たどり着いた真実……アーティス
食事を取り、正装をまとったアーティスは、妹の屋敷に私的ではなく、アソシアシオン教国の枢機卿として会いたいこと、神が滞在できるような屋敷は知らないかと言う手紙を言付ける。
そして、しばらくして、手紙が返り今からでもどうぞと書かれていた。
「では、行こうか」
馬車に乗り、妹の屋敷に向かった。
窓の向こうに見える光景が、どことなく寒々しい。
空々しい人々の日々の営みが、国の本質のように見える。
ゆっくりと馬車は国王の義母の住まう屋敷に向かっていった。
兄からの書状を凝視する。
アマーリエとアーティスは、母親の違う兄妹である。
アーティスは正妻である正妃の息子、アマーリエの母はさほど有力ではない家柄。
聖女としての能力が開眼しなければ、ほぼ見捨てられたか、国内のまぁ、伯爵家程度の家に嫁いだはずである。
しかしあの時、力を引き出された……アーティスによって。
異母妹で権力のない母の子であるアマーリエは、兄弟と言えども、正妃の子供達である兄達と遊ぶ時にもいつのまにか身につけていた処世術を使って、大人しく従順ではいはいと言う事を聞いていた。
その日は、兄に呼ばれて兄の練習を見ていた。
兄は雷と炎の属性。
攻撃と言うよりも、裁きの能力の持ち主と呼ばれていた。
その能力は、魔術師の力とは違い、自らの力を使うのではなく、ただ、神に祈ると言うよりも感情に任せてに近かった気がする……兄は当時、教会の操り人形だったのだろう。
感情もほぼなく、アマーリエの目の前で放たれたただ一発の雷が、少し離れた広場で楽しそうに笑っていた国王と王妃……兄の両親と王太子……兄の実兄のいる場所に向かうのが見えた。
兄は無意識に……何故自分だけが家族と離され、こんな事をと思っていたのかもしれない。
その雷が落ちてはと、咄嗟に思ったアマーリエは、その雷を防御するのではなく自らも落とし、空で力を相殺させた。
王と王妃達は、自分達の上で起こった轟音に驚き、振り返った。
唇を噛み死んだような眼差しで自分達を見るアーティスに、幼くいないように扱っていた側室の娘が、
「貴方は何をされたのか、自覚があるのですか! もう少しで、ご自分のお父上、お母上、お兄様の頭上に雷を落とそうとされたのですよ!」
と説教し、そして、駆け寄ってきた国王一家をキッと見ると、冷たい眼差しで、
「国王陛下、不敬不遜を承知で申し上げます。アーティスお兄様は幾ら将来枢機卿として教国に留学されるとは言え、陛下と正妃様の子息です。ご自分達が寂しくなるからと言う理由だけで、お兄様を遠ざけるのは如何なものでしょうか? それにお兄様も、王太子殿下と同じ正妃様のお子様です。私のように母の違う兄妹ならまだしも、ご自分達がお茶をし、楽しそうに会話をされている横で、技を磨け、命令に従えとはおかしな話かと……ご自分や王太子殿下が執務や勉強に励む時間に術を磨け、枢機卿としての勉強をとおっしゃられるのなら解りますが……まだ成人していないお兄様に対して失礼ですし、差別ではないでしょうか?」
「……!」
「処罰なら幾らでもお受け致します! しかし私よりも、陛下方の態度は幾ら国王陛下、妃殿下、王太子殿下とは言えお兄様に対して失礼です。謝罪して下さい!」
「もういいよ、諦めたから」
口数の少ないアーティスが口を開いた。
「父上も母上も兄上も、僕がいらないんだって解ってる。じゃぁ産まなきゃよかったのに」
穏やかというより大人しいアーティスの言葉に王妃はよろめき、
「な、何を言ってるの! アーティス!」
「兄さんと妹や弟には母上は何かを選ぶ。楽しそうに。でも僕には、教国に行くからって兄上のお古か、兄妹がいらないといったものばかりだ!」
アーティスが叫ぶと、雷が落ちる。
きゃぁぁ!
悲鳴をあげる王妃は王太子を抱きしめ、恐れるような目でアーティスを見る。
それを自嘲するように笑い、
「……ほら、母上は僕が怖い……そしていなくなって欲しいんだ」
と呟いた。
「アーティス! やめよ!」
周りに護衛を従え命令する国王を睨み、叫ぶ。
「父上も母上も兄上も! 僕を抱きしめてくれない! 叱るばかり! あれをしろこれをしろと命令ばかり!」
ハッとするように国王は目を見開く。
目に涙をためたアーティスは、
「僕が嫌いなら、可愛いと思えないなら、早く国から出して下さい! もう二度と帰りませんから! 父上と母上、兄上とも! 国と縁を切る! 二度と戻ってきません! 僕が嫌いなんでしょ! じゃぁ、いらないから出て行けって言えばいい! こんな国出て行ってやる! そして、この国を滅ぼしてやる!」
血を吐くような叫びに、青ざめ声のない周囲を突き飛ばし、押しのけたアーティスは走り去った。
「何やってるんですか?」
アマーリエは叫ぶ。
「陛下! お兄様のお力は安定していません! 今、感情に任せて暴走させたら、本当に国が滅びます! 陛下方! 追って下さい!」
「父上! なりません! アーティスは教国に送られる身。先程の事も私をひがんでのこと! あいつにはもっと厳しい処分を!」
言い放った長兄に近づいたアマーリエは、思いっきり膝を蹴りつけ、倒れ込んだ兄の鼻に頭突きをかました。
鼻骨が折れ鼻血が出るが、ヒィヒィ泣くだけの長兄に、
「ザマァ見ろ! 王太子だからって甘えてんでしょ! 兄上をひがんでんのはあんたじゃない! 王太子だからって、自分が偉いと思わないことね! ばーか!」
とあざ笑い、唖然とする周囲を無視し、アーティスの後を追って走り去った。
その姿を見送った国王は、
「ふふふ……あはは! はははは!」
と笑い出した。
「何が、何も出来ない側室の娘だ。あれは、幼いなりによく見ているではないか! あれの名前は?」
「アマーリエ様でございます」
「アマーリエか。よし、あれの母は?」
「もうおりません」
「では今日から、あれは王妃の娘に準ずる扱いをする。これは命令だ」
周囲は頭を下げるが、血まみれの王太子は訴える。
「ち、父上! あの娘は私に無礼を!」
「お前こそ不遜であっただろう。あれは天性の素質のある聖女だ。まだ幼いが成長すればこの国を栄えさせる力がある。お前はしばらく謹慎しろ。そしてその甘ったれた根性を叩き直すがいい。妃よ。アーティスとアマーリエを取るか、馬鹿を取るかでそなたの処遇も変わると理解せよ」
夫の言葉に、王妃は頭を下げ、
「貴方様のお心のままに」
と答えた。
その日以来、アーティスはアマーリエと共に過ごしていたのだった。
アマーリエにとって兄は、他の家族よりも距離が近かった。
甘ったれた、もう孫のいる長兄より王位に近いと思った。
しかし、それよりも……。
「アルフィナは守らないと……」
可愛い幼い孫を兄に奪われるのは絶対に許すものかと、改めて誓うのだった。




