結婚式直後の混乱
『婚約者を陥れ処刑した王子が、自らの言葉によって永遠をループすることになる事』
で書き足りない部分を、続きとして。
2度目のループの最中に、ようやく自分の起こした……宣言したことを覆したことを思い出した王太子は、
「ユール、ケルト……」
と幼馴染の二人に呼びかけた。
ニヤッと騎士の正装、しかし、結婚式という晴れの舞台の祝いに似つかわしくない、喪章をつけていたユールは嗤う。
「ようやく気がついたか、待ってたぜ。口先だけの裏切り者」
「永遠に見てよ。醒めぬ悪夢を……」
「えっ?」
漆黒のローブのケルトは、手に持っていた杖をかざす。
「『時の魔法、一部を残し解除。そして遡り、フェリシアを救え。我が命を賭して、この二つの術を完成させよ!』」
「『ケルトの術を補助する。ケルトの命の代わりに、我が命を賭し、フェリシア嬢の時間を取り戻せ!』」
魔術師長ルシアンが、息子の言葉に重ねるように唱えた。
周囲が光に満ちた。
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光が消えると、キスを続ける二人はそのままで、その側に魔術師長のルシアンとその嫡子のケルトが倒れていた。
しかも、魔術師長の息はなく、その長男は脈も探すのがやっとで、呼吸が微かだった。
会場は当然結婚式どころではなく、倒れそうな程やつれ果てた妻サリサを抱いた外交官でもあるカーティスが、同じくやつれ青い顔で、
「この教会からは、我が家が一番近い! ルシアンとケルトを!」
「分かった。それにカーティス、姉上達も休め! ユール。手助けを」
騎士団長ラインハルトが次男に命じる。
「はい、分かっています」
幼馴染の親子を騎士達に抱えさせ、そして、伯母一家を守るようにしてこの場を去った。
そして、騎士団長は周囲を見回す。
「この式は中止だ、皆。解散して欲しい。陛下に私は報告に伺う」
「私も付いていきます」
宰相アルフレッドは声をかける。
「だが、この呪われた男と、女とその家族はどうするのだ?」
王子とも呼びたくない男と、フェリシアを殺すように促した女。
そして、その家族をチラッと見る。
先程とは一転真っ青になった花嫁の家族……貴族の中でも最下位の男爵家。
一応、余りにも王子に嫁がせるには位が低いと、バカ王子は公爵家の娘にしろ、とごり押ししていたらしい。
余りにも馬鹿らしい。
次男のユールと同じ年の王子が、ここまでバカだったのかと呆れ果てる。
それに、自分の息子達セシルとユールと親友のルシアンの長男のケルトと、姉の末娘フェリシアはとても仲が良かった。
フェリシアには兄と姉が二人ずついて、彼らも弟のように三人を可愛がってくれていた。
公爵夫人が自分の姉であることもあるのだが、叔父のひいき目を抜きにしても、フェリシアは本当に愛らしく素直で、賢い自慢の姪だった。
その姪が昨日断頭台の刃で、理不尽にも命を奪われたのだった。
アルフレッドは告げる。
「公爵家令嬢のフェリシア嬢を陥れる娘を後ろで操り、死に追い込んだこと、罪は男爵家にもある。男爵家の者を捕らえ、王宮に連行せよ!」
その声に、外に出て行っている貴族の間をすり抜けるように姿を見せたのは、薄汚れ、大きな瞳の痩せた子供。
握っているのは、調理用のナイフ。
「ち、父と母の仇!」
教会の奥に走っていこうとする子供をラインハルトは片腕で抱きとめ、ナイフを取り上げる。
「やめなさい。お前の手を汚す程の者ではない……だが、両親の仇というのは……?」
「わ、私は! 死刑執行人の一族! 昨日……無実だと分かっている公爵家の令嬢を命令で殺めた父は自責の念に耐えきれず、母を殺し、自分も命を絶った! 私は……一人……こんな男が王になったら、無実の人を私の手で殺め続ける……そんなの、嫌! だから殺して! その前にあの人達を殺させて!」
わぁぁ……
激しく泣きじゃくる子供を抱き直し、マントで包んだ。
実際、今日聞いたのだが、直接手を下した死刑執行人は、昨晩自ら命を絶ったという。
死刑執行人は特殊な職業であり、死刑執行の際は自らの姿を隠すように漆黒のマスクとローブ、漆黒の服で姿を隠す。
死刑執行人の顔も名前も、戸籍や墓の墓碑銘にも残されない。
一応教会の所属となっているが穢れとされ、教会の所属者としての記録もない。
身分は定められていない為、普段は一般人と紛れるが墓守と同じで、代々その役割を引き継ぐことになる。
あの処刑の瞬間、フェリシアの頭部を覆ったこの幼い子供が、次の死刑執行を負うのだと思うと胸が痛む。
「……分かった。これから、私と共に行こう」
貴族達は茶番同然の式に疲れ果て、それぞれの屋敷に戻り、後日改めて国王に呼び出されるだろうと話す。
そして、怒りに触れた王子よりも、フェリシアや魔術師長親子のことを祈るのだった。
この国には宰相、騎士団長、魔術師長、フェリシアの実家の公爵家の当主は外交官として飛び回っています。
教会は、現代の宗教に似ていますが、違うものとお思いいただければ。
一応死刑執行人は世襲制という設定は、ヨーロッパの死刑執行人の歴史を参考にしています。
服装は顔を見ないようにするということのつもりです。