新しい家族に緊張しています。
馬車に乗り、行きとは違い並んで座る。
気恥ずかしい様子で大人しかったキャスリーンが突然、アルフレッドを見上げる。
「アルフレッド様! どうしましょう!」
先から顔をしかめたり、ハッとした顔になったり、笑ったりとコロコロ表情を変える恋人を楽しんで見ていたアルフレッドは尋ねる。
「どうしたの? 何か心配?」
「どうしましょう! 貴方のご両親やアルフィナに相談もなく、二人で勝手に話を進めてしまったわ! アンネリはまだ小さいけれど、アルフィナはしっかりしているし、こんな母親じゃダメよね……あぁ、何か贈り物……持ってきていないわ。じゃぁこれにしようかしら……」
持っている鉄扇や、隠し持っている武器を出そうとする恋人を慌てて止める。
幾ら何でも、スカートを持ち上げナイフを取り出そうとするのは、恋人になったばかりでも見るのは頂けないし、幼い娘達に武器はやめて欲しい。
「大丈夫だよ。あの子は優しい子だよ。すぐにキャスリーンが大好きになってくれて、お母さんだって認めてくれるよ」
「そうだと良いけれど……あ、アルフィナを嫌じゃなくて、私はお転婆だから、真似したら大変だわと思って……」
「あはは……アルフィナはお転婆と言うより、とても優しい、人の顔色を窺って、次の行動に移せる最善の策を考える賢い子。逆にアンネリはお転婆で、今は好奇心旺盛で傍にいる周囲を巻き込む子だよ。でも、とても嬉しがると思うよ。アルフィナは特に」
「よく見ているのね……」
「アンネリはまだ一歳だから、母上や乳母や女官長達に甘えてしまっているけれど。アルフィナは見た目はあんなに幼くても大人びている。大人になろうと背伸びをしたがるんだ。頑張り屋で、生い立ちにも関係があるけど……」
アルフレッドはキャスリーンを抱きしめる。
「だから、執事長のジョン夫婦や若い女官を二人つけているのだけど、わがままもほとんど言わないんだ。……今日淋しいって言っていたのが珍しい位。それに人を傷つけたりはしない、逆に自分を犠牲にして……その点でも、浄化の巫女にふさわしい子だと思うよ。でも、一人で眠れないと夜泣きはするし、力が安定していなくて暴走したり、そんなに頑張らなくていいよと言っても、頑張りすぎて疲れて時々寝込むんだ。最近もひどく調子を崩してね……痩せていたのは食べても戻しちゃって……」
「それは大変だったわね……でも、大丈夫よ。わ、私もいるから……初心者の母親だけど」
「心強いよ。君のように優しくて強い母親がいれば」
「まぁ! じゃぁやっぱり、これを教えようかしら?」
「待って! それはやめて〜! アルフィナにはセシルがいるから! 武器は持たせないから! それに」
慌てて止めて首を振る。
鉄扇は閉ざしたままだと重い武器だが、広げ振り下ろすとナイフのような武器になる。
重さもあるし、それ以前に……。
キャスリーンの耳に囁く。
「……それにお願い。キャスリーン。アルフィナの前では、なるべく武器を振り回さないで」
「どうして?」
「あの子の実の両親は……命令でフェリシアを殺すことになった、処刑執行人だったんだ……。命令とはいえフェリシアを殺してしまい、絶望してしまったんだ。アルフィナが先に寝てしまって、翌日起きたら二人は命を絶っていたんだ。アルフィナは泣きながら、家にあったナイフを握り、あの教会に。痩せこけていて……1ヶ月フェリシアと過ごしていたこともあって……両親や優しかったフェリシアの死に納得がいかないと……泣きながら人々の間をすり抜けて走ってきたあの子をライン兄上が抱き上げて、ナイフを取って私が引き取ったの」
キャスリーンは目を見開き恋人を見つめるが、腕から力が抜ける。
「ぶるぶる震えて……自分は殺されるんだと、あの年で理解してた。でも、泣きながらフェリシアが優しかった、可愛がってくれた。そんなフェリシアを殺したことに両親が絶望していたと……そう言っていた。後で聞くと父親が母親を刺し殺し、ベッドに横たえ、自分を何度も刺して、それでも死ねないとお腹にナイフを刺したまま首を吊っていたと……後で処刑執行人の屋敷に行ったライン兄上とカーティス兄上は状況を言っていたよ。前日フェリシアの死を目の当たりにし、目を覚ました時の光景はアルフィナにとってショックでしかなくて……私はその時に決めたの……あの子の父になるって」
「……そんな辛いことが……」
「でもね?、とても遠慮があって、わがままも滅多に言わないの。夜とか昼間疲れて眠たくて堪らない時にぐずる位。とても賢い子で、古代言語を数ヶ国読み書きできるよ。喋る事もできる。でも、今の言葉は難しいのか舌ったらずなんだ」
アルフレッドは微笑む。
「それにね、可愛いものが大好きで、リボンとか大好きなんだよ。いつも抱っこしてるのはお友達のみーちゃん。着せ替えとかできるようになって、お揃いのお洋服も喜ぶの。女官長をばあや、執事長をじいや、リリとエリという双子の侍女が主に側にいるけれど、彼らが仕事をしていると逆に邪魔しちゃダメだとどこかに行ってしまうんだって。『お嬢様!』『アルフィナ様! 今日はかくれんぼの日じゃありませんよ!』と大騒ぎ。私の部屋か母上の部屋、フェリシアやセシルの部屋にいることが多いよ」
「まぁ……じゃぁ、私も……あぁ、ダメだわ。私、不器用なの」
「いいの。アルフィナはよくマントやスカートを無意識に掴んでいるんだ。その時は頭撫でてとか、抱っこして欲しいのサインだから、声をかけてギュッてしてあげて欲しいんだ」
「それ位ならできますわ! お話とか、一緒に手を繋いで庭の散歩とかどうかしら?」
手を叩き微笑む恋人に、変わっていないな……この人を好きでいて良かったと思ったのは他に置いて、手を繋ぎ、
「本当は君の実家であるエメルランドに挨拶をと思うのだけど、見ての通りの状態だから……ごめんね?」
「構わないわ。私もこの国が安定するまで戻らないつもりよ。それにアルフィナとアンネリの母だもの。子供を置いて出て行くなんて……もう二度としたくないわ……幾ら好きじゃない男の子供でも、私が逃げなければまともに育ったかもしれない……」
「無理だよ。先王も今の王も……血の繋がりがあるのが嫌になる程、クズだから。自分は王の器ではないけれど、あの二人を追い落として……と何度も考えたよ」
キャスリーンの手を自分の額に当てる。
目を閉じて唇を震わせると、吐き捨てる。
「母上をこの国に束縛しているのは私で、苦労されている姿を見て……苦しかった。申し訳ないと思った。私が男じゃなく女なら、嫁ぐ時に一緒にこの国から出て行けたのに……。それに、貴方を初めて見た時に、どうしてこんなに沢山の人がいるのに、初めて好きになった人が別の男のものになるのか……パルミラを見てもっと絶望した……。だから、エメルランドに帰ると聞いてほっとした。会えないのは辛いけど、他の男に微笑む貴方を見たくなかった……再婚してもいいから……幸せになってと思ってた」
「私は、貴方が他の人と結婚してその人と微笑んでいる姿を思うのは辛かったわ。逃げ出さなければよかったって。アルフィナやアンネリのことを聞いた時、あぁ、結婚したのねと思った。でも……」
「貴方がいるのに、他の人と結婚できますか?それに私は、この国が滅びればいいと思った人間です。何の罪もない聖女のフェリシアを殺すよう命じた愚かな王太子、了承した王……その時に決意したのです。王の退位と王太子の即位の無効。そして私は王位継承権を放棄して、聖女フェリシアを救ったルシアン兄上かその息子のケルトに王位を……フェリシアはアソシアシオンに戻さない……そして、私の娘のアルフィナも……」
キャスリーンは恋人をそっと抱きしめる。
「アルフィナは私の娘でもあるのよ? アルフレッド様。アルフィナを一緒に育てましょう……優しい貴方のような子に……」
「……君のように芯の強い、愛情あふれる女性にと思うよ。でも、武器はダメだからね」
「分かってるわよ。ふふふっ」
二人は抱き合って屋敷までの道を辿ったのだった。




