二人の少女と二人の魔術師
騎士団長ラインハルトは馬だった為、子供には酷だろうと、宰相アルフレッドの家の馬車に執行人の子供は乗ることになった。
古びた服に自分の身分……気後れする様子に、アルフレッドはヒョイっと抱き上げ馬車に乗り込むと、家から服一式を持って来させるのと、王宮に向かうようにと中で待機していた執事ガイに指示した。
「……えーと、君の名前は? 私はアルフレッドという」
「……女」
「は?」
「どうせ自分達には戸籍もないし、墓碑銘も刻まれないのだから、つけないって」
「年は?」
首を振る。
これはないだろう……幾ら執行人の一族でも、元はこの国の一般人だったはず。
それなのに……。
「では、君は女の子……性別がレディだね? その名前じゃ呼びにくいから、アルフィナという名前に変えよう」
「アルフィナ?」
「そう。君はアルフィナ。それに、お父さんの仕事を継がなくてもいいように、国王陛下に直接頼むことにするからね」
「でも、穢れ……」
「……ここでは言いたくないけど、フェリシア嬢を救う勇気のなかった私達の方が恥ずかしいし、穢れているよ。……それに、君のお父さんとお母さんは、ちゃんとお墓に埋葬しよう……」
目を丸くする。
痩せた体の中で、緑色の大きな瞳がキラキラする。
「ち、父と母を……」
「そう。後で必ず。約束しよう」
頭を撫でる。
その合間に、前に座るガイに指示し、毛布とクッションを出させ、アルフィナの体にかけてやる。
「もう少しで到着だが、謁見までに時間がある。何か口に出来るように」
「分かっております。お嬢様に」
「オジョウシャマ?」
アルフィナは首を傾げる。
「はい、お嬢様。私は、執事のガイと申します。ガイとお呼び下さいませ」
「あ、アルフィナでしゅ。ガイしゃま、よろしくお願い致しま……わぁっ」
「アルフィナ!」
「お嬢様!」
アルフレッドは抱き寄せる。
「こら! ダメだよ。馬車で動き回らない。それに君は私の娘になるのだから」
アルフレッドの一言に、アルフィナはびっくりする。
「えぇぇ! で、でも……」
「私には子供がいないからね。アルフィナさえ良ければ……娘になってくれるかな?」
「は、はい」
生まれついて命令遵守を言い聞かせられた少女は、否を言えるはずもなく頷く。
それを理解しているからこそ、先回りしたアルフレッドだったのだった。
そして、こちらは意識のない魔術師長ルシアンとその息子のケルト。
運ぶのは公爵家の馬車で、カーティス夫妻は幼馴染とその息子を自分の屋敷に急いで運んでいた。
夫人はショックが続き青ざめているが、昨日の娘の死と共に、実の息子のように可愛がっていたケルトの青ざめた唇、ぐったりとした体に涙ぐんだ。
「ケルトくん……! 私は、何て勇気のない母親なの……ケルトくんとルシアン様は命をかけて下さったのに……」
「サリサ……ルシアン、ケルト。お前達を死なせないぞ! 絶対に」
馬車は車止めに止まり、先行していた騎士が二人を抱える。
そして、屋敷に常駐する医師に見せるが、
「……ルシアン様は……お亡くなりです」
「な、何だと! 待ってくれ……」
親友の死の宣告に取り乱す。
「何とか出来ないのか? それに、ケルトは? ケルトも……」
「そ、そんな……」
サリサは号泣する。
約1ヶ月前に末娘が罪に陥れられ、昨日断頭台の露と消え、今日は今日で夫の友人とその息子まで……。
「サリサ!」
緊張の糸が切れてしまったというより、辛い現実を次々突きつけられるのに耐えられなくなったサリサは、崩れ落ちるように倒れ込んだのだった。
カーティスは妻を抱き上げるが、起こすことをやめる。
昨日は泣き続け一睡もしていない妻には、少しでも静養が必要だと思ったのである。
「ケルトは……ケルトだけでもいい。助けられないか?」
「ケルト様は、強大な術を重ねて使ったことによる術力の消失、そして、そのことによって一種の生命力も失われて、生き物で言う生き延びる為に生命力を温存する為の休眠状態です。ですが、いつ目覚めるかは解りません」
「……ルシアン……ケルト! 私が不甲斐ないばかりに!」
瞳が潤む。
「あの男を殺してやりたい! 本当に……親の癖に自分の子も育てられず、私の娘だけでなく、ルシアンにケルトまで!」
低い声で唸るように呟く……。
「しかも、今日の滑稽な式には参加もしていなかった。それに今まで我々は忠誠を誓い、支え続けたと言うのに、何の罪科もないフェリシアを庇わず、公開処刑も止めなかった! ここ1ヶ月、フェリシアのことでも謝罪すらなかった!」
主君であり、従兄弟である男……最愛の末娘を、一人息子の婚約者にとごり押しをしておいて、見捨てた国王……。
ギュッと拳を握りしめる。
手から真紅の怒りの雫が滴り落ちるのを、師匠と共に来ていた医師見習いが慌てて手当をする。
その時、トントンと扉が叩かれる。
「誰だ?」
「フレドリックです。どうしてもと言うので連れてきました」
扉が開かれ現れたのは、昨日家族が泣きながら迎えた、首の離れたまま冷たくなって戻ってきたフェリシア。
愛らしい、誰からも愛された末娘の無残な姿が不憫でならず、家族は身体を清め、バサバサになっていた髪を切り揃え、お気に入りだった淡いピンクのドレスを着せ、首はきつく包帯を巻き、その上に繊細な細工を施したチョーカーを身につけさせたのだった。
その姿のまま現れたフェリシアに、失われたはずの愛娘が蘇ったことを内心胸が熱くなる。
フェリシアは、一月牢に閉じ込められていた時に過酷な体験をしたのだろう、頰は痩け、体もやせ細っており、兄のフレドリックに肩を抱きかれるようにして、ふらふらと近づく。
「フェリシア!」
「お、お、と……」
「無理して話すんじゃない。フェリシア」
兄にたしなめられるが、すぐに部屋の重苦しい雰囲気に気がつく。
「ど、どした、で、しゅ……」
「魔術師長のルシアンとケルトが、自分の命を引き換えに……」
「ケル……お、おじっ……」
ゆっくりと骨が浮かぶ両手を伸ばし、お人形のようにぎこちない動きで近づいたフェリシアは、横たわる幼馴染の青年を見る。
「ケル……ト、どうして……も、しかし……わ、たし……」
涙が溢れ、ケルトに抱きつき、髪や頬を撫でる。
「ケ、ル、ケ、ルト……ケルト……どうして、起きて……やだ、おじ様……ごめんなさい……ごめん、な……」
「フェリシア! お前は悪くない! 無理はいけない。休もう」
兄のフレドリックに肩を抱かれ、引き剥がされそうになるが、何度もすがりつき首を振る。
「嫌っ! 何で……私が……私のせい……全部……」
「違う! フェリシア! お前は何も悪くない! 大丈夫だ! 教会の司祭様に頼んでいる! きっと、助かるとも!」
「ケルト……」
次第に顔色が悪くなる妹を引き離したフレドリックは、
「父上、フェリシアを休ませて参ります。父上も母上を……」
「そうしよう。ルシアン、ケルト。必ず助ける! だから生きてくれ……」
医師に頼み、そして執事に急いで神殿の神官を呼べるだけ呼ぶように命じたのだった。
処刑執行人は設定ではマスクをしているのですが、今回は王子の命令でフェリシアを貶める為に顔を晒して処刑しました。
普段はマスクをして表情を隠し、罪人を処断するものの、今回は罪もない、冤罪で貶められたしかもまだ若い少女を顔を晒して殺すことに耐えられなかったと言う設定です。