【番外編】処刑執行人の人生8
その日、宿泊先の宿に戻ったアーティスは二通の手紙を書き、封をした。
そうして、側に仕えていた修道士にそのうちの1通を手渡す。
「これを、アソシアシオンの教皇閣下にお渡しして欲しい」
「第1枢機卿?」
「私は枢機卿を下りる。私にはもっと大事なものがあるとようやく分かった。今まで、自分の保身や母国に有利にと動いてきた。それは宗教ではない。私は間違っていた。今更だが、私は私の守るべきものを守る」
「な、何を……何をおっしゃられるのです!」
修道士は、アーティスに幼い頃から仕えている。
修行と言うが、実際は雑用と他国、有力枢機卿との勢力争いを先回りして彼らに情報を集めさせたり、情報を送るようにと言い含めていた。
つまり、修道士と言いつつ、影のような役割をしていたのだ。
「お前のことは、私の良く知っているエメルランドの枢機卿か、新しく就任する甥に頼んでおく。安心しなさい」
「第一枢機卿!」
「アソシアシオンには二度と足を踏み入れない。踏み入れたら最後、私はきっと教皇や、対立してきた他国の枢機卿に捕らえられるか、口封じだろうからね」
苦笑する。
そして、アーティスが小さい頃、先代のサーパルディータの枢機卿に貰った腕輪を外すと差し出す。
「お前には本当に世話になったね。ありがとう……」
「す、枢機卿……」
涙を流す青年を、執事はそっと近づき、落ち着いてから、アソシアシオンに向かうように諭し、下がらせた。
「坊っちゃま……」
「それはやめてくれないか……もう、いい歳のじじいだ」
「私から見れば、坊っちゃまは5歳の頃から全く変わっておりませんよ」
執事と言いつつ、アマーリエの家令イーリアスの弟になる彼は代々サーパルディータの王家に仕える一族である。
「……長い間のお勤め、ご苦労様でした。そちらの封書は母国に送られますか?」
「……お前は先回りが過ぎる」
「でなければ、坊っちゃまのお側におりませんよ」
と微笑む。
その好好爺と言った雰囲気の側近に、照れたように告げる。
「……長年ありがとう」
「……嬉しゅうございます。坊っちゃまはアルフレッド様のように、素直で可愛らしい所とはどこかずれておりましたので大変でございましたから、本当に」
「撤回するぞ!」
「聞きましたから構いませんよ」
拗ねる主人を見つめ、微笑んだ。
数日後、アーティスから会いたいと妹のアマーリエに使いが来た。
文字はいつもの固いものでなく、緩やかで優しく、
『そちらの都合で大丈夫。どうかよろしく』
と書いてあった。
アマーリエは夫や息子達に相談し、日をおかずに会うことにした。
アルフレッドの婚約者のキャスリーンは2人の娘のドレスを楽しそうに選び、自分のドレスも同じ生地を使って作っては、お揃いの色のドレスを着てアルフィナやアンネリと嬉しそうに笑いながら手を繋いで庭をかけたり、スキップをしたり、おままごとをしたりと娘達と同じ年頃になったかのように遊んでみたり、それに、流行の最先端の国エメルランド風のドレスを考えるのが好きなキャスリーンは、清楚で落ち着いた雰囲気のものの多いフェリシアのドレスに、隠しでスリットを入れ、ダンスを踊ると、回る度にふわっと内側のレースが見えるように仕立てさせる。
「可愛いでしょう? やっぱり、フェリシアさまは女の子ですもの。ゆめ可愛いドレスが似合いますわ!」
「ゆめ可愛いって……」
「夢のように儚く、それでいてリアルに愛らしいですわ! ケルト殿は羨ましいですわ〜!」
「素敵ね。キャスリーンは本当にデザイナーのよう」
サリサやアルベルティーヌ、フレアは微笑む。
「やっぱり、これ位がいいわ。清楚さも良いけれど、野暮ったく見えたもの。キャスリーン、ありがとう」
娘のドレスを見立ててくれたキャスリーンに、サリサはお礼を言う。
「いいえ、お姉様方のドレスは本当に美しかったですわ。こちらは本当に織物技術が発達しておりますし、刺繍も。エメルランドでは、こちらの織物でドレスを作るのが夢なのですわ! 私も大好きですの」
キャスリーンは、言いながら恋人の編んだ髪を解いて、編み込みを始める。
「こら、キャスリーン。何してるの? 今日は客人が来るから、遊ばないで」
「うふふ……私達とお揃いですの。ね? アルフィナ?」
「あい! おとうしゃまとおかあしゃまとアルフィナとアンネリ、一緒!」
最愛の恋人と溺愛している娘達に喜ばれると、言い返せないアルフレッドである。
ノックの音が響き、入ってきたガイが、
「旦那様。アーティス枢機卿がお越しです。どうなさいますか?」
「父上と母上の部屋に。準備は頼むよ」
「かしこまりました」
下がっていった執事を見送り、そして立ち上がる。
「じゃぁ、キャスリーン。ここにいてくれるかな? 行ってくる。アルフィナ? アンネリと良い子でここにいてね?」
「あい! おとうしゃま」
微笑み、恋人と2人の娘の額に口付けたアルフレッドは、部屋を出ていったのだった。




