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エメルランドのお転婆王女

「まぁ……何ですって!」


 アマーリエは届いたばかりの手紙に声をあげた。


「どうしたんだい?」


 アンネリがハイハイを始めて目が離せないバルナバーシュは、抱き上げると嫌がり身体をくねらせるのを抱き寄せた。


「あぁ、困ったわ……カーティス殿のお屋敷も、ラインハルト殿やルシアン殿の屋敷も無理だわ……失礼に当たってしまうわ」

「アマーリエ?」

「あ、あのね。隣国のエメルランドの王妹のキャスリーンがくると言うの……あの義息の正妃ね。離婚を前の夫が許さなかったの……あの子が来るそうなの」

「隣国の王の妹……現在のこの国の王の王妃か……王宮ではダメなのか?」


 バルナバーシュは首を振る妻を覗き込む。


「あの子は愚息が嫌いなの。我慢して息子を産んで、愚息そっくりだったから面倒も見たくないと泣いてたわ。それに……」


 アマーリエはため息をつくと、夫の耳に囁く。


「キャスリーンが初めてこの国にきた時に、前王や愚息が女遊びして顔を見せないから、私とアルフレッドが出迎えたの。そうすると、アルフレッドに一目惚れしたのよ。あの後は大変だったわ。結婚式当日に現れた新郎が違うと、キャスリーンは結婚の誓いの時に、嫌! と言って、あの王宮の塔の上までよじ登ったの。そして結婚しない! しろというならここから飛び降りるって泣いたの。だって、あの子についてきていたパルミラを気に入った愚息が、すでに関係を持って……で、近くに置いておきたいからと、無理やり書類上アルフレッドと婚約させて……当時のアルフレッドは微妙な年頃だったし、キャスリーンをどう思っているか分からなくて……距離を置いてたわね。当時は私も宮廷にいたの」


 夫と共に遠くに見える城の塔を見る。


「ちょうどルシアン殿とか、ラインハルト殿はいなかったから、アルフレッドがキャスリーンを魔法を使って下ろしたのよ。そして、泣いて嫌がっていたあの子がその後、真っ赤な目で、俯いて式に現れたの。あの時は他の国の方々のこととか、国中の……殆どの貴族の前でどうなるだろうと思ったけれど、今思えば……あの子を私と同じ目に遭わせる事になるのに、何て心無い義母だったのだろうと思うわ」


 瞳に涙を浮かべあの時の辛い思いを夫に告げる。


「でもキャスリーンは、ラインハルトより年上だったのよ。アルフレッドはキャスリーンよりも背は高かったけれど、未成年だったし……隣国の王女の夫が何の権力もない王子じゃ駄目でしょう。何度か言い聞かせて、我慢して頂戴。私が貴女の味方になるからと……キャスリーンは両親が小さい時に亡くなっていて、若い兄王や伯父である宰相一家に育てられたのだけれど、寂しがり屋だったわね。もう、お転婆だったわ」

「おや? 君もお転婆だったのではないのかな?」

「まぁ! 私は、裏で嫌がらせよ。だって実母はいなかったもの。後見人もいなかったのよ。アーティス兄上がアソシアシオン皇国に行く時に、おまけのように一緒に送られたわ。私は全然信じていなかったのに、聖女だの何だのと……」


 ため息をつくと、


「アルフレッドは、恋愛って何か知らないの。教えなかったの、私。私もその頃は愛という言葉は関係ない。私は形ばかりの王妃で、夫は全く仕事をしないから采配して、そういうことしか見てないから、わがままも言わず、私に心配をかけないようにと黙って……無理に大人になったのね。汚い物、大人の嫌な部分を見せられて、余計に頑なになったのかも」

「……親の私からするとアルフレッドは、アマーリエの良いところだけ見て育っているよ。アルフィナやアンネリに対する愛情に、弟のベルンハルドには褒めて伸ばすを実践してるね。優しく強い子だよ」

「私に似たらもっときつい子だわ」

「分かっていないね……」


バルナバーシュはふふっと笑うと、妻のお腹を撫でる。

 ポコポコと動くようになった赤ん坊は、男の子か女の子か……。


「アマーリエに似た娘がいいな」

「まぁ……私はどちらにも似た男の子がいいですわ。貴方のように穏やかで知識があって、私に似たらお転婆でしょう?でも、やんちゃな男の子なら、貴方やアルフレッドが振り回されそうね」

「アルフレッドよりベルンハルドが大変かもしれないね」


 夫婦は笑う。


「まぁ、アマーリエ。その王妹殿下はこちらにお迎えしよう。成長したアルフレッドと殿下の関係がどうなろうと見守るのもいいと思うよ」

「そうですわね、貴方……」


 そう言うと、アマーリエは丁寧な返事を書き、キャスリーンの元に届ける。

 その時、バルナバーシュはあるものを揃えておけばどうか?と告げ、アマーリエは頷いたのだった。




 数日後、一回ラインハルトの辺境の邸に滞在したキャスリーンは、ラインハルトの両親に再会し、丁寧に頭を下げた。

 キャスリーンはラインハルトを兄のように慕っており、この国から脱出する際に、ラインハルトが王都からこの領地に戻ると聞き、男装して、王宮の馬を強奪し騎士団の見習いとしてくっついて脱走したという過去がある。

 衣装や宝石なども全部置き去りにしたという、豪胆というか無謀な逃走劇にラインハルト達は唖然とし、自領にしばらく滞在して貰い、アマーリエに連絡して宝石などを届けて貰ってから、エメルランドに送っていったことがある。


「お久しぶりでございます。伯父さま、伯母さま」

「久しぶりだね。お転婆ぶりは聞こえているよ」

「まぁ! この歳で、塔に登ったりはありませんわ」


 3人は笑う。


「ところで、お兄様方は?」

「あぁ、王都で孫のフェリシアのことは聞いたかな?」


 その言葉に、キャスリーンは顔を硬ばらせる。


 フェリシアは何度か内密にこの領に遊びに来た時に会った、カーティスの娘で聖女である。

 キャスリーンはそんなに聖女を信じることはなかったが、義母のアマーリエやフェリシアに会って聖女を信じるようになった。

 しかし、自分の生んだと到底思えない愚息が、フェリシアをギロチンで殺したのだ。


 普通、高位の貴族の罪人を死なせる時には、毒酒や自害と決められている。

 だが、フェリシアが何をしたかも裁判もかけず、1ヶ月宮廷の地下の檻に閉じ込めた後、町中を引き回し、首を落とすなど尋常じゃない。

 自分の息子の愚行に、その時倒れたキャスリーンである。


 その後、新しい聖女が生まれ、彼女がフェリシアを生き返らせ、怒った神が息子に罰を与えたと聞く。


 ザマァ!


と思った。

 ついでに現王である夫という男も、愛人も罰を受けてしまえとも思った。


「フェリシアは少しずつ調子が良くなっているんだよ。ルシアンの息子のケルトと婚約するんだ。ルシアンは死も覚悟したけれど命を取り留めた。けれど身体の右半身に障害と、魔法が使えないそうだ。それでも生きていることが嬉しいと」

「……そうだったのですね……」

「あぁ、そうだ。数日中にユールが来る。ユールが案内するだろうから、それまで待ちなさい。本当はアマーリエ様が来たがっていたのだが、身ごもっていらっしゃるから」

「……えっ?」

「アマーリエ様は再婚されたのだよ。考古学者で知識人。旅をしていて親族を訪ねてきた男性に20歳の息子と、その息子の知人の赤ん坊が挨拶に来られてね。それから……」


 キャスリーンは呟く。


「羨ましいですわ……でも、お幸せそうなアマーリエ様におめでとうとお伝えしたいです」

「キャスリーンは優しい子だね」


 ラインハルトの両親は微笑んだのだった。

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