心からの感謝と祈りを……
その日のうちに最低限の身の回りに必要な荷物を少しと共に、カーティスの妻サリサと子供達は移動し、そして翌日、ルシアンとフレア夫婦は、子供達を連れ移動する。
そしてカーティスとラインハルトは相談の上、魔力の現在尽きたルシアンと体調の優れないケルトの次に力のある魔術師に頼んでカーティスの屋敷を封じておくことにする。
「これで何とかなるかな」
「と言うか、これからじゃないの?」
カーティスは溜息をつく。
この国の混乱は、もう隣国に届いているだろう。
ずっと他国を飛び回っていた外交官カーティスが母国に戻ったままという事と、辺境に普段いるラインハルトもいないことはバレているはずなのだ。
「それに、教会もあの二人をそのままにしておくというのも、難しいんじゃないかな?」
「立派な像だ。しかも口づけをしているだろう。『永遠の誓い』と言う名前を彫って、その下に飾っておけばいい。信者の方々も祈りに訪れるだろう。神の祝福がありますようにと」
皮肉を言うラインハルトに苦笑し、
「誰が祝福したの。神に天罰を与えられたんだよ? その者達を置いておきたい? しかも礼拝堂に。昨日、深夜にあれを退かせてくれとフェリシアに使いが来たよ。体調が優れないと追い払ったけどね」
「昨日ねぇ……」
カーティスの末娘は、昨日のうちに安全な所に移動している。
しかも、同時に出発した馬車はそれぞれ各地に分散したので、追っ手もまけたはずである。
「俺たちの分身もそれぞれ行ったし……それにしても堅苦しいなぁ。馬に乗る方がマシだ」
「文句を言わない。ラインハルト。お前は体格に、その髪の色が珍しいだろうに」
「まぁ、死神と呼ばれるだけはあるよな」
ニヤッと笑う。
昔は騎士団のメンバーや親族に恐れられた容姿だが、今では『戦場の死神』と言う二つ名で呼ばれることを逆に喜んでいる。
自分が姿を見せるだけで、敵が逃げるからである。
まぁ、国内の貴族の集まる宮廷でも怯えられるのは心外なのだが……。
「それに、俺は息子達の自慢の父親になりたいんだ」
「私からみても、お前は十分、二人にとって最高の父親だよ。私の自慢の義弟であり親友だ」
「それなら良いんだけどな」
照れたようにラインハルトは苦笑する。
「それより、フェリシアだけじゃなく、アルフィナも危険じゃないのか?」
「アルフレッドが厳重に警戒を敷いているだろう。それに、ラインハルトの息子達もいるだろう?」
カーティスの言葉にラインハルトは微妙な顔になる。
「そう言えば、うちのユールはアルフィナを妹みたいに思ってるみたいだが、セシルの方が妙に溺愛してるんだよな……」
「お前もそうだっただろ。さすがは親子だな」
「そうだったか〜?」
カーティスとラインハルトの姉サリサは幼馴染で、そのまま結婚だったが、ラインハルトは身分差はあるが、ラインハルトの両親もカーティス達幼馴染も祝福した大恋愛結婚である。
「まぁ、うちの嫁は可愛い。アルフィナも可愛いぞ」
「まずは、ちゃんと会ってお礼を言いたいよ。私は。フェリシアだけじゃなく、私達家族の心を救ってくれた。ルシアンとケルトの命も……」
「そうだな。でも、会って驚くなよ。アルフレッドは表情違うし、セシルもデレデレ甘やかすし、どこの世界だってな……」
「覚悟しておくよ」
そう答えておいたラインハルトだが、想像以上の状態に唖然とする。
「アルフィナ?」
「お兄しゃま〜!」
腰を屈め手を差し出すセシルにてててっと駆け寄り、ぎゅーと首に抱きつく。
「フェリシアお姉しゃまと、お話ししましゅた〜!」
「よかったね? サリサ伯母上とも、お話ししてたね」
「あい! いい子いい子って、ナデナデして貰ったのでしゅ〜!」
抱き上げて貰い、きゃっきゃと嬉しそうに話す少女は、金色がかった赤銅色の髪をツインテールにして、丸い大きな瞳はグリーンで、淡いクリーム色のワンピースが可愛らしい。
「お兄しゃま、お兄しゃま!」
「はいはい……あ、父上、伯父上」
アルフィナを抱っこして振り返ったセシルが、微笑む。
「お帰りなさい。どうしました?」
「いや、昔のお前の面影がないなぁと……」
「そうですか? あぁ、アルフィナ。紹介するよ? 前に会ったよね、うちの父のラインハルトと、フェリシアのお父さんのカーティス伯父さんだよ」
「おはよう。アルフィナ。今日も元気だな〜? おじさん覚えてるかな?」
「あい! ラインハルトおじしゃま。おはようございましゅ。カーティスおじしゃま、初めまして。アルフィナでしゅ」
頭を下げる、澄んだ眼をしたまだ幼い少女。
この少女の未来は、娘のように傷つけられないように……。
カーティスは微笑む。
「おはよう。アルフィナ。カーティスおじさんと呼んでね? それとフェリシアと仲良くしてくれて、ありがとう。あの子を、これからもよろしくね?」
「あいでしゅ! お姉しゃま、大好きでしゅ」
「あれ〜? アルフィナ。お兄ちゃんは?」
セシルは問いかける。
「お兄しゃま、大好きでしゅよ」
「本当? お兄ちゃんも大好きだよ」
父親のラインハルトですら見るんじゃなかったと思った息子のデレデレ顔……それよりも、
「……やっぱり親子だな……ラインハルトの再来か……」
「やっぱり親子ってなんだ!」
「そのまんまだよ。顔立ちは似てないけど、性格はラインハルトにそっくりだ」
カーティスは腕を組み頷く。
「お兄しゃま、お祖母しゃまのところに行ってきましゅ」
「一緒に行くよ。道分からないでしょう?」
「お兄しゃま、大好きでしゅ!」
「あ、その前に、ルシアン叔父さんとケルト……えぇぇぇ? そんな姿でどうしたんですか!」
妻や側近に支えられ姿を見せたルシアンとケルトに、慌てて椅子を持ってくる。
「……はぁぁ……体力がない……ラインハルトの体力が欲しい……」
「元気になったら、騎士団入るか?」
「遠慮するよ……研究者がいいなぁ……」
ぐったりとするルシアンは、アルフィナを見ると微笑む。
「アルフィナだね。初めまして。おじさんはルシアン。君に命を救われた元魔術師長です。隣が同じく助けられた長男のケルト。本当にありがとう。君のおかげで、おじさんはラインハルトやカーティスに殴られたけど、大切な妻と家族を悲しませずに済んだよ。本当にありがとう」
「ケルトだよ。アルフィナ。本当にありがとう。君の強く優しい心のおかげで、僕はだいぶん元気なんだよ」
「と言っても、やせ我慢だけどな」
セシルの弟のユールが幼馴染を叩く。
「でも、アルフィナのおかげだ。ここまで元気になったのは」
「叔父しゃま、お兄しゃま。良かったでしゅ。神様はご存知でしゅ。叔父しゃま達が一杯一杯頑張ってきたこと……。私の父は生きるのに絶望していました。聖女であるフェリシアお姉しゃまを殺した自分は、生きていても死んでも地獄を……見ているのと一緒だと……」
アルフィナは目に涙を溜めて、声を震わせる。
「父と母は、フェリシアお姉しゃまに最後まで側にいられて幸せだったと……あのギロチンの音を聞いて、心が折れたのだと……言いました。叔父しゃま、お兄しゃま……カーティス叔父しゃま、ラインハルト叔父しゃま……父と母と私を許してくらしゃい、これを、お姉しゃまはくだしゃいました。でも……」
首にかけていたネックレスを見せる。
「父と母は悪い人じゃないんでしゅ。だから……ご、ごめんなしゃい……ごめんなしゃい……。生きていて……ごめんなしゃい……」
ボロボロと涙を流す。
「叔父しゃま……お兄しゃまが、元気になりましゅように……私はいいでしゅ……だから……」
「駄目だ!」
厳しい声がルシアンから届く。
「自分はいいからなんて言っちゃ駄目だ! アルフィナ! おじさんの為に祈るなら、アルフィナが……自分が幸せになりますようにって祈るんだ! お父さんやお母さんの分も幸せになるって祈りなさい!」
「でも……でも……」
「私には妻も息子もいる。魔術師長として働けないけど、今まで学んだ知識もある。手足も動く、今はまだ調子が悪いけれど、元気になったら走ったり、苦手だった剣術も少しは努力する。だから、アルフィナも約束して。お父さん達の分も幸せになる。新しいお父さんのアルフレッドや、おじさん達と仲良くする。一杯好きなことやお勉強をして、可愛いお姫様に……誰からも大好きと言われ、自分も皆にそう言える素敵な人になるんだよ。いいね? おじさん達やお兄ちゃんと約束して」
「アルフィナ? 一杯一杯幸せになって、天国にいるお父さんやお母さんが安心できるように……うんって言おうね?」
頭を撫でるセシルの言葉に、涙をぬぐいながらウンウンと頷く。
「ありがとう、ごじゃいましゅ……おじ、しゃま……ありがとう……父も母も喜んでましゅ……」
「おじさんも……今、ここにいられることが幸せだよ、アルフィナ。ありがとう」
周囲も涙ぐみながら、ルシアンの言葉に頷いたのだった。




