母子の再会の前に……。
「おとうしゃま! リーンおねえしゃまとお出かけ?」
アルフィナは支度を終えた父と、外出着のキャスリーンを見上げる。
不安そうな表情に、キャスリーンは不思議に思う。
「アルフィナ? 大丈夫だよ。お父様とキャスリーン様は二人で行く訳ではないから。ラインハルト兄上とカーティス兄上と行くことになってるからね」
膝をつき、娘の頭を撫でる。
「大丈夫だよ。すぐに戻るよ。夕食は一緒だよ」
「でも……おとうしゃま……いしょ……」
不安げに父親の袖を握り、ぐずるように呟くアルフィナに、困ったなぁと言いたげに優しく微笑み抱きしめる。
「アルフィナ、今日は珍しく甘えっ子だね……帰ったら一緒だよ。だから、今日はセシル達といてね? セシル、お願い」
「はい。兄上。アルフィナ? おばあさまが最近隣国で流行している、貝殻やシーグラスで作るランプシェードをアマーリエ様や私たちの母達と作られるそうだよ。アルフィナもお兄ちゃんが手伝ってあげるから、兄上やキャスリーン様に何か作ってあげよう?」
「しーぐやしゅ?」
「そう。割れた……えーととても不思議な形のガラスがね、海辺で拾えるらしいよ。それに綺麗な貝殻も。お兄ちゃん達と作ろう?」
「……おとうしゃま、おねえしゃま……はやくかえってきてくらしゃいにゃの……にゃかないでまちゅの」
父親から手を離し、目に涙を溜め告げると、セシルにしがみつく。
「行ってらっしゃいませ。父もいますから大丈夫かと思います。アルフィナはちゃんと見ておきますので」
「頼むよ? なるべく早く帰る。キャスリーン様に何かあっては困るからね。アルフィナ。行ってきます」
キャスリーンをエスコートして、馬車に乗り込む。
二つの馬車は玄関から大きく周り、庭を抜けていったのだった。
「本当に……お父様なのね。確かアンネリちゃんだったかしら……あの子も可愛かったわ」
「……キャスリーン様。後で知ってあれこれ問題になっても大変ですので、お伝えしますね。アルフィナもアンネリも私の養女です。血の繋がりはほぼありません。ベルンハルドとアンネリが叔父姪……義父バルナバーシュの遠縁がアルフィナです」
「ねぇ? 聞いてもいいかしら? 私でも一応、短期間こちらにいたから、歴史は分かるわ。バルナバーシュという名前は……キャァ!」
馬車が大きく揺れ、キャスリーンは前に倒れこむ。
長期間国にいなかったとはいえ王妃と王弟で宰相、身分が違う。
向かい合って、つまり進行方向を背に座っていたアルフレッドは、腕を広げキャスリーンを抱きしめる。
「……大丈夫ですか?」
耳元で囁かれ、ドキドキと少女のように胸が高鳴る自分が情けない……頰も赤くなっていると分かっているものの、別れてから十有余年……凛々しく逞しくなった年下の青年……形ばかりの義弟に、
「だ、大丈夫です。ごめんなさい……」
「いえ、私やカーティス兄上達はもう半年以上、政務や外交、国境警備、魔術……手を出していないのです。フェリシアを冤罪で投獄し、街中を引き回し、ギロチンで殺した甥とそれを許可した兄上を……許せないのです」
いつもならサッと離れるアルフレッドが、キャスリーンを抱きしめ耳元に囁く。
「……普通貴族、特に王に準ずる家の令嬢、令息の死は、毒を渡すことです。自害を迫ることも知らず、聖女を死に追いやった甥に兄を……私は許せない。キャスリーン様を本当は巻き込みたくなかった……だからこそ来て欲しくなかったのに……」
胸に顔を押し付けられるが、優しいお菓子の香りがする。
娘達と食べたクッキーだろうか……。
「フェリシアはケルトとルシアン兄上が術を使い、蘇りました。そして、今度は死に瀕した二人をアルフィナがフェリシアに渡されたネックレスと、フェリシアの切り落とされた髪の束を抱いて祈り、元気になりました……ルシアン兄上は右側が不自由で、魔術も使えなくなりましたが、それでも生きていて良かったと……」
「……!」
詳しい情報は届いておらず、驚く。
親しくしていた人々の身に及んだことが、そんなに緊迫した状況だったとは……そして、自分のお腹を痛めて産んだ子は愚かに、夫とも呼びたくない男も……。
「アルフィナはフェリシアが癒しの聖女であるのに対し、浄化の聖女らしいのです。でもまだ幼く自分の力のことを理解していません。それ以前にあの子が生まれた環境が異質で、5歳ですが言葉遣いも、行動もまだまだ幼く、危険にも自分で飛び込むような子です」
「5歳? その割には賢い子なのね?」
「偏っているのですよ。知識は……古代言語などは普通に読み書きできます。でも、現在の一般常識、言葉遣いは分からない。でも本当に素直で優しく可愛い娘です」
キャスリーンはゆっくりと腕を回す。
そして、顔をずらし、心臓の音が聞こえるように耳をあてる。
「羨ましい……アルフレッド殿には可愛い娘がいて……アルフィナには優しいお父様。私なんて……愚かな夫と呼んだこともない男と、聖女を殺したという馬鹿な息子……。私は、逃げ帰ったということで罰せられるのかしら……」
「そんなことは! 母が帰りなさいと言ったのでしょう? それに、もし罰を受けるのなら……罰は……私も共に受けます!」
「共に……? でも……貴方は、何も悪くないわ」
「では、貴方もでしょう?」
その言葉に、キャスリーンは顔を上げる。
頰を上気させたアルフレッドは、ゆっくりと告げる。
「わ、私は年下で、二人の娘を持つ父です。それでも、お会いしたあの時から貴方を想っています。どうか……兄と離婚して、私の妻になって下さい」
「……! わ、私?」
「えぇ、キャスリーン。貴方がいいんです」
「……アルフレッド殿……いいえ、アルフレッド様……こんな歳のおばさんが妻でも構いませんか? あ、私は、娘が欲しかったのです。アルフィナやアンネリの母に……なれますか?」
「……はい! 二人の母に……家族になって下さい。母も父も喜びます」
抱きしめられ、キャスリーンは微笑むが、アルフレッドはハッとした顔で、
「あ……すみません。貴方に何も準備していませんでした……プロポーズなのに……」
「そんなものいらないわ。貴方の言葉で十分よ」
顔を見合わせた二人は、顔を寄せたのだった。
馬車から降りた二人の空気が初々しく照れくさそうなものになっているのを、ラインハルトとカーティスはすぐに気づく。
まぁ、乗る前はギクシャクしていたのに、今は腕を組んでいるのだから分からないはずはない。
「えーと、一応、これから向かう場所が場所だから、それはやめてくれないかなぁ?」
カーティスはからかう。
「ふふっ、良いと思うぞ。お似合いだ」
「兄上達! からかわないで下さい!」
頬を赤らめる二人に、幸せになるように祈る二人だが、これから立ち向かう試練を共に立ち向かおうと改めて強く決意したのだった。




