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聖女の祈りと聖女の髪

 簡易のお風呂に入れられた少女は、ミーナとエリ、リリの三人に全身を洗われ、タオルで拭かれると、すねが隠れる位の軽くシンプルな淡いピンクのワンピースを着せられる。

 バサバサで軽く縛っていただけの髪はその前にジョンに切り揃えられ、肩を覆う程になっていた。

 くすんだ色も綺麗に洗い、油で艶を出せば、金に近い赤銅色になる。

 二つに分け、耳の上でツインテールに結ぶと、ワンピースと同じ色のリボンで飾り、白い靴下と手袋、そして高さのない靴を履き、ジョンに促され隣室に戻る。


 すると、親友の意識不明とその父である魔術師長の死の報告の為に、暗い表情をしたユールがやってきていた。

 扉が開き、ジョンに手を引かれちょこちょこと姿を見せた少女にユールは驚く。


「兄上?」

「あぁ、アルフィナ。可愛いね。よく似合っているよ」


 ぴょこん、


頭を下げる。


「お父しゃま。ありがとうごじゃいましゅ。お客様でしゅか?」

「あぁ、幼馴染の息子だよ。ユール。この子は私の娘、アルフィナだよ」

「アルフィナ、初めまして。私は騎士団長の息子のユール。ユールと呼んで欲しい」

「ユールお兄しゃま……でも良いでしゅか?」

「ありがとう」


 アルフィナは精悍な少年に優しく微笑まれ、頬を赤くする。

 人に優しくされた事が少なかった為、嬉しくて堪らないらしい。


 アルフレッドは娘を呼び寄せ、自分の膝に抱っこする。


「可愛いね」

「あ、ありがとうございましゅ。嬉しいでしゅ」

「今日はあったものだけれど、今度はちゃんと似合うドレスを仕立てようね」


 頭を撫でると、ユールを見る。


「所で、フェリシアはどうだった?」

「1ヶ月牢に入れられて、そこでの生活がたたったのか、まだ身体は弱ったままで、ケルトに抱きついて泣き続けております。ルシアン叔父上ももう……」


 俯き涙を堪える。


「……そうか。ケルトが……ケルトだけでも生きて……」

「お、お父しゃま……」


 オロオロとしたものの、おずおずと養父に抱きつく。


「ケルトしゃまが元気になりましゅように……お、おじしゃまが元気になりましゅように……」


 目を閉じて祈る。


 実父はあの日、自分だけはマスクをさせた。

 だから、ほとんど周囲の顔を知らなかった。




 でも一度だけ牢に行った……牢の罪人の料理は母と自分が作って、両親が持っていくのだ。

 その時、一度だけ掃除の為にと行った先にいたのは、やつれているものの美しく優しい青い瞳の令嬢。

 暴力を振るわれたのか頰が腫れ、綺麗に伸ばされていたはずの髪がバラバラに散っていた。

 掃除をして、集めた髪をどうしましょうかと、目を合わせず問いかけた。


「掃除をしてくれてありがとう。お嬢さん。ちょっと待ってね」


 首の後ろに手を回し、外したネックレスを差し出した。


「こ、これは……」

「きっと、死ぬ前に全て取り上げられるわ。その前に貴方にあげる。これはね……魔術師長のルシアンおじ様が、私が何かあった時の為に、身につけておきなさいって下さったの。願いを必ず叶えてくれるの。でも、それには何かを捧げなきゃいけない。でも、貴方はまだ小さいから、この髪を捧げなさい。この髪は、魔術師の血を引いた私の力が残っているはずだから……」

「こんな大切なものは、頂けましぇん……」


 首を振る。

 すると、両手を握ってくれる。


「お願い……もし出来たら、私のお父様か宰相のアルフレッド叔父様、魔術師長のルシアン叔父様か騎士団長のラインハルト叔父様に渡して頂戴」




 思い出した。


「お、お父しゃま……あの、これ……」


 服装に似合わない、ボロボロの袋を差し出す。


「どうしたの? そう言えば、ずっと持っていたね?」

「牢にいたお姫しゃまが下しゃったのでしゅ。……昨日殺されたお姫しゃまが……お父しゃまか、お姫しゃまのお父しゃま達に渡してねって」


 思い出したのか泣きじゃくり始める。


「お姫しゃま、たしゅけられなかった……お優しい方だったのに、こんな私にも優しくして下しゃって……これをこれを……」

「これ? 開けていいかな?」


 頷く娘から受け取った袋を開けると、パサパサの金色の髪の毛の束と、一つのネックレスが現れる。


「これは?」

「き、昨日、殺されたお姫しゃまが、断頭台に向かう前に奪われてしまうから、私に持っておいてって……優しくして下しゃったのに……魔術師長しゃまが、お姫しゃまに身につけておきなさいって下しゃったものだって……何かあったら、この髪の束をしゃしゃげて頂戴って。お姫しゃまの代わりに……そのルシアン叔父しゃまが元気になりますように……」


 アルフィナは泣きながら祈る……すると、


『もう一人の聖女の願いを叶える。代償として、聖女の髪を貰いうけよう』


と、金の髪の束が消えた。


「えっ……」

「聖女? 確か、フェリシアは婚約破棄までは聖女として……」

「もう一人の聖女……叔父上……」


 ユールは、父親にあやされている少女を見る。


「この子は私の娘のアルフィナ。大丈夫だよ……大丈夫。アルフィナ。大好きなフェリシアも無事だよ。ルシアン兄上もきっと大丈夫」

「お父しゃま……」


 ノックの音が響いた。


「騎士団長閣下とセシルどのがお越しです」

「あぁ」


 扉が開き、騎士団長親子が姿を見せる。


「遅くなった」


 ラインは声をかけるが、あれっという表情になる。


 一度結婚したが、妻の浮気に離婚した経歴を持つアルフレッドは、幼馴染の子供達をそれなりに可愛がっていたが、赤銅色の髪の少女を本当にオロオロと心配そうに抱きしめあやしている。


「アルフィナ……これからお父様は伯父さんとお仕事だから、お兄さん達と一緒にいなさい。ユール、セシル、頼むよ」

「えっ? 私も一緒に……」

「頼んだよ。アルフィナ。お兄さんたちやとエリやリリと一緒にいるんだよ?」


 立ち上がると、アルフィナを強引にセシルに抱かせる。


「お父しゃま! 一緒に……」

「大丈夫。戻ってくるからね?」


 頭を撫でると幼馴染と共に出て行ったのだった。




 魔術師長のルシアンの妻であり、ケルトの母フレアが下の息子ヨルムと共に、二人が眠っている友人の屋敷に訪れた。

 夫は武力はなく、研究馬鹿で不器用な人だったが、心底家族を愛し、友人と付き合い楽しく語らっていた。

 しかし、一月前の事件で重苦しい雰囲気に包まれた。

 そして昨日は、愛らしい友人の娘を失っただけでなく……。


「貴方……ケルト……」


横たわる二人を見つめ涙を堪えるフレア。

 幼い末っ子は、


「お父様とお兄ちゃんはどうしたの?」


と首を傾げている。

 何と言えばいいのか……何か口を開こうとすると、涙が溢れそうで……と、上を向いたフレアは目を見開いた。

 空中には金色の何かの束……いや、これは髪の束……。


 その束が神々しい濃い赤銅色の光に包まれる。


『二人の聖女の願いを叶えよう……』


 その声と共に二人の体が輝き、消えた。

 フレアは祈るように見つめる。

 すると、夫の瞼が、頰がわずかに動き、ゆっくりと開かれた。


「……こ、こは……」

「あ……なた……」

「フレア……ケルトは! それにフェリシアは?」


 体を起こそうとする夫を留め、


「本当に……貴方は……」

「お、おじ様……」

「あぁ、フェリシア、無事だね。良かった……ケルト、ケルトは……」

「ここにいます……フェリシア……ありがとう」

「ケルト! 良かった、良かった……」


周囲は涙を流し、その理由が理解できなかったルシアンは、


「えと、カーティス。ラインハルトとアルフレッドは……」

「王宮だ。私達は休めと言われたが、私は向かうつもりだった。だが、お前は休め」

「いや、私も行こう」

「駄目だ! お前は今さっきまで、本当に死んでいたんだぞ! フレアの為にも休め!」


フレアは夫を見つめる。


「お願いだから……今日だけでいいから、側にいて頂戴」


 フレアの頰を伝う涙に、慌てて手を伸ばそうとして、持ち上げる腕の重さに驚く。


「腕が……重い……」

「お前は元気になるまで、ここで生活するといい。では行ってくる」


 カーティスは、寝込んだ妻をそのまま休ませるようにと、息子たちに二言三言囁き出て行ったのだった。

【訂正致します】


銅を意味すると誤解されるbronzeブロンズは、正確には青銅を指す。

英語のcopperはラテン語のcuprumに由来し、「カッパー」ないし「コッパー」と呼ばれる。

その為ブロンズの髪と言うのは誤りで、赤銅色の髪が正しいです。

訂正いたします。

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