病気になったアルフィナ
アルフィナとセリアーナはすぐに仲良くなった。
アルフィナの周囲には、同年代で同性の子供はほとんどいなかった。
初めての友達と言っていい。
それに、セリアーナはおっとりとしていて、8歳の女の子だが手がかからない賢く優しい女の子だったのだ。
すぐにアルフィナと仲良くなると、おままごとなどをあまり遠くに行かないで一緒に遊ぶ。
アルフレッド達にしてみると、本当にありがたい存在である。
「んと、んっと……ジャンプ!」
「すごい! アルフィナ。遠く飛べてる!」
今日はジャンプして遊んでいるらしい。
側にはセシルと、セリアーナと年の変わらないヨルムがいる。
「僕の方が多分よく飛べると思う」
「無理よ。ヨルムは」
同じ年だからと呼び捨てでいいと言われたセリアーナは、言い返す。
「そんなことない!」
と、読んでいた本を閉じ、位置に着くと、ジャンプをするが、セリアーナの印をつけた地点まで届かず、
「えっ? 何で? 僕、本気でしたんだけど?」
「ヨルムおにいしゃま、両足ポーン! おねえしゃま、片足にゃの」
アルフィナは答える。
首をかしげるヨルムに、セシルが近づき、
「ヨルムは両足を揃え、両腕を振って勢いよくジャンプしたんだ。でも、セリアーナ達は片足だけ飛んだ。その違いだよ」
「くぅぅ……そっか! 飛び方にも差があるんだ。負けた〜! それに、同じ年なのに賢い!」
ヨルムの悔しがりつつ、セリアーナを褒める言葉にセリアーナはキョトンとする。
「あ、あの……女の癖にとか……」
「えぇぇ〜? 逆に何で? 僕達は女性の母上が生んでくれたでしょ?」
「そうそう。それに、ヨルムはまだだけど、私は何回か盗賊討伐に行ったことがあるんだけれど、そのアジトやダンジョンとかに入った時に、床に穴があるとか、水たまりを避ける時とか、私達はよく飛び方を変える。ヨルムの場合は溜めが必要で、逆に片足飛びの場合は勢いがつくと二歩目に注意だ。でも、フェリシアに聞いてきたら? ゴム跳びとかあるらしいよ」
「ゴム跳び……」
ヨルムは首をかしげるが、セリアーナは、
「知ってる! 私は持ってないけど、綺麗なゴムで誰かがしてた」
「……アユフィナ……しやない」
「アルフィナ。んっと、フェリシアお姉ちゃんに聞きに行かない? もし人数が足りなかったら、おままごとしよう?」
「う、うん!」
頷いたのだが、急にクタッとしゃがみこんだアルフィナに、セシルは近づき慌てて抱き上げる。
真っ青な顔をしており、ぐったりしている。
「ヨルム、セリアーナ、ごめん。アルフィナ、熱はないみたいだけど、疲れたみたい。二人で遊んで……あぁ、ヨルム。やっぱりフェリシア達のところでゴム跳びを聞きに行くといいよ」
「う、うん! セリアーナ行こう!」
手を差し出す。
セリアーナは心配そうに、
「アルフィナ、無理やり……疲れたのかなぁ……ごめんなさい」
「違う違う。確か、アルフィナのお昼寝の時間なんだよ。アルフィナ、ほら、瞬きしてるし、目をこすってるでしょ」
「あ、本当だ」
セシルの腕の中で、駄々っ子と化しているアルフィナを、よしよしとなだめながら、
「アルフィナをお休みさせてくるから、ヨルム。手を繋いでついておいで。セリアーナはまだこの中、分からないからね」
「はーい! セリアーナ。行こう」
ヨルムは同年代の女の子と友達になれて嬉しく、手を握り歩いていく。
そして、
「じゃぁ、セシル兄さん。アルフィナもまたね」
「行ってきます」
手を振る二人に手を振り返し、セシルはアルフィナの部屋に行く。
エリとリリが、アルフィナの部屋で綺麗になったかチェックしていたが、
「エリ、リリ……悪いんだけど、アルフィナが顔色が悪いんだ」
「えぇ!」
「すぐに医者を!」
エリは医者と主人や上司を呼びに行き、リリはアルフィナの服を着替え、ベッドに寝かせる。
その間にセシルは、手足の汚れを拭う洗面器と手巾を用意した。
「……うえぇぇ……。リリしゃ、アユフィナ、ねんね、やぁだぁ」
一回吐き、それでもぐずるアルフィナに、セシルが、
「アルフィナ? 今日ねんねしたら、明日料理長が美味しいお菓子作ってくれると思うよ?」
「おかし……でも……うぇぇ……あしょびたい。アユフィナ、セリアーナお姉しゃんとあしょぶ……」
「セリアーナはお家にいるから、いつでも遊べるよ?」
手足を拭き、そして新しい洗面器とタオルを運んできたリリが絞り、額に乗せる。
「本当は首筋やわきの下も良いんだけど、ベッドが濡れて不快感が増すから、このままお休み」
「おにいしゃま……いにゃくなやない?」
最近、アルフィナのたどたどしいなまりというか、舌ったらずな言葉の底を理解し始めていたセシルは、頭を撫でる。
「近くにいるよ。お休み」
「おやしゅみなしゃい……」
この後診察に来た医師に、
「疲れたのだと思います。少しずつ、吐かない程度に、スプーン一杯の甘い飲み物を。そして、その後は飴玉を一粒口に含ませて下さい。甘い飲み物以外には、水に砂糖を入れ、ひとつまみの塩を水を入れておく。それをよく混ぜて、小さいコップに入れて飲めるだけ飲ませてあげて下さい。吐くまではダメです。それと水を入れたピッチャーですね」
「薬は、ないのですか?」
娘が辛そうな様子に、アルフレッドが問いかけるが、
「知恵熱という、一歳未満の赤ん坊がよくなる病気とは違い、この病気は頑張り屋さんの子供が無理をすると病気になるので、無理をさせない、緊張させすぎない……でも甘やかしすぎてはいけないという本当に微妙な病気なんです」
医者は漏らす。
「まずは様子を見て、4、5日休ませてあげて下さい。元気になったと言っても様子を見て、青い顔をしていたり、動きが鈍かったらすぐに休ませて下さい。吐き気が止まらないと、この小さい身体では体力を一気に消耗させてしまいます」
「わ、分かりました」
アルフレッドは頷く。
医者が帰り、見舞いに来た両親に説明する。
「吐き気どめポーションだけでも置いておくといい。それに、アルフィナは普通の子より頑張りすぎている。だから、休ませてあげなさい」
バルナバーシュは幼い孫の頭を撫でる。
微熱があるが、それ以上に青い顔が気になる。
ミーナがアルフィナの大好きなジュースをスプーンで飲ませるが、顔をしかめイヤイヤとする。
「ジュースも飲めません……どうしたら……」
困り果てると、イザークが、
「あの。最初、私の死んだ妹が教わって作っていたのですが、酢に砂糖と野の実……ベリーやピーチなどを漬けて、砂糖が溶けて色が変わった頃に実を出して、酢を水に割って飲むとさっぱりして飲みやすいです。うちでは毎年しています。ジュースよりも飲みやすいかと思うのですが……お持ちしましょうか?」
「いいの?」
「はい。去年は沢山詰みましたので」
イザークが持ってきた瓶から、中身を水で割り、アルフレッドが味見をする。
「あ、飲みやすい……。アルフィナ……お口開けて」
「やぁぁ……」
「美味しいよ。一口でいいから飲んで」
スプーンで流し込むと、こくんっと飲み、
「……美味しい……アユフィナ、しゅき!」
「それは良かった。じゃぁもう一口」
ホッとして、飲ませたアルフレッドは、クゥクゥと眠る娘を乳母たちに預け、隣室に移動する。
「ありがとう。イザーク……初めてだったから、本当にどうしようかと……」
アルフレッドは頭を下げる。
その様子を見ていたイザークは、俯き首を振る。
「いいえ、いいえ……本当に、本当に……あの子を……セリーナの、妹の娘を救って下さってありがとうございます。可愛がって下さって……」
言葉を詰まらせるイザークに、目を丸くする。
「……アルフィナは、イザークの姪?」
「名乗るつもりはありません……あいつ……俺達はキールと呼んでました。キールは父親がいなくて、お母さんと祖父の3人暮らしで、俺達……シシリアも幼馴染で近くに住んでました。時々やってくるあいつと仲良くなって、でも両親はキールを見て、もう二度と会うなと。でも、俺たちはずっと仲が良かった。キールの爺さんと母さんが亡くなった時……命令したのは王族で、でも仕返しと見せしめに殺された貴族の家族が、二人を殺して……キールはもう会わないって……」
「……」
アルフレッドの祖父達は独裁者、父は寵姫にかまけ、政治をしない愚王でも知られていた。
「妹は……セリーナはキールが好きで、親達の反対を振り切ってキールの元に……時々、昔の隠れ家に姿を見せる二人に……俺が何とかしていれば良かったのに……」
「でも、キールは……頑固だっただろう?」
バルナバーシュの言葉に頷く。
「何であんなに……と言う位。でも、それだけに……大事な親友、妹を……」
「ありがとう……私の甥……キールは幸せだったよ。君達に会えて。それに、アルフィナと言う面影が残っている」
「……髪の色、瞳はキールに似ています。でも、顔立ちは妹に瓜二つです。時々、遠目で見ていた……だから、あの日以降居なくなって……あぁ、無理にでも引き取っていればと……」
涙を流す。
「でも、アルフレッド様に引き取って頂いて、あんなにはしゃいでいる姿……きっと、キール達は喜んでいるでしょう……。遺骸がどこにあるのかは……」
「棺は、勝手で申し訳なかったんだけど、私の家の墓地に埋葬させて貰ったんだ」
「……あ、ありがとうございます!」
イザークは涙をぬぐい、親友と妹の冥福と、家族のように接する主人一家に感謝するのだった。
アルフィナの病気は、自家中毒と呼ばれることが多かった周期性嘔吐症(自家中毒症)、アセトン血性嘔吐症と思っていただけるとありがたいです。
大体10歳位まで発症します。
実は私は高校生になっても、かかっていました。
子供だけの病気ではなく大人になっても発症するそうです。




