ラインハルトの久しぶりのストレス発散
ラインハルトは、この国でも珍しい銀の髪と紫の瞳である。
その姿は魔性とも、死者の蘇った姿とも言われ、その上大柄で体格も良く、この国でも突出した将軍である。
国境を守る間は、魔王とも呼ばれていたのだが、
「魔王と呼ばれるラインが……」
ルーファスが、顔をひきつらせる。
昔のように大声で笑っていた。
しかし、敵と向かい合う際の嘲笑ではなく、心底楽しげな大爆笑である。
その相手は……。
「ラインおじさん!」
「おじしゃま! ぐるぐる〜」
きゃっきゃと手を差し出すのは、アルフィナとセリアーナ。
「アルフィナもセリアーナも、前の遊びがそんなに楽しかったのか?」
セリアーナの父イザークは、ラインハルトに剣の稽古をつけて貰い、ヘトヘトになり休憩しているのだが、ラインハルトはまだまだ元気である。
「うん! おじしゃま!」
「こらこら、アルフィナはあまり無理はするなよ? でも、順番だな?」
「わーい!」
アルフィナを抱き上げ、高い高いをし、鳥のようにポーズをとらせ、走る。
喜ぶアルフィナを下ろし、今度はセリアーナを抱き上げる。
「……ラインハルト様……元気だな……」
ゼーハーと肩で息をするイザークに、セシルとユールは、
「あれ位じゃ、父は足りないと思います。体力的に人外ですから」
「それに、女の子が欲しかったって、アルフィナやフェリシア、それにセリアーナも可愛がってるしなぁ」
「……俺は、まぁ、沢山欲しかったな。俺は妹と二人兄妹で、幼馴染と三人で遊んでた。まぁ、セリアーナを嫁に出すんだろうなぁ……」
「もう一人生まれるんでしょ? なんか、アマーリエ様の赤ちゃんの乳母って言ってた」
「そ、それなんだ! ど、どうすればいいか!」
セシルとユールを見る。
「シシリアは、昔、下級ではあるものの王宮の女官として働いていて、それなりに礼儀作法は学んだらしい。でも俺は、ガサツでこの雑さ! 絶対俺のせいで何かあったら……」
あぁぁ……
頭を抱える。
昔から近所のいじめっ子にいじめられている子をかばい仕返しし、身分を振りかざすバカも殴り飛ばした過去がある。
地域の少年達のリーダーとしてまとめ上げ、一度起こった混乱に対処したことが認められ、一般市民が街の衛兵になった。
訓練を必死にして、それなりの腕になったつもりだったが、ラインハルトにはかなわなかった。
だが、それは逆に嬉しかった。
自分は天狗になったつもりはないが、偉ぶっていたつもりもない。
自分はまだまだと腕を磨いていたが、もっと強い人がいて、努力しようと目標ができた。
それだけでも……。
「でも、いいんじゃない?」
ユールは兄さんと呼ぶようになったイザークに笑う。
「兄貴はさ、めちゃくちゃ完璧主義で負けず嫌い。見た目はこんなだけど、裏でめちゃくちゃ練習して次は絶対勝つ! とかなんだよな」
「うるさいよ。ユール」
ユールは体格は父親似であるが、その兄は母親似で美貌と細すぎず太すぎないバランスのとれた体躯の持ち主。
「でも、兄貴、アルフィナの前じゃ、オロオロして、ビクビクしてたんだ」
「だから言うな!」
「えっ? オロオロ?」
イザークの眼差しにセシルは、頬を赤くして、
「私は弟が頑丈だし、ケルトとかの幼馴染や騎士団の中で育ったもので……小さい、しかも女の子って、初めてだったから……ふにゃふにゃして、もう、目を離すと転んでたり、急にぐずり始めたと思ったら、抱きついて寝るとか……行動が不可解すぎて……」
「嫌だったとか?」
「逆です! ユールじゃ可愛くないけど、アルフィナは可愛すぎて、構いすぎてアルフレッド兄さんに『監視じゃなく好きなことさせてやって! 本当に武器とか危ないところに行こうとしたら止めて。それ以外、疲れたってぐずるまで抱っこ厳禁!』って……。だって、可愛いじゃないですか!」
「まぁなぁ……うちの娘も可愛いが、アルフィナは可愛い。でも、甘やかしは程々にだ」
セシルは現役の父親の言葉に頷く。
「はい……あの馬鹿王子にはなりません」
「そうだな。と言うか、セシルは右利きじゃないんだろ?」
「えぇ。元々左ですが、両利きに。食べても太らないので、体格でユールに負けますし、力は父に、技は父の指導を受けたアルフレッド兄さんに負けます。なので、もし片腕が使えなくなっても、もう片方で戦えるようにと……」
「努力家だな……それに、結構勉強や領地のこと……ラインハルト様のサポートもしてるんだろ?」
「私は跡取りですし、もし、父とユールが戦場に出ても後方支援を万全に。領地には祖父母もいますが、二人と母を守ります。父と約束しました」
セシルは微笑む。
「私は、こう言う生き方をしたいんです」
「俺は反対だな」
背後から声が響く。
両肩にアルフィナとセリアーナを乗せた、巨人……いや、ラインハルトである。
「俺はお前にと言うか、お前らにこう生きろって言ったか? あぁ……アルフィナやセリアーナ、フェリシアのような可愛い子に手を出すクズは締めろとか、訓練をこなさずブツブツ言う馬鹿は問答無用で殴り飛ばせとは言ったが、お前に全部何もかもやれなんて教えてねぇ。アルベルティーヌや親父達も」
「で、でも……」
「俺は、お前が長男だから、あれこれやれって言ったか?」
「い、いえ……男なら喧嘩はいいが、卑怯者になるな。嘘をつくな……です」
「そうだな」
息子を見下ろし、ため息をつく。
「昔は可愛かったのに……最近は全く賢しげで、頑固になったな……」
「可愛かったは余計です」
「それだ……俺は、俺の次がお前でもユールでもいい。まぁ、代々の家が潰れたらご先祖に悪いかな〜程度だ。お前達の生き方を否定しないし、その邪魔になるなら即座に家を潰してもいい」
「父上!」
「えぇぇぇ!」
兄弟とイザークは叫ぶ。
「俺にとって、お前達は可愛い息子だ。したいことをしていい。その為の邪魔になるなら、家は継がなくていい。その大切なものの為に生きろ」
「でも……」
「まぁ、急に言うのもなんだ。それより、セリアーナ、父さんとこに行くか?」
「はーい!」
イザークは娘を抱きしめる。
「ラインハルト様、ありがとうございます!」
「いや。大丈夫だ。また遊ぼうな? セリアーナ」
「はーい! おじさん、ありがとうございます!」
手を振る少女に笑いかけ、そして、肩のアルフィナを見る。
「アルフィナは、アルフレッドのところに行くか?」
「あい! んっと、リアちゃん、リアちゃんパパ、またね!」
バイバイと手を振る。
「セシルおにいしゃま、ユールおにいしゃま。おかしでしゅよ?」
「あぁ、後で行くよ」
ユールは、呆然とする兄の背を撫でながら手を振ったのだった。
「うーん……言い方が悪かったか……」
息子の衝撃を受けたような顔を思い出し、ラインハルトは呟いたのだった。




