自業自得と因果応報
アマーリエとバルナバーシュの婚約は、すぐに大々的に広がった。
ケルトとフェリシアの婚約を隠すように大々的に、そして早めに結婚をすると言うことも。
すると、アマーリエの義息の国王が怒り狂い、使いを送って王宮に来いと命令してきた。
アマーリエ……義母は自分の息子の不幸をあざ笑うのかと言う思いだったらしい……思い込みも逆恨みも甚だしいのだが、他人の不幸は甘い蜜とも言うことは確か。
「……王宮に来い、ですか?」
アマーリエは、家族で婚約指輪や飾りを選んでいる時にやってきた王の使者を見、ゆっくりと開いた扇を揺らせながら、不機嫌そうに眉を寄せる。
今はアルフレッドとベルンハルド……最愛の息子達と一緒である。
婚約者のバルナバーシュは、可愛い孫娘アルフィナにメロメロで、一緒にベランダで外の景色を見ているらしい。
アマーリエは現在の国王の、義理とは言え母后である。
最愛の息子が臣籍降下した為、血の繋がりのない義理の息子よりも息子といたいと出てきてはいるが、身分を捨てた訳ではない。
目の前に立ったまま言い放ったのは、王族に使いを送るにしては土埃にまみれ、身なりもきちんとしておらず、礼儀もなっていない。
「今まで私は、あちらが何をしても口出しするなと言われましたのよ? ですから、何も口を出しませんでしたの。ですのにどうして、私の幸せには口を出して、そのように命令するのかしら? 私がようやく手に入れた幸せを壊そうとするのかしら? しかも命令ですの? ところで貴方は、どこのどなたかしら?」
「陛下の使いにございます」
「……出て行って頂戴! 私を馬鹿にしているのね? 自分の本来の身分も名乗れない使者など、本物ではないわ! それに貴方は私の身分をお忘れ?」
「先代国王陛下の正妃様でございます」
「そう思っていないくせに! 王の義理の母后に、その態度は何ですか!」
アマーリエは扇を閉じると、激怒を装い立ち上がる。
「貴方達は私を先代王妃と思っていないでしょう! 私を、そしてアルフレッドを邪魔者だと思っているのね? 王子があんなことになったのは自業自得よ! 自分の身分を傘にきてやってきたことが本人に戻った、因果応報とも言うわね!」
「母后様!」
「なあに? 不敬だと言うのかしら?ならば、貴方こそ不敬不遜だわ! 帰って頂戴! こんな無礼な使者を迎えるなんて、私も落ちぶれたものだわ……」
扇を広げ、顔を覆う。
「本当に情けないこと……私が王宮にいた頃にはありえないことだわ! 王宮は全く機能していないのね。それに、陛下を生んで亡くなった寵姫様の代わりに、陛下を育てたのは誰だと思っているのかしら? 寵姫様の死後、全く仕事をしなくなった先代陛下の代わりに、采配をしたのは誰だと思っているの? 屈辱だわ……私を馬鹿にしているのね? 陛下は! 私を乳母……いえ、下級侍女だとでも思っているのかしら? アルフレッドや騎士団長、魔術師長、外交大臣の意見を聞いていても、それでも私はあの方を信じていたのに!」
「母上! ですから会うなと申し上げたのです」
「は、母上はお優しすぎます……」
母后を慕うアルフレッドと、義母を心配するベルンハルドはそっと抱きしめる。
「兄上……いえ、陛下は……昔のように母上を思ってはいないのです……いえ、元々……」
「もう、何なの! 酷すぎるわ! アルフレッド……私は幸せになりたいのよ! いえ、貴方達といるのも幸せなのよ? でも、先代陛下にはいないように扱われ、陛下には乳母……ずっとずっと我慢してきたの! 私にだってプライドがあるのよ! もう許しません! 故郷のサーパルティータに使いを送ります! それに、母国エメルランドに帰った正妃のもとにも! どれ程私達を下に見てきたのか! 思い知るが良いわ! お帰りなさい! 帰って頂戴!」
アマーリエは涙を浮かべ、息子達に抱きつく。
と、扉が開き、祖父のバルナバーシュに、片腕抱っこしてもらって現れたアルフィナは、祖母の嘆く姿に驚く。
「お、おばあしゃま?」
「あぁ、アルフィナ、バルナバーシュ様。お帰りなさいませ」
「どうかしたのかな? アマーリエ……それに、アルフレッド、ベルンハルド」
アルフレッドは義父を見つめ、
「父上。兄……この者が国王からの使いだと、このようななりで参りまして、母上が……」
バルナバーシュは身なりもろくに整えておらず、しかも先代王妃のアマーリエに立ったまま対応する様子に、一歩二歩と近づくと、空いた拳を鳩尾に一撃し、呻く男の足を払った。
「……下衆が。出て行け! アマーリエを誰だと思っている? 傷つけるなら容赦はしない!」
床に仰向けに倒れた男の腹を、グリッと踏みつけた。
「ぐぅぅ……」
「安心しろ……この程度で死にはしない。苦しいのは……こっちだ!」
アルフィナの頭を自分の内側に抱き寄せ、靴のかかとで思い切り踏みつけ……いや力任せに叩き下ろした先には男の右手。
バキバキ……
と音が響いた後、叫び声が聞こえる。
「ぎゃぁぁ!」
「うるさい……私の愛するアマーリエに対する、不敬な行為の代償がこの程度で済むと思うのか? 次は足を……」
「父上。歩いて返した方が楽かと」
「ベルンハルド……君、冷静だね……」
アルフレッドは、弟になる青年がかなり図太いことを思い知る。
「いえ、かなり腹立ててます。私は……こう言う性格で、余り可愛がられた記憶がないので……アマーリエ様やフレドリックやケルト達の母上方に、可愛がって頂いて……」
「あら、貴方は私の息子ですもの……うふふ……ベルンハルドは優しい顔立ちね」
守ってくれた二人の息子の頰にキスをする。
その間に、バルナバーシュはイーリアスに、
「イーリアス。悪いけれど、このゴミを捨てるように外の者に命じてくれないか?」
「かしこまりました。旦那様」
「いやいや、私は、この屋敷の居候だよ」
「……では大旦那様とさせて頂きます。アルフレッド様を旦那様、ベルンハルド様を若君とお呼び致しますので」
イーリアスは微笑みながら、ズルズルと使者を引きずっていき、部屋を出て行った。
「お、おじいしゃま……こあいこあいないい〜?」
バルナバーシュの腕の中で震えていたアルフィナは尋ねる。
「あぁ、ゴメンね。あのね、今の男がお祖母様を苛めたから、おじいちゃん腹が立っちゃって足で蹴っちゃったんだ。もう、お祖母様を苛めないから大丈夫だよ」
「良かったぁぁ。おばあしゃま、いじわゆしゅゆの、め! なの。おばあしゃま、えんえんしたら、アユフィナもえんえんしゅゆの」
「アルフィナは優しいね……」
孫の愛らしさに、ますますこの子だけでなくその周囲を守ってあげたいと思うようになるバルナバーシュだった。




