バロン以外は無鉄砲……ストッパーは大変です
と、最初の隠しボタンを押して入った5人だが、明かりの玉を準備していたバロン以外は、周囲を見回してワクワクするか、武器を確認するか、地図を見て、
「これ、こっちでいいの〜? ねぇねぇ」
「うーん、多分」
などと言いながら歩き出そうとするユールとメイを、バロンは慌てて止めた。
しかし片手は埋まっていたので妹は手を引っ張り、その反動を利用して、ユールの巨体に飛び蹴りを背後からかます。
小柄なバロンは、小さい頃声を失ったので、手話と口を動かすことである程度周囲とコミュニケーションを取っていたが、兄のグレイとユールは自由奔放。
御転婆なメイも似たようなものだが、バロンのことを考えてくれる可愛い双子の妹には手は出さない。
それに、目の前の乳兄弟の父と兄にはくれぐれも、単独行動しがちなユールのことを頼まれている。
つまり、尊敬するセシル曰く、
「バロン、相手は小柄なバロンを侮る場合がある。その時は容赦しないでいい。半殺しにしてもいいから、こちらが強いことを叩き込むんだよ? それでも言うことを聞かないなら、父上や私の名前を出していいからね?」
とのことを懇々と言い聞かされた。
バロンは、セシルの命令をちゃんと聞いているだけである。
「イッテェ! バロン、何するんだよ!」
小柄でも少年の背後からの蹴りは、ユールを壁に叩きつける効果があった。
振り返り睨もうとしたユールに、にっこり笑う。
「(どこ行ってるの? ユール。単独行動禁止って……前にもセシル兄さんに言われたよね? 覚えてないのかなぁ?)」
「あ、えっと……」
「(ラインハルト様にも容赦なくって言われてるから、言うこと聞かないなら奥様に!)」
バロンの背後から、
「ねぇねぇ、バロン。この紋様は何かしら? 載ってない?」
マゼンタは問いかける。
壁に這う紋様に興味をもったらしい。
「(えっと、多分、この国の初期時代のものだよ。えっと……)」
ポケットからメモを出すと書き込む。
「へぇ……聖華紋。花は、何の花なのかしら?」
「(それが、これ、逆聖華なんだよ? だから花は黒百合。正式紋様なら白百合だから)」
「白と黒どう見分けるの?」
「(花の開き方。それと、白百合だったら色を塗るから。でもこれは塗ってないし、この模様は下向きでしょ?)」
指で示しながら、説明する。
「そっかぁ……良く分かったわ。時々見るのよね。でも、説明してくれないの。あ、アーティス様とかじゃないのよ。神殿で学んでいた時ね。私はじっとしてるの嫌な方だけどこう言うのは大好きなのよ。それなのに、座学などの時間は私のような身分のない女を呼ばないのよ。他の聖女候補は、自分はどこかの国の伯爵の従妹だから偉いんだって威張るのよね。これ位常識とか言うの。教えるシスターも神殿では平等とか言いながら、そう言う子を優遇するのね。馬鹿みたい」
「本当ね。でも、マゼンタはアーティス様が後見人でしょ?」
「アーティス様の執事補と、侍女の子供で孫だもの。爵位はないわよ」
「爵位で生きてる訳じゃないのにね。馬鹿みたい」
メイは笑うが、横でバロンが地図と壁の模様を見比べる。
「どうしたの?」
「(……逆聖華だと思ってたのに、この花……黒百合じゃない。これ。これ、月下美人だ!)」
「月下美人?」
「(サボテン科クジャクサボテン属の貴重な花で、夜に咲く花。これはもしかしたら、アルフィナ様の一族……の紋章かもしれない。この国の紋章は白百合だけど、本当の紋章。バルナバーシュ様に確認して頂こう)」
紋様をささっと書き込む。
メイとマゼンタは見るが、急いで書いているのにとても美しい。
「……バロンって凄いのね」
「そうなの……って、あの馬鹿! 兄さんまで!」
地図を確認してゆっくり進むと約束していたと言うのに、脳筋乳兄弟は勝手に進み始めており、グインは周囲を見ておらず、ユールは地図が読めない。
「ちょっと待ちなさい!」
「えっ?」
マゼンタの声に止まった二人の真正面に、ズドーンと金属の壁が落ちた。
「げっ!」
二人は真っ青になる。
「この馬鹿!」
メイとバロンが駆け寄り、本気で締め上げる。
「何考えてんのよ! だから言ったじゃないの!」
「(どうすんの! 先に進めなくなったじゃないか! あぁ、やっぱりユールと兄さんは置いてくればよかった!)」
「ぎゃぁぁ! ギブ!」
「鳩尾、いてぇ!」
「鳩尾に肘鉄食らって、平気なのは変人よ!」
メイは襟元を掴み、兄に顔を寄せたままグリグリと今度は顎に拳を当てる。
「……言うこと聞けって言ったよね? 忘れたのか? オラァ? 約束守れないと、本気で殺すよ?」
「……」
「返事は?」
「はい……」
むかついたのでそのまま、壁に投げつけておく。
手を叩くと、バロンが羽交い締めにしているユールを見る。
本気で命をかけているのを忘れてんのかと、腹立たしくなる。
回し蹴りをかまし、ついでにかかと落としを脳天にかますと、気絶した主人の息子を冷たい目で見る。
「ねぇ、マゼンタ。バロンと三人で行こうよ。こんなの邪魔」
「そうだね〜……馬鹿二人より、メイとバロンの方が強いわ……頭いいし」
と呟き、腹立たしげにバロンは乳兄弟を見捨て、ため息をつく。
「(……本当は、僕はこっちの研究したいんだけどなぁ……どうして、僕の周囲は煩いんだろう……あ、メイとマゼンタは良いんだよ。仲良しだもん)」
「……バロンって優しいよね。紳士だわ……」
「でしょう? 自慢なの」
兄達がバカをやったおかげで、正面の道が閉ざされてしまった三人は、脇道へのスイッチか、地面を確認しつつ奥へと向かう決意を固めたのだった。




