【番外編】処刑執行人の人生4
……私は一人になった。
祖父は仕事に失敗し、狂乱の中、嬲り殺された。
母は逃げたが、追い詰められ命を絶った。
2人の棺はある。
でも、街の墓に2人の墓は作れない。
ただできるのは……。
「おじいさま、母さん……私は最後の処刑執行人として生きます。そして、私達一族の苦しみが最後となりますように……おじいさまの妹さんの嫁いだ隣の都市も処刑執行人の血は絶え、新しい時代です。アルフレッド皇子が成長して始まる世に……幸せがありますように……」
神には祈らない。
代々のご先祖に、祖父と母を迎えてくれるように祈る。
すると、裏の門扉が開き、3人の姿が見えた。
幼馴染のイザーク、その妹のセリナ、シシリアである。
女の子の2人は目を赤くしている。
「……ごめん……黙ってて。私の家は、代々処刑執行を上から命じられる穢れた一族。だから、君達に会ってはならなかった。ごめん……騙して……」
「キール」
イザークはキッとこちらを見る。
「忘れるな! キール。俺はお前の親友だ! キールの母さんもお爺さんも、俺達を育ててくれた、本当の母さんとじいちゃんだ。俺達から逃げるな!」
「……違うよ。私が逃げるんじゃない。君達が逃げるんだ。今のうちに。街の西に遠縁の馬車を用意させたから、すぐに逃げて。人々は政治に未来が見えない。その苛立ちをぶつける相手に祖父を、母を選んだ! 祖父は最後の仕事だった。隠居して、穏やかに過ごして貰うつもりだった……その場所に逃げてくれ」
キールと呼ばれた私は、薄い樹の箱の中に眠る祖父と母の頬を撫でる。
祖父はその場でもう即死同然だったが、逃げた母を見つけた時には初めて怒りが湧いた。
全身は衣を引き裂かれ、あざだらけ……特に美人で自慢だった母は、鼻の骨を折られ、頬を殴られ、男たちの慰み者になりかけたところを助け、私は男達を殺した。
この程度かと思った。
母はボロボロの体で泣き崩れ、一言、
「アーティ、スさま……申し訳、ありま、せん……」
と呟き息を引き取った。
アーティスとは私の父のことだろうか?
私に言えなかったと言うことは身分違いか、この仕事を言えなかったのだろう。
いや、そんな名前は知るものか……私には父はいない。
母が愛した男が、もしも貴族なら、私が嬲り殺す。
祖父が母が、私が何をした……許せない……絶対に!
「キール! 行こう! ここを出て行こう! お前はまだ処刑執行人の家族だって知られていないんだ! だから!」
イザークたちに笑いかける。
「ありがとう……親友。お前は道を誤るな。陽の光を浴びて生きてくれ。私はもう手は血で染まっている。それに2人を置いていけない」
「キール! お願いだ!」
「さよならだ。もう、裏の扉は開かない。ハーブの権利は、全部セリナとシシリアにあげる。だから、もう来ないでくれ」
三人を送ると、裏門の扉を閉ざし内鍵をかけた。
「キール! キール!」
「キールお兄様!」
「開けて! お願い!」
「さよなら」
叩かれる門から離れ、祖父と母の棺を祖父に聞いていた家の裏の所に埋めた。
そして、花を供え、母の墓標の上に倒れこんだ。
私は一体何をしているのだろう……解らない。
ただ解るのは、この職が代々一族の担い手で行われ、もし逃げたら、他の家族は全て惨殺すると言われている事……。
でも、自分はもう一人だ。
死んでしまえば終わり。
しかし、幼なじみのイザークやセリナ、イザークの恋人のシシリアに何かあったら困る。
だから……さよなら……。
悔しくて寂しくて悲しくて、地面を何度も殴りつけ、泣き続けた。
その様子を別の場所から潜り込んでいた3人は、何も言えず見守っていた。
ギロチンが出来上がるまで、罪人を抑え付けて首を落とすのですが、幾ら慣れた執行人でも暴れたり、動く人を斬るのは大変で、失敗すると、罪人ではなく、執行人に石を投げたり、暴れまわり、市民が執行人を殺すこともあったそうです。
ギロチンはルイ16世はとても器械工学に詳しく、真っ直ぐの刃ではダメだと斜めの角度などを指摘したりしたとか……そのギロチンで自分や家族の命が失われるとは思って見なかったでしょう。




