グインとバロンとメイ
三兄妹は、辺境伯であり、騎士団を率いる公爵家に、代々仕える騎士の一族として生まれた。
グインは少々熱血タイプで、同じ歳のセシルには、
「暑苦しい! デカイ! ウザイ!」
と言われつつ、幼なじみで乳兄弟として育った。
そして、数年後相前後するように生まれたのがユールと、グインの双子の弟妹。
生まれた双子を見ることもなく母は、難産と出血が多く意識不明。
父親は妻につききりになり、その悲劇が起きた。
「何しゅるんだ!」
たどたどしい子供の声に、駆けつけたラインハルトは、自分の息子が自分の方に何かを蹴り飛ばしたのを驚く。
グインが泣きながら、
「おとーと、わぁぁーん!あかたん……」
と必死に手を伸ばす先に横たわる、血塗れの双子に真っ青になった。
「貴様! 生まれたばかりの赤ん坊に何をした! 騎士が、弱い者を手にかけるとは!」
ラインハルトの後ろから、妻のアルベルティーヌが赤ん坊に駆け寄る。
「坊や! 大丈夫?」
女の子の方はひと回り大きいが、男の子は……。
「貴方! 坊やの息が!」
「何だって! おい、おい! ルシアン!」
こちらも幼なじみの弟分を呼んだ。
「どうしたの?」
「ルシアン様! お願いします。お願いします! 赤ちゃんを、赤ちゃんを!」
「アルベルティーヌ殿、待って、床に座らないで! 冷えちゃうよ!」
臨月のアルベルティーヌに焦ったように言うと、喉から血が溢れる赤ん坊を奪い取り、すぐに手を当てて傷を塞ぐ。
「これやったの、誰?」
一撃でぶちのめした暗殺者を、片手でぶら下げるラインハルト。
「こいつだよ。あんまり見たことない奴だ」
「だろうね。手慣れてる。暗殺者だよ。子供に手を出すなんて、地獄見せたいからうちにくれない?」
「あぁ。おい、こいつを縛った上に、抵抗逃亡しないように見張って寝かせとけ」
と投げる。
投げた先には部下が控えていて、
「はっ。まずは、寝かせますね! 畏まりました」
「あぁ、頼む。思う存分やれ。それより、もう一人……」
「あかたん、あかたん!」
グインは泣きながら妹に手を伸ばす。
その様子に、ヒョイっと抱き上げベッドに入れると、グインは必死に妹を抱き寄せた。
後で医者に診せたが、返り血を浴びていたものの双子の妹には傷一つなく、兄は喉を切り裂かれていた。
傷を癒したものの、医者とルシアンの共通の見解で、喋ることはできないことを夫婦に告げた。
二人は嘆いたものの、子供を差別せず、一緒に育てた。
しかし、グインは、
「何でバロンは花を育てたり、母さんやアルベルティーヌ様と一緒に庭を散策したり、楽器演奏をしたり、何故か縫い物とか刺繍とか得意なのに、メイはそっち方面駄目なんだろう……やっぱり、親父のせいか?」
「父を、お前のような脳無しアホと、同じに思われているとでも思ってるのか、あぁん?」
背後から息子の頭を鷲掴み、ラインハルトの側近中の側近で、現在領地にて周囲を監視している騎士団副団長。
「あだぁぁ! 親父! ギブ! ギブ! 骨が砕ける!」
「簡単に言うなら、親の悪口を言うな! このバカ息子め!」
巨躯のラインハルトに比べたら小柄ながら、怪力の彼は息子をやすやすと投げ飛ばす。
「いっでぇぇ!」
「愚息。ラインハルト様からだ。バロンとメイを連れて都に来るようにとのことだ。行ってこい。用が終わったらバロンとメイは戻ってきて良いが、お前は戻ってくるな。暑苦しい、邪魔だ」
「何でだよ!」
「単細胞に言っても分からんだろう。バロンとメイには伝えておいた。メイの命令に従え」
しっしと手を振って追い払う父親を睨みつけると、
「兄さん! 行くよ〜? こんな時位は役に立ちなさいよ」
と言う、カラッとした妹の声。
その横で何故か、メイよりも可愛い顔をした弟がじっと待っている。
「バロン、メイ。グインに何かあっても、大丈夫だ。だが、二人が怪我をしたら、父さんも母さんも泣くからなぁ! 怪我するなよ! 約束しろ〜!」
「分かってるわよぉ〜。父さん、私達を一体幾つだと思ってるの? ねぇ? バロン?」
「……(ウンウン)」
「ほら、バロンも言ってる」
「うぅぅ……バロンとメイはまだ小さいのに、手離すなんて悲しい……」
嘆く父親に、ため息をつく双子。
「もう、そんなことばっかり言って……じゃぁ、行こうか。バロン。……あ、兄さんついて来てる?」
メイにとっては双子の兄がこの世で一番大好きだが、長兄は順位的には下の方。
それに都に行くのだ。
何度かお会いしたフェリシアや、将来の主人のセシルとユール兄弟にも会える。
楽しみだ。
「えっ? えっ?」
メイは、信じられないものを見たかのように、硬直する。
「はい、アルフィナ。大丈夫?」
「あい! だいじょぶれしゅ……にーしゃま。あゆけましゅよ?」
4歳位か?
少々おぼつかない足取りで歩く少女。
手を引いて歩いてくる、長兄の乳兄弟のセシル。
セシルはアルベルティーヌ似の美少年だが、彼に負けず劣らず可愛らしい美少女。
フワフワのワンピースはパステル色。
キラキラとした緑の瞳で、ツインテールの髪は鮮やかな深紅。
痩せていて瞳がひときわ大きく見えるものの、愛らしい美少女である。
しかし、その横のセシルが、ニコニコと笑い屈むようにして少女に寄り添っている。
バロンは無表情だが、セシルはそれに加えて迫力と厭味めいた笑みと毒舌。
それなのに!
「セ、セシル、大丈夫か?」
「……(あぁ、兄さん馬鹿!)」
バロンは口を動かし、メイも額を押さえる。
その横で、
「セシル。その子、お前の子? 大丈夫か? ラインハルト様に殴られないか?」
「……バロン。この馬鹿絞めて。数日目を覚まさなくても良いから」
「……(コクン)」
華奢なバロンは兄の襟首を引っ張ると、引きずっていく。
その様子を見送り、
「にーしゃま。あのにーしゃま、お首くゆしくなーい?」
可愛らしいコロコロとした声に、メイがにっこり笑う。
「大丈夫です。兄はあれでも一応騎士ですので。あ、失礼致しました。私はメイと申します。セシル様の妹のように育ちました。どうぞよろしくお願い致します。姫様」
「メイおねーしゃま?」
「嬉しいです。私は、兄達しかいないので、そして、大柄なのが長兄のグイン。小柄な方が双子の兄のバロンです」
「グインおにーしゃまとばよん……ばりょんおにーしゃまでしゅね。おぼえましゅた。えっと、わたくちはアユフィナと申しましゅ。おとうしゃまがアユフレッド、おかあしゃまがキャシュリーンでしゅ。よりょしくお願いしましゅでしゅ」
たどたどしいものの、ちゃんとカーテシーもできるアルフィナに、
「アルフィナ姫様。本当に素晴らしいです。私のような者にまで……ありがとうございます」
感動するメイに、アルフィナを抱き上げたセシルは、
「すごいだろう? アルフィナはこんなに賢いし、可愛いんだよ」
「本当ですね!」
「えへへ……おにーしゃま、おねーしゃまだいしゅき!」
しばらくして戻ってきたバロンは、
「(只今戻りました。セシル兄上、メイ。そして、初めまして、姫様)」
口を動かし伝えると、騎士の挨拶をする。
「えっと、ば、ばりょんおにーしゃま。はじめましゅて。アユフィナともうしゅましゅ」
「……(あの、僕は下がった方が……怖がられませんか?)」
バロンは兄のように慕うセシルに問いかける。
「アルフィナ? バロンお兄ちゃんは、小さい時怪我をして声が出ないんだ。今、言っているのは、僕は喋れないのですが、アルフィナが怖くないでしょうかだって。バロンお兄ちゃん、怖い?」
アルフィナは、バロンを見るとニコッと笑う。
「アユフィナ、ばりょんおにーしゃま、だいしゅき。おにーしゃま、おはにゃしできにゃくても、いいにょ。アユフィナもちゃんとおはにゃしできにゃいの。いしょー! のよ」
「だって。バロン。良かったね。アルフィナはバロンのこと大好きだって。それにね、詰まったのは、バロンってちゃんと言えなくてどうしようって思ったんだよね?」
「あい、にゃの。ちゃんとおにゃまえ、いえにゃくてごめんにゃさい、の」
「……(そんな! 気にしてないです! 姫様はすごいです。賢いです)」
セシルは弟分とアルフィナを見て、
「バロンとアルフィナは仲良しだね。あ、メイもだね?」
「セシル様! ありがとうございます! 私もアルフィナ姫様と仲良しです!」
とメイは微笑んだ。
「あーあ。良かった。ユールや男だけだったらつまらなかったわ。メイ、ありがとう」
「私も、マゼンタ。あ、でも、バロン可愛いでしょ?」
「可愛い! 絶対可愛い! 仲良くして欲しいな」
バロンは、もじもじとしているが、思い切ったように差し出す。
「えっ?これは?」
「あ、バロンの趣味。パッチワークと刺繍。集中できるから好きなのよ。それと楽器の演奏ね。オルガンとかハープもね」
「えぇぇぇぇ!私、苦手なものばかりだわ……羨ましい」
「私も同じよ。母に泣かれてるわ」
ハンカチを見ると、可愛い花柄である。
その中に、少しいびつな花があった。
「……(アルフィナ様が、一緒にと。マゼンタに変になってごめんって)」
「そんなことないわ! バロンありがとう! 大切にするね! 帰ったら、アルフィナ様にもお礼言わなきゃ」
大切に折りたたみ、仕舞い込む姿に、聖女にしてはかなりざっくばらん、言い方を変えるとおおらかすぎる聖女は、ニコッと笑うと、
「じゃぁ行きましょうか? 先に図体のでかいのを行かせて私、メイ、バロン、最後にもう一人のでかいのでいい?」
図体のでかいのと、名前も呼ばれない兄や乳兄弟を可哀想か、まぁいいやと思うメイと、気にするバロンだった。




