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【番外編】処刑執行人の人生7

 アーティスは一つ一つの屋敷を丁寧に入り、確認する。

 そして、やはりカーティスの屋敷にある、古い聖堂に神らしき存在が静かに佇んでいた。

 神は信仰する信者が多いと力が強くなり、性別は未詳だが成人の姿になる。

 今、ここにいるのは、まだ幼い幼児の姿……。

 背を向けていた幼児は振り返る。

 すると、アーティスの先日見た、甥の娘アルフィナにそっくり……いや、左目の下にホクロがある。

 静かに、


「貴方は何をしにきたのですか?」

「貴方に……お会いしたいと思っておりました」

「私は会いたくなかった」


遠くを見る。


「貴方は、私に会って何がしたいのです? この国には元々精霊信仰があり、薬師がおり、安価で薬を提供して人々を癒してきました。代々私の一族は、表向きは薬師として生きてきたのですよ。しかし、アソシアシオン皇国が教会を作り、枢機卿や神父に精霊信仰を否定させ、高額なポーションを売りつけました」

「ポーションは水薬です。それに、聖女によって得意な力があり、ポーションは数を作れないのです」

「でも、一度ポーションを知ってしまった人々は、精霊を忘れ、昔ながらの薬師を忘れました。私の祖母は、夫と1人娘に心配をかけまいと自分の食事を減らし、街に出てはポプリやハーブを売り歩いた。でも、皆は笑うばかり、収穫したハーブを家畜の餌にされたり、踏みにじられたり殴られたり……祖母は、ある日帰ってきませんでした。夜中探し歩いた祖父が見つけたのは、ここでは口にできない姿の祖母……」


 再び振り返る。

 すると、10歳位だろうか成長した少年。


「祖父は何も言わずに、マントに祖母を包み帰りました。祖母を埋葬し、泣き続ける娘には男装をさせて……祖父は、娘に跡は継がせたくなかった。遠縁の別の街の次男を婿に迎えたかった。しかし、彼は自分の一族の仕事を恐怖し逃げ出しました。しかし2ヶ月もしないうちに冷たい骸となりました」

「君は……何が言いたいんだ? 私にそっくりな顔で……」


 微笑みながら、髪を見せる。


「この髪の色は代々の一族の証。この瞳も……母は馬鹿だ。こんな顔だけの男に騙されるなんて」

「……母……もしかして、お前は私の息子?」

「お前なんか父だと認めない。母を探さなかった。私達薬師を過去の存在としか思っていなかった。ポーションをこの国に広めることで貧富の差は広がり、貧しい者は弱い者を捨てていった。自分は王族で高貴な身。処刑執行人の一族を穢らわしいと思っている癖に!」


 厳しい声に言葉を詰まらせる。


「わ、私は、この国の状況が……」

「言い訳をするな! どうせ、アマーリエ様を嫁がせ、裏でサーパルティータ帝国が政治を動かすつもりだった。でも、アマーリエ様は若くとも女性であっても賢く、気高い方だった。高額なポーションを販売する数を制限し、代わりにハーブや薬草の知識を再度広げた。そして祖父や祖母の仕事が安定し始めた。この程度のこと、サーパルティータ帝国の人間が知らないはずはない。自分もポーションを売る利権を得ていたのに!」

「……」


 心の中を見透かされているようで、心がうずく。


「……母との関係も一時的なもの。母は知っていたから姿を隠した。それでいいじゃないか、あんたは何人もの愛人を持ち、子供もいて、自分の兄妹の養子にしているのだろう?アソシアシオンは高位の者は結婚を許されない。清い存在だと……馬鹿馬鹿しい。あんただけじゃない、他の枢機卿も教皇も欲望にまみれているのに!」


 カツーン、カツーン……。


 いつのまにか成長した青年はゆっくりと近づき、父親と同じ顔で笑う。

 乾いた諦めの色の眼差しで……。


「あんたは知ってるか? お祖父様が体調を崩していた。でも、私を処刑執行人にしたくないと赤い門を開け、母と出て行った。私は待っていた。でも、帰ってこなかった。幼馴染が顔色を変えて呼びにきた。そして、刑場で祖父は手足がバラバラになり、内臓を引きずり出され、目をくり抜かれ息絶えていた。幼馴染に頼み母を探した。そうすると、母は何人もの男の慰み者となっていた……私は、男達を一人一人切り刻んだ。母も、手足を斬られて出血多量で息絶え絶えだった」

「っ!」


 アーティスは青ざめ、青年の握った拳が震える。


「母の最後の言葉を教えてやる。『アーティス様、申し訳ありません。私の自慢の息子を……貴方に見せてあげられなかった……』だったよ。母が死んだ日、あんたはアソシアシオンで遊んでたんだろう? 知ってるよ」

「……」

「あんたのようなクズが父親! はっ! 知りたくなかった。それに、私はアソシアシオンの……枢機卿のあんたから言わせたら異教徒だ。異教徒である私を捕まえるんだろう?」

「……だっ!」


 アーティスは震える声で呟く。


「は?」

「私は、アソシアシオンの枢機卿の地位も、サーパルティータの皇子の地位も欲しくなかった! 私は、家族が欲しかったんだ!」

「家族? いるじゃないか」


 息子を見る。


「私は生まれてすぐ、特殊能力があると言われ、物心ついた頃から何ヶ国語の言葉に世界の情勢、将来枢機卿になるための修行というものを朝から晩まで学ばせられたんだ。年の変わらない兄や弟妹は、父や母に呼ばれお茶会に、ピクニック。私は一緒に行っても、すぐ引き離されて先生の元で……ある時、悲しくてカッとなって両親と兄のいるあたりに雷を落とした」

「……!」


 サーパルティータ帝国の帝王夫妻と王太子に……?


「殺されてもいいと思った。でも、アマーリエが力を消してくれたけれど、兄は私が刃向かったと言った。すると、アマーリエが私を叱りつけた。『貴方は何をされたのか、自覚があるのですか! もう少しで、ご自分のお父上、お母上、お兄様の頭上に雷を落とそうとされたのですよ!』そして、キッと駆け寄ってきた父達を見ると『国王陛下、不敬不遜を承知で申し上げます。アーティスお兄様は幾ら将来枢機卿として教国に留学されるとは言え、陛下と正妃様の子息です。ご自分達が寂しくなるからと言う理由だけで、お兄様を遠ざけるのはいかがなものでしょうか? それにお兄様も、王太子殿下と同じ正妃様のお子様です。私のように母の違う兄妹ならまだしも、ご自分達がお茶をし、楽しそうに会話をされている横で、技を磨け、命令に従えとはおかしな話かと……ご自分や王太子殿下が執務や勉強に励む時間に術を磨け、枢機卿としての勉強をとおっしゃられるのなら解りますが……まだ成人していないお兄様に対して失礼ですし、差別ではないでしょうか? 処罰なら幾らでもお受け致します。しかし、私よりも、陛下方の態度は幾ら国王陛下、妃殿下、王太子殿下とは言えお兄様に対して失礼です。謝罪して下さい!』ってね」


 アマーリエは小さい頃から豪胆な少女だったらしい。


「私は『もういいよ、諦めたから。父上も母上も兄上も、僕が嫌いで、いらないんだって解ってる。じゃぁ産まなきゃよかったのに』って言った。『兄さんと、妹や弟には母上は何かを選ぶ。楽しそうに。でも僕には教国に行くからって兄上のお古か、兄妹がいらないといったものばかりだ!』って叫ぶ度に雷が落ちて、母はキャーキャー叫んでね。兄を抱きしめて怯えた目で私を見るから『……ほら、母上は僕が怖い……そしていなくなって欲しいんだ』って。そうすると父が『アーティス! やめよ!』って、いつも通りの命令。だから怒鳴り返したんだ。『父上も母上も兄上も!僕を抱きしめてくれない! 叱るばかり! あれをしろこれをしろ、命令ばかり! 僕が嫌いなら、可愛いと思えないなら、早く国から出して下さい! もう二度と帰りませんから! 父上や母上、兄上! それに国と縁を切る! 二度と戻ってきません! 僕が嫌いなんでしょ! じゃぁ、いらないから出て行けって言えばいい! こんな国出て行ってやる! そしてこの国を滅ぼしてやる!』って飛び出したんだ」


 言葉をなくす。

 父は父で苦労があったのか……。


 その後、ぶっと噴き出したアーティスは、


「実はね、この後、私は後で聞いたのだけど、アマーリエが『陛下! お兄様のお力は安定していません! 今、感情に任せて暴走させたら、本当に国が滅びます! 陛下方! 追って下さい!』と言うと兄が『父上! なりません! アーティスは教国に送られる身。先程の事も私をひがんでのこと! あいつにはもっと厳しい処分を!』って言った兄に走り寄ると、思いっきり膝を蹴りつけ、倒れ込んだ鼻に頭突きをして、鼻骨が折れ鼻血が出てヒィヒィ泣くだけの兄に『ザマァ見ろ! 王太子だからって甘えてんでしょ! 兄上をひがんでんのはあんたじゃない! 王太子だからって自分が偉いと思わないことね! ばーか!』って笑いながら、私を追いかけてきたんだ。その様子に父が大爆笑。アマーリエはすでにお母さんが亡くなっていたから、父が私の母には娘がいなかったから、正妃の娘として育てるようにって。怒り狂う兄に『お前こそ不遜であっただろう。あれは天性の素質のある聖女だ。まだ幼いが成長すればこの国を栄えさせる力がある。お前はしばらく謹慎しろ。そしてその甘ったれた根性を叩き直すがいい』と説教したらしいよ」


 息子を見上げる。


「アルキール……私の国のサーパルティータでは癒しの神。自分の身を酷使しても弱い者や貧しい者、幼い者、病に苦しむ者に手を差し伸べる神。サーパルティータは神話と教会を都合よく利用しているんだ。私は一度だけ、彼女に言った。男の子ならアルキールと」

「アルキール……」

「私の息子、アルキール……私はアソシアシオンに戻らない。ここに留まるつもりだ。そして、お前達の子供達を守らせてくれないか……あの子……アルフィナには私が祖父だと言わない。でも、お前の成長を見届けられなかった代わりに……いさせて欲しい。ダメだろうか?」

「……」

「嫌われているのは解っている。でも、私の家族はアソシアシオンにもサーパルティータにもいない。ここにいるのだと今思うよ」


 すると、髪と瞳の色以外はそっくりなキールは、光に透けた腕を回した。


「……ありがとう……父さん……」

「……お前こそ、生まれてきてくれてありがとう。私の自慢の息子だよ」


 息子の腕が溶けて無くなった時、アーティスは声を殺し俯いて涙を流し続けたのだった。

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