アルフィナとおじいちゃんとお兄ちゃん
アルフィナは微熱があったもののウトウトしていると、アルフレッドに抱っこされ何処かに行ったような気がしていた。
それは、棺に入れられた両親を最初は騎士の墓地にと言われていたものの、アマーリエの提案で宰相家の墓地に安置されることが決まり、正式な葬儀の前に棺を閉じる儀式に父に抱っこされたまま参加していた。
そして、そのままスヤスヤと眠っていたのだが、目がさめると、最近の激務などで疲れたらしいアルフレッドと一緒に寝ていた。
今まで、あの古い石積みの家で自分をぎゅっと抱いて一緒に寝てくれたのは、名前を教えてくれなかった実の両親で、二人はもういない。
自分を捨てたのではなく、悲しんで、アルフィナだけは幸せになるようにと一緒にあの世に行かなかったのだと今更理解するのだが、あの時は辛かったと思い出す。
心が裂けそうで、ただ泣くこともできず、父の胸に刺さったナイフを抜こうとして抜けず、別のナイフを手に走った。
それで殺せるはずもないし、誰かに捕まると今なら思うのだが、それすら考えられなかった。
思い出して瞳が潤み、顔を覆いしゃくりあげる。
「どうしたの? アルフィナ」
抱きしめ、よしよしと頭を撫でる手……。
「お、おとうしゃま……ごめんなしゃい」
「何が?」
「起こしてごめんなしゃい……」
「大丈夫だよ。アルフィナ。喉が乾いてないかな?」
水を寄せ、アルフィナを支えて飲ませる。
「元気になったら、お出かけしようね」
「お出かけ?」
「そうだよ。お父さんとおばあちゃんと一緒にね。アルフィナのパパとママの遠縁のお兄さん達が来られたんだ。二人が亡くなったことに驚いたって」
「……! 父と母の……」
目を見開く娘を抱きしめる。
「向こうのお家に行くとかじゃないよ? お二人と赤ちゃんがいてね? 小さい赤ちゃんを連れての旅だから、連絡が出来なかったんだって」
小さい身体を横たえ、毛布をかけてトントンと優しく叩く。
「アルフィナ。お休み。元気になったら、セシルが公園に行こうって」
「うえしいでしゅ」
頬を緩ませ呟くと、そのままうとうとと眠り始めた。
「お休み。アルフィナ。風の精霊が悪夢を吹き飛ばしてくれますように……」
アルフレッドは娘の頭を優しく撫でた。
アルフィナは数日後、ようやく起きてもいいと言われて、ばあやとエリ、リリに服を着せて貰う。
今回は漆黒のワンピースで、髪はお下げ髪にして、帽子をかぶる。
「ばあや。今日はどこに行くにょ?」
黒いリボンに不思議そうにする。
「今日は、大奥様や旦那様と、お出かけだそうですよ。お嬢様」
「お出かけ?」
「えぇ、そうですわ。参りましょうか?」
「あい!」
ばあやに手を引いてもらい、連れて行かれた先には、見知らぬ二人の男性に、赤ん坊がいた。
赤ん坊は大泣きしていて、アマーリエの侍女の一人がお乳を与えていた。
確か彼女は、アルフィナがこの家に来る前に、夫と赤ん坊を事故で亡くしたばかりだった。
しばらくアマーリエが、悲しみにくれる彼女を静養させると言っていたが、呼ばれたらしい。
最初はむずがっていた赤ん坊だが、お乳を貰うと落ち着いたのか、背中を叩いてもらうと、
「……けぷぅ……」
と満足げにゲップをし、そして幸せそうにスヤスヤ寝入ってしまった。
「わぁ……かあいい……」
「お嬢様もそう思われますか? この方は、アンネリ様です。畏れ多いことに、大奥様が私を乳母にと勧めてくださったのですわ」
赤ん坊の髪はふわふわだが栗色。
瞳は緑……小さな手に身体で、アルフィナが触っても大丈夫かと思うほどである。
「アンネリしゃま。かあいい」
「アンネリと呼んであげてくれるかな……」
穏やかな声に振り返ると、微笑む細身の男性。
隣に座って落ち着きがない人はまだ若いのか……すると、並んで座っていたフェリシアの兄のフレドリックが、
「彼は私の友人でベルンハルド。そして、そのお父さんのバルナバーシュ様だよ。アンネリはベルンハルドの娘。私も結婚してないのに、もう結婚して子供がいるんだって」
「だから、養女だよ」
「アンネリは子育てをしない夫婦の子供で、息子が見つけて連れてきたんだよ。その手足の傷は、その親がしたものらしい」
バルナバーシュは目を細め、アルフィナを見つめる。
「あぁ、君がアルフィナだね? 初めまして。私はバルナバーシュ……君のおじいさん……の遠縁だよ。この子が私の息子、ベルンハルド」
「初めまして。アルフィナ」
「あ、はじゅめましゅて……あ、えっと、は、はは、初めましゅて。アルフィナでしゅ。ばりゅ……バルナバーシュしゃま、ベユンハユジョ……べ、べゆ……」
うまく喋れず、半泣きになる。
バルナバーシュは優しく微笑み、
「私はバーシュ、ベルンハルドはハルでいいよ」
「はい、バーシュしゃま、ハリュしゃま」
素直で愛らしい自分の末裔に、愛しさがこみ上げるのか目を細める。
「アルフィナは、本当にいい子だね。お父さんも本当に自慢の娘だろうね」
「本当に……この子がいない生活はもう考えられません」
娘を呼び寄せ抱っこするアルフレッド。
「アルフィナ。今日は、この隣の敷地の墓地にパパとママに休んでもらうから、お休みなさいを言いに行こうね」
「おやしゅみなしゃい……墓地……でしゅか?」
「そう。お墓。パパとママは魂は天国に旅に出たんだ。身体はここに残るから、心残りがないように静かな場所でお休みしてもらうんだよ。パパとママにアルフィナはここにいるから安心してねって言おうね?」
「あい!」
朝食をとり、アルフレッドやアマーリエ、バルナバーシュにセシルが向かう。
ベルンハルドはアンネリの子守、他の皆は気ぜわしいのと何かあったら対抗できるようにしている。
棺を担いだ者たちが、大きな扉の入り口に並べて棺を置く。
「アルフィナ。パパとママに会うかな?……この蓋を開けたら顔が見えるよ」
アルフィナは俯き青い顔で首を振る。
「じゃぁ、バルナバーシュ様がご挨拶したいそうだから、お父様とこっちに行こう」
抱き上げ、横に移動する。
バルナバーシュは小さい蓋を開けてもらい、二人の顔をじっと見つめる。
そして、落ち込んだように目を伏せる。
気遣うようにアマーリエが近づき、小窓を覗き込むと、
「アルフィナはママに似たのね。髪ときっと瞳はパパと、バルナバーシュ様にも似ているから」
「アマーリエ様」
「まぁ、バルナバーシュ様。敬語はよして下さいませ。私はアマーリエで結構ですわ。アルフィナの祖母で、バルナバーシュ様にとって家族ですもの。妹だと思って下さいませ。あ、この年ですから、バルナバーシュ様よりも年ですわね……姉の方がいいのかしら」
どうしましょう、
と頰に手を当ててみせる。
バルナバーシュは微笑み、
「アマーリエはまだ若いよ。アルフレッドの母とは思えないからね。そっくりだから姉弟かと思うくらいだよ」
「まぁ、お世辞ですわね」
「いや、本当だよ。君はこの国には珍しい、太陽のような全てに愛情を注ぐ母神のような方だね」
「まぁ、太陽は男性という意味ですわよ?」
「いや、異国では太陽を主神と崇めるけれど、女神だよ。母性と何かあった時には、自ら武器を持つ凛々しい方だ」
説明する。
「私はそんな力はありませんわ……」
「何を言うのかな。この屋敷に皆が集まるのは、君と言う優しい母がいるからだね。この二人も、アルフレッドとアマーリエに娘を預けられてホッとしているだろうね」
蓋を閉ざした棺は、墓地の管理人達によって扉の奥に入っていく。
それを、涙を浮かべ見つめていた娘の涙をぬぐい、
「アルフィナ……パパとママにおやすみなさいって言おうね」
「おやしゅみなしゃい。父、母……」
アルフィナは両親の埋葬を見守ったのだった。




