アルフィナの初めてのおつかい……でも危険度MAX
しおりとペン軸を買いに行くことになったアルフィナは、父とセシルと一緒に、二人の男の子と出かけることになった。
ちなみに護衛は別である。
少年の一人はお兄ちゃんの一人ヨルム、もう一人は父が護衛の一人で、母は今日のお出かけについてきている侍女長の息子である少年。
ヨルムはほっそりとした少年だが、そのハウルという少年はでっぷりとしていて、態度も横柄である。
「なぁなぁ、ヨルムだっけ? お前、そんな格好すんのか?」
挨拶もなく年上のヨルムを呼び捨てにする……その姿に、父親は息子に近づくと、頭を殴る。
「こら! ハウル! ヨルム様は魔術師長のお子様だ! 失礼なことをするな!」
「……はーい……イッテェ!」
ハウルは、頬を膨らませながら頭を撫で、その様子を見ていたアルフィナを睨みつける。
ビクビクとセシルにしがみつく。
「どうしたの?」
「えっと、おにいしゃま、どこに行くでしゅか?」
「お店だよ。兄上……アルフィナのお父さんが言っていたよね? 兄上にはペン軸、アマーリエ様にはしおりだって」
「あい! アユフィナ、がんばゆでしゅ」
「ヨルムもアルフィナをよろしくね?」
セシルの言葉にニッコリ笑う。
「はい」
その様子を見ながら、アルフレッドは侍女長に、
「侍女長。アルフィナを頼むよ? それにお金は……」
「私が預かりますわ」
「いや、ヨルムに預けたから。ヨルムは賢いから大丈夫。君は見守ってくれているだけで良いよ」
「いえ、荷物を持つなり……」
「子供達にさせたいんだ。見ててくれるかな?」
食い下がる侍女長にニッコリ笑ってトドメを刺す。
「それとも私の可愛い娘のアルフィナが、頑張って買い物に行くのを邪魔するのかな?」
「いえ、そんなことは……」
と呟きながら内心舌打ちを打つ。
前は時々主人の部屋に入って、お金などをすりとったりしていたのだが、最近客人が増え、仕事が増えたのと人の目が増えたのでできなくなった。
夫もバクチをやめてくれず、借金は減らない。
子供は手伝いをして小遣いを貰うが、それは自分のだと渡してくれない。
給与だけでは足りない。
この間見た宝石が欲しいのに、足りないのだ。
父とセシルに手を引いて貰っていたアルフィナは、
「あのお店だよ。アルフィナ」
「あしょこでしゅか……」
ふわぁ……目を見開く。
とても外観が可愛らしい、普通の雑貨屋ではなく、専門の品を扱うお店である。
「セシル、ヨルム? アルフィナをよろしくね? それに侍女長も」
「かしこまりました」
と5人は別れ入っていく。
「いらっしゃいませ」
丁寧な柔らかい声、優雅に頭を下げる女性に、
「こんにちはでしゅ」
と丁寧に頭を下げるアルフィナ。
「お、お嬢様! こんなところで何を!」
侍女長の言葉に、店の女性は眉を一瞬釣り上げたが、アルフィナは、
「おとうしゃまやおばあしゃま、おねえしゃまは、初めて会った人にはごあいしゃつしようねって言うのでしゅ。だかや、おねえしゃん、こんにちはでしゅ」
「お嬢様、ようこそお越し下さいました。セシル様もヨルム様も」
「お久しぶりです、店長。やっぱりこのお店は雰囲気も品もいいよね。私も買って帰ろうかな」
「本当ですね、セシル兄さん。あ、店長こんにちは。あ、あのね、この子は僕達の従妹のアルフィナ。お父さんとお祖母様にって買い物をしたいって言うんだけど、それ以外にも僕と父が前にお願いしたことを、お願いしても良いかな?」
「えぇ、構いませんわ。どうぞ」
ヨルムは案内され奥に入るが、すぐに戻ってくる。
「じゃぁ、アルフィナ。お兄ちゃんと探そうね。えっと、アルフィナはおつかい、何を頼まれたのかな?」
「お、おばあしゃまにしおりと、おとうしゃまにペン軸でしゅ」
「すごいね! よく覚えてる!」
「まぁ、お嬢様はお利口さんですわね」
店長のカトリーヌに褒められ、えへへっと照れる。
「それ位、覚えられるだろ」
ハウルの一言に、ヨルムは素っ気なく、
「アルフィナは4歳だよ。それにお前は、自分の親の主人の子供にそんな口を利くのか? 追い出されても良いなら、僕が兄上に言っておく」
「……うっ……」
黙らせる。
その間に、清潔で明るい店内を案内していたカトリーヌは、
「お嬢様、お祖母様にどんなしおりがよろしいですか?こちらは押し花のしおり、こちらは薄く金属を伸ばして飾りをつけたものですわ。そしてこちらは香水の香りがしますの」
アルフィナはウンウン考え込むが、
「お、おばあしゃま、この匂い違うでしゅ。しょれに、おはにゃはばあやがにあうでしゅ。こにょ、しおりくりゃしゃい」
「はい。解りましたわ」
アルフィナが差し出したしおりを受け取り、テーブルに置くと、
「ペン軸ですが、お父様はアルフレッド様でございますよね?」
「あい! おとうしゃまでしゅ」
「やっぱりそうでしたか。実は、アルフレッド様はほぼ定期的にペン軸を購入されるのですが、最近お越しにならなかったので、こちらの品を準備させて頂いております。いつも使われているペン先もご用意致しましたが、如何致しましょう?」
アルフィナはセシルを見上げる。
セシルは頭を撫でると、
「お願いします。確か兄さんは、ペン先もこだわってましたよね」
「かしこまりました」
「じゃぁ、アルフィナ? この中で、ちょっと見てみようか? さっきの花のしおりはミーナ女官長にだね?」
「あい! でも、アユフィナ……お金にゃいでしゅ……」
「お兄ちゃんが持ってるから大丈夫だよ」
ウルウルとした目で、アルフィナは首を傾げお願いする。
「おにいしゃま、ばあやのしおりかっちぇくえましゅか?」
「良いよ?」
「あにょ、エリおねえしゃんとリリおねえしゃんにも……じいやちゃちにちいしゃいのーちょも良いでしゅか?」
「アルフィナのは? 買わないの?」
「……あっ……」
目の端に映った光景に、アルフィナは走った。
「おにいしゃん、めでしゅ!」
ポケットに手を突っ込んでいる、ハウルの手を引っ張り出す。
すると、本人が使うはずもない、小さい香水の瓶が握られていた。
「何だい? これ」
ヨルムは近づいて問いかける。
「なっ……俺は関係ない!」
「坊っちゃま! 申し訳ありません! この子は悪くはないのです。とっさに……」
「違うもん! こにょおにいしゃん、こっちにもいえてゆもん!」
「や、やめろよ!」
乱暴に振り払ったハウルの拳に、アルフィナの顔面が当たり、セシル達が助ける暇もなく、吹っ飛び頭から床に叩きつけられた。
一瞬静まり返るが、
「う、う、う、うぎゃぁぁぁ……! おとうしゃま〜! おとうしゃま! おにいしゃま〜!」
激しく泣きじゃくるアルフィナを、真っ青になったセシルは抱き上げ、
「アルフィナ! アルフィナ!」
「兄上、揺らさないで! 僕が診ます。だからこの親子を何とかして下さい!」
ヨルムは店長のカトリーヌが気を利かせて敷いてくれた毛布に、アルフィナを横たえる。
顔面に拳が入り、鼻血がひどく、その上左目から頰まで腫れ上がっている。
それに頭を強く打っている。
「ちょっと我慢して……アルフィナ」
「お、おとうしゃま……うえぇぇ……」
扉のベルが鳴り、入ってくるのはアルフレッドと数人の護衛。
その中にはハウルの父親もいる。
「何があったの!」
「兄上!」
問い詰めていたセシルの声を覆いかぶせるように、
「貴方!私達のハウルをこの店が泥棒扱いしたの! そして、その女がお嬢様を!」
「何だって?」
「何馬鹿なことを言ってるんだよ」
母親の腕からハウルを引き寄せたセシルは、香水の入っていたポケットとは逆の所からインク壺、そして、片方の袖の内側にはペン軸、ベルトに挟み背中に隠したノートが出てくる。
「これは何だよ? それにそのおばさんも、そのポケットに擦りとってるよな? ピアスと指輪」
こちらは店長のカトリーヌが、ポケットから抜いてみせる。
「前々から、この坊ちゃんが買い物にくると何かがないんです。余りそれをアルフレッド様にお伝えもできませんでしょう? アルフレッド様の家の働き手の子供が、スリをしているなんて……ですので、時々相談していたのですよ。ヨルム様とセシル様に……でも、なんて事……お嬢様が大怪我をするなんて……」
ハウルとその両親は戒められ、その間に呼ばれた警護隊に引き渡すが、その前にセシルは、
「悪いけど、お前達はもう、宰相家とは関係ないから、名前だしたら……こうなるから」
と、それぞれ紫色の飴玉を口に入れる。
その苦味と痺れに涙と鼻水が流れる3人に、美貌の青年は微笑む。
「私の……私達のアルフィナに手を出した罰だよ。数日で治るから、洗いざらい吐く事だね」
アルフィナは父に抱っこされたまま家に帰り、フェリシアに傷を治して貰ったが、数日うつらうつら眠るだけになっていた。
フェリシアによると、命には別状はないが、強く打ち付けた為、頭部だけでなく首を痛めたらしい。
アルフレッド達は、連れて行くんじゃなかったと激しく後悔したのだった。
後日、カトリーヌが直々にやってきて、アルフレッドにはペン軸とペン先、アマーリエにはしおり、ミーナとエリとリリには押し花のしおりと、ジョンには小さいサイズのノートがラッピングされて手渡された。
「お嬢様からです。そして、喜んで下さるか解りませんが、私からのお見舞いの品にございます」
とアルフィナの名前の刺繍入りのハンカチと、ぬいぐるみを渡されたのだった。




