」
「……ねぇ? ジョセフィ。どうしようか?」
「何が?」
姉が走り出したりしないように手を握っている。
「この中に入れて貰えるかしら? それとも侵入しようかしら?」
「馬鹿ですか」
14歳の姉の一言にバッサリ切り捨てる。
「正面からは難しいでしょうね。使いを送っていませんから。でも、裏門なら大丈夫ですよ」
「えぇ? 何で?」
「お忘れですか? ここに大伯父上方やガイ兄上がいらっしゃいます。呼んで頂くんです。それに僕は何度かお邪魔していますから、行きますよ! 大人しくして下さいね!」
スカーレットを引っ張り、ジョセフィは歩き出したのだった。
裏門の衛兵の前に、姉弟が姿を見せる。
「こんにちは。あの、私はこちらのアルフレッド殿下の執事、ガイ殿の従弟のジョセフィと申します。前に何度か祖父とお邪魔させて頂きました」
「執事の……では、確か……」
「はい。祖父はアーティス様の執事のジェイクと申します。ご挨拶できませんでしょうか?」
「少し待って貰えるかな?」
二人のうち一人が、中に入っていく。
そして、
「こちらにどうぞ」
待っている間にと休憩室らしい部屋に案内して貰うが、そこにはテーブルに椅子、そして可愛いクッキーが置かれている。
長椅子に座ると、ストーブに置かれていたやかんからケトルに注ぎ、そしてカップに注いだ。
「どうぞ。寒かっただろう?」
「ありがとうございます」
「同僚が戻ってくるまでここで、そのクッキーやケーキもどうぞ。お嬢様方が作ったものでね。今日持ってきて下さったんだよ」
「お嬢様?」
遠慮なく手を伸ばそうとしていた姉の手を容赦なく叩きつつ、彼を見上げる。
「えぇ。アルフレッド殿下のお嬢様アルフィナお嬢様と、遊び相手のセリアーナ達がね。お嬢様は5歳になられたばかり。セリアーナは7歳で、他の子も変わらない位だね。その中でもお嬢様は、本当にお可愛らしい方だよ」
「お嬢様の作られたクッキーを、私達が頂いても大丈夫なのですか?」
「あぁ。わしらは休憩時間に一枚で満足なんだ」
「ありがとうございます。美味しそう!」
スカーレットは手を伸ばし、一枚取ると口に運んだ。
そして、
「お、美味しい! えぇ? そ、それに何なの? このクッキー、疲労回復、体力回復効果があるわ? 何で? クッキーなのに!」
「よく分かったね。お嬢ちゃん。これはアルフィナお嬢様が今度のフェリシア様の結婚式の後のパーティに並べるんだって、日持ちのするお菓子を順番に作っていらっしゃるんだよ。この前はカップケーキ、その前は大人用のお酒入りのフルーツケーキだったね。味見を兼ねてと私達にまで振舞って下さるんだよ。お嬢様は、私達にはよく分からないけれど、力がずっと放出された状態のままで、制御が難しいそうでね。今、その訓練をしながらマナーにダンス、会話レッスンをされておられるからね」
「会話レッスン?」
「お嬢様にはまだ勉強は早いからね。あぁ、このハーブティは、フェリシア様と婚約者のケルト様が育てたものだよ」
ジョセフィはフーフーと息を吹きかけ、マグカップに口をつける。
「あ、美味しい……」
「ゆっくりしているといいよ。あはは、もうそろそろ、お嬢様が走ってくるかもね」
二人が美味しいお菓子に集中していると、パタパタと走ってくる音と、
「アルフィナ! ここは走っちゃダメだから、ゆっくり歩こうね?」
「お嬢様。転んでは痛い痛いですよ? セシル様と手を繋いで下さい」
「あーい! にいしゃま! ガイにーしゃま。おてて!」
「お嬢様? ご挨拶しましょうか?」
外が賑やかになる。
「あ、門番のおじしゃま。こんにちはにゃにょ。クッキーコゲコゲにゃいれしゅか?」
「お嬢様。ようこそ。昨日もありがとうございます。本当に美味しかったですよ」
「えへへ……『おいしくにゃーれ』ってお願いしたのれしゅ。良かったれしゅ」
「アルフィナ? 『おいしくなーれ』は毎回はダメだよ? 熱出したりしたら、お兄ちゃんも、アルフィナのお父さんもお母さんも心配するでしょ?」
という声と共に扉が開く。
スカーレットとジョセフィの従兄叔父のガイと、紫の瞳と金の髪の美少年。
そして、二人が手を繋いでいるのは……。
エメラルドのような瞳と、金茶色の見事な髪の美少女。
「こんにちはーにゃのれしゅ。よーこしょおこしくらしゃいました」
「お嬢様。二人共私の従姉の子供達ですから。そこまで丁寧にしなくて構いません」
「おべんきょーにゃにょ。ちゃんとごあいしゃつしゅるのれす」
「……うーん、何で、アルフィナは一杯頑張っているのに、マナーレッスンすればするほど、言葉がたどたどしくなっちゃうのかな〜?」
スカーレットよりも年上の青年域に達しつつある彼は、アルフィナを抱き上げる。
「わかんにゃ〜い。おにいしゃま、おとうしゃまとおかあしゃまに、ちゃんとおめれとうごにゃいましゅいえゆかにゃ?」
「言えるようになるよ。それにちゃんと言えなくても分かってくれるよ」
「わーい!」
「可愛いなぁ、アルフィナは」
美少年は微笑み、アルフィナの頰に口付ける。
「セシル様。旦那様に言いますよ?」
「わぁ! やめて!」
ガイに軽く窘められ、慌てて謝る。
「セシル様。お嬢様をお願いしますね。そして、二人をありがとうございました。二人共。お礼を言って?」
「ありがとうございます。とても美味しかったです」
「休ませて頂いてありがとうございました」
二人は頭を下げて、ガイを追いかけていった。




