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悪女と盲愛する愚王

 現在、この国の王にはただ1人の王子しかいなかった。

 正妃だった隣国の王女との間の子供である。


 寵姫のパルミラとの間に、子供が生まれていない。

 いや、実はパルミラは昔から、王以外にも数人の男と関係を持っていた為、誰の子か分からない子を産めないと、子供ができる前に堕胎薬を飲んでいた。


 最近……王の息子……義息がしでかしたバカのお陰で、パルミラの周囲にいた……つまり王に隠れて連れ込んでいた愛人が次々と去っていった。

 彼らは親に命令されて結婚することになったからだの、妻に見つかりそうだからだの、任務が変わったと言い訳をしたが、実際は罪もない聖女を断罪し、神の怒りに触れた王子の父親である王も、その愛人のパルミラも全く気にもせず、豪遊を続ける姿に恐れをなしたからである。


 反省はないのか?

 使いを送るか、謝罪の手紙を書くとかないのか?


 フェリシアは公爵家の娘である。

 王家の血を引いた、この国でも高貴な令嬢である。

 美貌で知られ、その上王子の婚約者でなければ、他国の皇帝や公子の元に嫁いでもおかしくなかった存在である。

 その存在をギロチンなどで殺した……それだけでも恐ろしいのに、王子は男爵家の娘と結婚し、教会で神の裁きを受けた。

 代わりにフェリシアは蘇り、そしてもう1人の聖女が生まれたと噂になっているのに、二人が気にも留めない。

 王宮から去った国王の弟、宰相のアルフレッドが今まで引き締めていた紐がなくなったこともあって、放蕩を続ける。

 それが恐ろしい、と逃げ出したのである。




「本当につまらないわ……」


 新しいドレスを身につけ、国王にお願いして取り寄せた色々な色の宝石で飾りを作って貰い、身に飾る。

 髪を自分付きの侍女ではなく、慣れない女官に梳かせつつ、不満気に呟く。

 実は、今周りにいるのは侍女ではなく、女官ばかり。


 侍女と女官の違いは、簡単に言うと地位の違いである。

 侍女は下級貴族や街の子女が王宮で働くもので、女官は中級、上流貴族の令嬢が行儀見習い兼婚約者を探したり、同程度の身分の令嬢と情報交換したり、流行のドレスなどの話をする休憩時間が取れる。

 もしくは結婚した後に、不幸にも夫と死別した未亡人が子育ても兼ねて仕えたり、自立したいと言う令嬢も働ける。


 しかし、パルミラの側に侍女はいない。

 余りにもわがままで、癇癪、暴力などもあり、長い間居着かなかったのである。


 という事で、女官の一人を顎で使い、髪を梳かせていたところ、櫛が髪の毛に絡まり引っ張られた。

 その痛みにカッとなり、


「ちょっと、あんた何するのよ!」


と振り返って手を閃かせた。


 パーン!


と言う音が1人の女官の頰で響き、立ち上がったパルミラは怒鳴りつける。


「何をしてるのよ、あんた! この美しい私の髪を、強く引っ張るなんて! 陛下や近衛隊長、財務卿達に言いつけるわよ!」

「近衛隊長? 私の夫の……マルセロ・ギムシーズですが……何故でしょうか?」

「何言ってるの! マシューでしょ!」


 すると、女官達が顔を見合わせ、呆れたような顔をする。


「何よ!」

「マシュー・ロッドは近衛隊のお金を横領した事が分かり、位を返上し、一兵卒として辺境に向かいましたわ」

「それに財務卿も……こちらは奥方様のお父様に離婚しろと言われたとか。財務卿は婿養子でしたし……侯爵様も一人娘を蔑ろにする婿というのは、耐えられなかったのでしょう」

「はぁ? 財務卿のイージスは代々続いた……」

「あの方は然程有力でもない、伯爵家の三男坊です。パルミラ様がご存知のあの美貌により、奥方様がお父様にお頼みになり、結婚したそうですわ。でも……」


 頬を叩かれた同僚の頰の手当てをする仲間達を見て、大げさにため息をつく。


「幾ら顔が良くても、仕事をおろそかにする男は御免ですわね、ねぇ? ガネット?」

「そうよね。しかも全然仕事を理解せずに、奥方のお父様が派遣した元部下の方に全部押し付けて、どこかに度々消えていたとか、ねぇ? ミーシャ?」

「探しても見つからないのですって……どちらに行かれていたのか……」


 クスクス笑う様子に、パルミラがムカっとする。


「もしかして、それ、私への嫌がらせ? 受けて立つわよ! 陛下に言いつけてやる!」

「まぁ……そのような事」


 目を見開いて驚いてみせる。

 ニヤッと笑うパルミラに、女官たちは上品に微笑み、


「私達は陛下にお仕えしておりませんわ。元々、この空間は王妃様、その前が先代のアマーリエ様のお住まいだった王妃の間です。王妃様にお仕えしておりますので、陛下には敬意こそあれ……」

「陛下に辞めろと言われても、私共はアマーリエ様によってここに参りましたので……」


顔を見合わせた女官達は、ニッコリと微笑む。


「では私達はアマーリエ様にお願いして、職を辞しましょう。では、パルミラ様。失礼致しますわ」

「御機嫌よう」

「なっ! 何よ! 戻ってきなさい!」


 パルミラの怒鳴り声に、冷たい眼差しで言い放つ。


「まぁ、私達は伯爵家と侯爵家の人間ですのに、何の身分もない女が命令できると思っているのかしら」

「それに、品がないわね。アルフレッド殿下が別れて正解ですわ」

「嫌ですわ……侍女たちが辞めて行ったのも、宮廷でお金を支払ってくれないとイージス様に訴え、イージス様が曖昧にするので、思い余ってイージス様の義父の侯爵様に数ヶ月分のお給金を戴きたいとお願いして、一時金を受け取った後、調査した侯爵様がイージス様が引き出して豪遊していたということが分かり、侯爵家の財産からお支払いされたとか。侯爵様が本当に怒られて、イージス様のご実家とか訴えるそうですわ……」

「お可哀想……奥様はもうすぐ出産だと言うのに、体調を崩しているのですって」


 痛ましそうに告げる。


「そうなのですわ。私も同じレッスンを受けましたでしょう? 母も侯爵夫人とお付き合いがあって……」

「あんた達、私を無視するんじゃないわよ!」


 ズカズカと前に回り込んだパルミラは、掴みかかろうとする。


「何をしているのです」


 低い声が広がる。

 男の声に、パルミラはコロッと表情を変え、


「あぁ、聞いて頂戴! 私をこの女達が馬鹿にするのよ! 私が陛下の寵愛を受けているのを妬んでいるのよ!」

「あぁ、そうですか……って、アメシス!」


擦り寄ろうとしたパルミラを無視し、頰の腫れた女官に近づく。


「どうしたんだ! その頰は! あぁ、君の愛らしい瞳が潤んで、それに唇が切れて……何て事だ。すぐに手当てをしなくては!」

「貴方……」

「誰がこんな酷いことを! いや、君の友人の皆さんは、そのようなことはしないのは分かっているとも! だが……」


 がっしりとしているが甘いマスクの男に、アメシスは抱きつき、はらはらと涙を流す。


「貴方! こ、怖かったです。貴方の言う通りでしたわ。私も貴方を支えたいと思って……でも」

「だから言っただろう? 君のように可愛い女性は、余り異性にも慣れていないのだから、無理に女官として働かなくていいんだよ。私も昇進したからね?」


 抱きしめ、髪を撫でる。


「何なのよ! ふざっけんじゃないわよ!」


 パルミラは叫ぶ。


「イチャイチャイチャイチャ見せつけんじゃないわよ! それに、ここは私の住んでんの! 私がする事は何でも正しいの! 私の前で何してんのよ! 近衛呼ぶわよ!」

「呼ぶ必要はありません。私が近衛隊長マルセロ・ギムシーズです。あなたはどなたでしょう?」

「何ですって! この私を」

「私の妻や、こちらの方々は貴婦人、ご令嬢とお呼びしますが、あなたは呼べません。品はないし、先程から叫んでばかり。それに、妻を傷つけたのはあなた……あぁ、言いにくい言葉で言えるか! ……貴様が、アメシスを傷つけたんだな? 俺のアメシスに手を出して、これで済むと思うな!」


 長い間現場勤務だったマルセロは、怒鳴り返す。


「はっ! 貴様のような女が傾国の女であるはずがない。国を傾けるのは愚かな人間どもだ。クズどもだ。街は混乱していると言うのに! 貴様らのせいで物価が上がり、仕事がなくなり、子供達がお腹を空かせて泣いている! どうするんだ!」

「ふん! 宰相や魔術師長、騎士団長の職務怠慢じゃないのぉ? 何で私に言うのよ」

「幾ら宰相閣下方が良い政策を出して、国を守ろうと努力をしても、それを次々に無駄にする愚王とその愛人がいるだけで国は荒れる! 貴様は化け物だ! この国に災厄を呼び寄せた本物の魔女! フェリシア嬢は聖女。だが、貴様は魔物だ! 貴様のような女がここにいるのが一番悪いんだ!」

「何ですって! 陛下に言ってあんたを殺してやるわよ!」


 キャイキャイと甲高い声で言い返すと、うんざりしたようなと言うよりも馬鹿にしたような声で、


「貴様は、陛下、陛下とそれを紋章か何かのように振りかざしているが、それは良いものなのか? 陛下は昔から、ほとんど戦場にも街にも姿を見せなかった。俺達が知っているのは宰相閣下や騎士団長方の努力と、アマーリエ様が街に出向いて買い物をしたり話をされて微笑む姿。どちらが俺達に親しみを覚えるか分からないんだな……アメシス。それに、レディ方、こちらです。どうぞ」


ふいっと後ろを向いたマルセロは、パルミラをいないものとして扱うことにしたらしい。

 妻と腕を組み歩き出した。


「待ちなさいよ! 言い逃げする気ね? 良いの? 陛下に言うからね! それに戻ってきなさいよ!」


 パルミラは叫ぶが、一団は姿が見えなくなった。


 怒り狂ったパルミラは、愛人の元に駆け込んだのだった。

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