セシルの悩み
父の言葉に、セシルは悩み始めた。
今までのことが全て間違っていたのか、いや、それよりも……。
「……にいしゃま!」
温室のベンチでぼんやりしているセシルに、エリと手を繋いでやってきたアルフィナは、手を離して駆け寄ってきた。
「にいしゃま。どーしましたか?」
「うん……少しね」
「にいしゃま、お目目かなししょう。いーこいーこしましゅ」
隣によじ登ると、背伸びをして頭を撫でる。
柔らかい髪を撫でられ、俯いたセシルは、
「私はダメだなぁ。ユールももっと強かった」
「にいしゃま、ちゅよいって、にゃんでしゅか? んっと、アユフィナを抱っこしゅゆの?」
顔を覗き込むアルフィナに、セシルは微笑む。
「そうだね〜お兄ちゃん。アルフィナ抱っこはずっと出来るからね」
「ほんと? じゃあ、ぎゅー」
「お兄ちゃんもぎゅー!」
アルフィナはキャハハ、と嬉しそうに笑う。
「アルフィナお嬢様、セシルさま、如何ですか?」
リリがワゴンを押してくる。
アルフィナの好きなお菓子と、セシルのよく口にする、薄いパサパサのクッキーである。
王都に来る前は父の側で、部下であり命を預ける存在の騎士達と共に、食事をしていた。
当時はまだ領地は混乱していて、小さかったもののセシルは武器を持った。
そして、交代で休憩する時、喉の渇きを癒すお湯に完熟した野生の木の実を砂糖酢漬けにしたものを割って飲み、このパサパサしたそれを口にした。
これも、その地域のさほど豊かでない草原で生える草の種を、半分粉にして水などで練って焼いたものだった。
味は塩分を少し。
しかし、噛む程香ばしい味がして、何かジャムなどをつけたがるユールとは違い、そのままを好んで食べていた。
「こりぇ、なぁに?」
「あぁ、お兄ちゃんの領地で、おやつや仕事の休憩の時食べられるものだよ。領地で採れる野生の実を皮をとって、練って焼いたもの。あ、そんなに美味しくないよ?」
手にしたアルフィナは一口かじり、何度か咀嚼すると、
「美味しい〜の。ハムハムすゆと、フワーッにゃの」
頰を押さえるとにこにこする。
「にいしゃま。んーと、剣の訓練しにゃいの?」
「あ、私は、父上やユールのように剣はあまり扱わないんだ。槍、棒術に、最前線の父上達の補佐、後方部隊の指示をするんだ」
「ぼうじゅちゅ……」
「そう。それと弓を使う方が多いかな。本当はもっと父上の側で戦いたいけれど……食料や武器、防具、怪我人の治療やそう言った雑用を任されているんだ。ユールは前線なのに情けないね」
「んと、シャポート! にいしゃま、しゅごい!」
セシルは自分の膝に座り、自分を見上げる、まだたった五歳の幼児の言葉にキョトンとする。
「サポート?」
「おとうしゃま、言ったにょ。んっと、おじしゃましゅごくちゅよい。でも昔は、おとうしゃまやルシアンおじしゃまが、んっと、シャポート。でも、時々大変にょ。でも、にいしゃまがお仕事しゅゆと、おじしゃまが指示しゅゆのがへって、ひちゅようなもにょも、ちゃんとしょうこにあゆって。おとうしゃま、にいしゃましゅごいって」
たどたどしいものの、アルフィナの言葉に一瞬胸にふわっと風が通った。
淀んでいた凝りのようなものが、少しずつ溶け出している。
「ユールにいしゃまは、にいしゃまを本当にちゅよいって。しゃくりゃくも戦いも、それ以外にいっぱいしゅごいにょ。にいしゃま、アユフィナはにいしゃま、おとうしゃまのちゅぎにだいしゅき! んっと、えんえんなかにゃいで?」
「……ありがとう。アルフィナ」
抱きしめる。
父は自分を見失うなと、自分をもっと信じろと言ってくれたのだと、今更理解する。
胸が熱くなる。
父は自分を否定しているのではなく、自分で考えろ、お前は俺の息子だろうと檄を飛ばしてくれている。
信じているのだと……。
その後、懐かしいクッキーを食べながら、父やアルフィナの為に何かできるか考えたのだった。




