フェリシアとケルトと驚きの話
アルフィナが体調を崩した、ちょうどその前日にフェリシアとケルトが正式な婚約をし、式の準備を始めていた。
ドレスは、フェリシアの美しさに映える青色にも見える純白。
ティアラではなく、青と白を基調とした花の花冠とブーケ。
ベールは、手の込んだ手編みのレースである。
父であるルーファスは、末娘を本当に教会に送りたくなく、取り戻したら即嫁に出せるようにと妻のサリサと共に、ドレスの布やベールのレースなどは注文していた。
ルシアンはそういう点、息子の結婚など余り気がつかない性格だった為、妻のフレアが準備をしていたのだが、それでも可愛い息子の初めての結婚、何を準備すればいいだろうと頭を悩ませていた。
サリサはすでに上の二人の娘を送り出しているので、フレアの心配に気がつき、一緒に相談しながら準備しましょうと提案した。
幼馴染同士の妻達も仲がいいのである。
まずは、結婚式までにフェリシアとケルトの体調を見る専門医を選んだ。
こちらはケルトの父のルシアンも一緒に診て貰うのだが、フェリシアは先日来解っているのだが一月の投獄の間に痩せ細り、その上不眠、パニックなどの影響が出るようになったのである。
一時的にアルフィナのポーションで落ち着いているが、それは完治とは言えない。
そして、ケルトとルシアンは術を多用したことによる影響が強く、ルシアンはまだ右半身に痙攣と痺れがあり、ケルトも元々何かに集中すると他を忘れることはあったのだが、時々記憶障害にひどい頭痛に悩まされるようになった。
三人共温厚で、怒るとかといったことはないが、今までできていたことができないという、不達成感が溜まりつつある。
それに気がついたバルナバーシュは、妻に相談し障害の強いルシアンは無理だが、婚約した二人に一つの温室を提供した。
「これは……」
案内された時、首を傾げたケルトに、バルナバーシュはいくつかの布袋と一冊の古い本を手渡す。
「これは、私の類縁が持っていた古い書物だよ。ハーブと薬草の本。二人に貸してあげるから、訳しながら育ててごらん。多分、ケルトも知らないハーブも多いんじゃないかな」
「僕の知らない?」
「そう。知っていても一人でじゃなく、フェリシアに教えて二人で水をあげるんだよ?」
「ありがとうございます!」
二人は庭師に手伝って貰いながら土をおこし、ケルトが辞書を片手に訳した紙を手にその種を植えていく。
それぞれのタネには人間と同じような性格というか、注意点があり、あるタネは水をやりすぎないこと。
またこちらは、大きくなるまでは太陽を当てるけれど、ある程度成長すると日陰に置くことにしないと葉が焼けてしまう。
また別のタネは、水と日を十分与えること。
それぞれの個性に振り回されて二人はてんてこ舞いだが、しかし、ケルトが訳したものを共有し、二人で話しながら育てていく。
すると、一応日焼け注意の姿で温室に出入りしていたフェリシアが、まず最初によく歩いたり動いたりする為に、夜は疲れてぐっすり眠れるようになった。
ケルトはフェリシアにちゃんと説明しなければと、記憶してその上分かりやすく話すようになり、精神的に参っていた為の頭痛は回数は減り、その上二人で一緒に過ごすことでストレスが減った。
言い合いはしない二人だが、笑い声が響くようになり、周囲も安堵するようになった。
そしてルシアンは、息子たちが楽しげに育てていくハーブを、杖をつきつつリハビリついでの散歩で見に行ったり、ケルトが読めない単語を訳したりということもあり、イライラも減った。
その上、剣などの武器は苦手と言っていたが、ラインハルト達の稽古を見に行ったりもするようになり、外に出て色々な人と会い会話も増えた。
卑屈になることなく、楽しめるようになったらしい。
「父上は凄いですね……私には出来ない」
「動かないでじっとしていると、イライラするものだよ。レディのフェリシアに日に当たれとは言わないけれど、少し動くのもいいだろう? 特に恋人と一緒にというのは幸せだよ」
「父上……惚気ですか……」
遊び疲れて眠ったアルフィナを抱っこしたアルフレッドは、苦笑する。
「と言うか、最近、アマーリエの調子が良くないみたいでね。大丈夫かなと……」
こちらはアンネリを抱きながら、バルナバーシュは答える。
アンネリはハイハイを始めるようになり、目を離すとカーテンを引っ張ったり、天蓋の布をめちゃくちゃにしたりとお転婆ぶりを発揮するようになった。
「だーうー。じーじ」
片言だが喋るようにもなり、これからはますます目が離せなくなりそうである。
ベルンハルドはルーファスに連れていかれ、外交の勉強をしている。
アルフレッドとしては、宰相である自分の片腕として弟に手伝って欲しいと言うのが本心だが、まぁ、色々と見聞を広げるのもいいかと思っている。
すると、バタバタと走ってくるベルンハルド。
「父上! 兄上! 母上が!」
「アマーリエがどうしたんだ?」
「き、来て下さい! 私が言うよりきっと行く方が早いです!」
ベルンハルドに背を押されるようにして、家族の部屋に向かった。
「お嬢様! 分かっておられましたね? ご自分のお身体を!」
家令のイーリアスが物凄い形相で、若い頃から仕えているアマーリエを説教している。
普段無表情のイーリアスを怒らせることができるのは、アマーリエか、この家に害をなすものだけだと言われている。
「だ、だって……は、恥ずかしいじゃない? それに、フェリシア達の準備もあるし、アルフィナは本当にアルフレッドに似てお利口で大人しいけれど、アンネリはお転婆で目が離せないし……」
「アルフィナ様にはジョン達が、以前以上に付き添っておりますし、アンネリ様にはちゃんと乳母も、女官も侍女たちもおります! それに、旦那様や大旦那様が、お嬢様のお願いを聞かないはずがないでしょう!」
「……それよりも、イーリアスの命令で皆、動くわよね」
「何かおっしゃいましたか?」
幼い頃からの執事見習いであり、今現在、バルナバーシュ以上にこの屋敷の陰の最高権力者でもあるイーリアスに、慌てて、
「な、何でもないわ。それより、ベルンハルドは? 折角、二人でお茶をしていたのに、イーリアスが大声を出すから……」
最近、次男が忙しく、食事の時にしか顔を合わせないことを残念がるアマーリエである。
「ベルンハルドの好きなお菓子とか、お茶の好みを探りたかったのに……ベルンハルドは何でも美味しい、嬉しいって……でも、母として、大好物の食べ物とか知りたいんだもの! 似合う色は解るけれど……男の子ですもの。私は女親だから、私に言いにくいこともあるでしょうし……」
アルフレッドとバルナバーシュは、ベルンハルドを見る。
頬を赤くしたベルンハルドは小声で、
「す、好き嫌いは……そんなに無いです……母上とお茶の方が幸せです……」
と呟く。
ベルンハルドは、自他共に認めるマザコンである。
裏表もなく、本当に今までずっといたかのように可愛がってくれるアマーリエに、逆に褒められたいと頑張りすぎる為、休みを取れとルーファスに怒られたばかりである。
「それ、母上に言えばいいのに」
「そうだよ。ベルンハルド。アマーリエは怒ったりしないし、逆に喜ぶから言いなさい」
「は、はい……」
「それよりも、アマーリエ」
部屋に入っていったバルナバーシュ達にイーリアスは、
「申し訳ございません。旦那様、大旦那様、若君……取り乱しまして……」
頭を下げる。
「良いよ。イーリアス。それよりも、イーリアスが取り乱すことって何なのか気になるんだけれど……」
アルフレッドは、ぐずり始めるアルフィナの背をトントンと優しく叩きながら問いかける。
はぁぁ……
大きくため息をついたイーリアスは、眉間のシワを広げるようにグリグリと押す。
「旦那様、大旦那様、若君……大奥様が、御懐妊されておられます。医者を呼んでおりませんので何ヶ月かまだ良く分からないのですが、しばらく前から調子が悪かったのだと……」
「きゃぁぁ! 言わないで! だって、言っちゃうとバルナバーシュ様やアルフレッド、ベルンハルドが絶対外出禁止とか部屋から出るなとか言うと思って!」
アマーリエの言葉に、
「それはそうだね。外出禁止」
「アンネリは母上にそっくりだと思うんですよ。お転婆で周囲を巻き込んで恐ろしい事態に……でも、自分は被害がないから、けろっとしてそうです」
「えっと、私が母上を守ります!」
「ベルンハルド。兄として言うけれど、母上に振り回されるより、素敵な女性を探しなさい。母上には父上がいるからね」
弟が巻き込まれ体質だと十分理解しているアルフレッドは、首を振る。
「ベルンハルドがいいならここで一緒に住んで欲しいと思ってるけど、別宅もあるよ。それに、好きな人いないの?」
「こ、ここにいたいです! す、好きな人……は、告白してからでも良いですか?」
「構わないが、それより、アルフレッドはどうなんだい? 結婚は?」
父の言葉に娘を見て、
「アルフィナやアンネリがママが欲しいって言うなら考えますが、今のところ再婚は考えてませんね。相手もいませんし。それに結婚するなら、私より母上やアルフィナ達を一番に考える人にします」
「……あぁぁ……何で自分が幸せになるって考えてくれないの? だから心配なのに……」
「大丈夫です。私はお二人の子供ですから、ある日突然恋に落ちるかもしれませんよ?」
母の嘆きを笑い飛ばすアルフレッドだった。
その後、医者に診て貰ったアマーリエは、夫と共に子供ができたことを皆に報告したのだった。




