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【番外編】処刑執行人の人生9〜聖女見習いが来た。

 アマーリエとアルフレッドは、バルナバーシュとベルンハルドと共にアーティスを出迎えたのだが、


「お、お、お兄様? そ、それは何ですの?」


じいこと執事と共に来た兄の姿に、アマーリエは信じられないと言いたげに叫ぶ。


「ん? それって?」


 キョトンと首を傾げたアマーリエの兄は、一応親族に会うとはいえ、髪はぐしゃぐしゃにしばられ、服はだらしなく乱れ、ついでに履いているものが片方が部屋ばき、片方が靴だったりする。


「お兄様の身に纏っている服に装飾品、それに、その髪ですわ! あの真珠やダイヤモンドがギラギラの髪飾りは? 腕輪に、ゴテゴテの刺繍の枢機卿を示す腕章がない! そ、その服はぁぁ?」

「あ、これ? そこらへんにあったのを着たんだ。僕、枢機卿辞めたから。そっち系の衣装は片付けて貰ってるから」

「や、辞めたぁぁ?」


 今度は、アルフレッドが叫ぶ。


「何故ですか? サーパルティータのお祖父様から聞いていませんよ? それに、辞めるなら一応儀式とか……」

「無理無理。僕、アソシアシオンの内部情報精通してるからさぁ。普通に辞めさせて貰えないよ〜。それに、父上や兄上に相談してご覧よ〜。逆に情報吐かされて、アソシアシオンの暗部から追われるもん。嫌だよ〜。ようやく辞める決意持てたのに〜。あ、でね〜。昨日、教皇閣下の元に枢機卿を辞めますって封書を書いてね? その時、アソシアシオンで貰ったものを返還して、着いていた修道士に返すからって言っておいて貰ったんだ〜。けど、じい達に片付けて貰っているんだけど、僕って私物、ほとんど何にもないんだよね〜。まぁ、向こうに残してる自費で購入した本とか、私物は全部返して貰おうかなぁと思ってるんだけど〜。一応僕、あっちでは歴史学と言語学の研究者で、主に様々な本を解読しているから〜。あぁ、あの部屋のもの、ないと生きてけない……」


 アーティスは何故か子供っぽいと言うか、自分を『僕』と言い、時々語尾が伸びている。

 それに、普段はキリッとしていたアーティスが、出されたお茶にドバドバとお砂糖を入れ、混ぜずにグイッと飲み、


「アマーリエ〜。お茶が苦いよ〜! 僕が甘党なの知ってるでしょ?」

「……お兄様。昔から何度も申し上げましたわよね? 底に砂糖は溜まるものです。面倒がらないでご自分で、スプーンで混ぜて下さいませ」

「あ、そうだったね〜……これでどうだ! って……あっまーい! ……うえぇぇ……」

「それだけ入れたら、まだお茶を飲んだことのないアルフィナも甘いでしょうね……」


 つい、ベルンハルドが呟く。


「やめて。あの子に虫歯ができたら、私泣くよ。あの子、綺麗な歯なんだから。でも、もうそろそろ乳歯から生え変わるんだよね。心配だよ……」

「そうですね……」

「息子達、逃避しない! アマーリエがキレそうだよ!」


 バルナバーシュは逃避しかけた息子達を現実に戻す。


「お兄様! 私、昔から申し上げましたわよね? どうして服を表裏ひっくり返して着るんですか? それに何故、その髪の色に瞳なのに、金の飾りでエメラルド! ついでに、ピアスはルビーはやめて下さいませ! あぁぁ! お兄様は全く枢機卿として、研究者としては最高ですけど、お兄様は手抜きばかりで、ジョンの双子のジェイクがいないと全く人間失格ですわ!」

「ジェイクも、アーティス様のやることを面白がる性格ですしね」


 イーリアスは遠い目をする。


 自分の弟達の中で、ジョンははっきり言えば癖のない父性溢れる温厚な紳士で、息子のガイが成長するまではアルフレッドの養父兼執事だったのだがその後、ガイが成長するとその地位をあっさり譲り、家令兼執事をまとめつつ、アマーリエに付き切りだったイーリアスの代わりに執事長として大きな屋敷に働く者を纏めてくれた。

 元々真面目で仕事に生きがいを持っており、妻子を愛して、屋敷の者全てに気にかける……一番この仕事に向いているのではと思っていた。

 特に最近は、可愛いアルフィナという主人に夫婦で仕えることに、幸せを感じているジョンである。

 そのジョンの双子がジェイク。

 ジョンとは違い、ジェイクは若い頃からかなり破天荒な性格で、自分にはこの職は合わないと書き置き一つで行方不明になったことや、サーパルティータの街では情報屋をしていたとか、怪しい噂に事欠かず、イーリアスやその親などは最後まで、アーティスの家令に勧めたがらなかった。

 しかし、変わり者ながら、わがままというよりある意味世間知らずの主人をある程度誘導していくタイプで、


『馬鹿は嫌い』


を公言し、現在もう60歳になるのに王太子として何の功績も残せず、それでいて定期的に主人に毒を盛ろうとする馬鹿をそろそろ王太子位から引き摺り下ろし、主人を王位につけて裏で操るのが夢というのを実行したがっている。

 だが、アーティスは枢機卿を長年務めたり、深謀遠慮の世界に身を置ける天才児だが、基本的にやる気がない。

 ついでに基本的なマナーと言うか……好きなことに集中すると現実を放棄するので……。


「もう、サラ! ミーナ! 数人の侍女と一緒に、お兄様のお姿を、其れ相応のものにして。髪も丁寧に整えて髪飾りを、その指輪とピアスは……別のものにして頂戴」

「まってぇぇ! この指輪は、この指輪だけはぁぁ!」

「……チェーンに繋いで、ネックレスにして頂戴」


 側近2人を呼び出し、兄をこういう風にしてとあれこれ指示して追い出した後、ずっと後ろに立っていたジェイクを睨む。


「ジェイク……貴方、お兄様が着替えできないのに、笑いをこらえながら見ていたのね?」

「いやぁ……姫様。まずはお久しぶりにございます。アマーリエ様、アルフレッド殿下。そしてバルナバーシュ様、ベルンハルド若様。初めてお目にかかります。私は、イーリアスとジョンの弟でジェイクと申します」


 イーリアスは厳格、ジョンは温厚だが、ジェイクは軽い印象。


「坊っちゃま……アーティス様が自分で選んでいたんですよ。許してあげて下さい。特に、坊っちゃまは好きだった人の瞳と一緒だからと選んだのが、あのエメラルドなんです」

「じゃぁ、服を選んで頂戴! 本当に、兄妹だから許してあげられるけれど、旦那様には本当に失礼だわ! 貴方がお兄様の執事でしょう? 貴方がお兄様の代わりに、旦那様に手打ちにされてもおかしくないのよ?」

「そうですねぇ……あの。坊っちゃまは言えないと思いますので、私から申し上げますね。えっと、こちらの……アルフレッド殿下の上の姫様、アルフィナ姫様ですが、坊っちゃまのただお一人認知されているお子様、アルキール殿下のお子様でした」


 周囲は絶句する。


『アルキール殿下』


 名前に敬称が付いている。


「殿下ということは……サーパルティータの皇位継承権があるということ?」

「そうですね。あ、最近のものではありません。昔、坊っちゃまは私に隠れて何度かこちらにお越しで、アルキール殿下が生まれることも、男だったらアルキール殿下に名前をつけ、秘密裏に戸籍に記載するようにと言付かっております」


 胸ポケットから書面……を差し出す。

 広げて、チェックしたことのない叔父の夫人の名前を呟くアルフレッド。


「……ロッティリア・アナシュカ様?」

「一応、坊っちゃまにはできませんので、私の娘ってことで養女にしてます。アルキール殿下のお母上です。ご存知だと思いますが」

「この名前が本名?」

「坊っちゃまが愛称としてロッティと、あの方を呼んでおりましたので。それに坊っちゃまはロッティリアとアナシュカという薔薇がお好きで、ロッティリア様がよく手入れされているのを見ていましたので」


 薔薇……アマーリエは遠い目をする。

 結構大雑把兄妹だったのだが、兄は薔薇が好きで、よく庭師になりたいと言っていた。

 薔薇は美しいが、病気になりやすく、手間暇がかかる花なのだ。

 でも、不器用すぎて絶対向いていなかったが。


「で、お前は何が言いたいんだ?」


 イーリアスが弟に聞く。

 すると真顔で、


「……坊っちゃまは、あの馬鹿兄王太子に今でもしょっちゅう命狙われています。そしてもう90に近い陛下も懐疑心が強くなり、物忘れが激しく、周囲に当たり散らしては暴君のようになっています。私なら、坊っちゃまの天才的な頭脳を使って、2人を潰してと思いますが、本人は『わーいわーい!やっと面倒なことポイできた〜。だからのんびりやりたかった古書の解読とかしたいなぁ……それに、あの可愛いアルフィナちゃんに嫌いって言われたまま……泣ける……じい。あの子と仲良くできるように何か出来るかなぁ……』と、昨日ベットでゴロゴロしてました」


 アマーリエとアルフレッドは目をそらす。

 目に見えるよう……。


 サーパルティータのアマーリエの長兄は、馬鹿である。

 次男のアーティスがアソシアシオンに行かなければ、即廃嫡で殺されていただろうというくらい馬鹿である。

 しかし、長兄は馬鹿でも母親が正妃で、他の正妃が生んだ王子は病死、暗殺、幼少時衰弱死と育たなかった。

 それに、正妃を愛していた父帝は、側室の皇子を次々異国や有力貴族の婿や養子としてしまった。

 この国と一緒である。


「ですので、サーパルティータに戻れませんし、アソシアシオンにも同じです。坊っちゃまは普段はあのボケでのほほんですが、本気を出したら多分何でも出来ます。それに、窮屈な人生送ってきたので、もう、のんびり余生を希望って感じなんですよね。絶対、亡命したいと思われています。ですので、亡命先をこちらにお願いしたいのです」


 頭を下げる。


「一応、坊っちゃまが取り戻す〜と言っている本以外の貴金属などの貴重品に、サーパルティータとアソシアシオンの内部機密は私と家族がかき集めてきたので、これを餌にすれば大丈夫かと思うのですが……」

「えっ? サーパルティータとアソシアシオンの内部機密?」

「エメルランドに他のものもあるのですが……出しましょうか?」


 アルフレッドとベルンハルドは青ざめ、首を振る。


「い、いりません。貰うならサーパルティータとアソシアシオンにします」

「兄上の意見に同意させて下さい」

「あ、そうでした。アルフレッド殿下。私には娘がもう1人、孫が2人いるのですが、1人がまだ幼いのに誰に似たのか可愛げのねぇませガキで、兄に徹底的に鍛え直して貰おうと思っているのですが、その後、ベルンハルド若様の執事見習いにさせて頂けませんか?一応年は14です」

「14? あれ? 普通、もっと早く始めるよね? 執事になる為の教育って」

「いえ、俺の孫、特殊能力者で、こないだまでアソシアシオンに監禁されて、聖女見習いしてたんですよ。あははは……」


 ギョッとする。


『聖女見習い』?


「坊っちゃまが連れ出してくれたので、13年ぶりに戻ってきたんですけど、もう、わがままで可愛げのねぇ……誰に似たんだっての」


 愚痴る弟を、イーリアスとジョンがお盆と拳で問答無用で殴り飛ばす。


「お前だ!」

「それになんて言う口の利き方なの。アマーリエ様や大旦那様、旦那様、若様に失礼な!」

「それに、下の孫は幾つだ! 14とはいえ、女の子をベルンハルド若様に付けられないだろう!」

「下が7歳だよ」

「お前に似ないことを祈る」


 真面目に祈ると、


「おい! ジョン。ひどいじゃないか!」

「お前に似たら可哀想だ……」


今まで双子の弟にされ続けたいたずらの数々を思い出し、溜息をついたジョンにイーリアスは頷いたのだった。

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